CuniCoの徒然・・・岩下邦子の独り言

日々の暮らしの中で、立ち止まったり、すれ違ったり。私の中のアレコレを思いつくまま、気の向くまま。

立ち上がってくるもの

2016-11-05 10:34:05 | 表現にからむ様々なこと
今日は高校の同窓会。
いつもわりとつながって、ライブでもお世話になっているが、
日頃、会えないメンバーと会えるかもと思うと、なんか、いい。
幹事には頭が下がるなぁ・・・遅刻しないようにしなくっちゃと思いつつ
乗る電車の時間確認したのにすでに忘れている。

終電帰りで寝坊したけど、ブログを書く時間は、確実にありそうだから、
ブログを書いてしまいましょう(^.^)

昨日は『贋作・松井須磨子』作・演出 秋山豊/出演 上野アサを観てきました。
Wキャストのためアサちゃんの楽日でもあった。
打ち上げの席でもう一人の『須磨子』高橋春菜ちゃんとも同席し、
今日千穐楽の彼女の舞台も観たいなぁと思うが、スケジュール調整ができず、とても残念。

私は、芝居の世界から離れて過ごしている時間の方が長いので、楽しめばいいのに
どうも創り手目線になってしまう・・・まぁ、残念でもあり、楽しくもある。
でも、自分が今、『立て』と言われたら・・・ふーむ、どうなることやらである。
そのくせ、目線が創る側からになってしまうので、いやはや困ったもんだ。

『松井須磨子』とそれを演じる『女優』の葛藤が、
同じ時間の流れの中で、二本の軸となって流れて行った。

台本を読んだ時に難しいなと感じたのは、そのあたりだったのかもしれない。
演じる役と演じている女優・・・その感覚がとてもデリケートな芝居だった気がする。

アサちゃん、お疲れ様。

芝居を観て、演じている役者の時間軸もみえてきて、
アサちゃんが紡いでいる現実の時間と、
『松井須磨子』が生きている時間を感じることができました。

これって、すごくない???
私はすごいと思うんだ。
舞台・・・ステージの上で立ち上がってくる何か・・・
立ち上がってくるもの・・・一体何なんだろう。
ここに・・・秋山君も昨日言っていた新しい表現の種があるに違いないと思った。

つまり、プロセミの向こう側に『お芝居』の世界を創り上げることとは、なんか違う。
上手く言えないけど、そこに立つ役者の生の時間も確実にある・・・感じる・・・
これって、なんでできたんだろうね。

終わってみればもっともっと・・・って思うのは、常で・・・
今日は千穐楽で高橋春菜ちゃんを支える側に回るアサちゃん。
今日観に行けないのは残念だけど、昨日の時間もきっと
春菜ちゃんも一緒につ紡いでいた時間なんだとそんな風に感じる私なのでした。
今日もアサちゃんが裏で支え、『高橋春菜』が自分の時間と『松井須磨子』の時間を生きる。

というわけで、素晴らしい女優さんを『ちゃん』呼ばわり(笑)
でも、本当に可愛らしいんです、二人とも。
あ~おばさんになったんだなぁって。
おばさんになるって、素敵なことだなぁ・・・って。
そんなことも少し感じる私なのでした。

春のライブに向けて動き出している私は、
どうしても言葉を紡がなきゃって思っている曲がある。

早番で4時に起きて、仕事、検診、インフル予防接種、浅草で観劇。
そのあとまた素敵な出会いもあり・・・話に花が咲き、終電となった。
とても刺激的なたくさんの時間を過ごして・・・
刺激をたくさんもらったから、だから余計に、言葉を紡ぎたい精神状態で・・・
なのに、やっぱり駄目でした(笑)
ベットに入った途端、深い眠りに落ちていました。

挑戦を続ける表現者たち。
その力強い歩みを感じた昨日の夜なのでした。
そして・・・幼馴染秋山君がつないでくれた『おてて』ではなく
『新しい出会い』にも感謝です(^.^)
良い時間をいただきました。

う~ん、私はとても幸せ。
体調不良の家人は、ずっとLOWポジションでありますが・・・
私には、何もできないので・・・心配くらいしかできないので。。。
そのまま、スルーして過ごすこの頃であります。
少しは懲りて、肝硬変の固まった肝臓をアルコールで溶かそうなんて、
無謀な行為はやめてくれるといいんだけど。。。
あ・・・家人が言っているわけではありません。
私には、そう見えるってことなんですけどね・・・

ささ・・・いつもはしない化粧も『同窓会』ですもの、しなくっちゃね(笑)