goo blog サービス終了のお知らせ 

ザ☆シュビドゥヴァーズの日記

中都会の片隅で活動する8~10人組コーラスグループ、ザ☆シュビドゥヴァーズの日常。
あと告知とか色々。

新年を迎えて

2019-01-06 23:45:43 | ヨン様
明けましておめでとうございます、ヨン様です。


2019年になってから初めての更新となりますね。
今年はバタバタしていて1年の振り返りや抱負もそれほどできておりません。
まぁそんな堅苦しいことは抜きにして、今年も精いっぱいやっていければと思います。

年末になって、ようやくスマブラを解禁することができました。
非常にやりごたえがあって素晴らしいのですが、一つ問題があります。
ゲームがうまく設計されすぎていてやめどきが分からず、生活が破綻する寸前になっています。
私の性格上、このへんの加減は昔から得意ではありません。
もう少しブレーキの使い方を覚えたいと思います。

それにしても、これから平成が終わってしまうというのは、なんだか実感が湧きませんね。
世間では元号の発表時期について(主に遅すぎるというような)意見が交わされているようです。
いつ発表されるのかという問題を差し置いても、次の元号というのは日本社会において大きな意味を持っています。
慶応、明治、大正、昭和と、各元号の名を関した大学が今のところそろっているので(平成に関しては、いくつかその名を使った大学があるらしい)、次の元号の名前をとった学校法人でもできるのではないでしょうか。
安直と言えばそれまでですが、分かりやすいのもたしかですね。

元号と言うのは日本だけで通用する暦なので、非常に恣意的な側面もあるかと思いますが、一方で馬鹿にできないところがあります。
例えば、平成になった直後には手塚治虫や美空ひばりといった、紛れもなく昭和という時代を築いた人々が相次いで亡くなっていますし、世界史に目を向けてみても、冷戦の終結とい大きな節目がありました。
時代の流れというのは、個々の事象としてだけでなく、社会全体の事象として動いているのかもしれません。

オカルトチックな話はこれくらいにしておきましょう。
結果としてなにかが一体となって動いているように見えても、やはりそれは個々人の意思の力で動いているものです。
残りわずかとなった平成を噛みしめつつ、次の時代に向けて、自分自身を磨き上げていければと思います。


だんだん寒さが厳しさを増してきました。
まずは体調を崩さないよう心掛けてまいりましょう。

それでは!

大みそかではなかった

2018-12-30 23:29:57 | ヨン様
こんばんは、ヨン様です。


先週、「次回は大みそかの更新」と言いました。
嘘でした。
曜日の計算ができていませんでした。
すみませんでした。

本日、ここ数ヶ月積み残してきた作業が終わり、少しほっとしております。
仕事を持ち越すことなく2019年を迎えることができそうです。
全ての仕事が終わったわけではありませんが。

本年を振り返りますと、4月から大きく環境が変わり、目まぐるしい日々を送っていたように思います。
「大きく」というのは、少し言い過ぎかもしれません。
環境そのものというよりは、社会的責任が変化したと言えばいいのでしょうか。
今までは自分のやりたいことだけに専心していても、少なくとも文句は言われなかったわけですが、そういうわがままばかりを言っていられなくなりました。

とはいえ、一概に悪いことしかないわけではありません。
時間を見つけながら、自分のやりたいことにも手を付けていきたいと思っています。

2019年は、そうですね、もう少しうまいこと時間のやりくりをしていくつもりです。
今年はそれほど編曲の数もこなせませんでしたからね。
ゲームとかも積んでるので、それも消化したいなぁ。


というわけで、簡単ではありますが2018年の振り返りと2019年の抱負を述べました。
2019年も、ザ☆シュビドゥヴァーズをよろしくお願いします。


それでは!

スマブラ解禁!!…したい。

2018-12-16 23:48:06 | ヨン様
こんばんは、ヨン様です。


先月に引き続き、京都に行ってまいりました。
先月よりは多少ましでしたが、いついっても京都は混んでいますね。
例によって観光というわけにはまいりませんでしたが、充実した時間を過ごせたのではないかと思います。

今回の遠征をもって、年内の大きな仕事は終わりました。
少しずつではありますが、ようやく頼まれていることとかやりたいことの時間がとれそうです。
12月も残り半分となりましたので、気合を入れて頑張りたいと思います。
やりたいことに時間がとれるようになったら、いよいよスマブラ解禁です。
ああ、早く解禁したい…!

