みやしたの気まぐれblog

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今も残る現役国鉄形機関車・客車 東日本編 2021年版

2021-06-29 00:48:21 | 鉄道その他
今も残る現役国鉄形シリーズ2021年版の2回目です。今回は、JR北海道、JR東日本、JR東海範囲の機関車、客車の紹介です。
ただ、機関車も客車も意外に種類が多いので、撮れていないものもけっこうあります。形式分けが面倒でまとめている部分もありますので、その点はご容赦ください。今までのシリーズでは蒸気機関車を別枠にしていましたが、今回は機関車枠で紹介します。なお、前のシリーズから共通ですが、貨車は掲載していません。


C10形
1930年に製造された小型タンク式蒸気機関車で、C11形に比べて製造数がかなり少ない23両のみのため、現役として残っているのも大井川鐵道のC10 8のみとなっています。私的に縁が無い車両でして、大井川鐵道に過去4回行っているのに、1度しか(しかも車内からしか)撮影できていません。


大井川鐵道C10 8。この記事書く度にこの写真が載ります。これしかまともに撮影できていないので


C11形
昭和初期から戦後にかけてC10形の改良形として製造された小型タンク式蒸気機関車で、小型の割りに性能が良く、たいていの支線でも走れるということから、動態保存機では最多の5両が現役となっています。構造上バック運転も可能で、以前は大井川鐵道などでバック運転が見られましたが、最近は構内入れ替えぐらいでしか見られなくなっています。


JR北海道のC11 171。以前は函館本線や留萌本線でもSLを運行していたJR北海道ですが、経営危機を受けたコスト削減のため、「SL冬の湿原号」としての釧網本線のみでの運転となっています。写真は函館本線での撮影


大井川鐵道C11 190。大井川鐵道のC11形のうちの1両で、私的に一番縁の深い蒸気機関車です。なにせ、過去4回全部これに遭遇しているので。1977年の廃車後に故人が保存していた物を2001年に大井川鐵道が引き取って、2003年に復活したということから、比較的状態が良いのだと思われます。


JR北海道所属ですが、東武鉄道へ貸し出し中のC11 207。「SL大樹」で下今市駅を起点に運行されています。JR北海道時代からイマイチ故障が多く、安定運行できないことから、東武鉄道が自社でC11形を復元修理したり、真岡鐵道から買い取ったりする原因になったとも言えます。なお、東武型ATSを搭載するスペースがないので、後方のヨ8000形にATSを搭載しています。


大井川鐵道C11 227。大井川鐵道のC11形のうちの1両で、この車両の状態である方が少ないです。ここ数年は、春から冬まで、わりとよく水色の顔つき機関車になっています。ごく最近は緑色ですが。大井川鐵道のSLでは最古参(最も以前から大井川鐵道にいる)となっています。


東武鉄道C11 325。元々は真岡鐵道がC12形に続いて復元したC11形でしたが、真岡鐵道の経営状態の厳しさから手放すことになり、2019年に東武鉄道が買い取って、2020年から「SL大樹」で運行されています。現在は新型コロナによる旅行客の激減で、C11の2台のどちらかで運行という状況ですが、2020年の一時期は両方が動いていることもありました。


C12形
軸重制限の厳しい簡易線用の小型軽量機関車として製造された、小型タンク式蒸気機関車。戦時中から戦後にかけて製造されましたが、C11形に比べてもやや非力でしたが、その簡易線にも入れる特徴から、C11形よりも多くの同型機が私鉄向けに製造されました。しかし、現役は1両のみとなっています。デフ(除煙板)を通常は取り付けていないのが特徴です。なお、圧縮空気で動ける車両であれば、若桜鉄道C12 167、明知鉄道C12 244があります。あと台湾にも同型機が動態保存されています。


真岡鐵道C12 66。元々は福島県に保存されていた静態保存機でしたが、復元修理を行い、1994年から真岡鐵道で「SLもおか」として運行されています。1998年にはJR北海道に貸し出されてNHK朝の連続テレビ小説「すずらん」の撮影に使われました。なお、写真のヘッドマーク「すずしろ」は、『レヱル・ロマネスク』というアニメのキャラで、真岡鐵道C12 66を元にしてます。(万岡鉄道C12 67となっているのですが、本物の国鉄C12 67は中央本線茅野駅前に保存されています)


