Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「麦ふみクーツェ」いしいしんじ著(新潮社)

2006-11-22 | いしいしんじ
「麦ふみクーツェ」いしいしんじ著(新潮社)を再読しました。
ある日聞こえてきた不思議な足音。音の主は麦ふみをするクーツェ。ほかの人には聞こえないその音を聞ける「ぼく」が主人公。「ぼく」はパーカッショニストの祖父、数学教師の父の3人家族。「ぼく」が指揮者をめざすなか、「ぼく」自身に、街に、さまざまなできごとがふりかかります。
文庫版では栗田有起さんが解説を書かれています。

読んでいて一番印象的だったのは盲目のボクサー、ちょうちょおじさんの言葉です。

「きみはこの世が実際どんなひどい音をたてているのか、耳をそらさずききとらなけりゃならないんだ。ぼくがおもうに、一流の音楽家っていうのは、音の先にひろがるひどい風景のなかから、たったひとつでもいい、かすかに鳴ってるきれいな音をひろいあげ、ぼくたちの耳におおきく、とてつもなくおおきくひびかせてくれる、そういう技術をもったひとのことだよ」

これは「音楽家」の部分をそのまま「小説家」にうつしかえてもぴったりの言葉だと思います。
そしていしいさんの書く物語はその「一流の小説家」の作品だ、とも。
この小説は文字で書かれているのに、実際に音が聞こえてくるような不思議な小説です。
クーツェの踏む「とん たたん とん」のリズム。
打楽器が主役の「なぐりあうこどものためのファンファーレ」
流れ星が流れる音。
売春宿で先生が弾くチェロの響き。

さまざまな小さなエピソードが寄り集まって大きな物語がつむがれていく。
いしいさんの長編小説の中で一番好きな作品です。