Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「テンペスト(上)若夏の巻」池上永一著(角川書店)

2009-02-21 | 日本の作家
「テンペスト(上)若夏(うりずん)の巻」池上永一著(角川書店)を読みました。
時は、19世紀、幕末時代の琉球王朝。龍たちが荒れ狂う嵐(テンペスト)の晩に、難産の末、母の命と引き換えに女児は誕生しました。
男児が欲しかった父は娘に名前もつけず、娘は自分で自身に真鶴(まづる)と名前をつけました。
父は親戚の子・嗣勇(しゆう)を養子にしますが、彼は厳しい科試(こうし)の勉強、父の仕置きに耐え切れず逃げ出します。兄の代わりとして男(宦官)として生きる運命を背負わされた真鶴は「孫寧温(そん・ねいおん)」と名乗ることになります。
13歳の寧温と、神童のほまれ高い15歳の喜舎場朝薫(きしゃばちょうくん)は供に科試を突破し、王宮入りします。
男の政争、女の嫉妬。寧温には苦難の数々が降りかかります。
すさまじい霊力を持つ王族神、聞得大君(きこえおおきみ)の策略。
虎視眈々と寧温をつけねらう、紫禁城の好色宦官・徐丁垓(じょていがい)の鋭い毒牙。
寧温は尚育王(しょういくおう)のしもべとして難問を次々と解決し、出世の階段を駆け上がるかに思われたのですが……。

とっても面白かったです!あまりの面白さに一気に読んでしまいました。
ネタバレありますので、未読の方はご注意ください。

中国での科挙にあたり、それよりもっと難しい、琉球王国独特の「科試(こうし)」という、役人を決める制度ははじめて知りました。
「王宮に入れば一生安泰の官僚天国、入れなければ一生を棒に振る受験地獄」。

龍神に見守られて生まれた真鶴。
彼女は際立つ美しさ、百合のような香り、そして類まれな頭脳の持ち主。
名門・真和志塾を受験し朝薫という友を得ますが、カンニングのあらぬ疑いをかけられ試験に落ち、三代の王に仕えた元三司官(さんしかん)・麻真譲(ましんじょう)先生が教える破天塾に通うように。
ここで出会う中年男・多嘉良(たから)がとってもいい人。のんべえなんですが、情に厚く優しくて、いつも寧温のことを温かく見守っていてくれて・・・。彼が出てくるだけで本当にほっとします。

初試を突破し、科試を受けた真鶴の元に父が禁書(実は真鶴が宣教師から借りていたオランダの本)を持っていた罪で捕らえられた知らせが入ります。
獄中の父から明かされる秘密。それは孫家が、実は第一尚氏王朝の末裔だという事実でした。庭の木の下に一族の正統性を示す初代聞得大君・馬天(ばてん)ノロの勾玉の首飾りがあることを聞かされる真鶴。父は娘をかばい、そのまま死罪となってしまいます。

寧温(真鶴)は、「檄文を書いた」と科試を落ちかけますが、王のとりなしで合格、史上最年少で王宮に上がったうえに、評定所筆者主取(ぬしどり)という特に高い職に任命されます。
宦官という身の上もあり、役所中の男たちの嫌がらせを受け、孤立無援となる寧温。
そんな寧温を友人であり同僚の朝薫、そして花当(はなあたい=美少年の女形)となった兄・嗣勇だけが支えます。

しかし寧温をもっとも忌み嫌っている表十五人衆の馬親方が寧温につけた呼び名は「王宮の朽ちない花」。
役人たちの心にある、前例破りの寧温への嫌悪と同時に、世俗に染まらないことに惹かれる矛盾した感情がうかがわれます。

この時代、琉球王国は難しい立場にありました。
冊封(さっほう)国である清国と、薩摩藩からの二重支配。
冊封(さくほう)とは、中国皇帝との名目的な君臣関係のことで、中国を中心としたアジアの外交秩序を形成したものです。
でも実際には琉球国が危機に陥ったときに明国は救援をよこさず、琉球国は日本の薩摩藩からも支配(多額の借金も)を受けていました。
琉球にある御仮屋(うかりや・薩摩侍の常駐所、大使館のようなもの)で薩摩藩の浅倉雅博に出会った真鶴。
女を殺したはずの自分の中から芽生えてきた抑えられない想い。理念の宦官・寧温と、初恋にとまどう少女・真鶴との間で、引き裂かれる思い。
この場面はういういしくて、せつなくて、読んでいてどきどきしました。
物語の要所要所に琉歌が入るのもとても趣があっていいです。

冊封使からの難癖。英国の難破船への対応。
寧温は数々の難題を見事に乗り越えていきます。

さらに寧温は王宮内の財政改革に着手し、金の流れを探るために王の密命を受け、女性のみが住む御内原(うーちばら)に入り込みます。
ここの女たちの陰険な戦いがとってもこわい!
王妃と、聞得大君の側との対立。
聞得大君(きこえおおきみ)とは王族神のことで、王の女兄弟がなるものです。
青い目をした彼女は何でも見通す目を持ち、かつ非情で残酷。
次の王を指名する権利をもつため、誰も彼女に手出しができません。
彼女に女であることを知られ、兄を人質にとられた寧温は彼女に屈服しかけますが、あるたくらみ(というか、聞得大君のむごい所業がたたった)によって彼女を王宮から追い出すことに成功します。

さらに、王宮内の阿片にまつわる裏組織を暴くため糾明奉行(特命捜査官のようなもので、王に匹敵する権限を持つ)に就任した寧温はある男に出会うことになります。
それは冊封使団の鼻つまみもの、紫禁城の好色宦官・徐丁垓(じょていがい)。
この男がこの物語の中で一番のインパクトでした。
妖怪蛇男。いやらしくて気持ち悪い、憎たらしいのひとこと。
裏表紙の長野剛さんの絵もまさにその風貌をとらえていてさすがです。

女であり尚家の血筋であることを徐に握られた寧温。
いったんは王宮の職を辞しますが、尚育王が崩御し、その後を継いだ尚泰王が6歳なのを案じ、再び王宮に戻ります。
徐に陵辱され、彼のたくらみで雅博からも朝薫からも引き離されてしまう寧温。かわいそうでかわいそうで本当に心が痛みました・・・。
徐を道連れに命を絶つことを選んだ寧温でしたが、運命のはからいで生き延びることに。でも殺人罪として起訴され罪人として八重山に流されることになります。

寧温は本島に戻れるのか、そして寧温は雅博と(あるいは朝薫と)結ばれるのでしょうか。琉球王国の行方。下巻も早く読みた~い!