CuniCoの徒然・・・岩下邦子の独り言

日々の暮らしの中で、立ち止まったり、すれ違ったり。私の中のアレコレを思いつくまま、気の向くまま。

都知事選のこと・・・

2020-06-30 11:29:32 | 日記
どうやら、都知事選らしい。
珍しく、政治がらみ・・・書き留めておこう。
まぁ、左翼ではある・・・と思っている。
といか、常に権力におもねない自分でありたいと思っているというか・・・
『市井の人』でありたいと思っている。

都庁の中に17年いた私は、当時、都知事選といえば、
4年に一度の社長選び(都職員ではありません・・・念のため)の時なわけで、
その空気を肌で感じていた。

が、まぁ都庁から離れてもうずいぶんになるので、
離れてみると・・・どこで都知事選やってるんだろうという感じがするくらい、
空気を感じない・・・あぁ、政治ってこんなに遠いのか・・・と思うわけです。

実は、政治は暮らしに大きくかかわっているのだけれど、
日々暮らしているとその実感がない・・・という感じなのであります。

自分にかかわるところ・・・は、非常によくわかるけれど、
要求したい事があったりするわけだけれど、まぁ・・・ぼーっとしていると、日々過ぎていく。

子どもの頃、青空バッチをつけて、美濃部革新都政を子どもながらに喜んだ記憶がある私でさえ、
なんとなく、どこで都知事選やってるのかなぁ・・・くらいな感じになっている。

立会演説会がなくなり・・・選挙活動の規制が強くなり・・・
さまざま、政治からの距離をつくられ、無関心層を狙い通りにつくられてしまった感がある。

私の祖父は、自民党総裁選で、誰かを応援していたようで、
政治家たちとの箱根会議・・・にも参加していたようで、
母の記憶もあいまいな今・・・
それが誰を応援して、いつ、箱根のどこで等、確認するすべもないが、
まぁ・・・確認する意味もないと思うけど・・・
そんな我が家、私が生まれたときには、祖父は他界していなかったが、我が家の門には、
『石原慎太郎後援会』と貼られていて(当時衆議院2区選出の衆議院議員だったと思う。)
その門から、青空バッチの子どもが飛び出してくるんだから、面白い光景ではある。

さて、都民を守る立場の美濃部さんの悪評も数々あるわけですが・・・
福祉重視の都政を体現してくださった方だと思っています。
そして、その福祉重視のために財政難・・・に陥った都の財政を立て直したのが、
官僚から都知事になった鈴木俊一。
この人、まぁ、悪いこともしたけれど・・・財政再建を頑張った・・・が、結局、
都庁移転のために臨海部に『箱物』をばんばん作って、財政赤字は美濃部都政時代の水準になった。

まぁ、箱モノで赤字になるより、福祉で赤字にした、美濃部さんに軍配を上げる・・・感じだろうか。
しかし、鈴木俊一という人は、地方自治の立役者であり、すごい人だなぁ・・・と思うわけです。

鈴木都政・・・箱物行政、福祉切り捨ての行政を何とか福祉優先の都政へと訴えたとき、
機運は来た!という感じであったが、野党が統一候補を立てられず、
4期目の鈴木都政がスタートしたと記憶している。

さてさて、今回の都知事選である・・・

今回・・・非常に残念なことに、同じような結果を見ることになるだろう・・・と思うわけで、
まったくもって、何たることか!と思うわけだ・・・

政治に無関心な人たちが、カリスマ的存在の登場により、
政治に関心をもつことは大いに喜ばしいことだと思う。

また・・・実害・・・があり補償を地方自治体や国に対して求めることになり、
その動きの遅さ、補償の少なさ、暮らしていけないじゃないか!と憤って
政治に興味を持つという、この瞬間に都知事選になわけで、
大きなうねりとなる可能性のある都知事選だ・・・と、思っていたが・・・・・・

また、統一・・・が実現しなかった・・・
自分がキーパーソンであると、なぜ自覚してくれなかったか・・・
ものすごく、ものすごく、残念でならない・・・

大同小異・・・もちろん政策実現のためのお金をどう作るか・・・は『小異』ではないかもしれない。
が、いま大事なのは、弱い者の立場に立てる人・・・を、首長にすることではないだろうか・・・

