世の中に、外見・内面含め、綺麗、可愛い・・・
そんな素敵な女性はたくさんいるでしょう。
本当にそうだと思うなら、婚活に参加してみれば?
結婚相談所などに登録してみれば?
そうなりますよね・・・
そこまで言うなら、そうしろよ、と、
言われてもおかしくありません。
そこなんだな、そこが重要なポイントだな、
と自分で思います。
なぜ冒頭のような綺麗なことを言っておいて、
自分自身が動かないのか・・・
偽善者なのかもしれません。
ロマンチストなのかもしれません。
なぜ素敵な女性はたくさんいると思っているのに、
出会いの場を、自ら求めないのか・・・
よく使われる、「出会いがない」は
私は使いません。
聞き飽きもしました。
「臆病」「シャイだから」というのも、
使っていい年齢を過ぎました。
ふと考えました。
「どんなタイプが好みなのか?」とかではなくて、
「自分自身が望んでいる女性とは何か?」を。
「頑張っている人」
「笑顔のある人」
「愛嬌のある人」
「話のやりとりができる人」
ありふれてますが、そんなタイプが好きです。
しかし、先に触れたように、
「そんな女性が目の前に現れたとして、結婚できますか?」
と聞かれたら、即答できるか自信がない・・・
結局、「付き合ってみないと分からない」と
言ってしまうでしょう。
どれだけ素敵な女性がいても、
自分が求めるタイプの人が現れても、
「付き合ってみないと分からない」・・・
それって、矛盾してませんか?
いや、反対に、すごく当然なのかもしれません。
付き合って別れた者しか分からない現実なのでは
ないでしょうか・・・
それはメリットであり、デメリットでもあると思います。
慎重になることはいいことかもしれない。
相手を見て、自分を見て、お互いのことを考える
判断ができるからです。
でも、その慎重さが足かせになる。
動きを鈍くし、判断を迷わせる・・・
私が25歳の時に付き合った、当時23歳の元カノ。
20代半ばだから軽いノリ、勢いがあった。
慎重さなんてほとんどなかった。
なくていい年頃だったとも言えるでしょう。
いいところも悪いところも見えた。
だから結婚の絵が描けた。
こういうところで共感し、
こういうところで対立するんだろう、という絵。
それは今思うと、
「安心感」または「保証」だったのかなと思います。
9年で作り上げてきた関係。安全の保証。
だから今、私が向き合うのは、
「9年で作ってきた自分」と、
「これからどう生きるかを真剣に考え出した自分」の
2人と言えるかもしれません。
過去に固めてしまった感覚。
そしてそれとは少しずつ変わってきている新たな感覚。
何が言いたいのか自分でもよく分かりませんが、
結婚に猪突猛進になれない自分を分析したくて、
こんなことを書いてみました。
興味ない方、長々とすみません・・・
そんな素敵な女性はたくさんいるでしょう。
本当にそうだと思うなら、婚活に参加してみれば?
結婚相談所などに登録してみれば?
そうなりますよね・・・
そこまで言うなら、そうしろよ、と、
言われてもおかしくありません。
そこなんだな、そこが重要なポイントだな、
と自分で思います。
なぜ冒頭のような綺麗なことを言っておいて、
自分自身が動かないのか・・・
偽善者なのかもしれません。
ロマンチストなのかもしれません。
なぜ素敵な女性はたくさんいると思っているのに、
出会いの場を、自ら求めないのか・・・
よく使われる、「出会いがない」は
私は使いません。
聞き飽きもしました。
「臆病」「シャイだから」というのも、
使っていい年齢を過ぎました。
ふと考えました。
「どんなタイプが好みなのか?」とかではなくて、
「自分自身が望んでいる女性とは何か?」を。
「頑張っている人」
「笑顔のある人」
「愛嬌のある人」
「話のやりとりができる人」
ありふれてますが、そんなタイプが好きです。
しかし、先に触れたように、
「そんな女性が目の前に現れたとして、結婚できますか?」
と聞かれたら、即答できるか自信がない・・・
結局、「付き合ってみないと分からない」と
言ってしまうでしょう。
どれだけ素敵な女性がいても、
自分が求めるタイプの人が現れても、
「付き合ってみないと分からない」・・・
それって、矛盾してませんか?
いや、反対に、すごく当然なのかもしれません。
付き合って別れた者しか分からない現実なのでは
ないでしょうか・・・
それはメリットであり、デメリットでもあると思います。
慎重になることはいいことかもしれない。
相手を見て、自分を見て、お互いのことを考える
判断ができるからです。
でも、その慎重さが足かせになる。
動きを鈍くし、判断を迷わせる・・・
私が25歳の時に付き合った、当時23歳の元カノ。
20代半ばだから軽いノリ、勢いがあった。
慎重さなんてほとんどなかった。
なくていい年頃だったとも言えるでしょう。
いいところも悪いところも見えた。
だから結婚の絵が描けた。
こういうところで共感し、
こういうところで対立するんだろう、という絵。
それは今思うと、
「安心感」または「保証」だったのかなと思います。
9年で作り上げてきた関係。安全の保証。
だから今、私が向き合うのは、
「9年で作ってきた自分」と、
「これからどう生きるかを真剣に考え出した自分」の
2人と言えるかもしれません。
過去に固めてしまった感覚。
そしてそれとは少しずつ変わってきている新たな感覚。
何が言いたいのか自分でもよく分かりませんが、
結婚に猪突猛進になれない自分を分析したくて、
こんなことを書いてみました。
興味ない方、長々とすみません・・・