続・蛙独言

ひとりごと

もうひとつ

2012-10-19 21:09:22 | 日記
もうひとつ、浦本さんのfacebookの記事をUPしておきます。
こんなことがあったなんて知らなかった。
「朝日」は許せないッ!
絶対に許せないッ!

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 じっと今日まで我慢してきたけど、この際暴露します。連続大量差別はがき事件の刑事事件被害者として、遅ればせながら朝日新聞を社会的に告発したい。
 私、事件当時代表刑事告訴人として被害者側のメディアとの対応役をやってました。テレビや新聞など、多数の報道機関の取材を受け、それに協力してました。まあ、私たち被害者の側にしてみたら、メディアの協力を得るしか事件解決の方法がなかったですから、私は自分自身のためにメディアの皆さんのおっしゃることは何でも「はい」と言って、応えていたんです。
 事件も大詰めになって、犯人が逮捕された後になって、それまで一度も取材に来たことのない朝日新聞社会部から取材の申し入れがありました。勿論快く私は応じました。担当の記者さんは、「かなりまとまった記事にするので、半日くらいはつきあってください」とおっしゃって、私、他社の取材は断って、朝日新聞だけの為に半日時間をついやしました。
 取材が終わる時に、私聞いたんです。「朝日さんは、今まで取材に来られたことが一度もありませんでしたが、今回このように集中して取材されると言うのは、何か理由があるのですか?」と。
 担当の記者はこう言いました。
 「実は、私個人は、この事件を早くから注目していていたんです。最初に共同が報じたとき、正直『やられた、先を越された』とあせりました。しかし、社の上のものに、『他社に遅れを取ることなく取材を入れるべきだ。自分にやらせてくれ』と言うと、社の上層部は『この事件は自作自演の疑いがある。だから報じられない』と言って、取材を許してくれなかったんです。ところが今回、犯人が逮捕され、しかも物的証拠がぞろぞろ出てきて、『お前は何をやってたんだ、他社に抜かれやがって、すぐに取材に行ってこい』と怒鳴られたんですよ。私は、朝日新聞社という会社が許せません」と、そう言ったのです。
 自作自演、つまり被害者の私が犯人であると、朝日新聞社は社として当初断定していたと言うのです。私は、深く傷つきました。でも。今日までじっと我慢してきましたけど。

(コメント欄から)
私は今日までじっと我慢してきたんです。私はPTSDだと言われている。でもどんな障害を被うと、自分で選んだ道だから、そう思ってきた。
 でも、悔しい、悔しい、悔しい!
 福岡の自作自演事件の時も、朝日新聞西部本社の社会部記者を名乗る人物が都連に電話をかけてきて、私を名指しで電話取材を申し込んできた。
 「浦本さんは、同種事件の被害者として立花町に何度も赴き、結果的には自作自演の犯人だった人物を『皆でささえよう』と何度も訴えてますね? そのことについての浦本ご自身の責任について、どう責任を取られるつもりか聞かせてください」。「浦本さんは同種事件の被害者でしょ? なのに何で自作自演だと見破れなかったんですか? 浦本さんは非常に重い責任がありますよね、違いますか!」と問いつめられた。私は「私には責任があります。この責任から逃れるつもりはありません」と泣きました。
 悔しかった。無念だった。
 だからといって、その恨みで今朝日を攻撃しているんではないです。私が朝日に聞きたいことは、先に書いた通りです。しかし、私は一生朝日新聞社と言う会社を許すつもりはありません。これもまた事実です。

「週刊朝日」 浦本さんの公開質問状

2012-10-19 15:41:17 | 日記
浦本さんがfacebookの方で、「週刊朝日」の記事に激昂されていたので、慌てて「それ」を手に入れて読んでみた。
佐野眞一というライターだ。
「緊急連載スタート ハシシタ 救世主か衆愚の王か 橋下徹のDNAをさかのぼり 本性をあぶり出す」と表紙に大々的にぶちあげ、橋下の「顔写真」をでかでかと掲げている。

その下劣さに反吐をもよすような、酷い差別記事だ。

浦本さんがFBに「週刊朝日」に対して「公開質問状」を出されておられる。
以下にUPしておくので、御一読願いたい。

記事に関する蛙の「感想」は、浦本さんとほぼ重なるが、別稿で、もう少し書いておきたいこともあるので、それはまた次回ということにする。

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週刊朝日編集部 御中

公開質問状

  私は、浦本誉至史と申します。今回貴誌が連載をはじめた佐野真一氏執筆になる企画記事「ハシシタ、救世主か衆愚の王か 橋下徹のDNAをさかのぼり本性をあぶり出す」第一回を精読し、極めて大きな衝撃を受け、深く傷つきました。貴編集部の姿勢について、重大な疑念がありますので、公開質問状をもって回答を要請します。誠実にご回答いただきたい。

 まず、私の立場を明確にします。私は兵庫県の被差別に生まれ育った被差別出身者です。また数年前に起こった「連続大量差別はがき事件」で重大な被害を受けた差別の被害者でもあります。現在は公益社団法人東京解放研究所に研究員として勤務し、また同時に解放同盟東京都連合会で執行委員も務めています。
 ただ、あらかじめ明確に申し上げますが、この公開質問状は週刊朝日の1読者である浦本誉至史個人としてお出ししているものであって、私の職場や所属する組織は一切関係ありません。

