SJesterのバックステージ

音楽関連の話題中心の妄言集です。(^^)/
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最高のピアノ録音とD.960の名演

2006年12月22日 00時04分00秒 | ピアノ関連
★FRANZ SCHUBERT  Sonates
                  (演奏:フィリップ・カッサール)
1.ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 DV960
2.ピアノ・ソナタ第13番 イ長調 作品120 DV664
                  (2001年録音)

私が所有するディスクのうちで「最も優れたピアノ録音は?」といわれた際に挙げるディスクをご紹介します。

優秀なピアノ録音と一言で言っても、やっぱり演奏が良くないことには始まりませんし、ピアノ自体の音が素晴らしくないと、さらには弾かれている楽曲にも相応しいものでないと、といろんな要素が絡んできます。
ただ、それらすべてを総合的に判断すると「このディスクがトップになる」というのは、実は私にとっては案外すんなり得心がいくものです。
それぐらいこの録音のスペックは抜けていると思います。

ハーフペダルの効果、タッチの色合いなどを自然でありながら明確に描き分けられている盤なんてありそうでありません。
えげつないほどに直接音のみとか、ホールのエコーのお化けが天ぷらの衣のようにまとわりついているといった録音もあるなかで、この音触は奇跡のようです。
こんな風に録音できるなら、全てのディスクをこの仕様で録ってほしいと思えるぐらい・・・。
ちなみにこの“ambroisie”というレーベルには好録音盤が多く、チェロのオフェリー・ガイヤールのバッハ無伴奏全曲も非常な好録音だと思います。

ピンときたかたもおいでかもしれませんが、実はこのディスクは演奏ではなく録音評を見て購入したものです。そうしたら演奏もとんでもなくよかった。。。というのが真相・・・。

私みたいなディスクの買い方をする人は主流ではないにせよ、レコ芸1月号に高橋多佳子さんのディスクが、連載「話題のレコードを最新のオーディオで聴く」で取り上げられ、小林利行先生と菅野沖彦先生が演奏を手放しで絶賛し録音にも興味深い意見を述べておられることで、「どれどれ・・・」っていう人も日本中に100人ぐらいはいるんじゃないかなぁ~。
その方々はきっと私がカッサールのディスクを聴いた時と同じように、演奏そのものにも感激して「当たり!!」と思うことになるんでしょう。

さて肝心のカッサールの演奏ですが、40種類以上あるシューベルトの変ロ長調ソナタのディスク中、私の好みでは同率首位という感じの盤です。
録音の良さを考慮しないとナンバー2になるかなぁ。1月前までは不動のファーストチョイスだったんですけど。。。

テンポ設定も自然で、すべての音も旋律も素直。表現上工夫を凝らしているところはそれとわかるものの、まったく嫌味がなく、楽曲の要請に応えたものという風に信じられる。
シューベルトの曲って、雰囲気が醸し出されないとダメじゃないですか。
でも演奏者が雰囲気を作りに行ってしまうと、シャイなシューベルトはスッと逃げていってしまう結果、演奏者だけが浮いちゃって“最悪ぅ”になってしまうことがしばしばあるんですけれど。。。
この演奏には、そういったことがまったくない。

私が変ロ長調ソナタを聴くときのポイントは、まず第一楽章のテンポ設定を気にします。
しょっぱなの出だしで、楽曲からどのような空気を引き出すことが出来るかによって、演奏全体のおおかたの印象が決まってしまうからです。
曲の核心に触れられるかの鍵は、第二楽章にあるのではないでしょうか。第一楽章のエコーも聴こえ、諦観に満ちた音楽が延々と。。。

もうひとつ、極めつけは第四楽章の解釈。
この楽章だけ浮いてしまって別の曲みたいに聞こえてしまう演奏も少なくありません。
そういう私ですら、この楽章はないと困るから書き足しただけなのかもしれないと思うことがあるくらいです。
でも、あのシューベルトが脱稿しているわけですから・・・他の上手くまとめられなかった作品をあれだけ破棄している実績を考慮するならば、ちゃんとした作品に仕上げたという自負を信用してあげてもいいのかな、なんて考え直してみたり。。。
でも最後の3曲のピアノソナタを完成したころの出版社宛の手紙を見る限り、生活苦しそうだし、やっぱり最後はエイヤーかぁ?
とかね。。。聴けるモンなら聴いてみたいものです。もちろん通訳を介して・・・。

