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日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

『子どもの右脳を鍛える作文練習帳』 七田眞(著)

2007年04月28日 | Book
七田眞さんが書かれた『子どもの右脳を鍛える作文練習帳』を読みました。

この本、レビューが書き込まれていませんね。私は七田さんの本は少ししか読んでいないから、熱心な親御さんに比べれば七田さんのことを知らない方だと思うけれど、この本は七田さんのほかの本と比べてもかなりいい本だと思う。あるいは、似たような本をすでにたくさん出されているのかな?

『作文練習帳』という題名ですが、書き込みページなどはありません。でも、作文を書くことの効用や書くための手がかりなどが解説されています。

最近私が思うのは、「右脳」という概念の重要な要素の一つが、「頭に汗を掻く」ということです。

「頭に汗を掻く」とは、要するに、惰性的にものを考えないで、その都度立ち止まってウンウン唸りながら考えを捻り出すこと。多くの人はそれを回避して惰性で生きるのに対し、「右脳」の発達した人というのは、周りの常識に流されずに立ち止まってものを考える習慣のある人のことを言うのでしょう。

そのように立ち止まって考えるには、そもそも思考パターンが何通りもあるということを知っている必要があります。

そして「思考パターン」とは、様々な種類の言葉を知ることで初めて身につく考え方だと言えます。哲学の概念を知らなければ哲学的な考え方はできません。法律用語を知らなければ法律の側面から見たものの考え方はできません。

一つではなく複数の思考方法をもつには、そもそも様々な種類の言葉が頭に入っている必要があります。

例えば、単に学校の教科書の文字だけを知っている子供と、それにプラスして色々な言葉を知っている子供では、その教科書の文字から作ることができるイメージに大きな差が出るでしょう。

様々な言葉・思考方法をもつことは、おそらく感情面でもいい作用を与えるでしょう。様々な言葉・思考方法をもつとは、一つの事柄に安易に判断を下さずに、多面的に考えることにつながりやすいからです。

七田さんがいい作文の書き方として指摘していることの一つに、「したこと作文」ではなく、自分の経験したことを深く掘り下げることがあります。

子供の作文の多くは、「・・・しました」という羅列に終ります。それに対して著者は、一つの事柄に対して、「①面白いと思ったことと、そのわけ ②一番心に残ったこと ③いいなと思った言葉 ④自分ならこうすると思ったこと ⑤自分の生活と比べて考えたこと」などを子供たちに考えさせるように薦めています。

他にも色々な作文の書き方のポイントが上げられています。例えば、「カラオケカスゾ」。

カラーは色。
オは音 言ったこと、聞いたこと、擬声語。
ケは形、大小。
カは感じたこと、自分の気持ち。
スは数や量。
ゾは想像したこと、思ったこと。

見聞きしたことについてこれらの視点をもつだけで、内容豊かな作文になるそうです。

単に「・・・しました」だけではなく、一つの事柄を色々な面から考察すること。これは要するに、上に述べたように、立ち止まって考えることですね。一つの事柄を「これは・・・です」とすぐに断定せずに、それにまつわる多面性を考えることで、安易に感情的な判断を下さずに、物事を客観的に見ることができるようになるのでしょう。

単なる「映画に行きました」という文章はすぐに書くことができます。しかし、その映画について自分の感じたことを書こうとすると、一度自分を内省してから、自分の気持ちにフィットする言葉を探さなければなりません。この探すという行為が、「頭に汗を掻く」ということです。

七田さんは折に触れて子供には大量に知識を与えるべきと説きます。その訳の一つも、多くの知識・言葉を与えることで、様々な思考パターンを頭に作ることを言っているのだと思います。それだけ多くの思考回路を作っておけば、一つの事柄を多面的に考え、解決策などをひらめきやすくなるのだと思います。

こうやって見ていくと、この本の言っていることは、子供だけでなく、大人にもとても大事なことが分かります。自分のできる範囲で、少しずつでも自分にとって不慣れな分野の知識を習得することは、それだけ多くの思考パターンを自分の中に作り出し、安易な判断を控える癖をつけることに役立つのでしょう。

この本は私たちにとって、言葉をもつことの大切さを分かりやすく教えてくれます。また同時に、自分の中にある言葉を「汗を掻いて」探し出してアウトプットすることの大切さも教えてくれます。

作文を書くとは単調な作業ではありません。「自分が書きたいこと」という不確かなものに形を与える作業は、試行錯誤の連続です。その試行錯誤の過程で、私たちは表面上では意識していなかった言葉を探し当てる必要性が出てきます。普段から意識しているわけではない言葉を表に出すことは、面倒くさい。しかしその面倒くささが、私たちに様々な視点から物事を考える習慣を植え付けてくれるように、最近私は思います。

最近は「知育」「右脳」などの訓練法がたくさんありますが、そのどれにも共通するのは、ここまで書いたような、普段の思考とは違う面から思考するという面倒くささに慣れることを目的としているように思います。


参考:受験塾に行かなくてもよい子を育てる法9 七田 眞 ウェブログ