wakabyの物見遊山

身近な観光、読書、進化学と硬軟とりまぜたブログ

大野山に登る

2025-02-22 07:44:17 | 西丹沢

西丹沢の大野山に登ってきました(2025年2月10日)。

低山でいいので、春、秋、冬と年に3回くらいは山に登りたいと思っています。最近では、2024年3月の高尾山、2024年11月の鎌倉アルプス、2025年2月の大野山と登ったことになるので、まあいいペースで来ています。

大野山(723m)は、登山口になるJR御殿場線谷峨駅まで行くのに横浜から少し時間がかかりますが、バスでの乗り継ぎは不要なのでアクセスはまあまあ、低山なのでそんなに気合は入れなくても登れる、はげ山なので晴れていれば山頂からの眺望は最高、とメリットの多いとてもいい山だと思っています。そして、この日は平日に休みを取って行ってきたので、ハイカーも少なく、静かでリラックスした山歩きを楽しめました。

 

ネオアコ・シリーズが続きます。アズテックカメラのアルバム「ハイランド・ハードレイン」のこの曲は、抒情的でドラマチックで大好きです。

The Bugle Sounds Again

 

小田急線新松田駅からJR御殿場線松田駅に乗り換えます。このあたりも山がちな地形です。

 

御殿場線谷峨駅で下ります。右奥のほうに明るく見える山が大野山のあたりだと思います。

 

駅からは、田んぼの間の道を行きます。

 

酒匂川の嵐橋という吊り橋を渡ります。10人しか渡れないこわい橋なんです。

 

低い手摺越しに、おそるおそる下を流れる酒匂川を覗きます。

 

無事渡りました、この橋です。

 

橋の近くには堰が作られていて、奥には東名高速道路が通っています。

 

坂道を上りはじめるとすぐ現れる第○サティアン風の建物。しかし、怪しい施設ではありません。道路公団の建物で、おそらく高速道路の建設やメンテナンス関連の施設だと思われます。

 

山道に入ります。冬だけれど日当たりのよい登り道のため、途中から暑くて汗をかきました。

 

ミカンの木が2、3本ありますが、放棄されているようです。

 

別荘風のお宅が見えます。山の中腹ですが、道路と電気が通っているのでこのあたりには人が住めるようで、他にも何軒か民家がありました。水道はどうなっているのでしょうか。

 

このあたりでクマが出たという話はあまり聞かないのですが、「注意・熊出没」の看板が出ています。クマ除けのベルやスプレーを購入しようかどうかと悩んでいるところです。

 

車道を横切ると、休憩所+トイレがあり、右の登山道を進んでいきます。

 

静かな冬枯れの山。

 

2月15日まで銃猟をするということは、まだやっているということ。クマも怖いけど、狩猟者も怖い。

 

高度を上げてきて、眺望がよくなってきました。小田原のほうですかね、海も見えます。

 

はげ山らしい風景になってきました。もうすぐ頂上かと思いきや、まだまだあるんです。

 

富士山もよく見えています。

 

愛鷹山。

 

これでやっと634(ムサシ)m。まだ、90m!もある。

 

左が東名高速道路、右が建設中の第二東名高速道路。

 

そして、ついに大野山山頂に到着。

 

富士山や、

 

丹沢湖や西丹沢の山々。

 

檜洞丸?

 

蛭ヶ岳?

 

このあたりがてっぺんかな。

 

箱根の大涌谷の煙も見えます。

 

さて、下山します。山北駅に向かうルートで下ります。はげ山の様子がよくわかります。このあたり一帯は、牛の放牧や牧草地として使われているのです。

 

東丹沢のほう、豊かな山塊です。

 

猛禽類が悠然と飛んでいきました。

 

牧場の一つ。ここには入りません。

 

このとても長い階段を下りていきます。標高差100mはあろうかと思われる階段です。

 

ここで、さっきも見た634m地点ですね。

脇には牧草地が広がります。

 

杉林では一部伐採がされています。

 

ニホンジカがいました。写真では、3頭がこちらを見ていますが、6頭ほどいました。こうやって出会うと可愛いのですが、害獣として認識されています。

 