国会という場で政治の難しさを痛感した人であれば、いま、『トルベキジツ』は何かを思考してほしかった。

と、思いながら・・・

もう資本主義でも社会主義でも共産主義でもない・・・
経済の構造が生まれないと・・・人類は大変なことになる気がすると
数年前から感じている私なのだが、どうしたらいいのかなんて、考えられるほどのおつむではない。

『労働』の場を生み出さないと、と思う。
格差ばかりが拡がるような構造では、大変なことになる気がするんだなぁ・・・

三人姉妹のイリーナが言う『働かなくっちゃ・・・働かなくっちゃ・・・』と。
労働すること、それが何かの役に立っていること・・・社会は支えあっていること・・・
そのことによって、人間らしい生活水準を得られること・・・それが大切なんだなぁ・・・と思う。

すでに、私の次の世代、次の次の世代が、その方向性を模索している・・・のだろう。

どうも新しいことが苦手になってしまった自分がいる。
だから・・・そんな自分にしかできない発信をすべきなのだろうなぁ・・・

政治に関しても・・・これから、どう変革されていくのか・・・
それは、新しい思考や新しいカタチがあってこそ、実現できるのかもしれない。
しかし、古い頭でも、この私が感じたことは書き留めておこうと思った。

私の立ち位置は、いつもココ。
ココに立っていると、周りが移動して、左翼にもなり、右翼にもなる。
見方によっては、差別主義者にも見えるかもしれないし、とてもリベラルな人にみえるかもしれない。

私は、私。
ぶれることは、ない。

都知事選投票日に予定があるので、期日前投票に行かなくっちゃな・・・と思う私なのでした。

エコキュート12年で交換することに・・・

2020-06-24 10:51:54 | 日記
12年使ったなら、御の字でしょうと言われるだろうか。。。
あぁ・・・毎月使い切り、貯蓄なし人生ですから(笑)
こういう時に、困っちゃうわけで、
決断をもう少し早くするべきだったのかもしれないが、
ついつい、伸ばし伸ばして12年・・・ついに、壊れた(^^ゞ

いつからか、お風呂に入ろうとすると、湯船にはいっぱいのお湯が・・・
溢れんばかりの湯量だった。
まさか、あふれているとは思わずに、
チビはオーバーフローの贅沢風呂が好きなので、
きっと、一杯にしたのだろう・・・
しかし、自分が入っていていっぱい・・・出れば水位は下がるのに、
どんな方法で、あふれんばかりの湯量にするのだろう・・・と、不思議に思っていた。

そのまま、時は推移して、数日たったある日、家人が、
「最近、風呂がいっぱいなんだけど、なんでだろう・・・」といい始めた。
とりあえず、深く考えもせず、
「オーバーフロー好きな奴が一人いるから・・・』て落ち着いてしまった。

その時点で、実は、落ち着いている場合ではなかったのだ・・・

あるとき、一杯になっているのではなく、『あるれている』ことに気付いた。
ん?なんで???
なんでなんて考えなくてもわかるじゃないか・・・
漏れているんだ、給湯器から・・・給湯され続けているんだ・・・が、
なんで???と思ってしまう自分いる。
なんであふれるんだろう、誰も何にもしていないのに・・・
おいおい、エコキュートが壊れたんだ・・・なぜ、すぐにそう思えないんだ!
人間、危機に瀕しても大丈夫と思う回路が働くとは聞いていたが、
この回路が働いているのだろうか、比較的落ち着いていた・・・

それから、何回目かの入浴の時・・・ふと、湯船に浸かりながら、
足をのばすと、冷たい水が流れ来るではないか・・・なんじゃこりゃ・・・
しばらく足で確認・・・冷たい水が出続けている・・・

あ、水が漏れている、とめどなく漏れている(*_*;

我が家の風呂はいわゆる24時間風呂なので・・・
いつも湯船にお湯がはってある。
風呂好きの家族はいつでもお風呂に手足を伸ばせるというわけで、
洗濯で湯船のお湯を使うので、湯量は、減る・・・
入浴の時に足しながら、まぁ、湯船のお湯も毎日半分くらいは入れ替わる・・・
洗濯物も五人分なので少なくはないから、かなり、湯船のお湯は入れ替わるわけで・・・

