CuniCoの徒然・・・岩下邦子の独り言

日々の暮らしの中で、立ち止まったり、すれ違ったり。私の中のアレコレを思いつくまま、気の向くまま。

阿武咲、千秋楽までまっすぐに!

2020-07-31 10:09:04 | お相撲(スポーツ)のこと
大相撲・・・やっぱり面白い。
『心技体』といわれるが、
そこには『人』として求められるものが集約されている。
だから、観ていると、とても勉強になる。
何事も『心技体』
それがクリアに見えてくる。

阿武咲は、初日から黒星が続き長いトンネルに入っている。
立ち合い、しっかりまっすぐ当たっている。
押し切れない・・・圧力が相手に伝わらない・・・
歯がゆくもどかしい日々だろう。
いま、私は白星より、千秋楽まで、
しっかり、まっすぐに当たっていけ!と願っている。

いま、世の中は、コロナ禍で、不安が渦巻いている。
いろいろなことをあきらめそうになる。
みんな疲れ切っている。

そんな中、阿武咲、あきらめない姿を千秋楽まで見せてくれ!!
心から、そう思っている。
立ち合いに変化などするな!
そのまま、まっすぐにぶつかって、最後の最後まで阿武咲らしく。

多分、だれよりも本人がつらく苦しいだろう。
けれど、そんな中で、あきらめずにまっすぐに。

さて、場所全体でいうと・・・
白鵬が、少し乱れ始めたのは中日だと私は思っている。
立ち合いが七日までとは違っていた。
九日目の立ち合いもおかしかった。
集中が少し切れ始めた・・・と思った。
それは、体力的なこともあろうと思う。

心技体の心が乱れれば、
技を持とうとも、その力を十二分に発揮はできない。
年齢を重ねどんなに鍛錬しても、
否が応でも落ちる体を支えることもできない。
心がすべてを支えている・・・
ケガもする・・・

『不安』はすべての歯車を逆回転させてしまう。

朝乃山も、集中がいつもと違ったとき、黒星をもらった、と思っている。
朝乃山の表情から読み解くことは、難しいが、
やはり、様々な重圧の中で、集中を欠いたとき、付け入られる・・・
仕切りの時に、いつもと足の裏の感覚が違っているのではないか・・・と思った。
翌日、切り替えてきた。
新大関、その重圧の中で、今日の相撲は、注目の一番だ。

戻ってきた照ノ富士・・・力任せの相撲ではなく丁寧な相撲を取ってほしい。
力でねじ伏せようとするとケガをする。

肌を合わせて・・・二人にしかわからないものをお互いに感じながら、
すばらしい相撲となることを期待している。

大相撲は、面白い。
シンプルに、人のあるべき姿を見せてくれる。

今日も、勇気をもらおう。
そして、あきらめてはいけない・・・
まっすぐに・・・
自分にそう言い聞かせて、
だんぼっちにこもって、
10月の公演について思考することにしよう。
できる方法を探りながら・・・
あきらめない・・・それを大相撲は教えてくれる。


大相撲のこと、久しぶりに書きましょかね・・・

2020-07-27 10:41:26 | お相撲(スポーツ)のこと
五月、国技館に観客の声は響かず、
ピンと張りつめた空気がそこには流れていた。
その緊張感が、神事としての相撲を見せてくれた気がしてならない。
そんな中でも、観客の声援に助けられていることを実感した力士たち。
よい場所・・・だった気がする。

その後も、新型コロナウィルスの影響で、
地方巡業は中止となり、出稽古もできない日々が続いた。
糖尿病を患っている力士も多いと聞く。
新型コロナウィルスは、糖尿の持病があると重篤化することがあるので心配していた。
残念ながら、勝武士さんがCOVID19で命を落とした。
28歳という若さで・・・
高田川親方も、り患されご自身の闘病と弟子の逝去という事態となり、
どれほどの悲しみ、苦しみ、口惜しさ、そしてやり場のない怒り・・・
それを思うと胸が痛む。