要するに、聴かせかたの難しいやっかいな曲なのです。
そこをカッサールは見事にクリアしている、ということのみが言いたいわけです。

併録されている小イ長調ソナタも、美しいピアノの音色(録音)の助けもあってノーブルな心情豊かな名演です。
こんな人には、ぜひとも全集を作ってもらいたいもんです。


まぁ、最優秀録音としてご紹介したのがシューベルトの変ロ長調ソナタのディスクであるということは、ある意味当然かもしれません。
なぜって、一番たくさんの種類持ってるのがこの曲だから。。。
手許に41種類あるのは確認しましたが、留守宅と実家にまだいくつかあったと思うし。。。
宝くじを買うときに、最も販売量の多い店が一番当たる確率が高いという世界かな。
そういう店に限って、ウチは当たったと実績を誇示してるようですが。。。ようやく昨日で終わりましたね。
結局どこで買っても確率は変わらないんじゃないかなぁ~。よくわかりませんが。

あと2枚、フィルアップに変ロ長調ソナタのお気に入りをご紹介します。
一枚は映像つきの名演。もう一枚は古楽器の演奏によるものです。

★ピアノ・リサイタル
                  (演奏:ゾルタン・コチシュ DVD)

1.モーツァルト:幻想曲 ハ短調 K.475
2.ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 作品111
3.シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D.960
            (1998年4月28日録音 スイス・ベリンツォーナでのライブ)

ある評論家(W先生だったと思うけれど定かでないので実名は出しません)がコチシュのシューベルトを実演で聴いて、空前絶後と評していたのでとても気になっていました。
先般のリストの協奏曲やドビュッシーなどの録音を聴いてシューベルトのディスクを心待ちにしていたのですが、昨今指揮者としての活動のほうも忙しそうであるうえ、主な録音レーベルのフィリップスではブレンデル・内田光子と名うてのピアニストが相次いでシューベルトを発表しており、当分はムリかなと思っていたところに願ってもないリサイタル盤がDVDで出てきてくれて。。。

まずこのプログラムを見ただけで、ピアニストの入れ込みようが判ろうかというもの。
そして演奏がこれまた期待に違わぬ出来栄え。演奏後、観客の喝采に顔を上気させながら恭しく応えている姿は、モーツァルトのようでもあり、“のだめ”のようでもあります。

何といってもDVDで映像がついていることは大きいと思いました。
音楽が紡ぎだされていくさまが“見える”わけですから。最高の、というか普段は見えないアングルからも見られる・・・。

元来“音楽”とは、聞こえてくる音だけでなくその視覚的要素・雰囲気、もっと言えばホールや教会のたたずまいにいたるまで、全ての五感で感じ取れるもの全体のことを指していたんだと思います。
DVDで見るということは「その場にいない」ということ以外、取りうる情報をより多く取ることができるため、CDで聴くだけよりもはるかに本来の演奏が持つ情報を多く正しく伝えてくれているということ、と感じます。

そしてその結果は。。。
3曲ともを通じて、空前絶後の演奏会の記録だと信じられます。
解釈・テクニック・演奏マナー全てを通じてウルトラスーパーな出来栄えだと思います。集中力にも長け、私が思い描くシューベルトの世界をなんとリサイタルで実現してくれています。
さすがは、コチシュ!!!

★シューベルト:ハンマーフリューゲルのためのソナタ Vol.2 (2枚組)
                  (演奏:トゥルーデリース・レオンハルト)

1.ピアノ・ソナタ 第19番 ハ短調 D958
2.ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D960
3.ピアノ・ソナタ 第13番 イ長調 D664 (遺作)
4.ピアノ・ソナタ 第17番 ニ長調 D850 作品53
                  (1985年録音)

こいつは何といっても、苦労して手に入れたディスクですよぉ~。
結局はドイツの“jpc”という販売店のネット販売で買ったのですが、多分もう手に入らないのではないかと思います。再発されないかぎり・・・。
それくらい貴重な出会いによって私の手許に来たのです。
目的もなくフラッとサイトを訪ねたらたまたま見つけて、目を疑って、即お買い上げというラッキーさ!!
こんなことがあるから、PCの前にいる時間が長くなる。。。

私は、レコード芸術などで活躍されている喜多尾道冬先生のシューベルトに関する文章を拝見して大いに勉強させていただきました。
その先生でさえも件の雑誌の写真を拝見する限り、LPレコードしか持っておられないのではないかと思います。ちょっと優越感に浸ってたりして・・・。