そんなこんなで、水が漏れていたが、24時間風呂のヒーター機能もあり、
湯温も保たれて・・・
洗濯に使うから、漏れ始めたときはあふれずにいっぱいになってるなぁ・・・みたいな感じだった。
それが、日に日に漏れる量が増えたのであろう、確実にあふれるようになった・・・

これは、まずい・・・そう思った時には、
どんなに頑張って湯船の水を浸かっれもあふれるようになっていた。

部品交換で大丈夫なのか・・・それとも新しいものに交換か・・・

部品交換が可能な部位の故障であったとして・・・その見積もりを依頼する。
見積もりを営業マンが持ってくるまでの間、あふれる量は増え続け・・・
私は、新しいものにすることを決意していた・・・

インターネット上は安い価格のモノもある。
しかし、オール電化の我が家としては、あらゆるものをメンテしてもらっている今の業者に頼んだ方が、良い。
と判断し・・・あぁ、10年ローンを組むことになった・・・
私の仕事は、途中で着られなければあと8年・・・あぁローンが残ってしまう・・・
雇用が、希望すれば手取りは減るが70までいけるかも・・・との話も聞く。

明日はわからない時代になってきた・・・
確か、12年前、エコキュートにしたとき、10年後のために貯金しなきゃなんて言っていた私。
まったく、貯金してませんでした、はい。
贅沢もしてはいないのだが・・・
つまり、使い切りの人生なのです・・・

が、今回は覚悟を決めて貯金しないと、10年後壊れたときは、どうにもならない。

その前に人生どうなるかわからないから、
使い切り人生もいいじゃないかと笑いとばすこともまた一興。

とりあえず、今回のエコキュート交換は無事終了しました(^.^)

リモコン画面に、シャワーなどの使用湯量が表示される・・・
130リットル・・・多いのか少ないのかわからないけれど、
100リットルまで目標に節水も頑張らなくっちゃ・・・

今回の件でもうひとつ・・・水道代の心配がある我が家なのでありました(^^ゞ

1枚のCDが届いた・・・

2020-06-20 12:03:54 | 表現にからむ様々なこと


まるで、絵画のようにその音はキャンバスに何者かを描き出す。
それは、それぞれの感情や意識や鼓動や呼吸が描き出すものである。
それぞれが、自立し自律している。
制御され、解放され、絡み合い離れていく。
そんな音楽だ・・・

私は現場に立ち会うことはかなわなかった。

フランソワ・キャリリールというサックス奏者が日本に来るという。
そのジャパン・ツアーのフライヤーをJazzTokyoの編集長稲岡邦彌氏から依頼された・・・
あぁ、また眠れなくなるじゃないか・・・と、思いつつ、好きな作業だから、受けてしまう。
もちろん、お手伝いしていたBitches Brewでのライブも予定されているし、
断る理由はないわけで、ただ、残念なのは、私の睡眠時間が減ること、くらいだ。

実は、諸事情により、予定されていたある会場でのライブが中止になった。
それは、とても残念な理由であった。

日程が空いてしまったこと、何とか、どこかで・・・
予定していた纐纈雅代(as)と井谷享志(ds.perc)と
Bitches Brewで共演した不破大輔(b)というメンバーで
レコーディングできないだろうかという模索が始まった・・・

みなで会場をいろいろ当たった・・・越生の『山猫軒』と決まる。

それぞれのアーティストがスケジュールも調整し、実現に至った。

その時のライブ録音である。

私は、みなさんご存知のように音楽に疎く、
出会った人々は、Bitches Brewでの2年間の時間の中に限られている。
井谷享志(ds.perc)は、このCDで初めて聴く。
面白い。
調和しながら反発する・・・
融和しながら切り刻む・・・
地殻を突き抜けて、マントルからマグマにまでしっかりその根をはっている。
パーカッションという立ち位置は、地球そのものなのだろうな・・・と思う。

不破大輔(b)は、あまりにも有名な人らしいが、
私はこのジャパンツアーのBitches BrewでのLIVEで初めて出会う。
その時の印象が、もう・・・衝撃的だった。
体調不良の中、駆けつけてくださった不破大輔のベースは、
刺激的で色っぽい、魅惑的なベースだった。

