レイキャビク西街ひとり日誌 (Blog from Iceland)

北の小さな島国アイスランドはレイキャビクの西街からの、男独りブログです。

レイキャビク ダウンタウン in Advent

2021-12-12 00:00:00 | 日記
こんにちは/こんばんは。

今回は、ちょっといつもと違って、写真を多用してみたいと思います。新しい境地を開拓?なんて殊勝なことではなく、とても忙しくなっていて、落ち着いて文章を書くゆとりがないのです。そういうことも「たまに」あります。(^-^;

そこで思い立ち、金曜日の夕方に一時間ほどカメラを片手にダウンタウンに散歩に行ってきました。本当は片手ではなく、両手でしっかり持っていました。寒い日で、足元は雪が固まった氷状態だったもので。

ちなみにカメラはSonyのRX10のマーク3という結構いい方のカメラです。プロは使わないでしょうが、素人には重宝するやつ。

ですが、ダウンタウンへ向かう前に二枚だけ、昼間に写したものを。行きつけのスーパーから出てきてすぐのところなのですが、快晴でEsjaエーシャという山とそのお隣りがきれいだったので。これはIphone撮影です。私の「癒しの山」です。見るだけで登りませんが。







で、レイキャビク西街の古アパートから、歩いた通りの順番にアドベント時期のダウンタウン界隈の様子をお伝えしてみたいと思います。どこをもってダウンタウンと言うか?というのも時代によって変わりつつあります。

一応伝統的に国会(アルシンキ)とカセドラル教会がある広場をダウンタウンの中心とすると、我が古アパートは、実はそこから歩いて十分(じゅっぷん)の近場にあります。

最初の写真は、上り坂を歩いて五分のところにあるLandakotランダコットというカトリック教会です。付属の小学校があり、私の子供たちはそこへ通っていました。数年前にスキャンダルがあったのですが、その件については機会があればまた書いてみたいと思います。







その隣りには、毎年「生の」クリスマスツリー売り場の小屋が建ちます。伝統的には、あまり早くからツリーは飾らず「直前になってから飾るのが正解」という声を時々耳にします。理由はよくわかりません。

そこから、今度は坂を下ること二分で「ここからがダウンタウンの中心」みたいな感のある通りに差しかかります。そこにあるのがこのきれいな青い木。

この時期、飾りの色は様々ありますが、私はどうやら青が一番のお気に入りだ、と最近自分自身で気がつかされました。きれいですよね。カメラのAutoで撮りまくったので、あまり芸術性はないです。悪しからず。m(_ _)m







そこから一分程度で、カセドラルであるDomkirkjaドムキルキャと、その横に立つツリーに至ります。この教会の右隣りが国会です。

このツリーは「オスロツリー」と呼ばれ、毎年アドベントの時期にノルウェーのオスロがプレゼントしてくれるものです。一時期「もう、やーめた」と危機があったのですが、どうやら回避されたようです。

そのツリーの奥にあるのがHotel Borgという、レイキャビクでは老舗の高級ホテルです。レストランに入ったことが一二度ありますが、もちろん泊まったことはありません。







ここの広場はAusturvollurオイストゥルバットゥルと呼ばれ、多くの集会が持たれる場所です。2008年の経済危機の直後には、すさまじい抗議集会が連日持たれました。それによってもたらせれた政治変革を「無血革命」と見る歴史家まであるようです。

その広場を抜けると、Austurstaetiオイストゥルストライティという小さな通りに出ます。小さいとはいえ、ここがオールドダウンタウンの目抜き通りの始まり地点となります。

Ausuturオイストゥルという言葉が二回連続で出てきましたが、これは「東」「東の」を意味する言葉です。上述のふたつは「東広場」「東通り」という意味になります。

そこからちょっと歩くとLaekjartorgライキャトルグ「小川広場」という極小スクエアがあります。ここには大きな猫のイルミネーションがあります。







私はただのネコ、と思っていたのですが、クリスマスの伝統的な話しの中に、「クリスマスに新しい服を着ない子供がいると、大猫がその子を食べに来る」というものがあるそうで、これはその化け猫のようです。

正直に言いますが、ワタシはこの話しはまったく聞いたことがなく、つい先日同僚の可愛い女性牧師さんがその話しをしたので「へえー?」となった次第です。昔の童話にありがちな「ひでぇ話し」ですね。貧乏人は消えろ!ってか?

というところで、長くなってきたので、今回はここで休止。続きはまたの回とさせていただきます。ご閲覧、ありがとうございました。m(_ _)m


*これは個人のプライベート・ブログであり、公的なアイスランド社会の広報、観光案内、あるいはアイスランド国民教会のサイトではありません。記載内容に誤りや不十分な情報が含まれることもありますし、述べられている意見はあくまで個人のものですので、ご承知おきください。

藤間/Tomaへのコンタクトは:nishimachihitori @gmail.com

Church home page: Breidholtskirkja/ International Congregation
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2 コメント

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Unknown (Kuwa3)
2021-12-14 23:22:44
以前、アイスランドに行った時に「悪い子は山のおばあさんグリラの飼い猫にさらわれる」と聞いてきました。そんな絵本も買いましたが、元の話はもっとひどい、なんじゃこりゃって感じの話なんですね。後半も楽しみにしています。
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ブログ当事者 (Toshiki Toma)
2022-01-03 21:54:26
Kuwa3さん、

コメントをありがとうございました。
もうちょっと調べてから、お返事しよう、と思いながら忙しさに流されて遅くなってしまいました。すみません。

ウィキペディアで調べたものをご紹介しておきますね。確かにグリラ婆さんの飼い猫のようです。

「Jólakötturinnとして知られるヨウル・キャットは、クリスマスの時期に雪に覆われた田園地帯に潜んでいて、クリスマスイブの前に着る新しい服を受け取っていない人々を食べていると言われる巨大で悪質な猫です。彼はグリラとその息子たちの家のペットです。

古えからの伝承と呼ばれていますが、ヨウル・キャットの書面による記述は、19世紀になってようやく発見されましたヨウル・キャットに食べられるという脅かしは、クリスマス前に秋の羊毛の加工を終えるようにと、労働者への刺激として利用されましたようです。

仕事に参加した人には新しい服がもらえますが、参加しなかった人は何も得られず、巨大な猫に捕食されます。あるいは、猫はクリスマスのごちそうの間に新しい服を着ていないものの食べ物を単に食べてしまうと説明されています。人間を食べる獣としてのヨウル・キャットの認識は、他の民間伝承と同様に、ヨハネスウルケトルムの詩によって部分的に普及しました。」

確かにありそうな由来ですね。
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