中腹にある共和小学校は、地域の生徒数の減少により、7年ほど前に廃校になったそうです。

ここからだいぶ下ったところで、軽トラに乗ったおじさんが山北駅までなら乗せてくよと言ってくれたので、お言葉に甘えて車に乗せてもらいました。歩いたら20~30分の距離でしたが。小学校の廃校のことはそのおじさんから聞きました。

上りに1時間40分、下りも1時間40分かけて、約2万歩の歩数でした。弱点の右膝は痛くなる直前でなんとか持ちました。ふだんの膝トレーニングをやってはいますが、もう少し頻度を上げねばいけないなと思います。


僕の読書ノート「進化生物学:DNAで学ぶ哺乳類の多様性(佐藤淳)」

2025-02-15 08:17:41 | 書評(進化学とその周辺)

 

本書のタイトルを見ると進化生物学の教科書のように思うが、中身は一般的で網羅的な教科書とは趣が異なっている。瀬戸内地方を拠点にして哺乳類の分子進化学の研究を行っている著者自身の研究史を紹介し、それを一例として、進化生物学の研究の進め方を指南する読み物である。進化生物学の研究を志している高校生や大学生にとって、将来を思い描くための参考になるだろう。一方で、著者の研究のくわしい方法論、とくに近年の遺伝子解析法の解説が書かれているので、分子進化学の教科書的な知識を得るのにも役立つ。

私が読んで気になったところを、章ごとに下記に記録しておきたい。それらは、著者の研究に対する思いも含んでいる。

 

第1章ー美しい島

・レトロトランスポゾンを含めた移動因子は哺乳類の進化において重要な役割を果たしたともいわれており、たとえば、胎盤、乳腺、二次口蓋(赤ちゃんがミルクを飲みながら息をするために必要)の形成においてレトロトランスポゾンが関与していることが示唆されている。乳腺の形成に関わる遺伝子の近くにはLINEが”連れてきた”転写因子結合領域が存在し、遺伝子の発現のオンオフを調節している。

・著者の研究によって、瀬戸内海島嶼のアカネズミのミトコンドリアDNAハプロタイプは共有されておらず、遺伝的分化が示唆された。次世代シークエンサ―を用いたゲノムレベルでの一塩基多型の分析により、海のなかったときに存在した古代河川の豊予川が、瀬戸内海島嶼のアカネズミの遺伝的分化に大きな影響を与えたことが明らかになった。瀬戸内海の島々は進化の研究をおこなうにあたり、大変魅力的なフィールドである。「なぜ、進化生物学を学ぶのか?」それは、面白いからである。面白さを感じずにどうしてこんな面倒くさい研究ができようか?

第2章ー日本列島と進化

・環境の有限性は進化に大きな影響を与える。海峡に囲まれた日本列島は、様々な有限な世界を提供する世界的にも大変興味深い場所である。海外の研究者との共同研究で、世界に生息する生物を研究するのもダイナミックで興味をそそられることではあるが、日本には興味深い生物およびそれを生み出した有限の世界があふれている。

・ただ、日本の生物を題材にする研究に陥りがちなのは、自己満足になってしまうことである。そうならないように、世界に振り向いてもらえるようなテーマをうまく見つけるのがよいのであろう。世界が興味を持つ気候変動や生物多様性の問題に自分の研究を関連づけるのもひとつの手だ。

第3章ー進化の痕跡

・進化の系統は毎回2つずつに分岐していくのが通常と考えられるが、系統樹において、関係性がわからず、3つ以上の系統が同時に分岐していることをポリトミー(他分岐)と表現する。そのなかで、DNAマーカーにおける系統情報が十分ではないために生じたポリトミーをソフトポリトミーと呼ぶ。一方で、本当に3つ以上の系統が同時に分岐していた場合、ハードポリトミーと呼ぶ。

第4章ー退化の痕跡

・もし実験をするときには、必ず実験ノートを取ることになる。これはとても大切な実験結果の証拠となるのだ。しかし、実験機器が出してくるデータをただ貼り付けるだけでは、後で見返したときに、どのようなことだったのか忘れてしまうことがほとんどである(わたしの頭のスペースはきわめて限られている)。そのため、サンプルの詳細や実験の条件などこと細かに書いておくほうが自分のためになる。

第5章ーテクノロジーと進化

・テクノロジーの発展により、処理しなければならないデータ量が格段に増えた。これからは、ゲノムの海のなかから、自分が欲するデータを取り出し、分析する能力が求められる時代となる。このようなバイオインフォマティクスだけで、人生を使い切ってしまうこともできるくらいだ。しかし、今一度、なにを研究したいのかをよく考えてみてほしい。