 私は、今回の連載第一回を精読し、大きな衝撃と深い傷を負いました。私はこの企画そのものが重大な差別行為であると思います。その理由は以下の通りです。
 佐野真一さんは記事の本文で、「オレの身元調査までするのか。橋下はそう言って、自分に刃向う者と見るや生来の攻撃的な本性をむき出しにするかもしれない。(中略)だが、平成の坂本龍馬を気取って、”維新八策”なるマニフェストを掲げ、この国の将来の舵取りをしようとする男に、それくらい調べられる覚悟がなければ、そもそも総理をめざそうとすること自体笑止千万である」と書き、これが出身を暴く身元調査であると言うことを十分に自覚していると明記されています。その上で、記事には家系図までつけられています。しかもこの家系図には、記事には一切出てこない橋下氏の先祖の名前まで出ています。
 そもそも、貴編集部も「橋下徹のDNAをさかのぼり本性をあぶりだす」と副題をつけてるわけですから、記事の目的が橋下徹氏が被差別出身者であることを暴くこと自体にあったことは明らかであると思います。
 佐野真一さんは、あからさまな嫌悪感をもって橋下徹氏の出自、被差別を紹介しています。

 百歩譲って「彼の生育環境が、今の問題ある彼の政治主張を作った」と言うなら、なぜ彼の今からスタートして遡る形で追っていかないのですか? なぜいきなり彼の父であり、遠い祖先まで遡る彼の血筋や家系が問題なのですか? なぜDNAなのですか?
 人は生まれながらに貴賎のあるものであって、個人の努力・能力とは全く無関係に、運命として「どうしようもない奴は、どうしようもない」と言うのが、貴誌の基本的立場なのですか? だとしたら貴誌は、反社会的存在であると断定せざるを得ません。
 佐野さんは「被差別出身という出自」をことさら中心において記事を作っていますが、ではなぜ被差別出身という出自が問題なのですか、その根拠を示していただきたい。それが偏見ではないと、どうして佐野さんは、そして貴編集部は断言できるのでしょうか? ちなみに私は被差別出身者ですが、橋本氏の政治姿勢とは全く相容れません。私の知る他の被差別出身者の中にも、橋下氏の政治姿勢を嫌悪し、全く許容できないと公言している人が非常に多数います。被差別出身者は皆、「橋下氏のようになる」わけでは当然ありません。なのになぜ貴誌は、被差別という出自が問題だと公言なさるのですか、その根拠をお示しいただきたい。

 私は、「問題をタブー視すること」を引き出すような安易な解決は望みません。私がこの記事から感じたのは、貴誌が根底的に持っていると思われる「表層主義」というか、「物事の真相に迫るという姿勢の根本的欠如」と言うか、そう言った点です。
 今回の記事でも、父や家系や血筋からはじめるのではなくて、例えば橋下氏本人のおいたち、今から順々に時代をさかのぼっていって、学生時代や高校時代の彼の姿勢、彼と母との関係とか、そしてその先に幼少時代のにおける環境や生活とか、そういうことから事実を掘り起こしていく企画であれば、私はこんなに反発はしなかったろうと思います。私が申し上げたいのは、なぜ真っ先に血なんですか! なぜまっさきに氏素性なんですか! なぜDNAなのですか! ということです。
 このような考察抜きに、「被差別という出自=犯罪性や政治的な偏向」と結びつけるのは、あまりに安易ではないですか。つまり貴誌は、私たち被差別出身者のアイデンティティを、あまりに安易に利用しているのではないですか。見解を聞かせてください。
 私は「物事の原因を遡って明らかにすることが、科学であり、合理主義だ」(アリストテレス)と信じてます。偏見や検証されない思い込みをふくんで、しかも証明課程を省略し、自分の結論に都合のいい「事実」だけを先にあげつらうのは、反科学だし反合理主義だと思います。私は、今回の記事にひどい嫌悪感を感じます。いえ、断言しますが、日本中の被差別民が一人残らずこの記事に嫌悪感を感じています。被差別という読者を切り捨てても、言論機関としては何の痛みも感じないのですか。もともと貴編集部には被差別民そのものが眼中になかったのではないですか、だとしたらそれは明らかな差別です。貴編集部の見解を聞かせてください。

 貴誌は、橋下氏と貴誌の問題だと理解しているかもしれませんが、それは全く違います。
 例えば、佐野さんは、記事の中で八尾市の被差別の地名を暴露していますけど、八尾のの出身者は、何も橋下氏だけではありません。また、家系図を掲載することで辱められた橋下氏の父方の祖先も、橋下氏自身とはあったこともない方々がいるはずです。これらの無関係の第三者に何の罪があるのか? はっきりとお教え願いたい。
 さらにこのように被差別=やくざ=ファシストと安易に結びつけられ、それによって大きな心の傷をおった私に対する説明責任はどうしてくれるのでしょうか? また、貴編集部によりその存在すら軽視され、無視された日本全国の被差別民への説明責任はどうしてくれるのでしょうか?

 貴編集部は、記事の責任は執筆者である佐野真一氏にあるということなのかもしてません。しかし、この記事はいわゆる1回もののベタ記事ではありません。連載の企画記事であり、今号では表紙を飾っている「目玉記事」です。当然編集会議の中で企画の段階から十分にたたいて、満を持して掲載したはずです。つまりは、組織として週刊朝日編集部の全員が、「これでいい。この内容が真実だ」と認識して掲載したはずです。それが単に「不適切な文言」では済まされません。明確な回答を願います。

 この企画がなぜ差別を是認したり、助長したりするものにならないのでしょうか? 私にはまさに差別を是認したり、助長したりする意図を持って編集され世に送り出された記事以外の何ものにも読めません。これは私の読み方が偏向しているからでしょうか、見解を御聞かせください。

浦本誉至史

以上