早朝バスに乗って、目指すはダンタウンだが、途中下車をしながら、あちこちで写真を撮る計画だ。
普通では気付かないところに、ひっそりと草花が咲き誇っている。そんな草花を見つけては、この2,3日カメラに収めてきた。
ハワイでの楽しみが、こんなところにもあるということを最近知ったのである。
トシが、ハワイの草花の写真を撮りたいと思ったきっかけは、友達が自作したDVDである。
全編、ハワイの木や花など植物の写真で埋まっている。名付けて「Seasons in Hawaii」というもので、そのまた友達のギタリストの演奏、バッハの曲が背後に流れていて、趣のある作品が出来上がっている。
もう一つのきっかけは、日本で通っているパソコン教室の女性の人たちが、一様に花が好きで、山間や田んぼで見つけた名もない花などを見事に写し取って、ブログで発表している。
話を聞いたり、それらを見ているうちに、啓発され、すっかり関心を持つようになってしまった。
ハワイでは、日本のようには、寒暖の差がなく、一年中が同じような気候で、また、一年中花が咲き誇っているように思われるが、やはり、微妙に四季というものがあって、咲き方も違うようである。
友達によると、四季によって、咲く花、咲かない花があって、時間の経過で花一つ一つの咲き具合が違ってくるそうである。
関心を持って、それらを観察し続けるのは面白いということであった。
このたびも、実際ハワイ大学のプリメラの並木を写真に収めようと行ってみたのだが、咲いていなかった。
大学の人に訊くと、
「今は、シーズンではなくて、もう一ヶ月もすると咲きますよ!」とのことだった。
今日は、最終的には、ダンタウンの先にあるチャイナタウンで野菜などの買い物をして、出来れば、その近くでランチを取る計画にしていた。
ただ、日本を出る時に買ってきた地元の銘菓「ぎおん太鼓」をトーリに手渡すことも計画に入っていた。
州立図書館のトーリのオフィスに寄って、彼女の顔を見て、数分間でも会話をしたいと考えていたのである。
いろいろな場所で、写真を取りながら回り道をして、図書館について見ると、開館が10時なのに、9時半には着いていた。
図書館前の階段には、開館を待つ人たちが三々五々腰をおろして辛抱強く待つ態勢のようだった。
それらの人に混じって腰をおろしてみたものの、10分もすると、もう待つのは止めようかという気になって歩き始めた。
それでも、トーリのいる2階の窓の方を見ていたら、と言っても、下からは、窓の向うは暗くて、覗い知れないのだが、中からは、下の方で、トシが怪訝な行動をしているのを見ていたのか、
「ハッ!」と窓が開く音がして、トーリの大声がこだました。
トシは、もとより、びっくりしてしまったが、下を歩いていた人たちが、いっせいに、声の方向を見やった。
みんなの視線を浴びても恥ずかしがるでもなく、大声で、
「ミスター・ヤマダーサン!」と叫びながら、手を差し出してこちらに振っていた。
「上がって来て!」
「だけど、開館は10時なんでしょう?」
「だから、10分待っていて!」
本当を言うと、その時は、9時40分だから10分でなく、20分待つ必要があったのである。
彼女は、以前からどういうわけか、トシのことを、
「ミスター・ヤマダーサン!」と呼ぶ。
アメリカ人は、お互い知り合って、ころあいを見て、親密度が増すと判断した場合、ファーストネームかニックネームで呼び合うようになる。だから、彼女が、トシのことを、「トシ」と呼んでもおかしくないのに、ずっと、「ミスターヤマダーサン!」で来ているのはなぜかわからない。
考えて見ても、名前の前に一つと後ろに一つ敬称をつけるのはおかしい。「ミスター」がひとつと、後ろの「サン」がひとつである。
だが、トシが訂正を求めないのは、あの、大声で呼ぶときの心地いい声の響きである。
「ミスター・ヤマダーサン!」は、滑稽だが、いかにも聞いていて心地がいいのである。
それを聞きたいがために、図書館にやってきたと言ってもいいかなあ。
トーリは、大学院を出ていて、州立図書館のレファランス部門の専門職をしていている。
開館して、すぐ二階に上がっていくと、満面の笑みで迎えてくれた。
「ハロー、アゲイン!、ミスターヤマダーサン!」