第6章ーなぜ進化生物学を学ぶのか

・「役に立つかどうかで研究をするべきではない」。なぜならすべての研究のなかから役に立つ研究に焦点をあてると、そもそも研究の視野が狭くなってしまうのだ。また、役に立つ研究は時代とともに変化するため、少し先の未来のことであっても「役に立つかどうかなど、今の社会には分からないことが多い」。役に立たない研究が、異なる時代に役に立つこともあれば、役に立つといい続けた研究が結局、なんの役にも立っていないこともある。社会はまず、すそ野の広い科学を受け入れる度量を身につけなければならない。

おわりに

・なにかに熱中するのに人生におけるステージは関係ない。それまでなんの興味がなくても研究を始めることができる。やってみると好きになることもある。「子どものころから生きものが大好きだった」などと、自分の今を意味づける必要など全くない。大切なのは今の本気度である。

・海外の研究者との交流は、島国では得ることのできない多様な意見を得ることができる。私が得たなかで最も大きいのは、ポーランドの共同研究者であるMieczslaw Wosan教授の言葉である。それは「面倒であると感じたときには、その面倒な方向に正解がある」という指摘であった。要するに、真正面からぶつかり解決していくしかないということだ。人が嫌がることのなかに、きっと生きる道があるかもしれない。なぜなら、他の人たちはそれをしないから。

 


茅ヶ崎城址に行く

2025-02-08 07:38:33 | 遺跡・寺社

茅ヶ崎城址に行ってきました(2025年1月19日)。

 

ドリーム・アカデミーのライフ・イン・ア・ノーザンタウンも冬にぴったりの曲。

Dream Academy - "Life In A Northern Town" (Official Music Video)

 

茅ヶ崎城という言葉はたまに聞くことがあるんだけれど、湘南の茅ヶ崎あたりにあった城だと思っていました。ところがそれは大間違いで、横浜市都筑区茅ケ崎というところにあるので、わりと内陸の城です。横浜市営地下鉄のセンター南駅に近く、センター北駅に近い大塚・歳勝土遺跡からも至近距離にあります。

鶴見川南岸には中世の城跡が多く残り、最近見て廻っているわけですが、茅ヶ崎城は鶴見川支流の早淵川の南側にあります。後北条氏による築城と考えられており、小机城の支城とも見られています。このあたりの城としては、小机城とならんで比較的よく整備され、市民への開放が進んでいる城跡でした。

 

センター南駅から東に歩くと、住宅街があり、その先にある茅ヶ崎城址の小高い森がすぐ見えてきます。

 

この階段から城跡に入ります。

 

ここは茅ヶ崎城址公園として整備されています。

 

今いるのが、赤く示した現在地。まずは、北郭(きたのくるわ)に入って、中郭、東郭、西郭と廻って、北郭を通って、左のほうの正門みたいなところから出ます。

 

このあたりの地図が出ていて、このあたりの町と遺跡群の位置関係がわかります。オレンジ色の茅ヶ崎城址公園があり、その北に先日行った横浜市歴史博物館や大塚・歳勝土遺跡があります。その間に早淵川が流れています。ずっと南のほうには、鶴見川南岸に小机城址があります。

 

これは北郭。平坦になっていて、子供や家族連れがボール遊びなどをしています。

 

中郭。ここが一番広い土地で、建築物の跡が発掘されています。

 

土塁というのは、防衛目的で作られた土手ですね。

 

建物があった跡がわかるように、石を並べて目印にしています。

建物の跡が発掘されたときのようす。穴が開いているところに柱やその土台があったわけですね。しかし説明を見ると、武士たちはふだんは城下に住み、ここは戦のための基地として使われていたということです。

 

このように、郭の間をつなぐ道が遊歩道のように整備されています。

 

これは東郭。

 

ここから、大塚・歳勝土遺跡の森が見えます。

 

ドングリがたくさん落ちています。縄文・弥生時代の食料ですが、アク抜きをすることで今でも食べることができるそうです。

 

西郭。一部は入れなくなっています。

 

空堀。水を入れない堀です。

 

