(このブログは豊田個人の勝手な感想を書いたものであり、豊田が所属する機関の見解ではありません。)
前回のブログに対して、さらに質問をいただきましたので、今日も引き続きQ&Aです。ただし、「(注目度の高い)論文」というように、少しタイトルを変更しました。
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Dさん(前のブログの質問も含め、たくさんのご意見をいただいています。)
「注目されている、被引用回数の多いということは、大半、同じ分野の研究者が注目し、引用するのではと思っています。よく分かりませんが、研究成果増→イノベーションの創出増→地域の経済成長(GDP増)ということも今ひとつ理解がしにくいのです。むしろ、地域の経済成長の具体的事例からイノベーションの必要性を述べられ、そのバックボーンに研究成果増というご説明があって、大学の研究も基礎研究だけでなく応用研究が必要で、その為には研究費と研究員の増が必要というようなご説明は如何でしょうか?」
Eさん
「研究者数+研究時間」はその通りだと思うんですが、インパクトのある論文をエンカレッジする仕組みを同時に作る必要性を感じています。論文は出そうを思えばいくらでも書けてしまいますから。」
Fさん
「とてもわかりやすい説明をありがとうございます。ただし、いわゆる「理系」以外の場合は論文をどのように考えているのでしょうか?」
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良いご質問ばかりで、それぞれお答えに時間がかかります。紙面の関係上今日はDさんのご質問だけにコメントし、Eさん、Fさんは後日にさせていただきますね。
Dさんのご質問、少し、理解しにくい点もあるのですが、私なりに言い換えると
”地域経済成長のためにイノベーションの創出が必要である点についてはわかるが、注目度の高い論文数増とイノベーションのリンクがわかりにくい。したがって、「注目度の高い論文数」を主張するよりも、イノベーションの成功事例を挙げて、そのバックボーンとなっている大学の存在意義を主張し、研究費と研究員の増についても、イノベーションと直結しやすい応用研究の充実を主張するのがいいのではないか?”
ということでしょうか?
Dさんがお感じになっていることはよく理解できますね。もし、大学の研究が生み出すイノベーションの効率や費用対効果を計算すると、現時点では非常に低い値になってしまうかもしれませんからね。
民間企業でも、アイデアが製品化されて成功するのは、俗に1000に3つと言われています。大学の場合は製品化を目的に研究することは少ないので、製品化の成功率は民間企業よりもはるかに低いはず。そんな低い値を計算して、国民の理解を得ることは、なかなか難しいでしょうね。
民間企業の場合は、研究開発投資を最終的に回収しなければなりませんが、むしろ大学や公的研究機関の研究は、必ずしも研究開発投資がすぐに回収できないような、つまり民間では実施困難な研究をするところに意義があるとも言えます。そうすると、民間企業と同じ基準で評価をすることは適切でないとも思われます。
私も、Dさんがおっしゃっているように、成功事例によって大学や公的研究機関の意義を訴えることには、大賛成です。確率は小さくても、今までに、けっこうたくさんの成功事例が蓄積されており、そのバックボーンとして、大学や公的研究機関の基礎研究があってはじめて可能になったという説明は可能だと思います。また、すぐには製品化に結びつかなくても、将来人類の役に立つかもしれない”夢”を研究者が語ることも大いに効果があると思います。
ただし、今の国の厳しい財政状況の中で、個別の成功事例や夢だけで、果たして国民や為政者の皆さんのご理解得られがるのか、ということを心配しています。予算の削減局面では、効率や費用対効果が明確に説明できない事項から”無駄”というレッテルを張られて削減される傾向にありますからね。
したがって、成功事例をあげて、あるいは大きな夢を語ることによって研究の意義を訴えるとともに、可能な部分については、研究開発投資⇒注目度の高い論文数⇒イノベーション創出⇒経済成長というリンケージを可及的に明らかにする努力が必要ではないかと思っています。
Dさんの
「注目されている、被引用回数の多いということは、大半、同じ分野の研究者が注目し、引用するのではと思っています。」
というご意見は、まったくその通りですね。でも、たとえ同業者の間の評価であったとしても、注目度の高い論文を産生している研究プロジェクトはイノベーションに結びつく確率が高いようです。逆に、同業者から無視されて、後世になって大きなイノベーションに結びついたケースも多々ありますけどね。
文科省科学技術政策研究所が最近(2011年12月)リリースした調査資料ー203「科学における知識生産プロセス:日米の科学者に対する大規模調査からの主要な発見事実」(長岡貞男、伊神正貫、John P. Walsh、伊地知寛博)の中の「研究プロジェクトのアウトプットの状況」から、日本のデータを下に引用します。調査対象は70%以上が大学等、10~20%が公的研究機関、約5%が民間企業です。高被引用度論文産生群とは、ある学問領域で被引用数がTop1%の論文を産生している研究プロジェクトを指します。
高被引用度論文産生群 通常群
研究プロジェクトに費やした人月 100 72
生み出した査読付き論文数(中央値) 15 8
特許出願 39% 22%
研究成果の実施許諾や譲渡 14% 7%
高被引用度論文を産生した研究プロジェクトでは、通常群に比べて産生した論文数も多く、特許出願率も高く、研究成果の実施許諾や譲渡も多いという結果です。そして、人月(お金)も多くかかっています。アメリカでも数値は違いますが、同じような傾向を示しています。