さて、この盤を時代楽器の演奏の代表として紹介させていただきましたが、シュタイアー、タン、インマゼールなど錚々たるメンバーの録音の中で、もっともニュアンスに富んだ演奏であると思われます。
ピッチが現代の一般の場合より半音程度低いことも影響しているかもしれませんが、演奏上温かみ・落ち着きがもっとも強く感じられます。
奏者が女性であることも母性を感じさせる要因となっているのかもしれません。

D.960の第一楽章はあの世からの旋律のようにも、物心つく以前に母親の腕の中で揺られたときのBGMのようにも聞こえる、というかそんなイメージがありますよね。
そうだからこそ女性による演奏のほうが揺らぎ方に和みを感じるのかもしれませんね。

もちろんこの演奏は単に情緒的なだけの演奏ではなく、むしろ画然として弾き進められていきます。なんといっても、ピアニストはあのグスタフ・レオンハルトの妹さんですから、一点一画をおろそかにすることもありません。
特に第四楽章のテンポやリズムの取り方などは、聞きようによってはぎこちないとも思われるようなもの。それで何が伝わってくるかというと、晩年のシューベルトのすさんだ気持ちと、反対にそれを慈しむような奏者の気持ちが、会話しながらないまぜになったような何ともいえない感傷です。

シューマンは“ザ・グレイト”交響曲を聴いてシューベルトの楽曲の長大さを“天国的な長さ”と喩えていますが、この曲も負けずに長い。
T.レオンハルトの最終楽章の演奏なんて、シューベルトが「まだ、この世を去りたくない!」とだだをこねているところを、「そんなこと言わずに父なる神が待つ天国へ行きなさい」と演奏者が優しくなだめ諭しているみたい。それがまた延々と続く・・・。
要するにうだうだと“力んでは慰め・・・”が続いた後、ふと会話が途切れた刹那シューベルトが気まぐれに「わかった。さよなら!」と幕引きをするといった感じで終わる。。。

実はこの“うだうだ”こそシューベルトの世界そのものではないでしょうか?
私はその“うだうだ”をこそ、心から愛しています。実際この“うだうだ”に好き好んで付き合える人でないと、シューベルトなんてとても聴いていられなくはないでしょうか?
だから心からシューベルトの音楽を受け入れられる人は、きっと心の中に言いようのないツラさ、孤独あるいは淋しい思いといったものを秘めている人に違いありません。

この“うだうだ”は即興曲のような自由な形式のものだと何故か目立たないのですが、ピアノ・ソナタや室内楽、シンフォニーなど多楽章の曲だとしょっちゅう「あーでもない、こーでもない」と始まってしまうように思います。

この曲でも踏ん切りをつけて終わったように見えて、実は踏ん切っていないことはミエミエであり、シューベルトは成仏できてないだろうなとも思います。
まぁ、仏様になることはないでしょうが・・・。天国へ着いたのかなぁ。

そしてこの“うだうだ”は、後世ブラームスに引き継がれることになりますね。

奏者トゥルーデリース・レオンハルトのお兄さん“グスタフ”のレパートリーはもっと以前のバロック時代のものが主流(というよりその分野での一大権威!)ですが、妹さんはシューベルト、ベートーヴェン、メンデルスゾーンと初期から中期のロマン派音楽に強みを発揮しておられるようで、その辺も興味深いものがありますね。

もちろん私はこのソナタ・シリーズのVol.1も持っていますから、このレーベル(ジェックリン)に録音したものはあらかたそろっていると思います。
また、この後にCASCAVELLEレーベルに録音した即興曲なども何枚か入手しました。けれどどうしても、入手できないものもありまた偶然の出会いを期待して日夜ネットサーフィンしています・・・。

と、図らずもシューベルト特集になったので、シューベルト的世界で“うだうだ”文章を書き連ねてみました。要約したら9割ぐらいカットできるかもしれません。
まぁ、それぐらいの素材を加工して聴き応えのある楽曲に仕立てるのが、シューベルトやリスト、ブラームスといったところではないか。。。と言い訳しておきましょう。


さて次回はリストの特集に戻りますが、今日敢えて紹介しなかった“変ロ長調ソナタ”の突然現れたファーストチョイス盤もご紹介します。

最後に先ほどの喜多尾先生お勧めのD.960の筆頭はパウル=バドゥラ・スコダがハーモニーレーベルに録音したもののようなのですが、これがどうしても手に入らない状態です。
一度マジで聴いてみたいと思っています。入手ルートにお心当たりがある方がいらっしゃれば、ぜひとも情報をいただければありがたいと思います。
よろしくお願いします。