五月場所中止となり、各部屋でも対策を取りながら、
七月・・・名古屋から国技館に場所を変え、二週間遅れでの開催となった。
昨日、中日、千秋楽まで・・・あと、7日である。

観客数を1/4まで減らし、声援は禁止、拍手での応援、支度部屋の工夫、
皆が様々な努力をし、場所を成立させるために頑張っているときに、
情けないニュースが飛び込んできた・・・語るにも値しない・・・
錣山親方の胸中・・・いかばかりか・・・
ご自身の子どものころの愛称を四股名とし、育ててきた弟子の愚行。
申し訳ないが、場所中の休場だけでは済まない問題であると私は思っている。
先代阿武松親方から、今の時代において相撲で弟子を育てることの難しさを漏れ聞いていたが、
本当に、何をどう話せばわかってもらえるのか・・・
抑えきれぬ怒りを抑えながら、指導にあたることの難しさ・・・
錣山親方のそばにいた人たちが、一人二人と去ってしまった今、どんな心持なのかと・・・

さて、本題に入ろう・・・相撲のことだ・・・今場所の相撲のこと。
観客が入り拍手もあり、それはそれでうれしいのだが、
無観客場所の緊張感に比べると、なんとなく、
緩んでいる感じに見えてしまうのは私だけだろうか・・・
相撲に締まりがない・・・そんな感じがする。
稽古不足がその要因なのだろう。
出稽古も巡業もない中で、
もちろん鍛錬はしてきただろうし、
それぞれの部屋で稽古をしてきたことは確かであろう。
しかし、どこか、集中にかけている。
その中で、いつも以上の集中をしているのは、横綱白鵬だ。
6日目までの立ち合いは申し分ない。
全盛期の白鵬を彷彿させるものだった。
中日の相撲について、荒磯親方は盤石とおっしゃったが、
私には少し違って見えた。
そのことは、今日は触れないでおこう。
もう一人、とてもいいバランスの集中ができているのが、
言わずもがなの新大関朝乃山である。
立ち合いがいい。
踏み込みがいい。
腰構えがいい。
申し分のない四相撲を、バランスのいい集中をもって取っている。
もちろん、このあと、横綱との優勝争いになっていくので、
そのプレッシャーとの戦いになるが、
自らの相撲を取りきることにだけに集中できれば・・・と思っている。
横綱になる関取だ・・・と久しぶりに思える人が現れた、心技体揃っている。

さて、一番書きたかったことを最後に書いておこう。
今場所は、小さな部屋の突き押し相撲の力士、にとって、試練の場所となっている。
理由は、多くは語るまい。
言い訳になってしまうのは、よくない。
重い相手にぶつかってぶつかってぶつかって相撲を磨く、その機会を奪われた。
どんなにトレーニングしても、それは、追いつかない・・・
そのことを、まざまざと見せつけられている。
稽古不足であっても、相撲勘は、場所の土俵上で戻るかもしれない。
が、突き押しの力・・・は、そんなに簡単に取り戻せない。
それは、筋力だけでなく、力の伝え方というか、押しどころというか・・・
うまく言えないが、何かがある気がしてならない・・・
充分稽古していても、出稽古や巡業があっても、突き押しの相撲の力士たちは、
場所中にひとたび力の伝え方、押し方に迷いが出ると、黒星が並んでしまう。
言い訳になる・・・ので、書きたくはなかった・・・が、
初日から、相撲になっていない阿武咲・・・
相撲後に土俵上で見せる顔が、すべてを物語っている。
悔しい顔すらできない状況なのだ・・・
なぜだ・・・という顔をしている。
まったく、ほんとうに、観ている方は、悔しくてならない。
せめて、小さな部屋は何部屋か限定した稽古ができるようにしていただきたい。
もちろん、感染に充分注意を払いながらであるが、今のままでは・・・
阿武松親方、不知火親方も、全力で稽古をつけてきたことだろう・・・
それでも、やはり、現役の関取同士で切磋琢磨できるように・・・
協会はなんとか、その方法を模索してほしいと切望する。