また、論文が直接製品化に結びついていなくても、間接的に結びついている例はたくさんありますね。前のブログで、特許におけるサイエンス・リンケージをお話しましたが、特許の審査報告書に引用されたということは、その論文が直接製品に直結したわけではありませんが、間接的に製品産生に結びついたと考えられ、そのような間接的な経済波及効果まで計算すると、けっこうな値になるかもしれません。
成功事例としては、有名な青色発光ダイオードの研究がありますね。徳島の日亜化学工業におられた中村修二先生がおこされた青色LED訴訟がたいへん有名ですが、その基礎になった研究としては名古屋大学の赤崎勇先生、天野浩先生が有名ですね。これは、大学での公的な基礎研究がバックボーンになって、大きな経済効果をもたらした一例でしょう。この研究のおかげで、一時期、名古屋大学の特許関連収入は日本の大学の中では最も多額でした。このような事例は大いに大学における研究の意義を主張してもいいと思います。
ただ、実は、日本の大学全体の特許関連収入は高々10億円までで、米国の大学の特許関連収入24億ドルに比較すると、200倍くらい違うのです。これは、なんとかしないといけませんね。
このように、特許関連収入だけで計算すると、日本の大学は惨憺たる数値しか出てきませんが、その間接的な経済波及効果まで計算すると、多少ましな数値が得られる可能性もあります。米国の産学連携の経済効果は2006年の時点で約10兆円と言われています。
ちなみに文科省の「地方大学が地方に及ぼす経済効果分析」によれば、三重大学は県内総生産の0.3%を占め、県内生産誘発効果は428億円と計算されています。(http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/houjin/07110809/004.pdf)
この428億円には、産学連携によるイノベーションの経済波及効果については含まれていません。それを加えると、さらに大きい値になると思います。
最後にDさんの「大学の研究も基礎研究だけでなく応用研究が必要で、その為には研究費と研究員の増が必要」というご意見には、私も基本的には賛成です。
2008年のリーマンショックがおこる直前にアメリカのカリフォルニア大学アーバイン校に、医療ロボット研究についての連携協定を交わしに三重大学長として訪問したのですが、当時、当大学の特許関連収入が日本の大学全体の特許関連収入とほぼ同じ額で、工学部の教授の90%がベンチャーを立ち上げる、という話を聞き、また、キャンパスの中に民間企業のオフィスがずらーと並んでいる姿を見て圧倒され、おまけに、トヨタの電気自動車がキャンパスを走っており、また、日立の寄付した研究所があって、愕然とした気持ちで帰ってきました。
この図は、上記の科学技術政策研の調査資料-203から引用したものですが、研究プロジェクトには、1)基礎原理の追及、2)現実の具体的な問題解決という2つの基本的な動機があり、それをマトリックスに表示したもので、ストークスによる研究分類と言うそうです。
「基礎原理の追及」と「現実の具体的な問題解決」の両方が非常に重要とする研究は第二象限(パスツール象限)、「基礎原理の追及」だけが非常に重要とする研究が第一象限(ボーア象限)、「現実の具体的な問題解決」だけが重要とする研究が第四象限(エジソン象限)に振り分けられ、第三象限は、それ以外となっています。
上の図は高被引用度論文産生群のデータで、下の英語の図は通常群のデータを示しています。
これを見てわかることは、高被引用度論文産生群では、日米ともパスツール象限やボーア象限が多く、どちらでもない第三象限が少ないということです。また、米国は日本に比べて、パスツール象限が多く、どちらでもない第三象限が少なくなっています。
パスツール象限の「基礎原理の追及」と「現実の具体的な問題解決」の両方を目指す研究には、たとえば、さまざまなイノベーションに応用できる”要素技術”の研究開発が含まれると考えられます。そうすると、結果的に論文も注目を集めて数多く引用されると考えられます。
たとえば、先ほどの青色発光ダイオードの研究もそうですし、iPS細胞の研究もそうです。実は、昨日三重県でロボットスーツHALの開発者である筑波大学教授の山海嘉之先生の講演を聞いたのですが、これなどもまさにすばらしい要素技術の研究の賜物ではないかと思います。
おそらく、米国の研究をイノベーションに結びつける圧倒的な力は、このあたりの差から来ているのでしょう。日本においても、どちらともつかない研究を極力少なくして、「基礎原理の追及」と「現実の具体的な問題解決」の両方を目指す研究、つまり重要な要素技術などの研究(結果的に被引用数が高くなる研究)への挑戦を増やしつつ、それをイノベーションにつなぐ仕組みの強化が必要なのだろうと思いました。
そのためには、人も時間もお金も必要なのですが、Eさんがおっしゃっておられるように「インパクトのある論文をエンカレッジする仕組みを同時に作る必要性」があるということでしょう。
それとDさんのお気持ちの中には、おそらく「注目度の高い論文数」を目的化するような表現に違和感をお感じになるのだろうと思います。「注目度の高い論文数」というのは、あくまで目的を達成するためのKPI(key performance indicator)の一つにすぎません。目的は人の役に立つ研究をすることであり、そのKPIの一つが注目度の高い論文数であるという位置づけを常に明確にする表現を心がけないといけないですね。
人の役に立つ研究(KPIの一つが注目度の高い論文数)⇐研究者数×研究時間×研究費×研究体制×研究者の能力×α
Dさんへのお答えになっているでしょうか?
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