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長岡市・恵解山古墳 古墳近くから堀跡が見つかる 明智光秀の本陣の防御?

2011年08月04日 | Weblog
 長岡市埋蔵文化財センターが4日、長岡京市の恵解山(いげのやま)古墳近くで16世紀の堀跡南北49m分が見つかったと発表した。
 恵解山古墳は「本能寺の変」の後に、明智光秀が羽柴(豊臣)秀吉と対決した「山崎の戦い」(1582年6月13日)で、光秀の本陣が置かれたとされており、堀跡は秀吉の軍勢を防ぐためのものだった可能性がある。
[参考:共同通信、読売新聞]

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 2010.7.29恵解山古墳 造り出しの範囲や構造を確認するとともに水鳥形埴輪が出土
 2010.2.25恵解山古墳 造り出し遺構を古墳東側にも確認
 2009.3.12恵解山古墳 東側造り出しを確認、現地説明会3/14


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