レイキャビク西街ひとり日誌 (Blog from Iceland)

北の小さな島国アイスランドはレイキャビクの西街からの、男独りブログです。

Snerting シルバー世代へのエール??

2021-01-17 00:00:00 | 日記
こんにちは⁄こんばんは。2021年も早二週間が過ぎてしまいました。日本では先週、先々週あたりは、大変冷え込んだそうですね。ほぼ列島全域が氷点下の気温になったとか。しかも、日本海側では大雪。

アイスランドでは、というか、レイキャビクのある南西部地帯では、今年(今シーズン)の冬は今のところマイルドです。もともとこの辺りはそれほど寒くはなりませんし、雪もそうは降りません。

それを考慮に入れても、この冬は暖かいです。時折氷点下の日が続くことはありますが、例えば先週は気温が五〜七度くらいまで上がりましたし、加えて風もそこまで強くはなりません。




本文とは無関係 ヴィークにある教会
Myndin er eftir Jon_Flobrant@Unsplash


去年の冬も、気温は同じようなものでしたが、とにかくストーム(これを私は「カメハメハーン」と呼んでいます) が、間断なくやってきて非常に厳しい冬となりました。

2020年 カメハメハーン初(ぞ)め


飛行機が欠航する日が何日もあったことをよく覚えています。それ以前にも「荒天でフライトキャンセル」ということは、稀にありましたが、去冬ほどの頻繁さは記憶にありませんでした。まあ、でもその直後の三月にCxxxx がやってきて、飛行機が飛ばないのが普通になってしまいましたから、世の中、変われば変わるものです。

なぜこんなことをウダウダ書いているかというと、御多分に洩れずネタがないのです。元来、アイスランドの一月は「さあ、新年の初仕事ですよー!」的なノリではなく、クリスマスと大晦日の狂乱後の「祭りの後の静けさ」か、はたまた「宴会の後の飲み疲れ」のような時期なのです。

それに加えて、というかそれ以前の基礎にあるのがCちゃん故の、世の中総「イベントなし」「集まりなし」「移動なし」の状態でしたからね。日本のテレビだって、そろって過去の名作選とかでしのいでいたじゃないですか。

アメリカもそうですね。大好きな「Expedition Unknow」という世界各地の秘境を探ったり、隠れた財宝を探しに行く番組も、昨年はスタジオからズームを使ってのトークショーになってしまいました。

仕方はないのはわかりますが、つまらないのも事実なのでした。

社会の活動そのものが停滞してしまっているわけですから、新鮮な話題が手に入らないのは当然。となると、ネタは過去の想い出話しか、あるいは高尚な思索、テレビ・映画・音楽の批評くらいに限られてしまいます。




自宅から四十分の散歩の距離にある灯台
Myndin er eftir William_JUsten_de_Vasconc@Unsplash


思い出話しは年末にしたばかりですし、高尚な話しは土台無理。というわけで残るはエンタメくらいのものになります。そこでひとつご紹介します。それは本です。アドベント以降の書店の掻き入れ時期にあって人気No.1の座を得ている本で、小説です。発刊以来、短い間に三版を重ねています。

実は、まだ読み始めたばかりで読破していません。だから総評はできないのですが、どんな話しなのかくらいは描写しても許されるでしょうし、日本の方にも興味があるのではないかと思うのです。というのは、この本、日本が舞台になるからです。

著者はアイスランド人でOlafur Johann Olafssonオーラブル・ヨハン・オーラブスソンさんという、こちらではかなり知られた作家。にもかかわらず、ワタシはまったく存じ上げませんでしたが... (恥)

というわけで、もちろんアイスランド語です。日本語以外の本はほとんど読まない私ですが、久しぶりに「アイスランド語の本を自由時間に、自分の楽しみのために読む」ことへの挑戦となります。

タイトルはSnertingスネルティングといいます。意味は「触れ合うこと」これが何を意味しているのかは、物語りを読み終えるまではわかりません。まあ、Cxxxxに引っ掛けていることは、まず間違いないですけどね。

物語りは、2020年のレイキャビクで始まります。すでにCxxxxが蔓延している設定。主人公のクリストフェルは七十五歳のやもめ老人。 レストランを経営していましたが、そろそろ歳なのと、Cちゃんの対応に疲れてきたので引退を決意します。

そのための残務整理をしていたラストデー、帰り際にFacebookにフレンドリクエストが来ます。それを見てギョギョギョ!となるクリストフェル。なぜなら、リクエストの主がもう五十年も前に、突然彼の前から消えてしまった元カノのミーコだったからです。

そして... といきたいのですが、正直言ってまだこの導入の三章しか読んでいません。でも荒筋は知っちゃっているのです。

なぜかというと、仲の良い同僚の「美人の」女性牧師さんが、クリスマス休暇中にこの本を読み、感激し、さらに日本についていくつか訊きたいことがあるから、と物語りを説明してくれたからなのでした。

そして、その「美人の」女性牧師さんが勧めてくれたので、ワタシは今こうして(「モヤモヤさまぁーず2」のビデオを振り切って)アイスランド語の小説にチャレンジしているのです。




Snerting のカバー これも意味深な絵


さて、物語りに戻りますと、クリストフェルとこのミーコさん、ふたりがロンドン留学中に知り合い、相思相愛の仲となりました。当然、将来は一緒になるもの、とクリストフェルは考えていました。ところがある日、ミーコさんの父親が日本から訪英。数日後、ふたりとも忽然と姿を消してしまったのでした。なんの説明もないままで。

ミステリーっぽい始まりですが、物語りはミステリーではなくドラマだそうです。このミーコさんは広島出身で、そのことが物語り全体に大きく関係しています。しかも、ふたりが出会ったのが五十年ちょっと前の六十年代末。

七十年安保騒動の頃、ワタシがまだ小学校にいた頃なのでした。そういう時代背景も物語りに関係しています。

Facebookで元カノと元カレが再び結びつくというのは、よくある話しでしょうが、今回は「高齢者ペア」というのが面白いですね。引退年齢のクリストフェルは、この後、思い切ってミーコさんを訪ねて日本へ旅立っていきます。

うーん、六十二歳のワタシもなんとなく元気をもらえそうな感じのストーリー。七十五歳までにはまだ十三年もあるぞ。まだまだ夢はあるかも。




アイスランド語の本文 こんな感じです


やれやれ、真面目に文学を鑑賞する気持ちというよりは、「色」を求めての個人的願望、妄想が動機になっていることが露見してしまいました。が、きっかけはなんであれ、この本をちゃんと読破し、あらためてきちんとした文学レポートをしてみたいと思います。お楽しみに。特に御同輩の皆様。「人生にはまだ夢がある」みたいなポジティブレポートをしたいと思っていますので。(*^^*)

それにしても、一点だけすでに注釈を付けたいことが。周辺を見回して、事実であることはすぐに確認できるのですが、アイスランドーニッポンの二カ国間の関係で見ると、95%くらいの確率で、「アイスランド人の彼氏」と「日本人の彼女」なんです。なんで?

「日本人の彼氏」と「アイスランド人の彼女」はダメですか?なんで?(* _*)


*これは個人のプライベート・ブログであり、公的なアイスランド社会の広報、観光案内、あるいはアイスランド国民教会のサイトではありません。記載内容に誤りや不十分な情報が含まれることもありますし、述べられている意見はあくまで個人のものですので、ご承知おきください。


藤間/Tomaへのコンタクトは:nishimachihitori @gmail.com

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Facebook: Toma Toshiki
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