映画を大きなテーマとした逢坂剛著の二冊を再読。
『牙をむく都会』
御茶ノ水で現代調査研究所という何でも屋を営む岡坂神策が、ひょんなことから、大手広告代理店が主催するハリウッド・クラシック映画祭プロジェクトのPRと、新聞社が主催するスペイン内戦シンポジウムのコーディネーターを同時に引き受けることになる。ところが、二つの仕事の背後から、戦後史の重大な疑惑が浮上する。
作者の趣味である旧作映画とスペイン内戦に関するうんちくがたっぷり詰め込まれた小説。こういうマニアックなものでも、作者の知名度の高さがあれば商売になるのか…。何ともうらやましい限り。
主人公がご同業のフリーライターということもあって面白く読むが、変名で登場する広告代理店や雑誌名や店名がすぐに分かってしまうのはご愛嬌。主人公の岡坂は、作者の分身であり、理想の姿なのだろう。
うれしかったのは、作者がジョン・スタージェス好きという点だ。この作品の中でも、かの“プレストン・スタージェス馬鹿”の某氏を痛烈に皮肉った一節があって思わずニヤリとさせられた。ただ逆に、ジョン・フォード嫌いについてはちょっとあまのじゃく的なものを感じる。まあこういう好みの違いを言い出すと切りがないのだが…。
『墓石の伝説』
『牙をむく都会』の続編とも言うべき岡坂神策シリーズの一編。今回は、70代の老監督の“OK牧場”にまつわる西部劇製作話に岡坂が巻き込まれるのだが、『牙をむく都会』にも増して、作者の映画(特に西部劇)への偏愛ぶりが前面に出ている。つまりは、あくまで作家が自分の趣味を披露するための作品なのである。
従って、読む側に多少なりとも、西部劇あるいはワイアット・アープについての予備知識や興味がなければ、とても読む気は起こらない代物だ。まあオレはこの手の話が好きなので一気に読んでしまったが、読者を選ぶ小説であることには間違いない。
ところで、日本人の映画監督が西部劇を撮るという話題で思い出すのは、この小説が最も影響を受けたと思われる岡本喜八の『EAST MEETS WEST』だ。残念ながら成功作とは言えない映画だったが…。
両作とも、作者のなじみの地である御茶ノ水や神保町が舞台なだけに、周辺のレストラン、バーなどに関する情報も満載。毎回登場する美女や脇役などの造形も楽しい。もう少し映画のうんちくの部分を抑えれば、締まったハードボイルドものになり得たとも思うのだが、それはそれで詰まらないか。
(2005年、初読の際のメモを転載)