C56形
戦時中にC12形を基にして、テンダー式機関車に再設計した車両で、簡易線や支線でも距離が長めの路線へ投入されました。戦時中に東南アジア方面へ拠出された車両もかなり多かったようです。現在は2両が現役ですが、JR西日本の160号機はすでに引退済み。車籍が残るのみになっています。


大井川鐵道C56 44。戦時中タイに送られて、タイから帰還したという稀有な車両です。大井川鐵道のSLでは唯一炭水車を持つことから、近年は赤色に塗られた顔つきの蒸気機関車になっていることもよくあります。


C57形
戦時中から戦後まで製造された本線向けの旅客急行用テンダー式機関車。特に1次車1〜138号機、2次車139〜169号機は貴婦人の愛称で呼ばれる均整のとれたスタイル。現在2両が現役で、JR西日本の1号機とJR東日本の180号機があります。


JR東日本のC57 180。主に磐越西線の「SLばんえつ物語号」と羽越本線などで運用されています。1999年に復活してからすでに20年以上経過しており、近年は老朽化を踏まえてか活動範囲が狭まっている感じで、磐越西線の郡山〜会津若松〜七日町の運転が途絶えています。


C58形
戦時中から戦後まで製造された客貨兼用テンダー式機関車。軸重がC57形より軽いため、ローカル線でも走れるところが多く、製造両数もC57形の2倍以上となる431両が作られました。現在は2両が現役で、秩父鉄道のC58 363と、JR東日本のC58 239があります。


JR東日本のC58 239。東日本大震災復興支援として2014年から釜石線の「SL銀河」で運行されていますが、1日に片道しか走らない(土曜に花巻→釜石、日曜に釜石→花巻が基本)という運用の少ない車両です。釜石線は勾配が厳しいため、客車兼補機としてキハ141系を連結しています。


秩父鉄道のC58 363。「SLパレオエクスプレス」として熊谷〜三峰口を運行しています。1988年に復活してから、すでに30年以上。以前はJR東日本に貸し出されて運行していることもありましたが、現在は試運転以外は秩父鉄道での運転のみです。経年から故障も多くなっており、いつまで元気に走れるかは心配なところです。


C61形
戦後に製造された本線向けの旅客急行用テンダー式機関車。貨物需要の減少で余剰になっていたD51形のボイラーを流用して製造された機関車で、製造は33両のみ。現在はC61 20がJR東日本で現役となっています。京都鉄道博物館にいるC61 2も動態保存なのですが、2018年にミスによる脱線で先輪を損傷したため、現在は稼働していません。


JR東日本のC61 20。高崎所属で、主にD51 498と交代で上越線(高崎〜水上)、信越本線(高崎〜横川)の運用に入っています。もともと、D51 498がボイラーの空焚き事件で長期離脱となり、代走できるSLが当時はC57 180しかいなかったことで、もう1両復元する必要に迫られたJR東日本が2011年に復帰させました。


D51形
SLの代名詞とも言われるデゴイチことD51形。戦時中に1100両以上も製造された貨物用テンダー式機関車ですので、確かにSL全盛期は一番よく見られた機関車だったんでしょうね。各地に車両が保存されていますが、意外にも現役はJR東日本の498号機と、JR西日本の200号機のみです。なお、ロシアのサハリン、台湾にも同型の動態保存機がいるそうです。


JR東日本のD51 498。1988年に復活したJR東日本の蒸気機関車ではもっとも長く活躍している車両です。主にC61 20と交代で上越線(高崎〜水上)、信越本線(高崎〜横川)の運用に入っています。以前は東北方面によく貸し出しされていましたが、2008年に陸羽東線での運転前に空焚き事件を起こし、修理に9ヶ月を要しました。


DD16形
軸重制限がかなり厳しい簡易線に残っていたC12形、C56形を置き換えるために製造されたディーゼル機関車です。DE10形ですら入れないような路線での牽引向けですが、現在はそういった簡易線での貨物運用もなくなり、旅客は気動車になったので、ほとんどの車両は現役を退きました。現在は長野に1両だけ残っています。なお、八戸臨海鉄道にも1両現役がいます。


