続・蛙独言

ひとりごと

あらためて新シリーズ 1

2012-09-26 13:07:29 | 日記
自分の考えを整理するためにということでブログを開設して随分時間が経った。
なにかしら、まとまった「考え」に至ったかといえば、整理がつかないままに一層混乱してしまったようではある。
Niftyのフォーラムから数えれば15年以上になる。
「差別とは何であるか」「その解決はあり得るのか」といったようなことが主要なテーマだった。
周囲では様々に論ぜられてきていると思うが、納得のいくような解答にも出会っていない。
現実に差別の事例は枚挙に暇は無いのだけれど、さて「差別とは何か」とか、そもそも「とは何か」「民とは誰か」ということさえ、明解な答えを見いだせていないのではないかと思う。
しばしば「民とはこの〈私〉だ」といった言説さえあるわけで、これはもう「居直り」に近いと蛙には思われる。
この辺りはまた別稿で考えてみたいと思う。

それで、思いつくままにこれまで考えてきたことを連続して書いていきたい。

社会の総体は、例えていえば「大きな立体」であるが、それを「差別」という切り口で切って「平面」としてみれば、「被差別民」と「それ以外の人」ということになる。
一時期、「差別問題に中立ということはない。被差別の側に立つか『差別者側』に立つかしかないのだ。」という立論が主張されたことがあったと思う。
こうした主張に対して、日共からは「『解同』は以外の人々を敵視している」というような非難があった。
その非難が当たっている事例も勿論あったのだけれど、概して、「ハク(以外の人)は皆、敵やッ!」などといった主張をした者は「未熟」だったというほかない。
これは「論理」の問題であって、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
そういう主張は分からないわけでもない。
蛙の父親がどれ程酷い差別を受けてきたか、それも「よく知っている男」からだったけれど、聴き知ってからは胸の内に憎悪の念がどうしても湧き上がってきてこらえ切れない想いもしたものだ。
また、「敵」と名指された相手方には、なんとかしてそうでなくなるような努力を求める「呼びかけ」でもあっただろうと思われる。
最近では、そのような主張は影をひそめて、「周辺の人々との共同行動を通しての人権の街づくり」という風に変化してきているようだ。
蛙の考えでは「そういう努力も必要だろうが決定打ということにはならないだろう」ということになる。
全体、問題は「この社会の『文化』の作り変えが目指されなければならない」と考えているからだ。
産まれたばかりの赤子が初めから「差別意識」を持っていたりするわけではない。
(人間はそもそも差別するものとして存在しているという主張もあるが、これは次回に検討しよう)
人は、その成長の過程で、「ことば」を獲得し、そのことによって社会的規範などをも受け取る。
この過程にこそ差別が受け継がれていく原因があるのであるから、「ここ」が撃たれなければならないと蛙は思う。
言ってみれば「文化大革命」ということだ。

社会を「大きな立体」と考えると、その「切り口」は無数にある。
例えば、「障がい者問題」。
「切り口」の平面上には「障がい者」と「健常者」があるわけだが、フツー「健常者」の思考の過程には「障がい者」は省かれてしまう。
これもまた、「文化」の問題であるだろう。
例えば「都市と農村」。
都市住民は、その生活を農村に支えられてあることを意識することがまずない。

奈良の山下さんたちは「問題は既に喫緊の課題ではなくなった」ということを言われている。
解放運動の中では「差別をはじめとする様々な差別問題を・・・」という言い廻しが言われてきた。
蛙は思うのだけれど、の人間が「差別問題」を中心に据えるのは至極当然のことであって、「障がい者」ならば「障がい者差別」が「喫緊の課題」であり続けるし、「『障がい者』差別をはじめとする様々な差別問題の解決を・・・」というのは自然なことではないだろうか。
また、沖縄だったら、「本土」による「沖縄差別」ということが「喫緊の課題」であり続けている。
それだから、問題を立てる時には、「主体」の条件がよく吟味され、その解決に向けて、どのように「連帯の輪」を拡げていくべきかということにならなければならない。

で、蛙にとっては、「差別」問題が「解決」されるまで、いつまでも中心の課題になり続けるということだ。

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1 コメント

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同和団体の目的は部落差別の解消 (平河)
2012-09-27 00:05:50
 運動団体が運動の中心に同和問題の解決を置くのは当たり前で、同和問題以外を中心的課題にする団体は団体とは言えない。
 関係者を会員とする団体であれば、同和問題が中心的課題であり、その他の人権課題については、あくまで当事者の運動への協力であり、主体にはなりえない。
 同和問題以外を中心的課題にするのであれば、その団体は解散し、その他の運動へ個人として参加すればよい。
 団体としてその他の人権運動に関与できると考えることは傲慢であり、驕りである。それこそ団体を維持するためだけの活動であり、害しか与えない。
 差別の事例は枚挙に暇がないとの意見は同調できない。私の子供は5人いるが、幼稚園、小学校、中学校、高校、専門学校と、差別されたことがないと言っている。結婚についても全く反対はなかった。
 関西では、未だに不祥事続いてことにも要因があると思われる。差別よりも嫌悪感が強いのではなかろうか。
 私の県では、差別される要因が我々にあるのならばなくしていこうと、払うものは払う、借りたものは返す、不法駐車はやめるとともに、地区の美化に取り組もう。などの運動を支部の設置から始めた結果、融資では一般融資よりも事故率が下がり、全国からその手法の視察が相次いだ。
 私どもの支部ができるまでは、解放同盟がやりたい放題食いちらし、融資や更生資金などは、差別された代償だから返す必要はないと、間違った指導をしていた。
 地区内の指導は、行政では無理で、運動団体の責任であるが、この責任を果たしている団体は、残念であるが少数である。
 どの地区でも、モラルの向上などの人間教育が疎かにされている傾向がある。
 当初は、返さんでいいというから借りたのに、いまさら返せとはなんだ!!と、殴り合いに近いくらいのトラブルも何度かあったが、今になるとあの時に返していたから事業も拡大できた。との声も聞く。
 これなどは一例であるが、人として非難されない人づくりも運動の果たす大きな役割ではないだろうか。
 被害者意識を捨てたところから意識が変わる。
 私の父は、地区内で唯一旧制中学に通っていたが、他の地区の青年からは、の人間のくせに旧制中学通うなんて生意気だと、自転車で通るたびに石を投げられたと話していたが、被害者意識は薄かった。
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