シュビドゥヴァーズとしては、来週23日に年内最後の練習を予定しております。
年によってはシュビの面々で忘年会的なことをしたりしていたのですが、だんだんと予定を合わせるのも難しくなってまいりました。
今年はスマブラも発売されましたし、ちょっとくらい時間をとってスマブラをするのも悪くないかもしれません。


年末に近づき、寒さが厳しくなってまいりましたね。
暖を取りながら寝正月を過ごすのも、悪くないかもしれません。

それでは!

スマブラの新作が発売されました…!

2018-12-09 19:52:10 | ヨン様
こんばんは、ヨン様です。


本日は練習を行いました。
先週も集まりはしましたが、練習ではありませんでした。
11月はまるまる練習をしていなかったので、実に1ヶ月以上ぶりとなります。

ブランクというのは、怖いものですね。
久々に歌うとなかなか体が言うことを聞いてくれません。
今日はメンバーに飲み会明けの人がいたりと、本調子ではなかったようです。
練習を重ねて、少しずつ体を作っていければと思います。

本日練習した曲は、最近歌った曲の中では少し毛色の違うものになっております。
どちらかと言えば、正規の合唱曲に近い趣でしょうか。
どこかしらの場で公開する予定ですので、どうぞお楽しみに。


さて、話題は変わりますが、いよいよスマブラの新作が発売されました。
すでに乱闘を積み重ね、ファイターを揃えつつある紳士幼女の皆さんも多いことと思います。
かくいう私も、先日パッケージ版を購入いたしました。
スマブラのためにGC用コントローラを新たに買うという徹底ぶりです。

しかし、残念ながらただパッケージとコントローラーを机の横に飾るだけで、なかなか時間が取れないでおります。
次回の練習後あたり、シュビでもスマブラやりたいんですけどね。
そこまでには現在抱えているタスクもひと段落しているでしょうか。

以前、ゲームとタスクの折り合いをつけるためには、やはりゲームをプレイすることが大切であるという説を披露いたしました(下記の記事を参照)。


(1) ゲームが忙しい日々を救う

(2) 続・ゲームが忙しい日々を救う


(1)の記事では、「タスクの処理後にゲームをやれるというルールを作ることで、タスクに対するモチベーションそのものが上がる」という予測を述べ、(2)では「タスクの処理前に余裕ぶっこいてゲームをやってしまっても、結果的にタスクにかけられる時間が圧縮されるため、同様の効果が得られる」という新たな発見がありました。
上記の記事でなされている説明は今でも有効かと考えておりますが、現在はゲームをふかす余裕すらないほどにギチギチに予定が詰まっており、強制的に(1)の方法でタスクに臨まざるを得ない状況です。
早くゼルダ姫の笑顔に癒されたいものです。


とまぁ、愚痴はこれくらいにして、こんなブログを垂れ流しているくらいなら、さっさとタスクを片付けてしまったほうが建設的ですよね。
1週間後には、多少落ち着いているはず…。

それでは!

今日は収録でした

2018-12-02 22:58:14 | ヨン様
こんばんは、ヨン様です。


本日は、久しぶりにシュビのメンバーで集まって録音を行いました。
録音といっても、いつものように各パートのメンバーが集まって録るというスタイルのものではありません。
少人数でのこじんまりした収録となりました。

現在いろいろな企画を動かしているところですが、今回の収録もその一環に位置づけられます。
収録結果を遠くないうちに皆さんにお披露目できればと考えておりますが、いやはやどうなるでしょう。
いずれにせよ、公開まではもう少しかかるかと思いますので、少々お待ちいただければと思います。

最近のアウトプットと言えば、10月に公開したアニソン合唱化プロジェクト曲くらいのもので、しばらくは練習も録音も手を付けられていませんね。
必ずしも悪いことではありませんが、表立った活動がなくなってしまうのは少し寂しいものです。
現在温めている企画を確実にお届けすることで、団としても前を向いていきたいところです。


気が付けばもう年の暮れが迫っていますね。
残り少ない2018年ですが、悔いのないよう過ごしてまいりたいと思います。

それでは!

「ぷよぷよ」に見る「技言語」の世界

2018-11-25 23:14:31 | ヨン様
こんばんは、ヨン様です。


言葉というのは空気のようなもので、意識しなければ吸ったり吐いたりを繰り返していることにすら気が付かないものです。
しかし、都会と田舎で空気の匂いが違うように、改めて目を凝らしてみると言葉にもいろいろな綾があることに気が付かされます。
今日は、先日目にした面白い言語表現ついて、「技言語」という観点から書きたいと思います。

「技言語」というのは、必ずしも学問的に明確な定義はないようですが、平たく言うと「特定の身体感覚を呼び起こすために一定のコミュニティ内で使用される語彙」とでも呼べばよいでしょうか。
例えば、狂言などの教授の場では、分析的に「一歩前に進む」ことを「一足詰める(いっそくつめる)」と言うそうです。
狂言の専門家ではないので細かなことは分かりませんが、三間四方という限られた大きさの舞台で行われる狂言の演技において、「一歩前に進む」ということは、共演者や観客との「間合いを小さくする」という意味合いの方が強いことが予測されます。
そこで、「一歩前に進む」ことを「進む/出る」といった言葉ではなく、「詰める」という有標な言葉によって表現するということによって身体感覚を呼び起こすというのは、十分に理解できる表現方略であるように思えます。

さて、今日取り上げる技言語というのは、狂言のものではありません。
今日は、有名なパズルゲーム「ぷよぷよ」で使用させる技言語をご紹介したいと思います。
まずは以下の言葉をご覧ください。


1. 本線

2. 発火

3. ツモ


日頃「ぷよぷよ」を戦術的に楽しんでいる人からすれば、「なんだ、それか」」程度の印象しか受けないかもしれません。
しかし、普段「ぷよぷよ」に接していない皆さんからすれば、「連鎖」とかせいぜい「全消し」とか言った用語は知っているけれども、1~3は本当に「ぷよぷよ」の用語なのか、といった疑問を持たれるかもしれません。
かくいう私も先日これらの用語を知ったばかりで、「ぷよぷよ」界に存在するこれらの用語に驚きました。

これらの言葉は、「ぷよぷよ」の仕様を突き詰めていった末の戦略から必然的に生まれた「技言語」であると言えるでしょう。
「ぷよぷよ」の対戦動画を見たことがないとなかなか実感がわきにくいですが、以下、簡単に説明してまいります。


1. 本線
最も大きい(長い)連鎖セットのこと。
「主砲」とも言うらしい。
対義語は「副砲」。

2. 発火
連鎖を発動させること。
主に本線の場合に使われる。
発火させる場所のことを「発火点」と言ったりもする。

3. ツモ
落下してくるぷよぷよのセット、あるいはその組み合わせのこと。


1~3それぞれに特徴的な言い回しだと言えます。
例えば、なぜわざわざ連鎖のセットに「本線」と「副砲」という別の用語を当てているのでしょうか。
また、「ツモ」などは麻雀からの借用で、公式には「組ぷよ」という別の用語があるにも関わらず、わざわざ別の用語を当てることにどんな意味があるのでしょうか。
私自身は「ぷよぷよ」の素人なので身体的に理解しているというわけではないのですが、素人なりの理解に基づいて、以下、簡単に説明を加えたいと思います。


まず、「本線」という用語が使われる理由について考えてみましょう。
上級者による「ぷよぷよ」の対戦では、メインになる連鎖セット(本線)とサブとなる連鎖セット(副砲)を用意することが多くあるそうです。
副砲を使いながら相手を牽制して、相手に本線を使わせるのが基本的な対戦の戦略となります。
なぜこのような戦い方になるのかというと、これには「ぷよぷよ」というゲームの仕様が大きく関係しています。