多分、DD16 11。電車の中から長野総合車両センターを逆光で無理やり望遠撮影したもの。特徴的な短すぎる2エンド側から、DD16 11だとは思うが。


DD51形
非電化の幹線から蒸気機関車を消滅させるために登場した液体式ディーゼル機関車。両エンドの真ん中に運転室があり、均整の取れたスタイルですが、SL末期にはSLの敵扱いされていたのだとか。SL後の時代に東京・神奈川で育った私にとっては、地方に行かないと見られない憧れの機関車でしたけどね。老朽化によりJR貨物での貨物列車牽引から退き、現在はJR東日本とJR西日本に臨時列車牽引や配給輸送・工臨運用の車両が残るのみです。


JR東日本のDD51形。機関車配置の集中化の関係か、非電化路線が八高線くらいしかない高崎に所属していて、主に信越本線SL の補機(または反対方向の牽引機)として動いています。レール輸送のチキ工臨の役目が終わるので、今後も残るかどうかはわかりませんが。


DE10形
DD51形は2エンジンでしたが、同じエンジンを1エンジンで搭載し、片側を短く切っているスタイルの液体式ディーゼル機関車です。一部の簡易線を除けばどこでも走れる走破性、客車牽引も貨物牽引も入換仕業できる汎用性から、国鉄分割民営化の際に唯一全車に引き継がれた形式でもあります。近年は老朽化や方針変更により、大幅に数を減らしています。またJR貨物が後継機にHD300形とDD200形を投入しているため、今後はさらに姿を消していくでしょうが、私鉄での同型車も多いので、当面は姿を見られるでしょう。




JR北海道のDE10形。北海道は非電化路線が大半を占めるので、臨時列車の牽引や苗穂工場入出場への牽引機に活躍しています。上は「くしろ湿原ノロッコ号」用専用塗装車、中は函館地域の黒色塗装車です。黒色はもともとSL列車補機のためだったと思われますが、最近は下の国鉄色になっているようです。


陸羽東線を走るJR東日本のDE10形。山形側から仙台側へ単機で回送しているのを撮影したもので、検査で入場していたキハ101形を送り届けた帰りとかでしょうか。かつて、陸羽東線迂回していた寝台特急「あけぼの」を牽引していたこともあります。



JR貨物のDE10形。国鉄色を維持しているものは少なく、更新塗装になっているものが多いです。HD300形とDD200形の投入で、今後置き換えが加速していくことになります。なお、一部JR東日本で余剰となったDE15形を購入し、ラッセルヘッドの装着装備などを撤去して、DE10形に組み込まれた車両(3000、3500番台)があります。


真岡鐵道のDE10形。「SLもおか」を真岡〜下館で牽引する役割で運用されている。これは、真岡線にある転車台が、真岡駅と茂木駅だけなので、下館では機回しもできない構造であることから、DE10形が牽引して回送(下館発は営業運転)しているものです。


わたらせ渓谷鐵道のDE10形。「トロッコわたらせ渓谷号」の牽引車で、2両が在籍しています。写真はトロッコ牽引用塗装車で、他に国鉄色もあるそうですが、あいにく私はこの塗装しか見たことがありません。



東武鉄道のDE10形。「SL大樹」の補機として導入されましたが、C11形故障時の運用だった「DL大樹」がそこそこ好評だったのか、定期運行することに。1両はかつての「北斗星」用JR北海道のDD51形風塗装になりました。ただ、肝心の「DL大樹」が新型コロナの感染拡大で、ほとんど運行されなくなってしまいましたが。


衣浦臨海鉄道のKE65形。DE10形の譲渡車で、写真の5号機はDE10形573号機を国鉄清算事業団から購入したものです。武豊線内の東成岩〜大府を走行するため、大府駅で姿を見ることもできます。


DE11形
DE10形をベースに重入換専用機関車として製造されたのがDE11形です。入れ替え専用で本線での客車牽引は想定されていないないので、主に貨物駅での貨車入れ替えや、車両基地での構内車両移動に用いられていましたが、老朽化廃車が進んで残り少ないです。JR東日本に1両、JR貨物に4両ですが、JR貨物車はDD200形に置き換えられると見られます。ジャンパ線がないので、妙にスッキリした印象を受ける車両です。


