蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

50年前の留学、レヴィストロースとルロワグーラン 1

2020年01月14日 | 小説
部族民通信の創始者、渡来部須万男氏からの投稿です。

拡大は下に

私はある新聞社が主催する学生を対象とした留学制度に合格し、1968~70年をパリ大学文学部に籍を置いた。68年5月いわゆる5月革命が勃発したが、私達(5人)がパリ(オルリー空港)に到着したのは9月の半ばで、学生争乱は既に納まっており、その跡形も窺えなかった。路上で騒動を起こした多くの学生も、夏休みをはさんでの新学期で、あれらの行動をすっかり忘れたと思えた。
10月になっての月曜日、学部編入の手続きに入った。出発前に在日大使館から必要書式を得て、仏国のバカロレア合格者同等の資格と遇されたので、編入に難しい処はないはずだったと聞いていた。
しかし;
事務所はJustice(パリ裁判所)の近くにあった。小さなドアを開けると人いきれが充満する混雑。「正規」の入学ではない海外県旧植民地からの希望者など「外国人学生」を審査する事務所のようだ。その看板の眺めると
Accuil des Etudiants Etrangers
海外学生受け入れ機関 とあった。その上にはMinistère de l’éducation nationale 文部省の直轄である。


窓口で学生ヴィザと(国内)大学在籍証明、それと日本の仏語学校の単位証明書を提示した。すると受付女性が小首をかしげ「奥に入れ」との支持、小さな室に入ってしばし待つ。事務官らしき中年が入ってきて、いろいろな質問を投げてきた。なぜ「民族学」を学びたいのか、その学の素養はあるのか、フランス人の学者学説など知るかなどだった。しかしこの対話は学の素養を確かめるなどではなく、字が読めるのか会話が維持できるかの口頭試問だった。学部に入って講義について行けるのかを確かめたようだ。
それもそのはず、院生には国家留学制度がある。しかし学生の身分で「学部」に編入するなどは珍しい。ぶっつけ本番で無事この関門を突破できた。

その時、質問に的確な答えを出せなかったり、対話の様がつたなかったりであったなら、学部への編入は敵わなかった筈だ。
ちなみに、同期に留学した方々にしても、私費で留学する多くの方が「文明講座」に入る。この講座は言ってみれば「外国人」向けの授業で、フランス文明全般を教える(らしい)。フランス語を学んだ期間の少ない私には、そうした一般教養は不要。今すぐにも知りたいコトを学ぶ、この意気で学部に入りたかった故の申請だから「文明講座」は問題外だった。

第一文学部とは「ソルボンヌ」である。しかし学生騒動の余波なのか、前からの準備なのか走らないが68年の学期からこの言い回しは(あまり)用いられなくなった。第一は旧称ソルボンヌ、ナンテールを第二文学部とした。

口頭試問に戻る、試験官のウケが良かったせいからか、試問の採点結果を書式にしてくれた。(写真)そして、極東の島国から来てちょっとばっかりフランス語が話せる若者に貴重な情報をくれてやる気になったのか、
「et alors、ついでに」専攻講座を紹介してくれた。「お前にはそれが向いているぞ、学部の階段教室で講座を聴いていても面白くなかろう」とも付け加えた。(vousを遣ったから、あなたにはが正しい)
それが;
1 実践社会学高等研究所=Ecole pratique des hautes études de l’anthroplogie sociale
(EPRAS)
もう一つが
2 人類学博物館付属講座
であった。

裏話であるが、1は構造主義の旗頭レヴィストロースの肝いりで、弟子筋にあたるJean Pouillonが部門長となっていた。Pouillonが講義を持つことは(私が受けられる講座に関しては)ないが、時たま出会うときには挨拶が交わせるほどの近さにはあった。
2は民族歴史学のLeRoi-Gourhanが主宰するソルボンヌに直結していた。

学説の主導、学派の首魁、二人の重鎮。決して仲が良好とは言えない。いずれかの講義を選ぶとは、その説を学ぶことであり、それがその学生の思考形態の基本となるのだから、一の側に学ぶ学生を別の側は受け入れない。これは当然である。しかしなんと私は両方に応募した。
いずれも開講の前に口頭試問を受けるハメになるのだが、その時絶対的効果を発揮したのが試問の「合格証」であった。

学部およびコレージュドフランスでの受講能力を証明するとある。名前はこちらで線を入れた。

続く


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