うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

さいしょうさん

2021年04月23日 | 日記・エッセイ・コラム

世間の動きも慌ただしいが、ここのところ、どうもすっきりしない。鬱とまではいわないが。。

とりあえず、心が悪いほうに落ちていくことは防げているが、代わりに良いほうにも振れていかない。だから、音楽とか芸術とかに、はいりこむことができない。
音楽も、練習とかはじまっているんだけど、どうもしんどいほうが先にたってしまう。なんか疲れやすくて。

もともとこの数年、住まいも仕事も変わり、去年からはコロナで夜の中全体が変わってきている。自分でもそれなりに消化してきたつもりだけど、どこか自覚のないところで自分が悲鳴を上げているところがあるのかもしれない。。
まあそれでも恵まれているほうだとは思うが。



偶々ツイッターを眺めていたら、フォローしている人がいいねしたツイートに目が留まった。
読売新聞の人生案内は、ときどき話題になる。
うちの親なんか結構好きだけど、あんまり良く読んだことはなかった。

回答者は多彩で、増田明美さんとか、出久根達郎さんなんかも回答している。
ただ、ツイッターの方が触れているように、最相葉月さんの切れ味は次元が違うようだ。

東日本大震災で亡くなった方の慰霊のために、職場で黙とうをささげましょうと呼びかけがある。
全員起立して黙とうをささげる中、同僚が部屋を出て行ってしまう。
思い出すのが辛いから、と言ったその同僚を許せない、という相談者。

最相さんは答える。

キリストは、祈るときは人に見てもらおうとして外で祈るのではなく、一人静かに祈りなさい、と言った。
あなたはどうか。みんなで祈っているときに、部屋を出ていた彼女のほうが気になって仕方なくなり、新聞に投書しようと思った。
亡くなられた方々にたいし、それは失礼にはあたらないのか。。

職場で一斉に黙とうする、というのは、ある種の儀礼的な要素が含まれる。一方、震災という悲劇が与えた悲しみや衝撃は、個々人により異なる。
人によっては、失礼だと思いながらもその場にいたたまれない心境になる、ということもあるのかもしれない。

こういう、相手に対し一方的な「正義」を振りかざすような態度を、この1年の間人々は散々見てきたはずだ。

この人生案内、相談者がものすごく年配の人もいて(今回も還暦過ぎの人)、その割になんちゅうか、寂しくなるような相談をしてくるな、とも思うのだが、一方でこうも考える。人間100年ぐらい生きたところで、たいして成長などできないものなのかもしれない、と。

そして時々、こうしてぴしゃりと指摘されると、ふと我に返る、みたいなことを繰り返すのかもしれない。

最相さんは昔、「絶対音感」を図書館で借りて読んだけど、その後はぜんぜん読んでない。「絶対音感」の頃は、新進気鋭のライターという印象だったけど、考えてみるとその後どうしておられたか、見えてなかったな。。


人生案内はアメリカでもよく読まれてるのか、ニューズウィーク(日本版)にも出てきますね。あれはなんか、まともな相談というより、トンでもない相談を、面白おかしく紹介しているような記事が多い気がします。

ウサギ好きの娘が、祖父母からウサギのはく製をプレゼントされていつも抱いているけど、見ていて気持ちが悪いどうしよう、とかいうのがあったな。
まあ、どうでもいいけど。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする