かなざわ風便り

変わり行く季節の中で、あの町この町で出会った風景や人情、イベントを訪ねて行きます。

過疎と廃村風景(その4)

2021年01月29日 | Weblog
「過疎と廃村風景(その3)続」ここには「西俣キャンプ場」があって、広範囲な空間の中にオートキャンプ場もあり、アスレチックやディキャンプ・川遊び等森林浴が楽しめ、自然教室も備わってをり、特に夏場には子供達の歓声で賑わってきたことでしょう。背景に蓮如山(328m)や鷹落山(494m)が連なり森林浴歩道も整備されている。 <周囲を圧倒する杉の大木の下に戦没者の慰霊碑が佇んでいる><西俣集落の入口に立派 . . . 本文を読む
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過疎と廃村風景(その3)

2021年01月28日 | Weblog
国道416号線-小松市街から梯川支流鄕谷川流域を遡ると、ここは西尾地区で西俣川が郷谷川に合流している。国道416号線から西俣川流域に交差する少し手前右端に立派な「戦死者慰霊碑」が、鎮座している。忠魂碑は、昭和10年に旧西尾村が建立したもので、日清・日露戦争から太平洋戦争に到る多くの戦没で、12町157柱の御魂が合祀されている。国道416号線の改修に伴い移築建立し、遺族会や社会福祉協議会で毎年慰霊法 . . . 本文を読む
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過疎と廃村風景(その2)

2021年01月27日 | Weblog
手取川支流大日川ダム建設に伴って、湖底に沈んだ小原集落跡地を追った。訪れた平成2年12月は冬期にあたり、ダムの減水で湖面が下がり、小原集落跡地も地形から当時の面影を残す様相が垣間見えた。 小原集落の歴史は古く、言い伝えによれば養老2年(西暦換算718)に人が住み着いたと云われる。 集落の起源は、源平合戦の頃平家の残党が住み着き、小原の地名が付いたと伝えられる。その後、白山麓18ヶ村が幕府の天領地 . . . 本文を読む
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過疎と廃村風景(その1)

2021年01月25日 | Weblog
 手取川支流大日川流域の白山市鳥越地区(旧鳥越村)は、市町村合併の平成17年(2005)に総人口3千人余りの村だった。現在、手取川本流筋に12集落、大日川本流筋に11集落、支流堂川筋に4集落の27集落がある。明治40年(1907)に、別宮村・河野村・吉原村の合併により能美郡鳥越村が成立、人口は約6,800人。昭和24年(1949)石川郡に編入、人口は約5,800人。村役場があった別宮の中心部を国道 . . . 本文を読む
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歴史街道を辿る(Part-7)

2021年01月23日 | Weblog
歴史街道を辿る(Part-6)続-国道416号線「越又峠(標高900m)」から勝山市横倉集落へ(標高差500m)連続Sカーブであるが、スピードを落として走ればドライブコースとしても面白い。 途中に大日山(通称兜山)から落ちる「八反滝」の案内板があり、徒歩5分程度歩けば見ることが出来る。<横倉集落地内に入ると、道路脇に「慰霊碑とふる里の歌」の石碑がある。  慰霊碑には昭和38年1月24日正午頃、道庭 . . . 本文を読む
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歴史街道を辿る(Part-6)

2021年01月22日 | Weblog
(Part-5)続 国道416号-手取川支流大日川流域最後の新保集落を越え、渓流沿いに溯ると極端に狭い道路が続いたり、改修済みの道路が現れたり不安酷道が続く。やがて峠に近付くと、狭いながらも新しい道路が現れて、次々とカーブを登り切ると峠に着く。峠の名称は「新又越(しんまたごえ)」と呼ぶらしいが、この尾根筋には幾つかの山越え峠があり地元に馴染む名称も使われているようだ。 峠の標高は約900m、新保集 . . . 本文を読む
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歴史街道を辿る(Part-5)

2021年01月21日 | Weblog
(Part-4)続 国道416号-小松市新保町は手取川支流、大日川上流域の山間地に位置した集落です。江戸期は白山麓18ヶ村の一つでした。寛文18年(1678)から幕府領になった。慶長3年(1598)検地では田1町9反余り、畑1町1反余り、元文元年(1736)の割付状には村高21石4斗余りとあり、雜木御林(御鷹巣山)が20ヶ所あって、年2回の巡見が行われた。 天保12年(1841)の家数は56戸で、 . . . 本文を読む
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歴史街道を辿る(Part-4)

2021年01月20日 | Weblog
(Part-3)続 国道416号-丸山集落跡 を出ると、再び連続急カーブの山道を溯る。空が明るくなりパーッと開けてきたところが峠「牛ヶ首(標高420m)」である。ここで道路が分岐し、県道丸山加賀線の起点で右へ下ると大杉谷川の支流沿って小松市街へと続く。この峠筋が、手取川支流大日川流域と梯川支流大杉谷川流域を分ける分水嶺となっている。 <三叉路の角に昭和御大典記念に、当時の新丸村青年団が設置した道 . . . 本文を読む
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歴史街道を辿る(Part-3)

2021年01月19日 | Weblog
(Part-2)続 国道416号「五百峠」を下ると、橋を渡り(大日川支流)丸山地区に入る。 ここは旧新丸村で、町村制施行の1889年(明治22)に近隣の五村が合併して発足し、村役場が置かれた。当時の人口が2,139人、1953年(昭和28)には864人と減少した。1956年(昭和31)9月30日、小松市へ編入合併で廃村となった。 <昭和40年代に集落の一部が改修されたが、その後余り進んでいない . . . 本文を読む
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歴史街道を辿る(part-2)

2021年01月18日 | Weblog
国道416号は、福井市と小松市を結ぶ、全長約86km(石川県32km・福井県54km)で、2018年(平成30)9月まで-車両交通不能区間だった、勝山市野向町横倉-小松市新保町間(6.3km)が開通した。石川県側は、終点から山麓(尾小屋町)まで早期に改修が完了したが、その先は現在も酷道である。<梯川支流郷谷川で、この付近の河床は総て岩石です。この滝は十二筋に分かれて  落下しているので「十二ヶ滝」 . . . 本文を読む
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