おじい様の独り言

地球一周ウオーキング(4万キロ)に挑戦、 2018.1 目標達成
『おじい様・・』は孫との会話中に 生れた固有名詞です

仲畑流万能川柳特選

2007-08-30 | お気に入り おススメもの

 鳴尾浜リゾ

相変わらず 鋭くうまい!

 領収書なしでいいのね税務署さん

 自営業定年ないが仕事ない

 土下座するほどにうまみがあるんだ

 犬小屋も事務所と言いそ政治家は 

 横綱のばれて悲しいズル休み

 横綱といえどもしょせん二十歳代

 親方がモノ言えぬほど強くなり

 またあんな人まで議員なっちゃった

 かむ前にうまいと決めてグルメリポ 

 朝採りとあるが今朝とは書いてない

 百日紅

 

 

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ロードの疲れか

2007-08-30 | 阪神タイガース

 

7月28日 甲子園にSさんとかつてよく言われた゛死のロードからの緒戦 期待して見に行く。

ロードの疲れか延長12回引き分け。家に着いたのは11時半疲れた。

試合は今一つ熱くない 気温 暑い 湿度は高い! なんとなく視線は違うところにいってしまった。

  残念ながら今年の優勝は難しいなと見た。

 

 

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心当たりのある方へ

2007-08-26 | 家族のこと

 

  

       おなじ階の皆様へ

     亀さんをベランダで見つけました心当たりのある方は ・・号のWまでお願いします。

 

 10日前より いそうろうの亀が行方不明になり いくら探しても見あたらず 夏休みでこちらに来ていた孫のEMも がっかりさせていた。

猛暑が続き正直もうあきらめていた。

ところが昨日 達筆できれいな手紙がポストに入っていた。

喜び勇んで早速引き取りにお伺いして無事保護ということになった。

お盆休みでお留守も多く皆さんがそろう日まで待っていたとの事。

当にWさんには感謝の言葉もなかった。この間 Wさん餌まで購入されて保護されていたのである。

ところが引き取り直後 水槽掃除中のほんのわずかな隙 またまた行方不明になった。

 神隠しなのか? 落ち込んでいる。

       帰宅直後 ホントニ 何処へ

 

 

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熱い 夏休み 

2007-08-22 | 家族のこと

  

 

 暑いと言うより熱い! 残暑が続く中 残り少なくなった夏休みを利用して 「ワガママ王子」が やってきた。

春休みは希望により 姫路城 比叡山 万博公園の太陽の塔など見物。

今回は 宿題レポート作成のアシストかねて 奈良東大寺をリクエストしてきた。

奈良は盆地で暑さはさらに厳しいが少し重い腰を上げた。お陰で半世紀ぶりに大仏さんを拝むことが出来た。

彼の関心事は当然”大仏像”であったが”鹿と人との共生”に関心を示していた。

中学生になり少し成長したかと思うこともあるが 相変わらずの 究極の望みはビートルズのCDと 恒例の回転寿司"くら"の食事 まだまだ・・・・。

 自己中ながら 少し宿題もして帰っていった。

  

      名物 柱の穴くぐり成功

    

                               撮影 emiya

             

 

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戦地よりの父の手紙

2007-08-16 | 上手い表現 

  昨日は終戦記念日 

新聞やテレビで当時の戦地からの手紙が多く取り上げられていた。昨日ブログにつき 宝塚の爺爺さんよりも コメントいただいたりしたので 昨年取り上げた父の手紙について思い出してみた。

 母の遺品の中より戦地からの 自分宛の父の絵葉書が出てきた。 いままで これらの葉書の存在すら知らないでいた。 60数年ぶりにはじめて自分の目で読んだ。当時 母は読んで聞かせてくれていたんだと思う。いろんな夢を果たせぬままに  39歳で 中支で戦死。

 

  ボウヤハ ゲンキデスカ オトウサンハ イマ センチデ ハタライテオリマスボウヤモ ハヤク オホキクナッテ オトウサンニ テガミオ クダサイ ソシテ エライヒトニ ナッテクダサイ   (昭和18年)

 ボウヤ オテガミ ヲ アリガトウ オトウサン モ トテモ ウレシカッタヨ コノツギニハ イナカノ オバアチャン ノ オウチ ノ エ ヲ カイテチョウダイ ボウヤモ シガツニハ ガッコウ ニ ユクヨウニナッタネ オメデトウ

 ボウヤ モ ヨク アソビ ヨク ベンキョウシテ ツヨイコドモ ニ ナリナサイ ナイタリシタラ ダメデスヨ ボウヤ オタンジョウビニハ ナニヲ タベタカ オシエテクダサイ オトウサンハ マイニチ イソガシク ハタライテオリマス ゲンキデ オトウサンノ カエルヒヲ マッテオリナサイ  (昭和19年)

