( マディソンにて )
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ミネソタ州のウインダムやウイスコンシン州のマディソンにいたころ、何度もトルネードに出会った。
トルネードが襲ってくると、テレビは番組を中断して、臨時のトルネード情報を流していた。
トルネード警報が発せられると、人通りがあっという間に人影がなくなり、走る車も途絶える。サイレンが鳴り、警察の車が間断なく走り回っている。
人々は、家の地下室に逃げ込む。地下室のない家では、バスタブに身をひそめる。
日本では考えられないくらいの物々しさである。
テレビでは、今どのあたりを通過中だとか、逐一報道される。通過した町の被災状況などがライブでテレビに映る。
トルネードは、大まかに言って、アメリカ中西部のミシシッピ川の流域に多く発生するといわれている。このあたりは、Tornado Alley (トルネードの通り道)と言われる。
トルネードは、上空の積乱雲が地上の空気を吸い上げる上昇気流のことで、渦を巻きながら立ち上がっている。強い上昇気流が、ときには牧場の牛なども吸い上げることがあるようで、中心から500メートル離れたところに牛が降ってきたという新聞記事を読んだことがある。あるいは、トルネードが通過した後で、乾燥した砂漠に大量の魚が降ってきたという記事も新聞で読んだ。ちょっと信じられない話である。
初めてトルネードを見たのは、モンタナの大草原を妻と車を走らせていた時だった。
今まで晴れていた空が、だんだんと暗くなり、暗雲が垂れこんできて、一面不気味な空模様になってきた。すると前方に地面から空高く、渦巻く円柱のような雲が現れたのである。
最初は小さかった渦がだんだん大きくなっていった。地平線の上を横向きにうごめいていると思ったら、今度は、こちらに方向を変えた。砂塵や草木などを巻き込み吸い上げて揺れ動くのが見えた。「オズの魔法使い」に出てきたあの風景である。
思わず道路わきに車を止め、車外に出た。
急いでぺンタックスを取り出し、竜巻の写真をとりまくったのである。
本当は、すぐさま橋の下などの安全なところに逃げ込むべきだったが、その時は、そんなに怖いものだとは知らず、面白半分に巨大な竜巻を見ながら興奮していたのである。
藤田さんを初めて見たのは、ミネソタでテレビを見ている時に彼が出てきた。
実は、もう一度ニュース番組に彼が出ていたのを見たことがある。
その後数十年経ってから、本物の彼から話を伺う機会があったのである。
ダウンバーストと航空機事故の研究が認められて、有名になっていた。そのためか、彼は政府機関お墨付きで、どの飛行機に乗ってもいいことになっていて、しかもパイロットの横のコクピットに乗ることが認められていたのである。
「飛行機に乗っても、私はすぐコクピットに移動するので、女房だけが客席に座っていました」と笑いながら話してくれた。
機長と話しながら、貴重な体験談などを聞いていたようで、これも研究の資料として役立ったとのことである。
プロペラの小型機から、大型のジャンボ機に至るまで、さまざまな飛行機のコクピットを体験したようである。
彼の話で面白いと思ったのは、当時アメリカとイギリス間を超音速で飛んでいたコンコルドに何度も乗ったようで、暗闇の成層圏を突っ切ってあっという間のイギリスにつく様子など珍しい話も聞いた。
藤田さんは、北九州市小倉の生まれである。
東京大学で「台風の研究」で博士号を取得した後、九州工業大学で教えていた。その後、アメリカのシカゴ大学に移り、研究員として、トルネードの研究に励んだ。
実は、トシが出た高校で、彼の弟さんが教師として数学を教えていたのである。何かの因縁だろうか。