硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「風立ちぬ」 君さりし後 18

2014-08-25 08:24:53 | 日記
その夜は10数年ぶりに親子で団欒し、夢心地のまま部屋に戻ろうとすると、改まった母が「ちょっと次郎さん。」と言って呼び止めた。

「何ですか。母さん。」

「・・・これなんですけれど。」

母が次郎へ一通の手紙を差し出し、

「ほら、小学生の頃、あなたとよく遊んでいた毛利君から手紙がきたのよ。」

と言って次郎に渡した。毛利君は尋常小学校時代の同級生で、運動が得意な少年であった。それに引き換え次郎は運動があまり得意ではなかったので毛利君から器械体操や柔道を教えてもらい技を磨いていった。その代わりに次郎は毛利君に読み書きや算術を教えるという、旧知の中であった。

「・・・毛利君から? なんだろう。」

封筒の裏を見ると横須賀海軍航空隊とあり、嫌な予感がした。

「ありがとう。それで、毛利君は今どこにいるのか聞いていますか。」

そう尋ねると、母は表情を曇らせ、「毛利君ね・・・。南方で戦死なさったそうよ・・・。」

と言うと、次郎は、

「・・・そうですか。」

と、だけ言って、足早に階段を上がって部屋に入った。早速白熱電球を灯し、すでに誰かの手によって開封された手紙を再び開封し便箋を取り出すと、毛利君の文字があの頃と変わることなく綴られていて懐かしさを感じた。しかし文面は悲痛なものであった。

「堀越君へ。」

「この歳になり改めて、君に向けて筆をとろうと思ったのは、君に礼を言っておかなければならないと思ったからだ。君に読み書き算術の楽しさを教えてもらわなければ、今の俺はなかった。本当にありがとう。
明日から部下と共に南方へ向かうこととなった。聞けば、俺の愛機は君が作ったそうだね。それを聞いた時、本当にたまげたよ。日本海軍が誇る、いや世界が認める素晴らしい機体だ。そして、操縦桿を握って飛んでいる時、君と共に飛んでいるのだと思うと、とても心強く、一層やられる気がなくなった。かならず、勝利して帰って来るから、その時は四方山話をつまみに一杯やろうではないか。武運を祈っている。」

手紙を読み終えると、自身の作った飛行機が友の命を奪ったという数奇な運命に、やり場のない怒りと深い悲しみを覚えた。そして、その夜はひどく咳込み、結局朝まで寝付けぬまま朝を迎えた。