壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

かいつぶり

2008年12月14日 20時08分55秒 | Weblog
        淡海いまも信心の国かいつむり     澄 雄
 
 近江(淡海)の国の琵琶湖は、古くは「にほの海」と呼ばれた。
 その名の起りは、滋賀県野洲郡の一部のあたりを、邇保(にほ)の郷と呼んでいたからだという。つまり、琵琶湖の岸が入り江になったこのあたりは「にほの浦」と呼ばれていた。それが、琵琶湖全体に広がって、いつの頃からか、「にほの海」と呼ばれるようになったのである。
 ところで、この「にほ」というのは、元来、「にほ鳥」すなわち「かいつぶり」のことであって、かいつぶりがたくさん集まることから、「にほの浦」さらに「にほの海」の地名が生じたのであろう。

        かいつぶりさびしくなればくぐりけり     草 城

 さて、このかいつぶりは、地方によっては、ムグッチョとかズブリコなどと呼ばれて、年中、わが国にいる水鳥であるが、やはり冬の池や沼にいるときが目立つようである。水鳥の一つとして、俳句では冬の季語とされている。
 風の凪いだ冬の池の水面に静かに浮かんでいて、時折、突然ズブリと水中にもぐったかと思うと、思いもかけぬ遠い所に、ぽかりと浮かびあがる。
 方言のムグッチョとかズブリコというのも、その突然の水潜りからきた名前であろう。

        にほ沈みわれも何かを失ひし       汀 女
        世の寒さにほの潜るを視て足りぬ     欣 一

 かいつぶりは、かいつむり・にほ・にほどり、また、よく潜るところから潜り鳥・一丁潜り・八丁潜りなどともいう。
 一丁すなわち百十メートルも潜るというのは、少々オーバーだと思うが、よほど息は長いのであろう。そこで、『萬葉集』巻二十に見える馬史国人(うまのふひとくにひと)の歌、
        にほ鳥の 息長川は 絶えぬとも
          君に語らむ 言尽きめやも
 に用いられた「息長川(おきながかは)の枕詞としての「にほ鳥」に、かいつぶりの潜水時間の長さ、一呼吸の長さが、はっきりと公認されている。

        かいつぶり人は夕映着て帰る         翔
        かたむける日ににほどりのなきにけり     風三楼

 どうやら、かいつぶりには、夕暮れが似合うようである。
 ちなみに、かいつぶりは、草の茎、葉などを集めて、水量の増減に応じられるように、水草を支えとして巧みに営巣する。これを「にほの浮巣」といって、夏の季語となっている。
 

      ケーキ買ふ列や銀座の社会鍋     季 己