わんわんらっぱー

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狙われる18歳

2018-10-09 15:21:52 | 諜報計略
 2016年から18歳で選挙権が与えられるようになった。若い年齢層ほど、自公候補へ投票する率が高い。
 2022年4月からは成人年齢が現行の20歳から18歳に引き下げられる。これには反対意見も多い。商取引などの経済的判断にも責任を負うことになり、不公平取引で搾取されるのではないかとう危惧がある。五輪ボランティアのように国家に動員されていいように使われるのではないか、という観点の方も問題視されてしかるべきである。
 若年層ほど統治権力に従順である。「自分には地位もカネもない。よって体制に寄り添うほうが得策だ」と考える。
 私も高校生の頃は日本政府を信用していた。時はバブルの残響の満ちており、従順であれば生きていける経済的に豊かな時代だった。

 恐らく小渕政権までは、まだ、旧田中派の経世会政治家が舵取りをしていたので、総体としては、今に比べれば政府はまともだった。森喜朗清和会に権力が転がり込んでから、日本は米帝に対する防波堤を失った。労働者の権利は剥奪された。努力しても普通の生活を送るのすら難しくなった。
 自分は働かないで搾取する立場にいる階層が増えてきた。フランチャイズ制度などを通じて過酷な労働を強いる体制が構築されている。長時間勤務の後で「3時間後に出勤してくれ」と言われても断らない人がいる時代になった。

 2011年3月、福島第一原発が数十トン単位で核物質を放出した。数gが漏洩しても大変な事態だが、稼働中だった原発が冷却に失敗して最終的に爆発した。しかも、溶融核燃料が気化した状態で3月20日未明には3号機から放出され、放射能雲が首都圏を襲い、しかも降雨により地表に沈着した。この時点で日本国の命運は決したのである。
 恐らく私を含めて東日本居住者は長生きできない。私は左脇のリンパがたまに腫れるようになった。人が集まれば、誰が死んだとか、誰が病気だとかの報告が絶えないようになった。

 昨日、ツィッターが #RADWIMPS18祭 で埋まった。文字通り埋まった。だが、私には#RADWIMPS18祭 とか聞いて悪い予感しかしない。18歳の人にRADが作った極右ソング聞かせて「ほ~らお前らお国のために殉ずるんだぞ~」って思想を植え付けようとしているのではなかろうか。RADはすでにHINOMARUなどの愛国ソングを発表しており、電車のラッピング広告を連動させるという念の入り用である。
 なんでわざわざ18歳だけ集めてイベントをやるのか、気持ち悪いし、政治的意図がないわけもないが、ツィッター民がこぞって称賛している。大体、こういう時は危ない。

 その内に愛国扇動されたアベ・ユーゲントとも呼ぶべき政治クラスターが形成されて、私のように国家よりも個人の利益を優先するおじさんが攻撃されるようになるのではないかと、恐れている。

 学者が百万言の言説を尽くしても若者は呼応しないだろうが、ミュージシャンやアニメーションなら込められたメッセージを聞くのである。
 RADこそは逆・尾崎豊である。尾崎は社会への反抗を歌ったが、RADは国家を称賛する。国家・統治機構は人民た生きるための社会を構築して維持するために「便宜的」に存在するものである。秩序の維持のために権力を委ねているにすぎない。愛国などというのは基本的にあり得ない。愛・南台2丁目町内会とか言ったら狂人扱いされる。
 敵が攻めてきたらどうすのだというが、戦争の観点からも、ますます愛国などという観念は邪魔である。共同体として戦争を回避する方が得策であるのだから、基本的に外交に力を入れて戦争を回避する方向へ向かう。しかし、愛国などと国家としての体面や、帝国主義的野望が介在してくると、そこに戦争を誘発する余地ができる。いざ戦争となると、前線に行くのは10代・20代の兵士である。誰がそんなことを望むのかといえば、戦時体制を通じて、国家権力を永続的に掌握することを目的にする財界を中心とした閨閥勢力である。天皇家も閨閥の中心に位置して、人民を従属させる御旗として機能する。

 忌野清志郎も尾崎豊ももう居ないのである。新星のミュージシャンが善意でメッセージを発しているという保証はない。「すべてを疑え」とはマルクスの言だが、今こそのその言葉に重みがある時代はないと言えようか。

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