ハトの羽が散乱していました。ネコかカラスに襲われたのか。そういえば、ハトを捕獲して虐待死させる動画をXに投稿していたという川崎のタクシー運転手が捕まりました。なんでも、ハトが自分になつかないから殺したとか。こういう例は、エスカレートして殺人を犯すに至る場合があるので要注意です。

 

ここが正門のようです。ここから出ます。

 

近くには、天台宗の正覚寺がありました。ちょっと鎌倉あたりにもありそうな、境内がよく整備されているお寺でした。

 

本堂は改築中のようで、この信徒会館みたいなところが、本堂代わりに使われていました。

 

センター南駅に戻るとき渡ったこの道は、歴博通りというのですね。もちろん、横浜市歴史博物館の横を通っているからでしょう。右奥には、大塚・歳勝土遺跡の森も見えています。そんなわけで、このあたりは遺跡と歴史の町なのです。


2025年1月の富士山と世界遺産センターなど

2025-02-01 08:04:20 | 長野・山梨・静岡

1月に富士市にある妻の実家に伺った際、世界遺産センターなどを見てきました(2025年1月11日)。

 

今日は、ペイル・ファウンテンズのリーチを。これもかの時代ーポスト・パンク時代ーの名曲。

The Pale Fountains - "Reach"

 

新横浜駅で東海道新幹線こだま号に乗り、天気がよければ車窓から途中の景色が楽しめます。大山がよく見えます。

 

富士山もよく見えています。

 

新富士駅で降りて、駅前から見る富士山。

 

実家まで行く道中で、タクシーの運転士さんにたのんで、外国人がよく来るという富士山がよく見える橋に寄ってもらいました。「富士山夢の大橋」というそうです。

 

下を流れるのは潤井(うるい)川。

 

この迫力。

 

東のほうに愛鷹山も見える。

 

製紙会社などの工場群。

 

妻の実家に着いて一休みした後、義父の車で富士山本宮浅間大社に連れてきてもらいました。静岡県富士山世界遺産センターの外観が見たかったのです。坂茂(ばんしげる)氏の設計です。

 

これです。上にむかって扇形に広がるこの建物はどうやって安定させているのだろう?富士山をひっくり返したイメージ?

 

一の鳥居もフレームに入れてみる。

 

後ろのガラス張りのビルにめり込んでいるような形です。このビルが逆円錐形の構造物を支えているのか?世界遺産センターの中ではいろいろな展示がされているそうですが、ちゃんと見るには時間がかかりそうなので、またの機会にします。

 

右側を流れるのは浅間大社内の池を水源とする神田川。けっこうな流量があります。さっき通った潤井川に合流します。左前方に見えるおもむきのある木造建築は帰りにまた寄ります。

 

二の鳥居と富士山。富士山にかかる雲が増えてきました。ここから神社の中には入らず、引き返します。

 

さっきも見た古い木造建築。昔は宿屋をやっていたようなかんじがします。遠方から富士山本宮浅間大社にお参りに来た人や、いわゆる富士講の人たちが宿泊するのにいい場所ですし。

 

昭和のおもむきの感じられる貴重な建築です。だいじに残してほしいものです。

 

神田川の水は透明度が高いです。富士山の伏流水です。

 

向こう岸に、マガモのような鳥のつがいがいます。この後、妻の実家に戻りました。


僕の読書ノート「発達障害大全(黒坂真由子)」

2025-01-25 08:42:27 | 書評(発達障害)

 

自らの子どもさんが学習障害者である、ライターの黒坂真由子氏が、発達障害の専門家や当事者にインタビューした内容と、それを咀嚼して説明しなおした内容からなる600ページ近い大著である。発達障害の実態と対策についてかなりなんでも載っているが、基本的には子どもから若年期までの発達障害が中心として書かれている。大人の発達障害への対応や、治療に用いられる薬の詳しい種類と特徴、病気としての生物医学的な理解について知ろうと思ったら、別の本や情報源にあたったほうがいいだろう。それはともかくとして、本書を読めば発達障害の全貌をひとまず把握することができると言える。私は発達障害についてある程度知っているつもりだったが、本書を読んで初めて知ったことはかなり多い。最後にある、発達障害者の似鳥昭雄氏の人生記は感動的である。

下記に、私なりにとくに覚えておきたいポイントを章ごとに書き留めておく。

序章・「発達障害」とは、何か?