JR東日本唯一の現役DE11形DE11 1041。尾久車両センターの公開時に、高崎から運んできて展示していた車両です。


新川崎の新鶴見機関区。EF65形の後ろにいるのがDE11形2000番台と思われます。2000番台は住宅地である横浜羽沢などでの入換仕業用に防音性を高めたタイプの車両です。


DE15形
DE10形をベースにラッセルヘッドを取り付けて、除雪用ラッセル車として運行できるようにした液体式ディーゼル機関車です。雪のシーズン以外は、ラッセルヘッドを取り外してDE10形同様に旅客列車を牽引することができます。JR北海道では残っていますが、JR東日本では除雪はENR-1000形(除雪用機械。見た目は機関車だが、車籍がない機械扱い)で行うことになって、消滅しています。


JR北海道のDE15形。写真は「富良野・美瑛ノロッコ号」の牽引機ですが、現在は3両のうち1両が塗装が変更されています。冬季はこの塗装のまま、除雪運用されていましたが、ラッセルヘッドは普通に朱色でした。


ED75形
主に東北地方向けに製造された交流電気機関車です。一部は九州や北海道でも運用されましたけど、大半は東北地方での運用でした。青函トンネル用にED79形に改造された車両も含め、ほとんどが老朽化廃車されており、JR貨物からは消滅しています。現在はJR東日本に5両が臨時列車用、保線・配給輸送用に残っているのみです。


JR東日本のED75形。写真はSL臨時列車の補機兼反対方向への牽引機です。


EF64形
勾配路線用の直流電気機関車で、0番台から時間が経って1000番台が作られたため、1000番台は実質別の車両のようなものです。0番台はすでにJR東日本の1両を除いて全廃されていますが、1000番台はJR東日本では臨時列車牽引や配給輸送、JR貨物では中央西線・篠ノ井線と伯備線の貨物輸送で活躍しています。


JR東日本のEF64 37。写真は茶色塗装時代のものですが、現在は国鉄色になっています。最後のEF64形0番台ですが、以前は甲府駅常駐であることが多かったです。


JR東日本のEF64形1000番台。以前は1001が茶色に白帯塗装でしたが、現在は国鉄色になっています。新津から東京への新車配給輸送、東京から長野への廃車配給輸送で活躍しており、死神と呼んでいる人もいるとか。でも前述の通りコウノトリでもあるんですよね。




JR貨物のEF64形1000番台。以前は大宮、広島での更新塗装車ばかりだったのですが、最近は国鉄色への回帰傾向にあります。中央西線・篠ノ井線では重連での活躍が見られることも。


EF65形
平坦線向け直流電気機関車で、旅客用のP形、貨物用のF形、旅貨兼用のPF形があります。現在残っているのはP形の500番台1両以外は、1000番台および2000番台のPF形のみとなります。2000番台は1000番台からの改造車で、JR貨物のみの形式です。JR貨物ではEF210形への置き換えが進んでおり、最近は西日本ではあまり見なくなってきています。JR東日本、JR西日本所属車は工臨と臨時列車に使用されていますが、JR東日本ではチキ工臨のキヤE195系置き換えにより、廃車となる可能性が高そうです。


左がJR東日本のEF65 501。現役唯一のEF65形500番台で、高崎支社で臨時列車や工臨に使用されているP形になります。右はJR東日本のEF65 1102で、主に工臨を牽引しています。




JR貨物のEF65形2000番台。1000番台に運転状況記録装置を取り付けたタイプです。最近は国鉄特急色への回帰の動きがあり、JR貨物色(これも大宮と広島で2種類。他に試験塗装もありました)ばかりだったところから、国鉄特急色を見る方が増えているように感じます。


EF66形
国鉄最強の直流電気機関車です。国鉄時代に55両が製造され、貨物および東海道・山陽本線系統の寝台特急牽引に活躍しました。しかし、寝台特急の廃止に伴い、JR西日本のEF66形は運用を失い廃車またはJR貨物へ売却。0番台は27号機を残すのみとなりました。また、JR化後に設計を見直した100番台がJR貨物によって33両製造され、主に東海道・山陽の高速貨物で運用されています。関東ではほぼ100番台しか見ません。


