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淳一の「キース・リチャーズになりたいっ!!」

俺好き、映画好き、音楽好き、ゲーム好き。止まったら死ぬ回遊魚・淳一が、酸欠の日々を語りつくす。

「満員の新幹線に乗って、ずっと立ち席のまま、痛い足を庇いながら少しだけ人生を考える」

2016年08月10日 | Weblog
 火曜日の東京は灼熱地獄の37.7度。
 仕事で街を歩いていてもその痛いくらいの熱波に思わず何度も顔をしかめた。

 まるで、炎天下、燃え滾る焚き火の前に身体を晒しているよう。
 拷問である。

 水曜日も、都内で幾つかの要務をこなす。
 全国から集まったその街の最高意思決定者たちの大きな会議出席にはちょっと緊張したけれど、それよりも帰りの新幹線のことが気になって憂鬱になる。

 すべての要務を終え、東京駅へ。
 とにかく凄い混雑だ。子ども連れの親子やお盆の帰省客たちで駅はごった返している。
 帰りの東北新幹線は新青森までまったく座席が取れず、キャンセル待ちに期待するも、それも結局駄目だった。

 立って青森まで行くしかない。
 昔、上野駅から青森まで夜行の急行列車に乗って、車両と車両を連結するちょうどその上に立ち、12時間立ちっ放しで帰省したことがあった。お盆だったか年末だったかは忘れてしまったけど・・・。

 夕方6時20分発新青森駅行きの新幹線に乗り込んだ。
 ドアの前に立ち、なんとか耐える。ラッシュの混雑した電車に乗ってるみたいだ。
 辛い。革靴を履いているので、足が締め付けられてかなり痛む。

 痛い足と疲れに耐えながら、そこでふと考えた。
 いつもなら、東京行きの新幹線に乗り込んでも、座席に腰を降ろすことは極々普通のことだと思ってた。それは当たり前のことだと思ってた。

 それより、もっといい席が取りたかったとか(景色が見える窓席だとか、すぐトイレに行ける通路側が良かったのにとか、どうせならグランクラスに乗りたかったのにとか・・・)、更なる欲望に駆られていた。

 でも、こうして混雑する新幹線に乗って、立ったままでラッシュアワー並みの人混みに揺られていると、そんな贅沢なんていらない、どんな席でもいいから、とにかく座らせてくれと、嘆願している自分がいる。
 座れるだけでも幸せじゃないか。切符が取れただけでも本望じゃないか・・・そう思う自分がいるのである。

 これって、人生に似ている。

 もしも、今ここで揺れる新幹線の中で横転して怪我したとしたら、たぶん自分はその運の悪さに人生を呪うだろう。ついてないと。
 でも、単なる怪我じゃなく、横転して手首を折ってしまったとしたら?
 そうなったら、ちょっとした怪我ですんだ時のほうがはるかに運が良かったということになる。

 じゃあ、横転して、頭を強く打ち、意識不明の重態になったとしたら?
 じゃあ、それよりももっと酷い状況、つまり将棋倒しになって隣に立っている人たちにまで大怪我をさせてしまったとしたら?

 ということは、やっぱ、普通が一番。何もアクシデントが起こらない、穏やかな凪の状態が最も幸せだということになるじゃないか!
 当たり前のことだけど・・・。

 そうかあ。そうなのかあ。
 ってことは、翻って考えてみると、あんなに人生なんて虚しいだけだとか、仕事なんて辛くて無意味だなんてほざいてた数年前、あの時、俺は結構幸せだったんだ!

 今のような果てしのない地獄の日々より、あの頃のほうが、今考えると平和で平和で涙が出るほどいい毎日だったんじゃないのか?
 何もない毎日こそが、素晴らしいのだ、穏やかなのだ。

 日日是好日。
 隣の芝生はよく見える(ちょっと違うか)。
 
 そんなことを考えていたら、やっと盛岡に新幹線が到着した。
 やっと座れるか・・・と思ったのも束の間・・・まだまだ座席は満席状態。ラッシュアワーは続いている。

 すんごく疲れるんですけど、ずっと立ったまま新幹線に乗ってるのって・・・。

 でも、普通であることの幸せ。
 わかります。
 






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