・ASDの人が多数派で、定型発達の人が少数派の世界になったら、定型発達の人たちのほうが「何かおかしい」ということになるだろう。「なんで、表情を読もうとするの?」「発言で判断したほうが、合理的でしょ」などと。(松本敏治氏)

第1章・ADHDー注意欠如多動症

・日本でADHDによく使用されているのは「コンサータ(中枢神経刺激剤)」で、「ストラテラ」「インチュニブ」など作用機序の異なる薬剤も使用可能だ。それぞれの特徴はあるが、いずれも同等の効果が見られている。「マインド・ワンダリング」という言葉があり、「心の徘徊」、要するに、考えがあっちに行ったりこっちに行ったりすることだが、この働きは創造性と密接に関連していることがわかっている。この「マインド・ワンダリング」は服薬によって若干抑えられることにはなります。それが嫌だという人も見られる。ただ、「考えがまとまるようになってよかった」という人のほうが多い。それに、ADHDの薬は一時的に服薬を止めてもいいので、そこは大きな問題になることはない。(岩波明氏)

・子どもが発達障害かもしれないと思ったら、治療するかどうかはともかく、確認しておいたほうがプラスは大きいはずだ。早いうちに弱点や不得意な面に気づくことができれば、本人もその後の人生が楽になる。親も子どもを怒らないで済むようになるので、親子でトラブルになることが減ると思う。(岩波明氏)

・就職に関しては、一般雇用と障害者雇用の場合があるが、基本的には職種が大事だ。ADHDもASDも、個人プレーが向いている。自分1人で取り組める仕事で、結果を出している人は大勢いる。発達障害はある意味、個性だから、それを生かせる仕事を見つけることが大切になってくる。(岩波明氏)

・40歳でADHDとASDの診断を受けた横道誠氏は、診断されて生きるのが楽になったという。「診断って、発達界隈では「伏線回収」といわれているんですよ。私も、自分の人生のいろいろなことの意味が、ようやくわかったと思って。「ああ、だからだったのか」と(横道誠氏)」発達障害における伏線回収とは、「なぜ、自分の人生はこれほどつらいのか」という疑問に対する答えが、「診断」によって明らかになる、ということだと思う。人生の前半にあった、悲しい経験の理由や、疑問に感じた出来事の意味がすべて、診断された障害の名前を聞くことでわかる。伏線が回収されると、「できなかったのは、自分のせいではなかった」とわかる。診断を受けて、ほっとし、生きるのが楽になる理由として、これは大きいと思う。

第2章・発達障害とIQ

・子どもの本音は「みんなとおなじようになりたい」なのだと、私は考える。本音では、特別な配慮をされる存在にはなりた くたいと思っているはずだ。だから、伸ばせる可能性があるなら決して見逃さず、なりたい自分になれるように努力の道筋をつけてあげるのが、本当の支援だと思う。(境界知能や軽度知的障害で少年院に入ってくる子どもが多いが)私は実際、少年院の少年たちがトレーニングでぐんぐん変わっているのを目の当たりにしてきた。中高生でも大きく変わる。小学生ならまだまだ伸びしろがあるはずだ。まったく別人になる可能性すらある。「障害があるから」といって配慮ばかりしていたら、子どもの可能性を潰すばかりか、逆に障害を作り出すことにもなりかねない。(宮口幸治氏)

・(もしも自分の職場に境界知能や軽度知的障害の可能性のある人を見つけたとしたら、どう働きかけたらいいのだろうか?)まずは頑張れない人を応援するということを自覚するところから始めなくてはならない。応援したいと思えない人を、支えていくのは結構大変だ。どうしてもネガティブな感情が生まれてしまうこともある。だから無理は禁物だ。ある会社で、私が提案した取り組みのひとつは「何もいわない」ということだ。余計なことを口にして相手のプライドを傷つけてしまうと悪循環になる。本人が頑張ろうとしているときに、口出しをしないこと。それがスタートだ。(宮口幸治氏)

第3章・子どもの発達障害

・(薬を飲むと、ADHDの子はどんなふうになるのか?)極端な例では、別人のようになる。これまで字が汚くて判読不能、だからテストはほとんど0点。そんなお子さんが、きちっと書けて満点をとったとか、夏休みの自由研究をちゃんと仕上げて賞をもらったとか、そんな話をうかがうと、薬も使いようでは子どもの人生を変えるのかな、って感じるときがある。薬物治療の目的は、決して子どもを「静かにさせること」ではない。日々の困難を緩和し、当たり前の日常生活を送る。そして自分に自信を持ってもらう。それが治療の目的だ。(高橋孝雄氏)