まず重要なのが、「相殺」と呼ばれるシステムです。
「ぷよぷよ」では、基本的に自分の連鎖をつなげることで相手の場に「おじゃまぷよ」と呼ばれる連鎖の邪魔になるぷよぷよを降らせることになりますが、相手の連鎖が発動したあとで自分の連鎖を発動すれば、つながった連鎖の分だけ自分の場所に降るはずだったおじゃまぷよを「相殺」することができ、自分の連鎖の方が上回っていれば、相手に超過分のおじゃまぷよを降らせることもできます。
そして、「ぷよぷよ」の仕様でもう一つ重要な点は、連鎖が続いている間は新しいぷよが落ちてくることはなく、一時的にプレイが停滞するということです。
「ぷよぷよ」においては、連鎖が発動している間、ただ連鎖が終わることを待つことしかできません。
例えば、副砲で相手を牽制して相手に本線を使わせることができれば、本線の連鎖が終わるまでの間、相手は何もすることができませんが、こちらは相手の連鎖が終わるまでの間にさらなる連鎖をつなげることができます。
すると、相手に本線を発動させることは、試合を有利に進めるうえで極めて重要な戦略となってくるのです。
もちろん、自分の本線が終わるまでの間に相手がさらなる対応手を組んでくれば、勝ち切ることはできません。
このような連鎖の応酬によって、「ぷよぷよ」の対戦は進展していくのです。

このように、「ぷよぷよ」の仕様上、メインの連鎖セットとサブの連鎖セットを使い分けることが対戦戦略の基本となります。
すると、それぞれの連鎖セットは別々の役割を持っているのだから、別個の名称を与えるのが自然、ということになるでしょう。
「本線」(および「副砲」)という用語は、このような動機づけによって生まれた命名だと言えます。

続いて「発火」と「ツモ」という言い方ですが、こちらは機能を弁別するための用語法というよりは、イメージ喚起の意味合いが強い用語と言えそうです。
「連鎖」というのは文字通り繋がっていくものですが、最終的には相手の場におじゃまぷよを降らせることが目的です。
そこで、「発火」という言葉を使い、連鎖をつなげることを「導火線」や「爆弾」に見立てることで、より攻撃的な側面を強調しているものと思われます。
また、「ツモ」という麻雀から借用した言い方からは、より強い運の要素が連想されます。
公式の「組ぷよ」という言い方では、このような効果は得られないでしょう。

以上、パズルゲーム「ぷよぷよ」を題材に、「技言語」という観点からその用語を紹介してきました。
このように、一見不経済に思える言い方をしていることにも、「技言語」という観点から見ることで一定の合理性が見えてきます。
今回は「ぷよぷよ」を取り上げましたが、人々が交換しうる情報量が劇的に増加した昨今、スラング文化とも結びつきながら、技言語はその役割の重要性を増していることでしょう。
日常の中に潜む技言語とその発生機序について思いを巡らせてみると、思わぬ発見があるかもしれません。


私は「ぷよぷよ」の専門家でもなければ、「技言語」の専門家でもありません。
理解不足によりおかしな記述がありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

それでは!

観光地の楽しみ方

2018-11-18 23:28:51 | ヨン様
こんばんは、ヨン様です。


昨日から所用で京都に行ってまいりました。
移動で通ることはそれなりにあったかもしれませんが、京都に降り立って市街に入ったのはものすごく久しぶりです。
10年近く行っていなかったかもしれません。

久しぶりに行ってみての印象は、とにかく観光客が多いことですね。
京都は前から外国人の入りが多いところとはいえ、前に行ったころからは比べものにならないほど多くの観光客が湧いておりました。
増えたとの話は聞いていましたが、まさかこれほどとは…。
特定の地域からの観光客が増えたのか、全体的に増えているのかはちょっとよく分かりません。
やはり中国あたりからの人が多いんでしょうかね。

観光の楽しみ方にも、いくつかのパターンがあるかと思います。
一つには、メジャーな場所に当たっていって、本物を体験するというパターンです。
どこに行けばいいのか分からなかったり、その場所に強いこだわりがあったりすればこちらのパターンということになるでしょう。

