絵画指導 菅野公夫のブログ

大好きな絵とともに生きてます

高校時代の思い出 8

2013-04-22 | 思い出
私に対するI君の態度は、私がどういう人間であるかを知るにつれて、態度が一変したとお話ししました。そのI君は、元々非常に面倒見の良いバレー部の選手でした。後にキャプテンになります。

彼の経歴をお話しすると、元々本庄西中学でバレーをやっていたけれど、家の引っ越しで北泉中学に転校になったそうです。そこには、同級生のバレー部員がいなくて、しかたなく下級生と一緒にチームを組んで、試合に出場しました。その時は、元いた本庄西には勝てなかったけれど、本庄市の大会で準優勝まで持って行った。その後彼が引退した後、その二年生チームは県大会に行って、優勝したと聞きました。
そのチームを育てたのは、彼だったというのです。

彼は、とてもハンサムで女の子が憧れるような明るいさわやかな男でした。
ただ、やや人をからかうようなところがあり、N君に言わせると、悪の部分もあるのだと言っていました。まあ、いじめっ子のようなことでしょうか。

だから、私を甘く見て、からかったのでしょう。

しかし、彼はバレーの教え方はとてもうまかったです。彼と一緒にバレーをやると、自分もバレー部員のようにできる気がするのです。
だから、信じられないかもしれませんが、バレー部でもない私がクイックができたのです。
クイックのアタックを打つタイミングというのは、普通の体育の授業ではやりません。
やったとしても、できるようになるのは、かなりの運動神経が要ります。

そのお蔭だと思いますが、私は大学でバレーの授業をやった時、バレーの先生から「君はバレー部か?」と言われました。バレー部の経験者でなければできないプレーができたのです。

本庄高校の体育館は狭いので、バスケット部とバレー部が一緒に練習していますが、バレー部がアタック練習になったときは、バスケット部は休憩するのです。そういう譲り合いをしながら練習しました。だから、面白がってバスケット部の私がバレー部に混ざってアタックをやらせてもらったりしました。そのときに、クイックを教えてもらったのです。

彼を見ていると、呼吸を合わせて、「ほれ、ここで入ってこい」というようなタイミングを教えてくれるのです。なんだか、その気になって、できちゃうんです。

これは、とてもいい経験でした。
教師になってからも、そういうことなんだよなと思います。その先生といると、なんだかできちゃう気がする。それが大事なんです。生徒をその気にさせる。県展に入選するのが当たり前という気持ちにさせてしまうこと。それが大事なんです。

このI君は、運動神経抜群で、どんなスポーツでも万能でした。
その点は、私と似ています。しかし、いろいろ総合すると私より少し能力が高かったかなと思います。どういう推薦理由かわかりませんが、スポーツの推薦で早稲田大学へ現役で合格しました。その後、高校の体育の先生になり、バレー部顧問として、活躍しています。

つづく




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