・(薬を飲んでいる子どもたちは、違いを感じているものか?)頭がすっきりする、というかんじがあるようだ。あとは、「できた」という感覚が持てるようになる。「これ大事なお薬だって、わかるよ」って。そんなふうにいう。本人も自覚している。こんなふうに一時期、薬の力を借りることはあるけど、最終的に飲まないですごせるようになる子も、もちろんたくさんいる。週末は薬を飲まない、など徐々に薬の力を借りなくても済むようになっていく。そして、自分の意志で自分をコントロールできるようになったとき、自分に自信を持てたときが薬物治療がおわるときだ。(高橋孝雄氏)

・(親としては、どんなふうに子育てをしていきばよいのか?発達障害だと、本人もそうだが、親も困ることが多い。)一言でいえば、発達障害そのものを治そうとはしないことだ。つまり、「本人を変える」のではなく「環境を整える」。なぜ、本人ではなく環境を変える必要があるのかというと、本人を変えることが難しいからだ。遺伝の支配を受ける素質というものは誰にでもあって、自分ではどうにもならない側面がある。だから自分を変えようと無理するより、自分にとって自然で心地いい日常をすごして、自分を生かせるような道を選ぶほうがいい。念のために申し添えれば、これは「諦める」とは大きく異なる考え方だ。(高橋孝雄氏)

・(ADHD、ASD、学習障害と診断を受けている)私たちって、とにかく雑談ができない。毎日上司と顔を合わせて雑談をする意味がわからない。そんな疑問を、精神科医の岩波明先生にぶつけたことがある。そうしたら、人間の会話のほぼ9割が雑談なのだと。そして普通の人たちは、その雑談のなかから社会生活に必要な知識や情報をとってくるのだと、教えて頂いた。(沖田×華氏)

・(こんな上司だったらいいな、というのはあるか?)怒鳴らない上司。怒鳴られると、フリーズしてしまう。フリーズすると「なんで怒られているのか」は、すっ飛んでしまって、「怒られた」ということだけが残る。指示するときは、曖昧だと理解できないので、短文ではっきりと、「今これをしないと、ここに迷惑がかかるから、今電話して。それでどうなったか教えて」という感じがいい。これを毎回、いってほしい。慣れると「もうわかったね」と、いわなくなる人がいるが、それは困る。ミスしたときに「なんで?」といわれるのも困る。その質問には、答えられない。そもそも「なんで?」なのかは、自分自身にもわからない。「わざとやったわけではないのに、ここまでいわれるのは理不尽だ」という、逆ギレみたいな気持ちが入ってきて、むっとなってしまって、自分の非を認めにくくなる。(沖田×華氏)

第4章・ASDー自閉スペクトラム症

・ASDの人と一緒に生活したり、働いたりする人たちが困っていることや、本人が困っていることの何割かは、ASDの症状や特性が原因ではない。何が原因かというと、感情だ。感情が不安定になることによる問題だ。これはASDに限ったことではない。発達障害の人の周りで、多くの人が困っているのは、本人が癇癪を起こしたり、イライラしたりすることだ。それは本人も同じだ。感情が不安定なことで、周囲も本人も生活に支障が出る場合に、悩みが大きくなって受診に至ることが多い。例えば、発達障害の人たちのことを毛嫌いするハラッサー(ハラスメントの加害者)のような人たちがいる。ああいった人たちが非難するのは、感情面の問題が多い。そういう感情が出てくるのは、これまでの生活環境や体験に基づくもので、二次的なことだ。特にASDの人たちは本来、すごく真面目できっちりしている人たちなので、誤解されている。(本田秀夫氏)

・(その感情の問題を解決する糸口みたいなものはあるのか?)解決するかどうかは難しいのだが、周囲があまり感情的にならないことだ。ASDの人たちは、他人の感情の動きをうまく捉えたり、他人の感情の動きに対応するのが苦手であるわけだ。同じことを指摘するのでも、感情的にならずにさらっと事実関係を伝えてくれれば、まったくトラブルにならないのに、言葉に感情が混ざると、ASDの人が混乱して、お互い感情的になってしまう。(本田秀夫氏)

