科学技術より錬金術が発達した、ある世界。母と自分たちを置いて出ていった父の残した蔵書を頼りに、2人の兄弟は幼いながらもいっぱしの錬金術の使い手になる。そして突然の母の死を前に、彼らは錬金術最大の禁忌とされる「人体錬成」に挑む。錬金術における等価交換の原則により、兄は右腕と左脚、弟は肉体の全てを失いながら。しかし、甦った母はもはや人ではなかった。そして2人の兄弟の、失った自らの肉体を取り戻す旅が始まる──
荒川弘(ひろむ。ちなみに女性)原作によるマンガ『鋼の錬金術師』(通称『ハガレン』)が、再びテレビ・アニメーションとして帰ってくる。前回のアニメはそのクオリティの高さが評価され、テレビ・シリーズ終了後に続編として映画まで作られた。今回はその余熱がまだ残る中での再アニメ化となる。
『鋼の錬金術師 FULLMEATL ALCHEMIST』公式HP
原作はまだ完結しておらず、前回のアニメも最初の頃は原作を踏襲しつつ次第にそこから離れて、最後は原作と異なるアニメ版『鋼の錬金術師』としての独自世界を構築して終わった。同じような経緯を辿った『ぼくらの』が原作のファンから猛攻撃を受け、監督のブログが炎上するに至ったのと比べると、『ハガレン』は非常に幸福な作品だったと言える。新しい『ハガレン』のストーリーについては不明だが、「『人体錬成』の禁忌を犯した兄弟の、自らを取り戻す旅」という基本設定は共通で、そこに前回のアニメ版では使われなかった原作のエピソードを取り込みながら、再び独自世界の構築を目指すものになるだろう。
そしてストーリーとは違うレベルで今回の新『ハガレン』が目指すのは、『ハガレン』の『ガンダム』化だろうか。
これは『エヴァンゲリオン』が新たに映画化されるということについて、以前『日経エンターテインメント』の記事に書かれていたことでもある。『ガンダム』は、モビルスーツ、近未来、宇宙といった要素さえあれば、そのモビルスーツをガンダム風にデザインして“ガンダム”と名づけるだけで、いくらでも『ガンダム』という物語を作り出すことができる。既に完結しているはずの『エヴァ』を再映画化するのは、“エヴァ”というフォーマットの上に新たに別の物語世界を構築することで、『エヴァ』自体を『ガンダム』のように再利用可能な資源にすることが狙いである、と。恐らく今回の『ハガレン』もまた、狙いはそこにあるのだと思う。
が、一視聴者としてはそんな企業戦略はどうでもいいわけで、前回を上回る高いクオリティを持った作品にしてほしいと願うばかりだ。
ところで、前回の『ハガレン』では主題歌の前にこんなナレーションが入っていた。
人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。何かを得るためには同等の代価が必要になる。…
私が取っているある無料メルマガで以前、この部分を引用して「ほら『ハガレン』でもこう言っているでしょう。何かを得るためには努力しなければならないし、代価を払わなくてはならないのです。だから皆さん、おカネを払って私のセミナーを受けましょう」みたいな記事があって、笑ってしまったことがある。
はっきり言っておくが、このナレーションは決して「成功するためには努力しましょう」みたいなショボイ教訓話を語っているのではない。ナレーションの全文を紹介しよう。
人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。何かを得るためには同等の代価が必要になる。それが錬金術における等価交換の原則だ。その頃、僕らはそれが世界の真実だと信じていた。
重要なのは、「その頃、僕らはそれが世界の真実だと信じていた」と過去形で語られていること。『ハガレン』とは、この「等価交換の原則」で始まりながら、それを否定し、それを超えていく物語なのだ。
もう少し詳しく書くと、「人は物事に単純でわかりやすい原理原則を当てはめたがる。そして、その原理原則は確かにある場合には当てはまることもあるけれど、どんな物事も、そんな単純化された原理原則で全てを説明できるほど単純なものではあり得ない」ということが、『ハガレン』の中で兄弟が最後に辿り着いたところだった(ついでに言えば、それはゲーデルが「不完全性定理」によって導いた結論ともピッタリ一致する)。
20世紀の終わりに東欧、ソ連の社会主義体制が一挙に崩壊した。その出来事の前にマルクス経済学者たちは立ちすくんでいた。「マルクスはあれほど包括的に、あれほど論理的に、あれほど見事に、社会の発展段階を解き明かしていたはずだった。それなのになぜこんなことになってしまったのか?」。あれから10年以上が経つが、彼らがその問いに何らかの明確な答を示したという話は一向に聞こえてこない。
そして今、天才たちが高度な数学と金融工学を駆使して作り上げた金融システムが崩壊の最中にある。今回の世界金融危機はなぜ、いかにして生じたのか、これから検証されることになるだろう。しかし、その答を明確に語ることのできる人は現れるのだろうか。
もっと(私自身にとって)身近な例で言えば、治療の世界ではこの手の単純化が大いに幅をきかせている。「全ての病気の原因は背骨のズレだった」「仙腸関節で全ての病気が治る」「どんな病気も“冷え”を治せばいい」「腰痛は怒りである」「姿勢を正せば痛みは消える」…どれも嘘ではないが、本当でもない。そもそも本当にそんな単純なものなら、なぜこれほど治らない患者があふれているのだろうか?
そうした問いへの答の大きなヒントが、この短いナレーションには隠されていると私は思っている。このナレーションは、物事をいたずらに単純な原理原則に還元してはならないという戒めを与えてくれる、私にとっての「座右の銘」でもあるのだ。
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さて、3/20(金・春分の日)にまたまた1Dayセミナーを行います。参加費は15000円ですが、等価交換の原則を超えて参加費以上の価値が取れるかどうかは、あなた次第。
詳しくは蒼穹堂治療室のHPへ。
決まりきった陳腐なストーリー展開に適当に場面設定すれば、ほ~らハリウッド映画ですよみたいなのに近いですね
『ガンダム』はそのタイトル自体がブランドになっていて、『ガンダム○○』とタイトルがついてさえいれば、「やっぱりファースト・ガンダムが一番良かった」なんて文句を言いながらでもファンは視ますから。
シャネルだったら高くても買う、みたいなもので、ブランディング戦略はやはり重要なのですね。
これに、身体が反応するんですよね。
なんだか、正座して観ないといけない感じに成ります。 笑
そのナレーション入りの動画が見つからないですー。あっても各国語への吹き替え版ばかり。多分、日本語版は消されてしまったんでしょう。著作権法違反ですから。
一応見つかったのは、第1回のスペイン語字幕入り版。
http://www.youtube.com/watch?v=-k9GvWAzb8Q&feature=related
冒頭に母親を人体錬成するシーンと弟・アルフォンスのナレーションが出てきますが、これは本文に書いた2回目以降のナレーションとは異なるものです。