一方で、観光には、自分自身で歩き回って楽しみを見出していくというパターンもあるかと思います。
一応ガイドブックには乗っているけどあまり全国的には知られていなかったり、そもそも観光地ではないような場所などです。
ありきたりな観光ではつまらないという人や、人ごみが苦手な人の場合には、こちらのパターンをとることになるでしょうか。

有名な観光地の中には、確かに人の目を圧倒するような遺産もあったりします。
しかし一方で、有名ではない土地が非日常体験をするための観光スポットとして利用できないかと言えば、必ずしもそんなことはありません。
そう考えると、行先というのは、観光をする側のチャンネルに合わせるということのほうがずっと重要なのではないでしょうかね。


実は来月にもまた京都に行く予定があり、今から少し心配しております。
12月は少し落ち着いているかな。

それでは!

「ハリー・ポッター」シリーズの話

2018-11-11 23:01:18 | ヨン様
こんばんは、ヨン様です。


10月末から11月上旬にかけて少しタスクが立て込んでいたのですが、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあります。
11月中は待たせたり遅滞しているものを少しずつ消化できればと考えております。
ほどほどに気合を入れつつ頑張りたいと思います。

最近になって、ようやく「ハリー・ポッター」シリーズの映画を最終回まで鑑賞する機会がありました。
映画シリーズとしては、かなり長い部類に入るでしょうかね。
これまでは小説を3巻「アズカバンの囚人」、映画も同作までという中途半端な見方しかしていなかったのですが、一区切りつけることができて精神的にも落ち着いた気分です。

最後まで観たうえでの第一の感想としては、まずはこの長大なシリーズを完成させたことが素晴らしいという気持ちがあります。
人気シリーズであれ、10年ものあいだ同じようなキャストで映画を撮り続けるのは並大抵のことではありません。
ベテランの俳優であればともかく、10代前半のキャストは多感で難しい時期を映画の撮影に費やさなければならないわけで、キャリアデザインなど気持ちの整理が必要とされる場面もあったでしょう。
実際に、キャストが欠けたりということもあったようですので、そのあたりの調整は大変だったことと思います。

ストーリー展開としては、前半と後半では随分と印象の違う作品になっているように感じました。
特に私の場合は1~3巻までの印象が強かったので、「魔法と個性的な人々に彩られた世界」や「人物や学校の背後に隠された秘密や謎解き」というような、ファンタジー的な物語だという認識が強くありました。
ところが、話が後半に移るに従って、風紀の乱れ恋愛絡みの話とともに「闇の帝王ヴォルデモートとの対決」という雰囲気が強くなり、死や善悪といった、世紀末的な色合いが濃くなっていったように思います。
明るい印象の強い1作に比べて、最終回なんかは泥まみれで杖をふるったりしていますからね。
とげ付きパットを装備したモヒカン男が出現しても、そんなに違和感がないんじゃないでしょうか。
それが良いとか悪いとかいう話ではないのですが、随分雰囲気が変わっていったんだなぁというのが率直な感想です。

とは言いつつも、最後のほうまでしっかり魔法の世界を堪能できるのが本シリーズの魅力でしょうか。
最後の方は主要キャストも魔法に習熟しているのか、さまざまな種類の魔法を見ることができます。
本シリーズは、間違いなくエブリデイ・マジックの金字塔と言えるでしょう。


映画で時間をつぶしてばかりでなく、積んでるタスクを片付けないと…。
月の残りはもう少し気を引き締めてまいります。

それでは!

プレゼン崇拝主義について

2018-11-04 23:02:24 | ヨン様
こんばんは、ヨン様です。


自分自身が作り出しているものの魅力を相手に伝える時には、一般的に二つの方法があるように思います。
一つは、その創作物の質そのものを向上させることです。
もう一つは、伝える時の表現を工夫することです。

一般的に思いつくのは、前者のほうかもしれません。
仮に伝え方がどんなにうまかったとしても、実物の質が悪ければプレゼンできる範囲にも限界がありますし、誇大な言い方をしていてはウソになってしまうからです。
これは実際の販売促進運動でもありうることで、どんなに宣伝を打っても、やはり売れない商品は売れないという事実があります。
自分の創造物の魅力を分かってもらうためには、まずもってそれ自体の質を向上させることが大事であると言えるでしょう。

