硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「風立ちぬ」 君さりし後 21

2014-08-28 08:29:14 | 日記
左手を顎に当てると表情を曇らせ「どうしたものか・・・。」呟いた。その言葉に自身の容態が良くないことを確信した次郎は、

「先生。どうぞ遠慮なさらずにおっしゃってください。」

と、誘い水を向けた。するとドクターは改めて次郎と対面し、

「堀越さん。はっきりいいますよ・・・。」

と、前置きをしてからレントゲン写真の肺の部分を指差し、

「あなたは肺結核をわずらっています。それもずいぶん悪い。ここの部分、分かりますか。思った以上に病巣が拡大しています。しかし、よくこれで喀血しなかったですなぁ。奇跡としか言いようがない。」

と、言った。次郎の様子を窺っていた加代は両手を口に当て驚いたが、次郎は奈穂子と過ごしていた時からいつかこうなることを心のどこかで決意していた。

「わかりました。それで、今後どうしたらよいでしょうか。最良な対応策を・・・。」

ドクターは次郎の覚悟を理解した。そして、わずかな希望でも体調が回復するかもしれない方法を勧めた。

「・・・もし、金銭的に余裕がおありなら、療養所に行く事をお勧めします。」

次郎は静かにうなずいた。加代は目に涙をためて泣かぬようこらえていた。

「・・・今の医学では如何ともしがたいのです。」

「わかっています。これも運命だからしかたがありません。」

「では診療所をご紹介しましょう。それとも、どこか心あたりでも?」

ドクターが次郎に問うと、ためらうことなく、

「ええ。実は妻が生前療養していた富士見市のサナトリウムに行こうと思います。」

と、言った。それを聞いたドクターはそれまでこわばらせていた表情を緩ませて、

「ああ、正木さんの療養所ですな。それならば、私が紹介状を出しておきましょう。」

と、言った。

「院長をご存じなのですか。」

「ええ。医大の先輩です。ずいぶん世話になりましたから。」

「そうでしたか。世間は随分狭いものですね。では、お願いしてもよろしいでしょうか。」

「それくらいしかできませんからな。では、いつ頃向かわれますか。」

「・・・早い方がよいでしょう・・・。では明後日じゅうには窺うようにいたします。」

「ふむ。承知しました。では、こちらから、そのように伝えておきます。」

「よろしくお願いします。先生。ありがとうございました。」

次郎は一礼をして診察室を出た。しかし、不思議と迷いはなかった。むしろ今日の澄み切った青空のように心の底から清々しかった。