壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

火の用心

2008年12月26日 21時40分59秒 | Weblog
 カッチ、カッチ、カーッチカチ。遠くから拍子木の音が響いてくる。この冬一番の寒さの中、火の番が廻っている。
 冬ともなると火を使うことが多いので、火災予防のためと、防犯のために、町会の防犯部の方が、火の番として出てくれているのだ。こうして部屋の中にいてさえ、しんしんと冷えてくるのに、丹念に町の角々を改めながら廻ってくる“火の用心”とは、まことに頭が下がることである。

        火の番や麻布谷町こだまする     椎 花

 カッチ、カッチ、「火の用心」と、拍子木の音の合間に声をかけながら廻ってくる火の番は、懐かしい冬の夜の情趣の一つといえよう。
 かつて、まだ宵の内に、町の子供たちが、「火の用心、マッチ一本火事のもと」と、声をそろえて練り歩いたものだった。
 子供たちの公徳心を養うにも効果の大きい社会教育であったが、「誰でもよかった」といって簡単に人の命を奪ってしまう狂ったご時勢、とてもじゃないが、やらすことは出来ない。
 今はたいてい、背中の曲った老人までも、夜番に駆り出されて廻ることが多く、かえって痛ましい気がする。その点を、町会役員に尋ねたら、「いや、志願して廻ってくれているんです。もっとも、夜番の後の熱燗が楽しみでね…」との答えが返ってきた。

        街角に触れて消えたる夜番かな     波 郷

 今夜のように、北風が耳や鼻を凍らせて吹きちぎれそうな夜、特に気を配って、「こちらは○○町会防犯部です。おやすみ前に、戸締り・火の元を十分お確かめください」と、声をかけながら行く火の番の足元のおぼつかなさ。
 万一、町のどこかで火の手が上がろうものなら、「火事です、火事です。火事は▲▲近辺です」と触れ歩く、火災報知機の役まで勤めたのが、昔の習わしであったという。

        この木戸や鎖(じゃう)のさされて冬の月     其 角

 江戸時代には、町ごとに木戸を設けて、治安の維持にあたり、昼は、中央の大木戸を開いて自由に通行させ、夜は、四つ、すなわち午後十時を限って大木戸を閉ざし、町ごとの木戸は小さな潜り戸を開けて、人を通していた。その潜り戸を人が出入りするたびに、木戸番が拍子木を打って町中に知らせたのだから、用心のいい事はこの上もない。
 この拍子木を送り拍子と言い、番屋に詰めている木戸番を、番太郎と呼んでいた。明治以後の夜番や火の用心は、この番太郎の仕来たりを受け継いだものとも言えよう。


      火の用心 巡り来るたび星ふゆる     季 己