第5章・発達障害と学校

・(発達障害児が通える学校としては、「特別支援学校(旧養護学校)」、普通校のなかの「特別支援学級」、普通校のなかの「通級による指導」の選択肢がある。)障害のあるこの進路選択は、本当に難しいと思う。例えば、同じ中学2年生同士を比べると、普通校の支援学級にいる子と、特別支援学校の子では、普通校の子のほうが自立している。周りにもまれるから。ただ自尊感情でいえば、特別支援学校の子のほうが高い。リーダーになったり、主役になったりしているから。自分の子は、どちらで伸びるか。どちらのタイプかということになる。(東野裕治氏)

第6章・発達障害と仕事

・発達障害の人が就労するうえで、苦手の把握は不可欠だ。発達障害の人は、自分の得意・不得意が曖昧なまま大人になってしまうケースが多くて、そのためにゆがんだ夢を抱いたりして、就職が難しくなることがある。その意味でも自分を知るということが、ものすごく重要だ。発達障害の人は自分を客観視するのが苦手で、全然合わない職に就いてしまいやすい。しかも向いていない仕事に自分を合わせるのも苦手なので、大打撃をくらってしまう。それを防ぐのに有効なのが、あらかじめ仕事を体験しておくことだ。(鈴木慶太氏)

・発達障害の人には発信より受信が苦手は傾向がある。職場のコミュニケーションにおいては、こちらから伝えたいことをきちんと理解してもらうことが、一緒に仕事をしていくうえで重要だ。細かく何度も指示することが大切だ。「刷り込む」くらいでちょうどいいと思う。淡々とリマインドを繰り返せばいい。イライラせずに言い続けたほうがいい。感情を込めずに伝え続けることだ。(鈴木慶太氏)

第7章・学習障害ー「発達性読み書き障害」を中心に

第8章・発達障害と多様性

・発達障害の私たちは、定型発達の人ほど現実と思考が、しっかりと結びついていないんだと思う。だからすぐに思考がどこかに行っちゃう。現実が常に夢に侵されているような感覚がある。もともとASDの人には、「解離」しやすい傾向があるとされている。多重人格までいかなくても、今いるところが現実なのかどうかわからない、ふわふわした感覚というのはすごくある。ASDの人は、ずっと昔に体験したことを突然思い出して、あたかもついさっき起きたことのように感じることがよくある。杉山登志郎さんという医学者が「タイムスリップ現象」と名づけている。私の場合、幼少期に宗教2世としてのトラウマ的な体験があるので、それがよくフラッシュバックする。(横道誠氏)

・思考も体も思い通りに動かない私たちは、普通の人に「擬態」して生きている。「擬態」というのは、定型発達の人たちのやっていることを見よう見まねで再現するといったニュアンスだ。理由はよくわからないけれど、こうするものらしいから「こうやっておこう」的な振る舞いを、僕らはいつもしている。それでも結局失敗して怒られる、ということを繰り返している。発達障害の人がイライラしやすいと感じるとしたら、そのせいもあると思う。話し方が独特なのも、そのせいがあると思う。僕自身、日本語がすでに「第1外国語」だと感じる。母語なのに、どうしてもぎこちなくなってしまう。(横道誠氏)

・発達障害者は、得意なことと苦手なことの落差が大きい。長所の部分が平均以上ならまだ救われるが、長所の部分が偏差値50を超えない人というのも大勢いる。「発達障害天才論」がまずいのは、そうであるにもかかわらず「自分は天才かもしれない」という可能性にすがりつこうとする人を生んでしまうことだ。発達障害支援センターで「発達障害といわれてショックだったけど、自分にはどこかすごいところがあるんですよね?」と聞いてくる人がいるそうだ。そういう人に対して、「いや、そういう人はそんなにたくさんいるわけじゃない」と伝えるのが苦しいという話も聞く。それに、どんなに発達に凸凹があっても、天才と呼ばれるくらいの人なら、そもそも発達障害と診断されていないことが多いと思う。(横道誠氏)

