東京藝大の博士論文発表会へ、連日通っている。
昨日は、陶芸の金大容(キム・デヨン)さんの「無為自然の壺 ―朝鮮陶磁への回帰―」と題する論文の口頭発表。
そして今日は、保存修復(彫刻)の益田芳樹さんの「慶派仏像における胴継ぎ構造の研究 ―興福寺国宝木造天燈鬼・竜燈鬼立像を中心に―」である。
こちらも堂々たる発表で、先行論文に一石を投じ、なおかつ解明したなかなかの論考であった。
この博士論文の主査は、奈良のマスコットキャラクター「せんとくん」の製作者としても有名な籔内佐斗司教授。
口頭発表の弱点?をつくような形で質問をし、この論文のハイライトともいうべき部分を引き出させたのは、さすがである。美しい師弟愛を見たような気がして、さわやかないい気分に浸れた。
帰り際、また金大容さんの粉青流掛面取壺を観たが、観れば観るほどよくなる。何回観ても例の二点が、特にすばらしい。
聞けば、一点は、金さんの最も気に入っている作品という。もう一点は、主査である島田文雄教授が、最もよいと言われた作品とのこと。
俳句にたとえれば、金さんのお気に入りは心敬、島田教授のお墨付きは芭蕉ではないかと、秘かに思っている。だから、この二点に惹かれるのだ、と確信した。
『フェルメール展』を観るため、東京都美術館へ行ったら長蛇の列。関係者に尋ねたら、2時間待ちとのこと。これまでに3回観ているので、4回目はあきらめて帰ることにした。
帰宅後、一息入れて、2階の雨戸を繰ろうとしたら、満月が冴え冴えと輝いていた。
いつも見るものとは違ふ冬の月 鬼 貫
寒々と冴え渡った冬の大気中に輝く月を、万葉の昔から日本人は特別なものと捉えてきた。その透徹したさま、寂寥感などは、他の季節の月からは味わえない、日本の冬ならではの景である。
この木戸や鎖(じょう)のさされて冬の月 其 角
芭蕉がこれを「秀逸」と評したことで知られる句である。この句は『猿蓑』に載り、このころの芭蕉は、「この一筋につながる」と自分の道を見定め、また、これに伴なっての独自の作風を展開していた時代であるから、其角が自分とは異質の作家であることは知っていたはずである。このことは、其角においても同様なのであるが、その作品については互いに認め合うことが出来たのである。
これは一つには、『虚栗』までの若かりしころに培われた深い師弟愛が、二人を強く結んでいたということであるが、より大きな原因は、感受の真が理論に優先するという点で、両者が共通しているということである。
木戸は城門の意。固く閉ざされた木戸を冷ややかに照らしている月の光には、締め出された人の、取り付く島もない感情を、真実、切ないものにするものがあると推し量られる。
江戸の町々には、町ごとに木戸が構えられて、町内の自治・自衛の手段となっていた。
寒月や門なき寺の天高し 蕪 村
山門さえ朽ち果てた古寺の空高く、荒れた庭の隅々まで照らし出している月。死の世界をも思わせ、ぞっとして足も立ちすくむ光景とも思える。
寒月や喰ひつきさうな鬼瓦 一 茶
鬼気迫るような月の光が、鬼瓦に潜む魔性を呼び覚ますという一茶の句は、まったくストレートなものである。
冬の夜の月光の下をひとり行くときは、自分の足音さえもが、何か背後にあとをつけて来る者があるのではないかと疑心暗鬼を生じる。
下駄音や庵へ曲がる冬の月 一 茶
というのは、そのような心理を詠んだものであろう。
もう、そこを曲れば、自分の家だと思うと、自分の足でありながら、それを振りちぎるように、一散に駆け出した、などという幼いころの経験は、誰にでもあることであろう。
うぶすなの冬満月が夜を均す 季 己
昨日は、陶芸の金大容(キム・デヨン)さんの「無為自然の壺 ―朝鮮陶磁への回帰―」と題する論文の口頭発表。
そして今日は、保存修復(彫刻)の益田芳樹さんの「慶派仏像における胴継ぎ構造の研究 ―興福寺国宝木造天燈鬼・竜燈鬼立像を中心に―」である。
こちらも堂々たる発表で、先行論文に一石を投じ、なおかつ解明したなかなかの論考であった。
この博士論文の主査は、奈良のマスコットキャラクター「せんとくん」の製作者としても有名な籔内佐斗司教授。
口頭発表の弱点?をつくような形で質問をし、この論文のハイライトともいうべき部分を引き出させたのは、さすがである。美しい師弟愛を見たような気がして、さわやかないい気分に浸れた。
帰り際、また金大容さんの粉青流掛面取壺を観たが、観れば観るほどよくなる。何回観ても例の二点が、特にすばらしい。
聞けば、一点は、金さんの最も気に入っている作品という。もう一点は、主査である島田文雄教授が、最もよいと言われた作品とのこと。
俳句にたとえれば、金さんのお気に入りは心敬、島田教授のお墨付きは芭蕉ではないかと、秘かに思っている。だから、この二点に惹かれるのだ、と確信した。
『フェルメール展』を観るため、東京都美術館へ行ったら長蛇の列。関係者に尋ねたら、2時間待ちとのこと。これまでに3回観ているので、4回目はあきらめて帰ることにした。
帰宅後、一息入れて、2階の雨戸を繰ろうとしたら、満月が冴え冴えと輝いていた。
いつも見るものとは違ふ冬の月 鬼 貫
寒々と冴え渡った冬の大気中に輝く月を、万葉の昔から日本人は特別なものと捉えてきた。その透徹したさま、寂寥感などは、他の季節の月からは味わえない、日本の冬ならではの景である。
この木戸や鎖(じょう)のさされて冬の月 其 角
芭蕉がこれを「秀逸」と評したことで知られる句である。この句は『猿蓑』に載り、このころの芭蕉は、「この一筋につながる」と自分の道を見定め、また、これに伴なっての独自の作風を展開していた時代であるから、其角が自分とは異質の作家であることは知っていたはずである。このことは、其角においても同様なのであるが、その作品については互いに認め合うことが出来たのである。
これは一つには、『虚栗』までの若かりしころに培われた深い師弟愛が、二人を強く結んでいたということであるが、より大きな原因は、感受の真が理論に優先するという点で、両者が共通しているということである。
木戸は城門の意。固く閉ざされた木戸を冷ややかに照らしている月の光には、締め出された人の、取り付く島もない感情を、真実、切ないものにするものがあると推し量られる。
江戸の町々には、町ごとに木戸が構えられて、町内の自治・自衛の手段となっていた。
寒月や門なき寺の天高し 蕪 村
山門さえ朽ち果てた古寺の空高く、荒れた庭の隅々まで照らし出している月。死の世界をも思わせ、ぞっとして足も立ちすくむ光景とも思える。
寒月や喰ひつきさうな鬼瓦 一 茶
鬼気迫るような月の光が、鬼瓦に潜む魔性を呼び覚ますという一茶の句は、まったくストレートなものである。
冬の夜の月光の下をひとり行くときは、自分の足音さえもが、何か背後にあとをつけて来る者があるのではないかと疑心暗鬼を生じる。
下駄音や庵へ曲がる冬の月 一 茶
というのは、そのような心理を詠んだものであろう。
もう、そこを曲れば、自分の家だと思うと、自分の足でありながら、それを振りちぎるように、一散に駆け出した、などという幼いころの経験は、誰にでもあることであろう。
うぶすなの冬満月が夜を均す 季 己