鎌倉 平成己丑二十一年水無月二十四日
先日は凄い先輩、同僚、後輩に囲まれ、めったに出会わない同窓会に出席できた。感謝しております。
会の後(翌日)、鎌倉の紫陽花をめで、円覚寺、東慶寺、明月院、建長寺、鶴岡八幡宮、鎌倉大仏、長谷観音をぐるりと散策してきました。鎌倉はこんなに歩いて回れる良いところだと知った。残念だったのは人人人の波、土砂降りの中だったこと。4,50分待ちである。 特に東慶寺と明月院と長谷観音はもともと狭いのだろう大変な混雑。花をじっくりという雰囲気でないが、神社とお寺は花とマッチしますね。ここの紫陽花はデカイ。今が見頃でしたね。
鶴岡八幡宮の鎌倉駅から江ノ電で長谷駅まで行き、長谷、大仏へと足で、この雨の中を行くには大変だと思っていた。参道のうなぎ屋の女将さんから、駅のみどりの窓口前から「大仏前行き」のバスで行きなさいという、有り難い地元ならではの情報を得て、雨宿りもそこそこに辿り着けた。
この中でお目当ては東慶寺だ。女人救済で有名ですね。作家の杉本苑子さんが「女人古寺巡礼」で東慶寺のことを書いている。「明治35年から男僧の住持する寺院となったけれど、草創以来、女人との縁が深かっただけに、雰囲気は現在も、どことなくやさしく、なまめかしい。 ほっと和ませてくれるのが女の寺――東慶寺なのだ。」いろんな花と一緒に実感できました。 さらに、「開山の覚山尼は、執権・北条時宗(ときむね)の妻で、夫が亡くなったあくる年、弘安八年に、この禅寺を興し、第一世となった。 二人の間に生まれた嫡男の貞時を教導する一方、息子を介して朝廷に申し入れ、女人救済のための寺法を制定した。それは縁切り寺法と呼ばれ、東慶寺に駆け込めば、妻の側からの離婚請求が認められるというこの寺独自の法律である。闇夜を照らす光明さながらな力強い救いとなった。」
仏殿から、土砂降りの中、更に奥へと進もうとしたが、道が川のようになり、杉の大木があっても、雨が激しく、前を塞いだ。杉本さん曰く、「裏山の崖が現われ、一方の高みに覚山尼、用堂尼、天秀尼はじめ歴代住職の供養塔、一方に西田幾多郎、安倍能成、岩波茂雄ら有名な文人の墓が鎮(しず)もる。」と書いておられるのだが、残念でした。
しかし、収穫があった。東慶寺で「井上禅定老師の鈴木大拙先生を語る」DVDを買い求めた。見てみると、先生を知る最後の老師の話で、夏目漱石も出て来ます。 夏目漱石が、東慶寺の前の帰源院で鈴木大拙先生と一緒に暮らしたこと。そこの暮らしが「門」に出ていることなど、いっぱいエピソードを語っておられる。「門」を読み直そうと思った。先生は禅だけでなく真宗も関心があったと述べておられるから、懐の深い方だったのだと知って、驚いた。
各お寺を調べて歩けば、まだ驚くことばかり出てくるようだ。
いいところだな鎌倉は!
21日も良い一日でした。
そういえば、3年前も雑司が谷霊園で、墓参りをしたね。
有り難い日でした。
お読み下され、感謝致します。
先日は凄い先輩、同僚、後輩に囲まれ、めったに出会わない同窓会に出席できた。感謝しております。
会の後(翌日)、鎌倉の紫陽花をめで、円覚寺、東慶寺、明月院、建長寺、鶴岡八幡宮、鎌倉大仏、長谷観音をぐるりと散策してきました。鎌倉はこんなに歩いて回れる良いところだと知った。残念だったのは人人人の波、土砂降りの中だったこと。4,50分待ちである。 特に東慶寺と明月院と長谷観音はもともと狭いのだろう大変な混雑。花をじっくりという雰囲気でないが、神社とお寺は花とマッチしますね。ここの紫陽花はデカイ。今が見頃でしたね。
鶴岡八幡宮の鎌倉駅から江ノ電で長谷駅まで行き、長谷、大仏へと足で、この雨の中を行くには大変だと思っていた。参道のうなぎ屋の女将さんから、駅のみどりの窓口前から「大仏前行き」のバスで行きなさいという、有り難い地元ならではの情報を得て、雨宿りもそこそこに辿り着けた。
この中でお目当ては東慶寺だ。女人救済で有名ですね。作家の杉本苑子さんが「女人古寺巡礼」で東慶寺のことを書いている。「明治35年から男僧の住持する寺院となったけれど、草創以来、女人との縁が深かっただけに、雰囲気は現在も、どことなくやさしく、なまめかしい。 ほっと和ませてくれるのが女の寺――東慶寺なのだ。」いろんな花と一緒に実感できました。 さらに、「開山の覚山尼は、執権・北条時宗(ときむね)の妻で、夫が亡くなったあくる年、弘安八年に、この禅寺を興し、第一世となった。 二人の間に生まれた嫡男の貞時を教導する一方、息子を介して朝廷に申し入れ、女人救済のための寺法を制定した。それは縁切り寺法と呼ばれ、東慶寺に駆け込めば、妻の側からの離婚請求が認められるというこの寺独自の法律である。闇夜を照らす光明さながらな力強い救いとなった。」
仏殿から、土砂降りの中、更に奥へと進もうとしたが、道が川のようになり、杉の大木があっても、雨が激しく、前を塞いだ。杉本さん曰く、「裏山の崖が現われ、一方の高みに覚山尼、用堂尼、天秀尼はじめ歴代住職の供養塔、一方に西田幾多郎、安倍能成、岩波茂雄ら有名な文人の墓が鎮(しず)もる。」と書いておられるのだが、残念でした。
しかし、収穫があった。東慶寺で「井上禅定老師の鈴木大拙先生を語る」DVDを買い求めた。見てみると、先生を知る最後の老師の話で、夏目漱石も出て来ます。 夏目漱石が、東慶寺の前の帰源院で鈴木大拙先生と一緒に暮らしたこと。そこの暮らしが「門」に出ていることなど、いっぱいエピソードを語っておられる。「門」を読み直そうと思った。先生は禅だけでなく真宗も関心があったと述べておられるから、懐の深い方だったのだと知って、驚いた。
各お寺を調べて歩けば、まだ驚くことばかり出てくるようだ。
いいところだな鎌倉は!
21日も良い一日でした。
そういえば、3年前も雑司が谷霊園で、墓参りをしたね。
有り難い日でした。
お読み下され、感謝致します。