四相撲の力士以上に、突き押しの力士にとって、
そして、小さな(関取が一人の)部屋の力士にとって、
過酷な場所となっていることは確かな気がする。

さぁ、今日は中日に負け越しが決まった突き押しの豊山と阿武咲の取り組みがある。
どちらも思いっきり、自分の相撲を貫いてほしい・・・
どちらにも白星をあげたい・・・と思うのは、私だけではないだろう。
落ち着いて集中した力のこもった、あきらめない取り組みを見せてほしい。
千秋楽まで、このコロナ禍で、皆で支えている『場所』を見守っていきたいと思っている。

最後に・・・初っ切りでもたのしませてくれた勝武士さんの冥福を祈って・・・
竜電の土俵に心をよせて・・・場所を見守っていることを書き添えておく。

新型コロナウィルス・・・素人のつぶやき最終回にしたいものだ・・・

2020-07-26 10:16:07 | 新型コロナウィルス・・・素人のつぶやき
第二波か!といわれ、人々もさすがにその数字に驚いたりしている。
第二波かどうかはともかくとして・・・
その数字の増加は、検査数が増えたということも
一つの要因になっていることは確かだと思う。
3月の末、すでに誰が感染していてもおかしくない状況は
生まれつつあったと思っている。
だから、細心の注意を払うべき時だったし、
それぞれが、気を付けなくてはいけないと思い始めていた。
が、注意喚起をすれども、その気を付ける度合いがそれぞれで、
「俺は戦うぞぉ!」みたいな意味不明の輩もいたことは確かで、
それは、緊急事態宣言を出さざるを得ない状況にまで追い込んだ。
(必要であったとは思う・・・休業補償や、もろもろの政策の根拠になる)
そういった状況でも日本はPCR検査を増やさなかった。
それは、検査体制が整っていないという側面と、
検査をして無症状や軽症の陽性となった患者を隔離する体制をとれば、
医療はたちまちパンクすることは、火を見るよりも明らかだったことが、
もう一つの理由だと思う。

三次救急の現場では、新型コロナウィルス以前から、
医療体制は厳しい状態が続いていたことは確かで、
そんな中で国は、稼働率の低い救急病院を統廃合すべきなどと
訳の分からんことを言っていた。
その矢先に新型コロナウィルスが現れた。
『この病院はいらない』と言われていた病院がなくなっていたらと思うと、ぞっとする。
統廃合の旗振りをしていた人、いま、どんな気持ちでいるのだろう・・・

教育・医療・福祉は、『効率』という言葉ではかるべきことではない。
もともと非効率なものなのだ。
だから、そこに効率だけで物事を判断する人たちが介入するととんでもないことになる。
と、私は思っている・・・・

そのことを語りだすと話がどんどん膨らむのでやめておくが、
とにかく、普段から、大変だった三次救急の現場に、
正体不明のCOVID19がやってきたわけだ。

重篤患者を救うということにシフトしても、
限界を超える状況が生まれたことは容易に想像できる。
そこに、中等症患者、軽症患者の対応も生じる・・・
正体不明の相手にどう対応するか・・・
急に重篤化する人も現れる中、放っておくわけにはいかない。

ぎりぎりの戦いが現場では続いていた・・・
そんな時にもPCR検査!PCR検査!の大合唱は続いた・・・

何度も言うが擬陽性もあり、偽陰性もある状況の中で、
検査より以前にすべきことをする・・・
おのおのが、手を洗いマスクをして、顔を触らないようにする。
たくさんの注意喚起がされていた。
それをすることが、一番必要なことだった。
三密にならないようにする・・・これもまたとても大切なこと。

