佐藤匠(tek310)の贅沢音楽貧乏生活

新潟在住の合唱指揮者・佐藤匠のブログです。

トーク考~相手の世界でも勝負出来る人は~

2007年06月02日 22時19分40秒 | テレビ番組

 

 今日は家で一日作業をしていたのですが、

テレビがなんとなく付いていました。

 

 

 NHK教育の六大学の野球と、

総合のプロ野球交流戦の楽天戦、

両方ともえらいたくさん人が入っていました。

いやー、佑ちゃんはともかく(結局出ませんでした)、

仙台はすごいですね。まあ調子が良いのもあるでしょうが、

やっぱり、地域密着+強さ、が両輪ですね。

勝負強いですよね、今年の楽天は。

 

 

 話が逸れました。。。

 

 

 実はある見出しに引かれて、

女性誌を立ち読みして、ある情報を得ていました。

 

 

大物お笑い芸人と大物ミュージシャンの番組内バトル

 

 

 と言ったところでしょうか。

要は、そういう収録があったらしくて、

今後共演NGだろう、という記事です。

で、まさかと思ったのですが、

今日の夕方、こちらの地方でそのOAがあり、

興味深々で見てしまいました(笑)。

まあ、記事になっているし、

隠してもしょうがないですね。

明石家さんまと長渕剛です。

 

 

 番組見ましたが、

まあ、少なくとも長渕剛の怒り方は、

テレビを抜きにしても本気が入っていましたね(笑)。

簡単に言うと、お互いが自分の領域で話そうとする人で、

噛み合わないんですよね。

自分のことをとにかく話そうとする長渕と、

自分のお笑いのテンポに持っていこうとするさんま。

要は、お互いが相手の世界で勝負する気がなく、

自分のことを語ろうとするわけですね。

何か言ったらそれに輪をかけて笑いに持っていくさんまの姿勢が、

長渕とソリが合わなかったと。

 

 

 で、僕、さんまは嫌いじゃないのですが、

今回だけでなく、いつも強引な時があり、

番組を見ていて、「またか。。。」

と思うことがあったりはしました。

ゲストの話を聞きたいのに、またそっちの話しかい、と。

まあ、そういう人だからしょうがないですね。

それが持ち味ですから。

長渕剛もそうですが、大物ってそういう人が多いのかなと。

 

 そういう意味では、

自分の世界でしか勝負できない人って、

勝負出来てる事自体それはそれですごいんですけど、

あんまり憧れないですね。

トークにおいて、聞き役になれるって、

簡単なようで難しいことですよね。

やっぱり、何だかんだと自分のことを話したいと思うし、

自分のリズムで、自分が良いと思う間で話したいのが

ほとんど多くの人でしょうし。

 

 

 まあ、これ、スポーツの実況もそうですね。

本当にすごい人って言うのは、自分の○○節を押し付けない。

というか、僕はそういうほうが好みです。

黒子に徹するけど、なんか締まっているな、

というのが理想ですね。

うーん、深いですね。

 


復活という名の新たな一歩

2007年06月02日 00時35分41秒 | ポピュラー

 

 最近、「積ん読」だけでなく、

「積んCD」をしている中、

久しぶりに買ってすぐ聴いたCD。

 

 

鬼束ちひろ「everyhome」

 

 

 買ったCDを聴く時の心境の中でも、

過去にない期待と不安の入り混じる感じでした。

 

  

 聴いた感想としては、

正直、このCDだけでは計りかねる部分がありました。

で、今日金曜日、

「ミュージックステーション」、「僕らの音楽」と

彼女が立て続けに出演しました。

 

 

 見ました。

うん、色々なことが自分の中で繋がった気がしました。

 

 

 彼女の歌は、以前と比べて、

とても不安に満ちたものでした。

彼女が番組で言っていましたが、

この2年数ヶ月間の休業は、

歌うこと以外のしがらみ、仕事が増え、

それら全てからの逃亡、ということでした。

 

 

 彼女は自分で、

「昔の歌がうまく歌えなくて、今、昔の歌を歌うようにしている」

と言っていました。

そう考えると、

休業前の彼女の歌というのは、

勿論ずっと歌っていたから歌える、というだけでなくて、

自分がどうすることも出来ない、何かへの怒りや苛立ち、

生きることの苦痛が、歌声になって表れていたのかなと思います。

「救済」

自分自身を救うための歌であり、

助けを求めた叫びだったのかもしれません。

 

 

 今回の歌声というのは、

正直、非常に不安定な歌声で、

苛立ちや怒りではなく、

限りなく不安に満ちた歌声でした。

今回のCDを聴いた時、確信が持てなかったことが分かりました。

ずっと歌っていなかったこともあると思いますが、

出口を探して、ようやく見つけた「everyhome」という歌。

それは、怒りや苛立ちではなく、

自分はどうしたらいいのか、という不安感から、

何かを見つけた、そういう瞬間だったのではと思います。

そして、今、新たな一歩を踏み出している、

それは、自分自身、色々な不安に駆られながら、

一歩ずつ、確実に、何かを探しながら歩んでいる、

今の歌声は、そういう彼女の足跡だと思いました。

 

 

 昔の歌声や、彼女の話し方からすると、

今回の映像では、多くのファンは不安に思ったのではと思います。

しかし、もう少し彼女の歩みを見守りたい、

僕はそう感じました。

 

 

 シングル「everyhome」はすごい曲です。

あの小林武史プロデュースですが、

さすが小林武史、やるときゃやる、と思いました。

彼女の曲の、歌声の生かし方、

これより他にはなかったと思います。

削って削って残ったもの。

そこに今の彼女の真実があったと思います。

ただ、まだ彼も試行錯誤ではと思います。

例えば今回のシングルの3曲目は、

3曲あっての3曲目でした。

それは彼女の曲でありながら、彼女の曲じゃないような感じでした。

敢えてそうしたことも分かる気はします。

しかし、それが良かったのか、まだ判断できません。

そういう意味では、アルバムをゆっくり待ちたい気がします。

 

 

 周りに惑わされることなく、

ゆっくりと、一歩ずつ、歩んで行って欲しいです。

僕たちも急がずにと思います。

彼女が番組中、「歌で生きていく」と言った言葉は、

この長い休息で得た、多分唯一の真実だから。

大切にし過ぎてし過ぎることはないでしょう。