マディと愛犬ユーリ、親友のクリスティ、それにハワイのこと

ハワイに住んでいたころ、マディという女の子が近所に住んでいて、犬のユーリを連れて遊びに来ていた。

" We have something for you! " ( 預かりものがあります )

2012-06-05 16:11:02 | 日記

 

 大学で、昼食をひとりでとることが時々あった。
 忙しい仕事の合間にオフィスを飛び出し、キャンパスのあちこちにあるパラソル屋根の屋台の一つに走った。
 お昼の時間は、どこも行列ができていたが、その最後尾に並び、手っ取り早く食べれるソーメンを注文した。
 プラスティックのコーヒーカップを大きくしたような容器にソーメンが入っていて、1ドルだった。
 それを受け取ると、近くのベンチに腰をおろして食べていたのである。
 ある時、ちょうどマスイさんが通りかかり、トシを見つけ食べる様子を眺めていたようだ。
 目が合うと、

 「トシ!そんなものを食っているのか? 栄養不足で、そのうちやせ細ってしまうぞ!」
 「ああ、マスイさん! そんなところにいたの? 別にまずい食事ではないよ。お昼はこれで十分だよ!」
 「トシは貧乏だからなあ!」と彼。

 ソーメンを食べていて貧乏人にされてしまった。
 マスイさんは、勘違いしているようで、トシは経済的にそんなに困っているわけでなく、まして自分が貧乏だとは思っていない。
 トシと同じように日本から来て勉強している同僚たちの方が困っている人たちが多かった。
 お金に困っている人も、そのことを悔やむでもなく、みんな一生懸命未来に向かって頑張っていて、現状を悲観する人などいなかったように思う。
 日本から来た人たちと、時々飲みに行き友情を深めあったりしていた。
 そのような人たちの中で、むしろ恵まれていたのはトシで、彼らに代わって支払いもしていた。
 彼らは、日本に帰国した後、各地の大学で教えるようになったが、あの時の友情はそのままで、近況を確かめあったりしている。
 
 トシがソーメンを啜っているのを見て、その淋しげな雰囲気から、マスイさんは、何かを感じたのかもしれない。
 ある時、オフィスの事務員が、トシに向かって、

 "  We have something from Doctor Masui. "  (マスイ先生から預かりものがあります)と言ってきた。

 紙袋にマンゴが3つ入っていた。
 どうもマスイさんの秘書が持って来たようで、"  For Toshi  " 『 トシへ 』と表書きされていた。

 この前の「ソーメンの件」以来,マスイさんは、何だか心やさしい気遣いをしてくれるようになってきた。
 カップヌードルの差し入れがあったり、奥さん手作りのケーキなどもオフィスに届くようになったのである。
 「別に食い物に困っているわけでないよ!」と言っても、「そんなことじゃないから、心配するな!」と言う。
 電話がかかってきて、「トシ!ランチに行こうか?」とか誘ってくるようになったのである。そしてなかなかトシに払わせようとしないのである。

 ハワイに来た初めのころは、もとより知り合いも友達もいなくて、ひとりでいることが多かった。
 ミールクーポンを持って、大学内のあちこちにあるカフェテリアに行って食事をしていたが、誰かと一緒に食べることなどなかった。
 ひとり、ふたりと知り合いができてくると、それに従って、お昼時になると、誰かが声をかけてくれるようになったが、
 初めての友達は、ティムとサラである。
 
 二人は夫婦で、カリフォーニア大学で知り合い、恋仲になり、卒業後に結婚したようだ。
 一度は民間の企業に就職して、キャリアを目指していたが、何か期するものがあったのか、ハワイ大学でフェローシップを得て、研究を続けていたのである。
 メディカルセンターで順番待ちをしていて、どこに並べばいいのかわからなくてあちこちを見まわしていた時、そんなトシの様子をどこかで見ていたサラが声をかけてくれた。
 歓迎パーティの時、「あなたに会って、少しお話をしたのですよ!」ということだが、トシ本人は全く記憶にない。
 毎日が、何も分からず右往左往していた時期で、一種のパニック状態の中にいた。
 
 ティムとサラ夫妻は、本当にいい人たちで、その後さまざまな場面で世話になった。
 アパートを探していて、なかなか適当なところが見つからず苦労をしていた時、暑いハワイの炎天の中一緒に歩いて探してくれた。
 彼らにとってもハワイは初めてのようだったが、全くの異国からやってきたトシと違って、彼らは同じ国のアメリカ人だから、そしてトシより一年も前にハワイに来たということで、いくぶん事情に明るいようだったのである。