高崎車両センター公開時にゲスト出演したEF66 27。車両番号から「ニーナ」の愛称で呼ばれています。基本的に山陽本線での運用で、関東に姿をあらわすことはほとんどありません。


EF66形100番台。内部はEF66形に準じていますが、外装が大幅に変わりました。その後のJR貨物時代の機関車の礎になったデザインだと思います。


EF81形
EF65形を元に製造された交直流電気機関車で、汎用性の高さから寝台特急の牽引や貨物列車の牽引、配給輸送に使用されました。寝台特急は現在消滅しているため、JR東日本では配給輸送と工臨が、JR西日本では臨時列車牽引が主な運用になっています。JR貨物の車両は、日本海縦貫線から撤退して、現在はほとんど九州内での運用です。



JR東日本のEF81形。上は水戸線での工臨、下は水戸駅で待機している様子です。日本海側の配給輸送には長岡所属車が使われますが、勾配にはイマイチ強くないので、上越線を通る配給列車はEF64形が牽引することが多いです。


12系
1969年から1978年にかけて製造された急行用客車で、1970年の大阪万博向け輸送向けに製造されたのが最初です。冷房付きの客車ということで、現在でも臨時列車用に比較的多く残っています。原色は青色に白ラインですが、改造により様々な塗装や形式も生まれています。なお、JR西日本から大井川鐵道へ譲渡された12系元SLやまぐち号用編成は、現状運用復帰の目処が不明のため、写真は掲載していません。



JR東日本高崎支社の12系。車内は修繕していますが、原型に近いものを保っています。主にSL/EL臨時列車に使用されています。



JR東日本新潟支社の12系。「SLばんえつ物語号」用の12系で、元々は中間車に1両展望車を組み込んでレトロ調に改装しただけでしたが、展望グリーン車作ったり、もう片側はプレイルーム付き展望車にしちゃったり、塗装も2回変わっているし、なんともよく改造され続けた車両です。その分、どんどん定員は減っていますけど。


わたらせ渓谷鐵道わ5000形。両端が元国鉄12系で、中央のトロッコ2両は元京王5000系電車という変わった編成です。


秩父鉄道12系。「SLパレオエクスプレス」用の車両です。


14系
1971年から製造された特急用客車です。座席車と寝台車の両方がありましたが、寝台特急の消滅によって、現役は座席車のみとなっています。余剰となってからは、多くの車両がジョイフルトレイン(団体用車両)に改造されましたけど、それらも大半は消滅しました。一方でJRで眠っていた車両を東武鉄道が復活させるという、10年前なら想定外のことが起きました。


JR北海道の14系。主にSL臨時列車で牽引されます。14系の間に旧型客車のスハシ44 1が含まれていることもあります。


東武鉄道14系。JR四国が持っていたトップナンバー車も引き取っている。6両のうち1両がJR北海道から買い取った、元「はまなす」用ドリームカーとなっている


50系
1977年から製造された一般型用客車です。当時はまだ地方幹線、亜幹線には電車や気動車が十分入っておらず、旧型客車や10系客車で運行されていた列車を置き換えるために導入されました。しかし、すぐに電車/気動車が主流になったため、製造年が新しい割に短命に終わった車両です。現在は、改造車が一部に残るくらいで、原型朱色の現役車両は残っていません。


JR北海道の「くしろ湿原ノロッコ号」用50系。形式的には510形の方が正しいかもしれません。釧路側に、網走側の旭川側のDE15形を遠隔操作する運転台付きのオクハテ510-1が連結されています。


JR北海道の「富良野・美瑛ノロッコ号」用50系。形式的には510形の方が正しいかもしれません。この写真撮影当時は貨車改造のナハ29000形も含んでいましたが、現在はオハ510形のみのようです。富良野側は、旭川側のDE15形を遠隔操作する運転台付きのオクハテ510-2が連結されています。