一方で、後者の方は、本来であれば二次的なスキルであるはずです。
もちろん、まったく魅力の伝わらない表現では問題があるでしょうが、受け手側がきちんとした前提知識を持っていれば、本当に普遍的に素晴らしいと言えるものは、いずれかの方法で評価されると考えられます。
それほど宣伝をしていなくても口コミで人気が広がったりする商品が現に存在し、昨今はSNSによって個人の発信力が拡充されているということを踏まえれば、なおさらのことです。
従って、伝える時の表現の工夫というのは、創造物そのものの質を高めたあと、その余剰で着手すべきなのです。

以上のことは、魅力的なプレゼンというものは、創造物そのものが魅力的であることを前提としなければならないということを意味しています。
一方で、近年の傾向を見ると、実物の質はともかく、いかに魅力的なプレゼンをするかとかその媒体の多様化といったことに関心が払われているような気がします。
プレゼンに関する書籍は増加していますし、芸能人やインフルエンサーを利用したステルスマーケティングに近い宣伝活動や、記事内容と強引に結び付けた宣伝を行うアフィリエイトなどはその典型です。

さらには、商業的な場だけならともかく、研究活動のような場でも、同様の説明能力が求められるようになっています。
結果として、実用性や訴求性の高い研究課題に重点的に予算が配分される一方で、質の高い研究であっても、応用価値が分かりにくいものは配分の対象とならない傾向にあります。
科学的研究とは、本質的には分かりやすさではなく研究の質によって評価されるべきものと思っていたのですが、それは誤りであるということでしょうか。

プレゼンを工夫するということ自体は、まったく悪いことではありません。
むしろ創造物の価値を魅力的に伝える努力は、すべての作り手がするべきことです。
しかし、本来的には、プレゼンによって伝えられる価値というものは、創造物そのものの価値に従属すべきであり、それ自体の価値が実態を離れて独り歩きすべきものではありません。
プレゼン崇拝主義にどっぷりつかってしまうと、このような事実を見過ごしてしまうという事態も起こってきてしまうことでしょう。

全ての魅力的なプレゼンが、実物の価値を反映したものであれば、上記のような懸念はただの杞憂にすぎません。
ただ、どこの分野にもいかがわしいプレゼンはあるものです。
結局のところ、創造物そのものに触れる以外にはプレゼンや資料でしかそれを評価できないので、過剰なレトリックや欺瞞には常にアンテナをはっておく必要がありそうです。


とは言え、悪意がなくても、言葉のアヤで結果的に不誠実なプレゼンになってしまうケースも多いことでしょう。
他人のことをとやかく言う前に、まずは自分の身の回りをしっかりしたいと思います。

それでは!

月末に闇

2018-10-28 23:54:19 | ヨン様
こんばんは、ヨン様です。


本日はシュビの練習が予定されておりましたが、諸事情により中止となりました。
今回の中止は、メンバーが集まらなかったからというよりは、別の理由がいくつかあります。
そのあたりのお話の裏は、また機会を改めてお知らせするということになるでしょう。

私のほうは、10月終わりから11月初めにかけていろいろな闇が降りかかってきており、現在その対応に胃を痛めております。
対人的な問題とか、そういうまっとうな社会人が抱えているような問題ではありません。
どちらかというと、自分自身の脳みそをぞうきんで絞るタイプの問題です。
前の記事で触れた、「一回性タスク」が近いでしょうか。

多少の例外はあるものの、基本的にはやったらやっただけ進む事務作業とは違い、このテのタスクはいくら時間をかけてもまったく進まないことがあります。
何時間もパソコンの前で思案して、結局できあがるのは1、2行のクソみたいな怪文書だったりします。
何なんでしょうかね、この感覚は。
ちなみに、これが編曲だったらどれだけ言い訳になるかと考えたりしますが、残念ながら編曲ではありません。
落ち着くまでにはもう少しかかりそうです。


というわけで、しばらくはごたごたに足元をすくわれていることかと思います。
更新を途絶えさせないよう頑張ります。

それでは!