天皇陛下の靖国神社御親拝を希望する会会長

日本人の歴史認識は間違っています。皇紀2675年こんなに続いた国は世界の何処を探しても日本しかありません。

便衣兵の罠

2018-05-12 17:18:13 | 時事



《便衣兵とは》
一般市民と同じ私服・民族服などを着用し民間人に"偽装"して、各種敵対行為をする"軍人"のことである。国際法違反であり、捕虜となっても裁判にかけられ処刑される。

便衣兵は捕虜とは異なり、陸戦法規の保護を適用されない。


《ハーグ陸戦条約》
交戦者資格の四条件

第一章 交戦者の資格
第1条
戦争の法規および権利義務は、単に正規軍だけでなく、下記の条件を満たす民兵や義勇兵団にも適用する。

①上官として責任者がいること
②遠くからでも判り易い特殊徽章をつけること
③武器を隠さず携帯すること
④行動する際は戦争の法規と慣例を遵守すること
民兵や義勇兵団を軍の全部または一部とする国においては、これも正規軍と称することができる。


例外規定が第二条に示されている。
第2条
占領せられざる地方の人民にして、敵の接近するに当り、第一条によりて編成を為すの遑(いとま)なく、侵入軍隊に抗敵する為自ら兵器を操る者が公然兵器を携帯し、かつ戦争の法規慣例を遵守するときは、これを交戦者と認む。

第3条
交戦当事者の兵力は、戦闘員及び非戦闘員をもってこれを編成することができ、敵に捕らえられた場合は二者ともに等しく俘虜の扱いを受ける権利を有する。



便衣兵は捕虜とは異なり、陸戦法規の保護を適用されないのだが、陸戦条約では宣戦布告が規定されており、本来事変にこの法規が適用されるか否かは意見の分かれるところである。

1945年10月に発足した国際連合では、その憲章第2条第3項、第4項において加盟国間での戦争そのものを実質的に禁止すると共に、憲章第51条において武力攻撃を受けた加盟国が個別的自衛権もしくは集団的自衛権を発動した場合の国連安全保障理事会への報告義務を課すことにより宣戦布告なき戦争を実質的に根絶している。

つまり、陸戦条約は略奪も禁止しており、当時の事変を戦後になって陸戦条約違反か否かまた条約を持ち出しての判断自体が遡及的であまり意味をもたないのである。

平和に対する罪は明らかに事後法であり、捕虜虐待もその存在の有無や犯罪者ではなくその全ての責任を一人の人間に押し付けるという極めて不明確な裁判でありその効力は無効ということも可能である。

この判決をベースにした戦後の反省と加害性の強調される歴史検証のスタイルは昭和天皇の崩御と共に始まった歴史捏造主義と呼んでも良いだろう。現在に於ける事件の否定的検証を歴史修正主義やネトウヨなどと揶揄するレッテルも程なくしてほぼ同時期に作られていたのである。

これを許した日本人は二度敗戦したも同然であり、鍾乳石が出来るがの如く時間をかけて赤化したとも言えるのではないだろうか。

それが当初は戦争を放棄して平和を維持するための策略であったとしても現在では隣国と共同で国益と国家の存続までを危ぶまれる反日活動として取り返しのつかないところまできている。

その中にあって肯定派は戦争犯罪の意味を1945年10月以降の戦争自体が犯罪行為であるかのように故意に錯覚させ否定するものをまるで殺人者を擁護する人で無しのように非難し嘲笑うのである。

確かに我々は東京裁判の判決を受け入れ講和に及び、その刑も受け入れた。然しながらその判決や事件、戦争自体に対する検証や反論が禁止されている訳ではない。

我々の先祖、またはその一部の行為が本当であったのか、冤罪ではないのかと史料をあたり検証することに不都合でもあるのであろうか。

かつて大日本帝国の軍規は厳格であり、犯罪傾向の強い兵士や脱走兵などを集めた特別の陸軍強化隊なども存在しており、犯罪自体起こり難い努力も垣間見ることが出来る。

戦犯とされた松井石根の日記を見てもその厳格さは陸戦条約を凌駕しているとも言える。

『南京入城翌日(十二月十七日)特に部下将校を集めて厳に之を叱責して善後の措置を要求し、犯罪者に対しては厳格なる処断の法を執るへき旨を厳命せり。 然れとも戦闘の混雑中惹起せる是等の不祥事件を尽く充分に処断し能わさりし実情は已むなきことなり。

