隻手の声(佐藤節夫)The voice of one hand clapping.

世の中の片手の声をココロで聴こう。

薬師寺展Yakushiji temple exhibition 

2011-08-20 07:59:11 | Weblog
薬師寺展     平成辛卯廿三年葉月二十日

薬師寺展へ先日行ってきました。

国宝、吉祥天画像と神功皇后坐像の小ささにびっくり。
神功皇后坐像はもっと大きいかと思わせるだけ迫力がありましたね。
吉祥天は畳1枚の大きさに拡大してパネルが展示してあり。
パネルの前の本物は通り過ぎてしまう位、ひっそりと額におさまっていた。
麻布に描かれた吉祥天は精緻そのもの、気品にあふれる。
縦53、横31.7cmであるから、しっかりと見なくてはならない。
だから、超拡大したのでしょうね。精緻だからこそですね。唐風の母性的な美人像だそうだ。
同じ吉祥天で有名な浄瑠璃寺へもう一度行ってみたくなった。
こちらは鎌倉の代表的な美人像だという。
目玉の一つの国宝聖観音像は衣のひだの表現が印象的でした。
以前奈良に訪れた時、薬師如来坐像も拝してきましたが、
木彫に目が慣れているものだから、黒光りの銅造に私は抵抗あった。
でも、和辻哲郎は、『古寺巡礼』で「あの真っ黒なみずみずした色沢だけでも人を引き付けて離さないのである。しかもその色沢がそれだけとして働いているのではない。その色沢を持つ面の驚くべく巧妙な造り方が、実は色沢を生かせているのである。そうしてその造り方は、銅という金属の性質を十分に心得たやり方である。特殊な伸張力を持った銅の、言わば柔らかい硬さが、芸術家の霊活な駆使に逢って、あの美しい肌や衣の何とも言えず力強いなめらかさにーーー実質が張り切っていながらとろけそうに柔らかい、永遠に不滅なものの硬さと冷たさとを持ちながらしかも触るれば暖かで握りしめれば弾力のありそうな、あの奇妙な肌のこころもちにーーー結晶しているのである。」と言っています。流石ですね、このように表現されるとなるほどと思わざるを得ない。

加えて、隣の加藤栄三・東一記念美術館での薬師寺所蔵名品展はとてもよい企画だ。興味の持てる現代画家に一品描いてもらった色紙がずらりと並ぶ、流石に一品一品は「これはこの人だ」と言わせるものがあった。
薬師寺ならではの名品展でした。

薬師寺の建立は、壬申の乱で皇位継承した天武天皇が即位して8年目680年、鸕野(うのの)皇后(後の持統天皇)病気平癒を祈って発願され、持統天皇退位後の698年に飛鳥の地に完成したという。710年に都が平城京に移されると薬師寺も新都に移されたという。
まだまだ壬申の乱、薬師寺の移築、薬師寺伽藍の八幡鎮守社(神仏習合)などで分からないことが多い。
薬師寺展は10月2日まで、岐阜市歴史博物館にて、行われており、安田暎胤長老などの講演、連続ガイダンスがある。
安田長老の講演での興味ある一言を記します。「天武天皇はあのお伊勢さんの式年遷宮の制を定めた。」と言われた。びっくりして調べたら本当だ。ウィキペディアにあった。
「記録によれば神宮式年遷宮は、飛鳥時代の天武天皇が定め、持統天皇の治世の690年(持統天皇4年)に第1回が行われた。その後、戦国時代の120年以上に及ぶ中断や幾度かの延期などはあったものの、1993年(平成5年)の第61回式年遷宮まで、およそ1300年にわたって行われている。」と。平成25年第62回はもうすぐだ。犬も歩けば式の情報ですが、ためになった薬師寺展でした。
お読み下され、感謝いたします。


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
薬師寺展 (Kさん)
2011-08-20 23:05:03
サトウさま

あの展示は気に入ってます、国宝三点は見た目は何ですが約千年の重みに感動、
聖観音のお姿の良さには特に後姿に誰もが見入ります、秘像が間近でみれて最高です。

僕は2Fの小倉遊亀描く両帝に見惚れております、加藤美術館の指導員画家が言うには、

著名な画家は80,90歳になって更に到達の域に入り名作を生む、由。

Kより
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薬師寺展 (佐藤)
2011-08-21 08:24:27
Kさん

コメントありがとう。
岐阜にゆかりのある方々が出世なさり、このような展示がなされ、有難いことだ。
まだまだ講演も企画され、写経による震災の復興も一つの方策だと思います。

佐藤
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