漢字の起源は象形文字ですが、それはズット昔のことで、現在の漢字の形がズバリものの形を現しているということではありません。
山、川、日、月、子。女、目、耳、手、羊、魚、馬などといった漢字をアルファベットしか知らない外国人に見せたところで意味が判るわけではありません。
日本人でもこれらの文字が象形文字だと感覚的に分かる人は少ないでしょう。
こうした象形文字が、ものの形に似せるということが目的だったとすれば、率直に言って似せ方がとても下手だからです。
これらの文字が象形文字だと感じることのできる人は、象形文字について学習した人で、文字の形の変化を学習したからそう感じることができるのです。
普通の人は単に「川」は水の流れる「かわ」という意味を持った文字だと習い覚えているに過ぎません。
「川」という字を見ると直ちに意味が分かるというのは、「川」という字が川の形をしているからではなく、習い覚えて繰り返し読んだり、書いたりしたためです。
英語なら「river」という単語は象形性はまったくありませんが、英語を読みなれている人なら見ただけで、綴りを一文字たどらなくても意味がすぐに分かります。
「木」という字は「立ち木」という意味と同時に「木材」という意味がありますが、「立ち木」の象形文字だと意識しすぎれば「木材」という意味は頭に浮かびにくくなります。
英語なら「立ち木」は「tree」で、「木材」は「wood」となり、分類系統を示す「ツリー状」のイメージは図の右上のようになります。
ツリー状というコトバを「木状」と訳すことはなく「系統樹」と「樹」をつかうのは「木」が「立ち木」の象形性を失ったためです。
漢字は作られる過程では象形性をはじめとして、いろいろな根拠があったのでしょうが、複雑な字は簡略化されて使われている例が多くあります。
図にあげた例はほんの一部ですが、現在ではもっぱら略字のほうが使われていて、元の形を知らない(さらに読めない)人が多くなっています。
漢字が形を見て意味が分かる仕組みであったとすれば、略字はその形を崩しているわけですから、略字は見てすぐには意味の分からない文字だということになります。
ところが実際は現在通用している略字は見ればすぐに意味が分かります。
略字となっている漢字は大体基本漢字なので、子供のときに反復練習して覚えている文字です。
ほとんどの人はすでに略字のほうに慣れているので、本字(旧字体、舊字體)よりも略字のほうがすばやく分かるようになっています。
漢字の本来の形よりも、見慣れた略字のほうがパット見て分かるようになってきているのです。