 彼らには、仲良しグループがあって、海軍の士官から転向して大学院で勉強していたジョン、小学校の先生をしながら勉学を続けるリンダ、台湾から医学を学ぶためにやって来た留学生のレイファンリン、それにトシがこのグループに加わった。
 6人は、それぞれ違ったところで研究していたが、ランチの時、あるいは夕食のときにカフェテリアに集まった。


" Doctor Masui is in the office !"  ( 先生はいらっしゃいますよ! )

2012-06-02 08:58:18 | 日記

 

 マスイさんのオフィスを訪ねて来る人は多い。
 それも日本人が多いのである。誰かの紹介状を持ってやって来るのだ。
 ハワイに行けばマスイさんに挨拶に行け!、とでも言うのだろうか、見も知らない人たちが訪れてくる。
 有名人も多い。歌舞伎の役者、映画の監督、女優、ある時は、大河ドラマの女性作家が来ていた。
 日本の大学の学長さんから、娘をハワイ大学に留学させたいが力になってくれませんかなどといった依頼もあった。
 気軽く推薦状を書いたりする日本と違って、「娘さん」には一度も会ったことがない、そんな人をどうして推薦できるだろうかと彼は悩んでいた。
 
 表向き豪放磊落に見えるマスイさんも、トシのことは心やすいと思うのか、苦渋する胸のうちを曝け出すことがあった。
 二人で飲みに行くことが多い。
 行きつけのレストランやバーに行って、お互い酔っ払ってくると、仕事の話でなく、ごく砕けた私的な話になってくる。
 アルコールが入ってくるにつれて、彼は忙しい日常から解放され寛げる時間を楽しんでいるように見えるのだ。お互いしゃべりまくる。
 実は、マスイさんは、以前から肝臓が悪く、家族には、飲酒を控えるようにと言われているのだ。
 特に奥さんは、お医者さんで、何かと専門的な立場から指示がある。
 
 それでも、家族には、
 「トシと『食事』に行く!」と言って出てくる。
 帰宅する時は、酔っ払っているから酒を飲んでいることは見え見えなのだが、出迎えた奥さんもお母さんも、不機嫌になったり怒るわけでもなく、見送ってくれたトシに対して心からお礼を言う。
 レストランやバーでは、公的な場面では表に出さない気弱な彼を見ることがある。嘆いたり悔やんだりすることもあって、そのような時慰めたり、檄を飛ばす役目がトシだということを家族の人たちも知っているのかなあ。

 彼は、訪れる人たちに会わなくてはならない、大学の管理者として会議に出たりの仕事もある、自分の研究、学会発表など、それこそ多忙の毎日なのだ。
 面識もない日本からやって来る人にいちいち機嫌のいい顔を見せるのはつらいようだった。
 「トシ、半分この仕事を引き受けてくれないか?」とか冗談を言ったりした。
 マスイさんに会うためには、原則、アポイントが必要である。
 マスイさんの下で働く人たちは多い。
 ほとんどがアメリカ人だが、研究の対象が、極東、琉球列島、ロシアなどの北方領土、朝鮮半島、台湾などということもあって、アメリカ人以外にロシア人、日本人、台湾人などもいる。
 マスイさんのオフィスには、秘書が二人いる。
 オフィスに入る時、秘書に来訪の目的、紹介状などを示す必要がある。秘書の一人はアメリカ人だが、もう一人は日本人で、ミシガン大学の大学院を出た女性で、日本語、英語ともに流暢に話すことができる。

 トシが訪ねていく時は、暇なとき思い出したようにフラッと訪れるから、事前に電話したりアポイントを取ることはしない。マスイさん自身から、そんなことをしなくても、いつでも来てくれと言われているのである。
 そのことを秘書たちもわきまえていて、
 オフィスに行って、
 
 " Doctor Masui is in the office "
   ( 先生、いらっしゃいますよ!)
 という声を聞きながら、奥の部屋に入っていく。
 書類に向かっているか、電話をかけているか、来客と話し込んでいるか様々だが、マスイさんはニコッと笑って、トシに対して、ソファに座るように!と仕草をして仕事を続ける。
 来客がある時など、遠慮して、それとなく、
 「また来るよ!」と立ち去ろうとすると、仕事を中断して、「トシ!何処に行くんだ!」と声が飛んでくる。そして秘書室に向かって、大声で、" Two cups of coffee! " と叫ぶ。
 コーヒーでトシを引き留める魂胆のようだ。
 マスイさんがひと段落するまで、勝手に書棚から本を取り出し、ぺーじを捲ったり、コーヒーを飲んで時間を紛らすこともある。
 面倒くさい仕事を中断して、二人で地下のスタッフ専用のスナックバーに行くと、そこは静かで、何にも惑わされなくて、おいしいコーヒを楽しむことができるのだ。