 ボウヤ オテガミ アリガトウ タイソウ ジョウズニカケマシタ オフネノ エモ ジョウヅデス マタ オトウサント イッショニ オフネ ヲ ミニユキマセウ  (昭和19年)

 父は戦死 帰らぬ人となった。おそらくこの絵ハガキが最後のものと思う。

5歳の子供の絵葉書にも検閲印が押してあり戦争の非情さを考えさせられる。



 

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墓参りですっきりしたこと

2007-08-14 | 家族のこと

 

お盆なので弟夫婦 妻と四人 墓参り。

 七年前 (2001年)に 昭和21年 39歳で 戦死した父親のお墓を 西宮市に移設した。「お父さんは50年も前に戦死で遺骨も帰ってこなかった。当時自分としては永代供養と 出来るだけのことをしたので貴方は形にとらわれず気持ちで おとうさんのこと拝んでいなさい」と言い続け 新たなお墓を作ることにあまり乗り気をみせなっかった。

とはいえ父が永代奉られていた 富山のお寺まで出かけたものの 時の移り変わりで住職も三代 代りで 記録をもとに移転を完了。

当時は母は体調を崩し入院していた いよいよ墓標その他を具体的に決める段階で 正確な父の戒名が必要となる しかし母が大切に持ち続けていたと聞いていた位牌の行方が判らない。

病床の母の記憶を頼りに聞き取りをした。母の一周忌に住職さんが 親父さんの戒名に「すごい立派な戒名です うちの寺ではトップクラスクラスですよ」と聞かされた。そのことは母の法事のとき50年を過ぎて初めて判った。

 実は父の戒名墓標は病床の母の記憶よるものであった。母は昨年 父の位牌の置き場所確認することなく永眠した。

昨年母の死去により仏壇を購入 同時に母の位牌と父の新たな位牌を作成した。

僧侶の戒名の話以来 高齢の母の記憶が間違いでなければよいがと心配をしていた。

昨年母は95歳で他界し父の故へ。奇しくも昨日墓参りの後 弟より 母の遺品のより 行方の判らなかった位牌が出てきたと正確な戒名がファクスされてきた。

母の記憶はまったく正確であった。母は形にとらわれず気持ちで父のことを拝んでいたんだと思う。数年のモヤモヤがすっきりした。

 霊標は 義祥院信誉雄山居士位 昭和21年5月21日寂 俗名信彦 行年39才

とある。

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正義の味方 

2007-08-10 | そうだったのか 

 椿の実 (鳴尾浜公園横)

人通りの少ない早朝 公園に住みついたノラ犬集団に出会う。

4匹のグループで突然公園横の路上で大喧嘩が始まった。どうやら2対1でいじめられ役が かなりいためられ可哀想にかまれ放題。

そこに大型のリーダー格のボスらしき犬が登場。正義の味方 仲裁で弱い苛められを助けるとおもった。

ボスは 予想に反し最後のトドメ 弱り目の奴に噛み付いた。 可哀想にやられ放題でシッポを下げて びっこを引いて茂みに逃げ込んだ。

動物の群れの世界には”かまれ役”というのがいるということ聞いていたが厳しく 悲しい。

子供たちの"イジメ"の原点も案外こんなところがあるのかも。

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わしの言ってること 解かった? あれでよかったやろか?

2007-08-05 | 上手い表現 

 

 

心より 尊敬していた今は亡き 元職場の上司 

得意先や職場全体の会議で自分の考えや方針等 発表 説明した後 よく直接呼ばれることがあった。

 「君は如何思う?あれでよかった?自分の狙いや言わんとしたこと理解してもらえたやろか。」 率直に意見伝えた。たまには辛らつな感想 いやな感想も真剣に聞いて頂いていたと思う。

 本当に言葉や表現に配慮を払われていたのに部下や お得意先の話を謙虚に聞かれていた。今になれば若気の至り ストレートすぎて 気分を害されたことも多かった事と思う。

自分の言動にこれだけの神経使い いろんな人の意見を聞く。

器量のおおきい 責任感 強く それで 面倒見のよい人だった。

 

辞める 辞めないで頑張っている安倍さん「反省すべきは反省するが 自分の考えが理解してもらえない  自分の考えは間違ってない そのうち解ってもらえる。」

はっきり言わせてもらうと あなたの言葉は 一字一句はきれいが全体では軽く 意味不明 があります。話は流暢なのに何を考え 何を訴えているか心に伝わってこないのです。 

 一度側近に 「私の伝えたいこと国民に本当に 理解されてるだろうか?」と問いただしたら。

仲良し内閣には率直に貴方の為に”直言する人”いないのですか。

それを素直に聞く”器量”が貴方に無いと思われているのですか。

 【裸の王さま】にならないように!

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