この記事のBGMには大河ドラマ『黄金の日日』のテーマなんてどうかな? なぜ『黄金の日日』かと言えば──
(本文とは全然関係ないけど、この夕日が沈んでいくだけのタイルバックはいいね~)。
ヒマなので過去のメールを整理していたら、ドリームワークカレッジ(ドリカレ)校長の石野慧太さんのメルマガで、消さずにいたものがあった。そこで引用されていた本田健さんの『ユダヤ人大富豪の教えⅡ』の一節がよくて、そのまま残していたようだ。
そのメールも削除することにしたので、引用されていた一節をここに引用しておこう。忘れないように。
世の中の立派な人たちは、だらしない生活などできないだろうから、私のような者がいないとバランスが取れない。そう、私はそういう立派な生き方をしている/立派な生き方しかできない人たちとの均衡を取るためのバランサーという役割を担って、ここにいるのだよ。
──と、まぁ健さんがそんな意図を持ってこの一節を書いたのかどうかはわからない(多分、違うだろう)が、解釈はどうあれ、私以外にもこの一節が響く人はいるだろう。
健さんの本には別の大好きな箇所があって、それは『ユダヤ人大富豪の教え』の最後の方に出てくる、ゲラーさんが健に語る言葉だ。
(本文とは全然関係ないけど、この夕日が沈んでいくだけのタイルバックはいいね~)。
ヒマなので過去のメールを整理していたら、ドリームワークカレッジ(ドリカレ)校長の石野慧太さんのメルマガで、消さずにいたものがあった。そこで引用されていた本田健さんの『ユダヤ人大富豪の教えⅡ』の一節がよくて、そのまま残していたようだ。
そのメールも削除することにしたので、引用されていた一節をここに引用しておこう。忘れないように。
だらしなくていいじゃないか。う~む、そうしてみると、毎日のようにだらしない生活をしている私などは、さしずめ「奇跡のような日々」を送っているのかもしれないな。
君は、そんなだらしない時期を懐かしく思うだろう。
だらしないことができた自分をほめてあげなさい。
世の中には、だらしのない生活をしようと思っても、
できない連中も多いのだからね。
世の中の立派な人たちは、だらしない生活などできないだろうから、私のような者がいないとバランスが取れない。そう、私はそういう立派な生き方をしている/立派な生き方しかできない人たちとの均衡を取るためのバランサーという役割を担って、ここにいるのだよ。
──と、まぁ健さんがそんな意図を持ってこの一節を書いたのかどうかはわからない(多分、違うだろう)が、解釈はどうあれ、私以外にもこの一節が響く人はいるだろう。
健さんの本には別の大好きな箇所があって、それは『ユダヤ人大富豪の教え』の最後の方に出てくる、ゲラーさんが健に語る言葉だ。
君は必ず失敗するだろう。
君は必ずたくさん失敗する。
でも、要はその失敗からどれだけのことを学んで、
カムバックするかだ。
自分でダウンを認めない限り、人生のゲームに負けはない。
これだけは覚えておくんだ。
何回ダウンをしても、必ず立ち上がれ。
君には、どんな失敗をからも学ぶことのできる知性と、
そこから立ち上がる勇気がある。
何度倒されても、立ち上がりなさい。
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