・ASDの人の割合は人口の1%に満たないともいわれていて、その比率は子どもと大人で変わったりしない。一方、ADHDの人の割合は大人になると顕著に減ることがわかっている。(横道誠氏)岩波明先生もそうおっしゃっていた。その理由は、「大人になれば多動の症状を抑制したり、不注意症状の対策をとれたりするようになるから」ということだった。(黒坂真由子氏)

・当事者研究は、認知行動療法よりずっと体験世界を尊重すると自負している。発達障害を「脳の障害」と捉えずに、「脳の多様性」と捉える。そのような認知の枠組みを変え、かつ支援者、家族、できれば職場の人たちなどにも、その理解を共有してもらう。当事者研究の他の特徴として、ひとつには「生きづらさを、自分の”大切な苦労”として捉える」ことだ。私自身、以前は自分の苦労を自分で背負いたくないと考えていた。代わりの誰かに背負ってほしいと。しかし、そうすると、かえってしんどくなる。自分の苦労から逃げてしまうと、かえってつらくなる。覚悟を決めて苦労を背負うことで、むしろ世界がぱっと開ける。世界がはっきり見えてきて、生きやすくなるということがよく起きる。(横道誠氏)

・全国調査の結果、ASDの人たちは方言を話さない傾向がわかってきた。その理由として、ASDの人は「共同注意と意図理解が苦手」だからだという仮説が考えられている。「共同注意」とは、複数の人が同じ対象に注目することである。「意図理解」とは、相手が何を考えているか察することである。これらのことが苦手であれば、家族を含めた周囲の人たちとのコミュニケーションを通して言語を習得することは難しいだろう。方言は話さないけれど、なぜ共通語だと習得できるのかに関しては、「メディアから言語を習得している」という仮説を持っている。アニメのキャラクターやコマーシャルのセリフ、電車のアナウンスなどを、オウム返しのように繰り返す、ASDの症状は昔から報告されている。(松本敏治氏)

・共通語しか話さなかったASDの子どもが、方言を話すようになったケースはある。ただ、話し出した時期が小学生から社会人まで、ばらばらだった。調査して見えてきたことはある。それは、「方言を話すようになった時期に、同世代の人に対する興味・関心が芽生えている」ということ。例えば、同世代の集団に入ろうとするとか、同世代の人と一緒に何かをしようとしたタイミングで、方言を話すようになっている。そして方言を話すようになるのと同時に、人と関わるための社会的スキルも伸びている。面白いのは、方言を使うようになったきっかけとして、家族は出てこないことだ。(松本敏治氏)

終章・発達障害の希望

・(70歳を過ぎてから自身が発達障害であるとの診断を受けたニトリ会長の似鳥昭雄氏は、若い時に家具屋を始めた。)ところが売り上げが全然伸びない。会話が苦手だからだ。接客ができない。頭のなかには接客のセリフがあるのに、口からうまく出てこない。私の窮状を見ていた母親が、結婚して奥さんに商売を手伝ってもらえばいいと提案してきた。実際、家内と結婚した2年目から、商売がうまく回り始めた。家内は愛想がよくて、お客さんに好かれ、度胸もあって商売上手。家内と結婚して販売を任せた途端、年間売上高が前年比2倍の1000万円になった。家内に販売を任せたおかげで、私は苦手な接客をしなくてよくなり、配達と仕入れに専念できるようになった。この役割分担が、ニトリ成長の最初の原動力だった。苦手なことを放棄したのがよかった。(似鳥昭雄氏)

・会社で社員に言っていることは、「短所あるを喜び、長所なきを悲しめ」だ。短所が99個あっても、1つ長所があればいいと思う。人間は皆、平等だ。だから、全員「さんづけ」で呼び合う。「長」という肩書が示すのは責任の重さであって、人間の優劣ではない。だから、いばるような言葉遣いの人には注意するし、降格となることもある。あとは社員に夢を与えることだ。「会社のためではなく、自分のためにニトリを利用して自己成長してください」と伝えている。(似鳥昭雄氏)

・(発達障害の特性のプラス面は?)こうと思ったら、やってみるところだ。頭がいい人ほど、何か思いついてもためらってしまって、やらない。でも、発達障害の私は、それをやっちゃう。取り組んじゃう。そういう勇気がある。いい考えがあっても、取り組まなければ失敗だ。そういう、やらない失敗が多い。だから、発達障害の特性は持ったままでいい。失わないほうがいいと思う。(似鳥昭雄氏)