テレワークを推進し、電車は、かなり空いた・・・
都心の昼間人口は、激減した。
そのために消費は、地元スーパーに移り、インターネットや宅配利用が増えた。

これまでの一極集中、が、ばらけるスタート地点に立ったかに思えたが、
宣言解除後、テレワークは、激減し、もとの状況に戻っていった。

感染は、増える・・・と思った。

そりゃそうだ、生活様式・・・とやらの根本的な変革はできていないもの。
手洗いマスクソーシャルディスタンスだけでは、どうにもならないもの。
これまでの経済活動や様式を根本的に変革しないと、
延長線上じゃダメでしょと思っていたから、私。
どうすれば、それができるかは、よくわからないのだけど、
それが必要なことは、専門家でなくてもわかる。

が、元に戻った・・・
さらに検査数を・・・
体制を増やし強化する前に、検査数を増やした・・・
あちゃ~~~、なんでやねん。。。
まず、体制をつくらにゃあかんでしょ。
素人でもそう思うわ・・・

現場(臨床・研究)では、COVID19の姿が見え始めているはずだ。
私たちには、見えないものがかなり見えてきているはず。

だから、私だったら、熱があっても、咳が出ても、
検査するしないは、ドクターに判断をゆだねる。
それは、何かあったら何もかもドクターに責任を取ってもらうということとは違う。
現段階で、私より知っているドクターに判断してもらうってこと。
それは、私が選択したこと・・・責任は、私にある。
そのことも、忘れてはいけない。

というわけで、とにかく、陽性者数に関係なく、
いつでも、私たち市民は、きちんと、気を付ける・・・それにつきる。
そして、経済界の方々は、
どうぞ、今まで通りの経済のカタチではない何かを考えてくださいませ。
それはとても大変なことかもしれないけれど、一極集中をなくして、
日本全体が潤うような仕組みを考えてくださいませ。
そして、政治家の皆さん、
一部に富が偏るのでなく、富を再分配できる仕組みを考えてくださいませ。
みんなが誇りをもって暮らせる社会にしてくださいませ。
貧困が現存する社会は、決して成功した社会とはいえないと私は思うのです。
江戸時代にはできなかったことも、今の時代ならできると思うのです、私。

新型コロナウィルスは、いろんなきっかけを与えてくれている。
それを、どうしていくかは、すべての人間に問われていることなのだと私は思う。

あふれる情報に踊ることなく、端然と・・・ですかね(^^)

とある秋の日、とある町で・・・

2020-07-24 07:24:35 | 表現にからむ様々なこと
そう、あらゆることが、『ゆきずり』の出来事に過ぎない。
その『ゆきずり』が醸し出す、空気は、感情は、
すでに『特別なゆきずり』になっている。

原作:芥川龍之介
読み語り歌う:CuniCo
叫び吠え包み込む尺八:大由鬼山
揺らし寄り添い彩るピアノ:ケミー西丘


藪の中
2020.10.27.(火)
昼 14:00 開演・夜 19:00 開演
3,000円
アトリエ第Q芸術


utamonogatari@icloud.com
090-3810-8850


感染防止の観点から
席数を減らしての上演となります。
できる限り事前のご予約をお願いいたします。
安心してご来場いただけますように工夫をいたします。


小田急線成城学園前駅下車徒歩3分

『場』を共有するということ

2020-07-22 09:13:35 | 新型コロナウィルス・・・素人のつぶやき
世界中で感染症が拡がる中、それぞれの国での状況、対応が違っている。
それぞれの文化の中で、当然のことと思う。
ただ、『マスク』が世界で受け入れられているということは、
その有効性は、完ぺきではないが、確かにしないよりした方がよいということなのだろう。
ただ・・・これだけの湿度・・・蒸し暑さの中ではリスクもあるから気をつけないといけない。

相手はウィルス・・・なわけで、あの人が感染した、あそこで感染が起きた・・・
ということではなく、どんな状況で感染が拡がるか・・・ということをもっと知りたい。
つまり、『場』を提示しても、漠然とした『イメージ』だけが、『話題』として拡がっていく。