纐纈雅代(as)は、私の中では、もう言葉はいらない。
魂を叫ぶ・・・限界のその先へ、常に扉を開け続けるサックスだ。

というわけで、なんとも素敵な3人が、
カナダからやって来た世界を旅する即興演奏家、フランソワ・キャリリールと対峙した。

しかも・・・『山猫軒』で。
あの空間は、いい。

まず、響きがいい。
空気がいい。
環境がいい。
私は昨年、蜩ゼミの声につつまれて、
山口コーイチのピアノを聴きに行った。
とても遠いわけで、行けども行けどもつかないわけで・・・
それでも、行く価値のある空間である。

『山猫軒』がLIVE収録の会場になったことも、このCDにとって、
つまり、アーティストにとって、幸いしているのだろうな・・・

無垢な空気に包まれて、それぞれが、思う存分楽しんでいる。

不破大輔のベースは、血管を流れる血流の様だ。
体中を毛細血管の先の先までその流れは行き渡り、
細胞に静かに命を与える。
そして、たまに停滞し逆流さえもする。
その流れで体温が一気に変化したりする。

サックスが二人・・・これがまた面白い。
個性際立つ二人だからこそ、たて糸と横糸のように絡み合いながら。。。
大河の流れのようなフランソワ・キャリリールのサックスは、
自然の大きな営みであり、人間が創り上げた街の様でもある。
そこに、纐纈雅代のアルト(法螺貝も吹いている)が、
抗い、寄り添い、感情のままに踊り出す・・・揺らぐ炎のように存在する。

素晴らしい一枚だ。

リトアニアでつくられたとのこと・・・
世界中が新型コロナウィルスの脅威にさらされているときに
ヨーロッパの国でつくりあげられた。
このCDのタイトルは、『JAPAN SUITE』
フランソワ・キャリリールは、確かに、
日本でたくさんの愛に出逢ったことであろう。
それは、甘い予感であり、アジアの色合いだったのかもしれない。

ほんの少しお手伝いをしただけであるが、
ジャケットに私の名前まで・・・
Special thanks to・・・とある。
いやいや、感謝は私の方だ・・・
素晴らしい音たちを私の元に届けてくれたすべての人に心からの感謝の意を表したい。

このCDが制作されたリトアニアには、リューダス・モツクーナスもいる。
彼の音楽も・・・たまらない。
私の手元には、彼のCDもある。

Bitches Brewでの二年間は、私にたくさんの宝物を与えてくれた。

1枚のCDが届いた・・・

郵便番号は、まったく違う表記だった。
住所も間違えていた・・・それでも、届いた。
不思議なこともあるもんだ・・・

届けてくださった郵便局の方にも、感謝であります(^.^)



胃を休めてあげる時間

2020-06-13 09:24:30 | 華麗なる加齢 あるいは 身体
私の胃腸は、あまり丈夫な方ではないと思っている。
が、特に病気ではない、とも思っている。
まぁつまり・・・特に問題はない。
何かあるとしたら、便秘と下痢を繰り返すくらいだ。
今の職場で働き始めたのは、10年位前。
月の1/4は、15:30か16:30からの休憩となる。
その時間に食べる・・・帰宅が23時過ぎるから、空腹この上ない。
腹ペコで眠れないから、なにかひと口と思うが、
ひと口が呼び水となって、たくさん食べる・・・
満腹のまま眠る。。。朝はほとんど食べなかったが、
朝、食べないのは身体に悪い・・・
とかいう世間の常識とやらが気になって、食べる。

そんな暮らしだったが、あまり、太らなかった。
相変わらずの、便秘と下痢の繰り返しで・・・
まぁ2~3日の便秘なんてフツウなわけで・・・
あれ・・・う~ん、もう5日くらい便秘してるかも・・・
的な状況も珍しくない私でした。

まぁ、特に問題なく、そんな感じの10年でしたが、
ここにきて、太った事、
新型コロナウィルスで、休みが増えた娘と、
ビデオ見ながら食べる機会が増加したこと、
職場のシフトが変更になり、昼夜問わず、睡眠時間削りながら、
お手伝いしていたお店の手伝いができなくなったこと・・・
などなどが重なり・・・なんと確実に体重が5キロ増加した(*_*)
洋服が入らなくなった・・・割とスリムな服を着ていたが、もう無理!