真岡鉄道50系。塗装こそ変わっていますが、車内は50系の原型に近いものとなっています


旧型客車
10系以前の戦後に製造された旧型客車は、がっちりとした構造で、車両によって窓サイズが大きいもの、小さいものなどいろいろありますが、ほとんどが茶色に塗られていました。これはSL牽引でのすすによる汚れ対策でしたが、青色の車両も存在していました。現在は、JR東日本、大井川鐵道、津軽鉄道に残っています。津軽鉄道では、「ストーブ列車」として冬期の観光用に用いられています。一応JR北海道にも1両だけ旧客(スハシ44 1)がいますが、14系に組み込んで運用されています。


JR東日本の旧型客車。オハ47形3両、スハフ32形1両、スハフ42形2両、オハニ36形1両が高崎車両センターに所属していて、そのうちの何両かを組み合わせて臨時列車に用いられています。余談ですが、復活前は吾妻線の羽根尾駅の側線で放置してあったんですよね



大井川鐵道の旧型客車。大井川鐵道は旧客の宝庫ですが、一部は某顔つきSL牽引用に黄土色に塗られています。他に茶色、青色もあります。旧客に混ざって、一部電車を改造したオリジナル客車もありますけど。ただ、老朽化は確実に進んでおり、車内は結構傷んでいました


津軽鉄道の旧型客車。オハフ33形1両、オハ46形2両が所属し、冬の風物詩となっている「ストーブ列車」で使用されますが、老朽化で維持が難しくなっているようです。津軽鉄道自体が赤字がひどく、いつ潰れてもおかしくなさそうなのですが・・・


その他
以下の車両は基本的に普段は使われない車両なので、その他でまとめます。


JR東日本のカヤ27-501。E26系「カシオペア」の予備電源車で、元々は24系に所属してたカニ24 510です。当のカシオペア自体が定期運行が終了しているため、電源車でこれを使うことは基本的にないものの、現在でも予備車両として残っています。


車内からの撮影ですが、東急(伊豆急行)マニ50 2186。伊豆急行の伊豆高原駅留置ですが、所属は東急電鉄です。伊豆急2100系「ロイヤルエクスプレス」を北海道で運行するにあたって電源車が必要になり、JR東日本から買い取った荷物車兼電源車です。元「ゆうマニ」で、「リゾートエクスプレスゆう」を非電化区間で運行するための電源車でした。


弘南鉄道キ100形。元々はSL用の前につけて利用する単線向け除雪用ラッセル車です。弘南鉄道では後方に電気機関車をつけて除雪していますが。弘南線と大鰐線に1両ずつあります。同型は津軽鉄道にも1両残っているようです。


EF58 61。旧型電気機関車の名機EF58形で唯一車籍が残っている車両ですが、2008年に車体老朽化で引退しています。2018年の東京総合車両センターの公開時に突如公開されましたが、撮り鉄の罵声大会を呼び込んでしまい、途中で公開が中止(写真の通り、一応壁越しや隙間から撮影はできた)となりました。この影響で2019年は車両撮影会は行われませんでした。


こんなところで。
書き始めたら、いろいろ忘れていた形式も多くて、かなり時間がかかってしまいました。
まだ漏れもあると思うので、思い出したら追加しておきます。


2021年版
今も残る現役国鉄形電車・気動車 東日本編 2021年版
今も残る現役国鉄形機関車・客車 東日本編 2021年版
今も残る現役国鉄形電車 西日本編 2021年版
今も残る現役国鉄形気動車 西日本編 2021年版
今も残る現役国鉄形機関車・客車 西日本編 2021年版

2017年版
今も残る現役国鉄型電車 東日本編 2017年版
今も残る現役国鉄型気動車 東日本編 2017年版
今も残る現役国鉄型電車 西日本編 2017年版
今も残る現役国鉄型気動車 西日本編 2017年版
今も残る現役国鉄型電気機関車・ディーゼル機関車・客車 2017年版
現役のSLはどれだけいるのか? 2017年版

2012年版
今も残る現役国鉄形客車
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今も残る現役国鉄一般形・通勤形・急行形気動車 西日本編
今も残る現役国鉄一般形・通勤形・急行形気動車 東日本編
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今も残る現役国鉄通勤形電車
現役のSLはどれだけいるのか?
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