相手は、未知のモノであり、ごくごく・・・極ちいさいものなので、
専門家だってその実態をつかみきれていない(輪郭は私たちより見えている)。

だから、不安になるのだからせめて、具体的な状態をもっと知らせてほしいと思う。

絶対ではなく、たぶんこうなのだろう・・・ということと、
確信をもってこうだ・・・と言えることをごちゃ混ぜにしないで伝えてほしい。

まぁ・・・『三密』を避ければいいということらしいけれど・・・

なぜ、『状況』を知りたいかといえば・・・
人と人が集うこと・・・
その『場』があることが、『人間』にとってとても大切だと思うからだ。

大人数での飲み会などはいけない・・・
少人数ならいい理由がわからない・・・
おおよそ・・・漠然とわかるんだけど・・・わからない。
って思ってる人多いのではないだろうか・・・
つまり、わからない人にわかるように伝えてほしいんだ。
わからない人が混乱するように伝えないでほしいんだ・・・
マスで伝えると、わからない人達は、混乱しがちだから、
マスコミは大変だと思うが・・・もうちょっと丁寧に思う。
それと、こういった、集団ヒステリックに陥りかねない状況の時には、
話題性ではなく科学性重視のスタンスで、と思う。

どういう点にその『差』があるのかを話してほしいんだ、具体的に。

『線引き』はしないといけないのだろう・・・確かに。
それが厄介なわけだが、東京人だけが動かなければ大丈夫・・・
なんて理屈はなく線引きさせていただきました・・・ってことなんだろう。

『東京』の中にも、人口密集がない地域もあるし、
私は、ほぼ神奈川県と揶揄される町田に住んでいる。
日常的に神奈川県に移動している・・・

あの『Go To』なんちゃらを検討し直したときに、
全体を延期にできなかった理由はなんなのか・・・
私は全体で延期することが、今は必要だったと思っている。

多くの国民がそう思う中で、今日始まったようだが・・・

感染症が拡がる可能性は否めないが、
経済をこれ以上ひっ迫させることはできない。
みなさんリスク覚悟で、『Go To』してください・・・
なお、一応『話題』の東京は、外しておきますから・・・これで手を打ってください。
とでもいうことなのだろうか・・・

はっきり、言ってほしい・・・移動は感染リスクを高めます。
それを承知で経済が危機的状況ですから、みなさん、感染リスク高いけれど、
自己責任で気を付けて、『Go To』してください。
経済のために・・・よろしくお願いします。くらい・・・言ってほしい。

私は、『場』を共有するかということが、とても大切だと思っている。
だから、旅行だってライブだってやることに大賛成だ。
ただ、そこにはリスクがともなうわけで、そのリスクを減らす方法を、
『場』を設定する側の人間としては、様々、もっと具体的に知りたいのだ。

それは、フェイスシールドとか、アクリル板とか、そういうことでなく、
『ナマミ』同士で『場』を共有するための条件を知りたいってことなんだ。

具体的に何をするとリスクが高いんだろう・・・ということを・・・

三密にならないように企画運営すること・・・それに尽きるのだろうけど。

『場』を共有すること、
『時間』を共有すること、
みんなで笑い、つどい、感情を通わせること、
泣いている友を抱きしめること、
肌触れ合うこと、
手を当てて『手当』というそういった自然の力・・・
ウィルス・・・なんぞに奪われてたまるか!と思っている。

ネット越しの会話や飲み会も楽しいのかもしれないが、
私にはどうも・・・なのである。

そして、やはり『場』を・・・そう思う今日この頃なのです・・・
というわけで、表現の『場』を・・・変更することになりました。
私なりの工夫・・・をどこまでできるか、具体的に考える段階に入っています(^.^)
近日中にお知らせできそうな気配・・・

『死守せよ、だが軽やかに手放せ』
そう、フェイスシールドもマスクも、アクリル板も、軽やかに手放し、
『表現』を死守してみせる・・・そう思う今日この頃なのである・・・
何事も我田引水(笑)
彼の人の演劇論を具現化する肉体は私には備わってない・・・
しかし、精神だけは、そこに向き合っていたい・・・と思うこの頃なのです。