で、ふと・・・お腹空かないのに食べている自分に気が付いた・・・
で、自分を観察すると、空腹を感じる時が少ない気がした。
遅番の時など、11時に早めの昼を食べて、15時30分に早めの夕食を食べて、
23時に、しっかり、また食べる・・・
空腹なのは20時ころと朝起きたき・・・
それぞれ、少し食べるわけで、それがおやつといえば、おやつ・・・である。

なんともひどい食生活・・・

そこに、コロナ禍で、年中食べる・・・が加われば、鬼に金棒、5キロは太る。

胃を休ませてあげることの重要性について・・・考えてみた。
考えれば、考えるほど、それは大切だと気づいた・

で、少しコントロールすることにした。
お腹がすく時間を作ることにした。
これが、胃腸にはすこぶるいいようで、
頑固な便秘が便秘気味ってくらいになったし、
体重も・・・いやこちらは、そのままなのだが、
まぁ、とくに頑張って痩せなくてもいいと思っているので、
それは、良いとして、身体を少し動かそうと思っている感じ。

自分の頭で考えて、そういう結論に達したのだが、
ググってみると『ゆる断食のすすめ』などということもあるらしい。

『ゆる断食』なのだから、ゆるゆるとした方がいい。
細かい規制を設けても面白くもないし・・・
目標は立てることに意味があるわけで、無理な我慢はいけない。

ゆるゆるな私は、食べたくなったら食べるという・・・ゆるゆる断食(笑)
あ、どう考えても『断食』とは呼べないな(笑)

まぁ、自分でも、身体に聞いてみたら・・・
『胃を休めてあげる時間』が欲しい・・・と言っていたから、
まぁ・・・過重労働はいかん・・・というわけで、
最近は、おなかがちゃんと空く(^.^)

何事も、我慢しないほうがいい・・・
我慢ではなく、ゆるゆるとがいい・・・

と、思っている。

が、どうやら給湯器が壊れたらしい・・・漏水状態が続いている。
給湯器まで私に似てしまったがゆるゆるでお風呂のお湯があふれ続けている・・・
あぁ、一生懸命節水しているのに、水道代跳ね上がるぞ・・・
給湯器変えなきゃいけないから、莫大な費用が掛かるぞ・・・
もう、限界を超えて使っていたので、部品がないらしい・・・
てなわけで、預貯金ゼロの我が家は、また・・・ローンが増える・・・

お金の我慢だけは・・・死ぬまでついて回るみたいです、はい・・・

環境をつくらないとな(^^ゞ

2020-06-11 10:53:06 | 表現にからむ様々なこと
部屋が散らかっている。
というか、ものを書く場所がない。
今現在、『字』を書くことをしているので、机が欲しい。
モノが多すぎる。

今、私は、秋の表現に向けて、『字』を書いているので、
そのための場所を自室に作りたい・・・
が、荷物があるれかえっている・・・
昨日に引き続き、少し、いや、かなり断捨離しよう・・・

『藪の中』もう、数回文字に書いて、居る。
全体のイメージを書きながら探っている。
テキストを私が創作するのではなく『芥川』が書いた言葉がある。
現在では使わない言い回しもある・・・
耳慣れない言葉も、ある。
それらを、どうするのか・・・
いや、やはりテキストを活かすべきだ・・・
などと思いながら・・・

とにかく、1か月後には、本読みに入りたい。
立つようになったら、大由鬼山(尺八)さんに観てもらう場をつくりたい。

さぁ・・・どんなふうになるのだろう。

かなりの集中と作業が必要であることは、確かだ。

というわけで、表現に向き合う環境を作らないと・・・
実際にもっと動き始めたら、
部屋は荒廃する一方になることはわかっているから、
片付ける時間と労力を割けるのは、今しかない・・・・

『CuniCo』が久しぶりに始動していることは、確かです。

おいおい、その表現の場をどんなふうに用意するか・・・
考えたうえで、お知らせしていきます。

創造するための環境と、
表現するための環境・・・
さまざま・・・環境を作らないといけないわけです。

まずは部屋の模様替えをほんの少し・・・始めるとします。