硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「風立ちぬ」 君さりし後 4

2014-08-11 06:29:54 | 日記
「今日も暑くなりそうですね。」

ふと曽根が呟くと、次郎も、

「暑くなりそうだ・・・。」と繰り返した。曽根は失意の中、

「・・・もう、なにもすることがなくなりましたね。堀越さんは、この後どうするのですか?」

と言うと、次郎は腕組をして、

「・・・まず、保存する資料を各人で保存に勤めてもらう。」

と答えたが、曽根は次郎個人の今後の身を案じていた。

「いや、そうではなくて、堀越さん自身の事。」

「僕?」

「ええ。堀越さん自身です。」

軍部の要求に沿う飛行機製造のことばかり考えてきた次郎は、菜穂子と離れて以来、個人の身の振り方など考えたこともなかった。しかし、敗戦によって我に帰ることを余儀なくされ、戸惑いながらも何をするべきか真剣に考え始めた。

「・・・おそらく、もう飛行機は作れなくなるだろうから・・・。」

燃え続ける設計図を見つめながら、気持ちを整理するように、とぎれとぎれに、心の奥から絞り出すように言葉を発していた。

「・・・そうだな。奈穂子に・・・。一度も会いに行ってないから。」

「・・・細君ですか。たしかお亡くなりになったのでは。」

「うん。・・・9年前にね。でも、忙しすぎて墓前すらも行けてないんだ。」

「・・・そうでしたか。」

「うん。だからまず、奈穂子に会いにゆくよ。」

「・・・それはいいですね。」

「・・・曽根君は?」

「僕は妻子を守らねばなりませんから、しばらくこの地に留まり、時節を見定めてから進退を考えようと思います。」

「・・・うん。それは正しい判断だと思う。・・・しかし、我々も含めて日本と言う国はこれからどうなってゆくんだろうね。」

そう答えると、会話が途切れてしまった。それは近代戦争における敗戦は、日本にとって未経験であり、身の置き所が誰にもわからなかったからであった。しかし一方では、もう戦争による犠牲を誰にも強いることをしなくてよいのだという安ど感を感じていた。