因に本件に関し各部隊将兵中軍法会議の処断を受けたるもの将校以下数十名に達せり。又上海上陸以来南京占領迄に於ける我軍の戦死者は実に二万千三百余名に及ひ、傷病者の総数は約五万人を超へた』


従って南京事件の問題は日本軍の軍規の浸透と統率力の程度であり、8月に陸軍次官名で発せられたハーグ陸戦条約の「厳密遵守の必要なし」、「捕虜という名称もなるべく使わないように」と現地軍に通知しているが、これが戦争への拡大を避ける為のものであったか否かを焦点としなければ、真相にたどり着くことは困難であろう。


便衣兵の論争自体、戦後の擁護派があまりにも多様したため論争が国際法違反か否かという本筋の事件から逸れてしまっていると言える。

通常戦闘での我軍の死者は2万人を超えており、国民党軍の通常戦闘の戦死者の数字がそれ以上となることは明白である。

東京裁判でさえ、20万を10万に修正しており、こうなれば、人数の問題でなく、不当な殺戮があったのかなかったかの極論となってしまう。

その為に、肯定する側は範囲を拡大し、否定派は便衣兵を多用する。其々に都合のいい資料の間引きが生まれ歴史が改竄される。

東京裁判よりも恣意的な解釈に陥りそれぞれが好き勝手に検証する結果ありきの論争が終わる筈はないのだ。

其々の便衣兵の解釈をみればそれが結果ありきの机上の空論であり、小康状態に陥ることが明確に理解できる。


⭕️【東中野修道】は「日本軍は便衣兵の厳正な摘出を行い、捕虜の資格が無い便衣兵のみを処刑したものだ。これが曲解されたものが南京大虐殺である」と主張している。

【小林よしのり】は便衣兵戦術は日中戦争で中国軍が大いに採用していた、また一般市民に多大な被害をもたらす為に国際法で禁止されていた、と主張している。

❌ 【北岡伸一】は、「捕虜に対しては人道的な対応をするのが国際法の義務であって、軽微な不服従程度で殺してよいなどということはありえない。便衣隊についても、本来は兵士は軍服を着たまま降伏すべきであるが、軍服を脱いで民衆に紛れようとしたから殺してもよいというのは、とんでもない論理の飛躍である。」と主張している。

【秦郁彦】は「靴づれのある者、極めて姿勢の良い者、目つきの鋭い者」という基準で摘出した歩兵第七連隊の資料を挙げて「便衣兵選びは極めていい加減な基準だった」と言い、また、「青壮年は全て敗残兵または便衣兵とみなす」という歩六旅団の資料を挙げて「明確な証拠もない決め付け」だったと指摘している。さらに、日本軍の行動について「便衣兵としてつかまえた敵国人を処刑するには裁判をする義務がある。『便衣兵の疑いがある』というだけでまねごとだけでも裁判をやらずに処刑してしまったのは理解に苦しむ」と述べている。

【笠原十九司】は秦の主張に加えて「普段着に着替えた元中国兵が攻撃してきたという資料は無い。彼らは便衣兵ではなく、敗残兵であるからハーグ陸戦条約で保護されるべきもの。その意味でも日本軍の処刑行為は国際法違反である。」と主張している。



便衣兵の解釈、便衣兵か否かの定義付けも曖昧なまま、事変を戦争と解釈し、国際法で現在の感覚で判断してしまう。このように一方的に被害者側のオーラルヒストリーは解釈次第では180度歴史観を容易に反転させることも可能なのだ。

結論から言えば、便衣兵の摘出・処刑については、合法であり、南京における便衣兵の国際法違反行為は軍服を脱いだことと、安全区に侵入したことであり、後者は戦時重犯罪となる。
 
これは軍人同士の戦いに自国民を巻き込み被害を拡大させる危険な行為であるためどこの国に於いても禁止されている最も卑劣な行為なのである。

この部分に現在の価値観で人権を持ち込みこれを持って虐殺とし、日本人、日本国を再びその主人公にして贖罪意識を植え付けようとする北岡、秦、笠原氏の偽善的なロジックは人命を武器に日本国民の心や魂を残忍なまでに斬り刻む大虐殺に他ならないのである。






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