SJesterのバックステージ

音楽関連の話題中心の妄言集です。(^^)/
もしよろしければ、ごゆっくりどうぞ。

アラフィフの感慨(ウォーレン・ウィービーをはじめとする我が国で知られざるアーティスト讃)

2013年06月29日 21時44分09秒 | ROCK・POPS
★Airplay for rhe Planet
                  (演奏:ジェイ・グレイドン)
1. Walk The Wire
2. She Just Can't Make Up Her Mind
3. History
4. After The Love Has Gone
5. Holdin' On To Love
6. One Way Or Another
7. Roxann
8. Show Me The Magic
9. You're Not Alone
10. When You Look In My Eyes
11. I Do
                  (2002年作品)

スマホに替えた。
画面を開くのにパスワードだのがかかり、電話もメールもカメラも性能はめちゃくちゃ上がったが5倍ぐらい時間がかかるようになった。
インターネットを使えるのはやはり便利(傘が要るかがすぐわかる)だが、カメラのピクセル数もウソみたいに大きいので簡単に写メなどできやしない・・・

「若いもんは流石にキカイには強い」ともてはやされた時代はどこへやら・・・
最新の技術を手に入れて、なにゆえ嘆き節しか出ないのか?

いや、ガラ携でぜんぜん問題ないのに、スマホでないとできないこと、それもごくまれにしかしないことのために替えざるを得なかったのだから、望んで進化したのではない・・・
他に選択肢がなかったので、簡便さ、利便性を捨てざるを得なかったのであるから泣くのは当然かもしれぬ。

どうせ使うなら便利に楽しく使いたいものだ・・・といいながら、見通しが暗いことはきっと少なからぬ方にご理解いただけるのではないか?

とはいえ・・・
同じ時期に使い始めた娘は、文句を言わずに・・・どころか嬉々として指捌きも鮮やかであるから、ぶーたれている私に非があることに気づかない私ではさすがにない。
口惜しい時代である。

しかし・・・
今でも職場など年長者がいる場所では相変わらず重宝されている・・・のも事実なのだ。
彼らのように、ハナから現代のテクノロジーは使えるやつにやらせればいいと割り切ってしまえば、私も悩まなくていい。
戦うべきところではないところで戦って、心をすり減らしているさまをわかっていながら対処できずにいるのは・・・・・・

やめよう。
こういう思考スパイラルは非常に精神衛生上よろしくない。


思えば、最近自分の中でブームとなっているこのジェイ・グレイドンの作品・・・
いわゆる「商業ロック」が昇華した大傑作だと今ではなんの迷うもなく信じられるのだが、当時はこれを傑作と思っても、そうと認めてしまう自分を許せない自分がいた。

ノーテンキすぎるのだ。

悩みも愁いもない・・・

よく比肩されるデヴィッド・フォスターは、独自のサウンドをプロデュースできる点でもちろんグレートであることを前々からわかっていたし、彼と組んだエアプレイは確かにエポック・メイキングな作品を残した。
でも、この計算されつくしたカッコつけのソロギターワークが印象的なギタリスト・プロデューサー・ソングライターその人の良さは・・・しばしば気になってはいたものの、非常に長い間わからないでいた。

それが、とうとう今に至ってそのよさを見出したのだ。(^^;)

フォスターの(グレイドンに比する相対的な)偉大さは、かかわったアーティストがすでに名を馳せている、あるいは見出した才能がプロモートもディストリビュートもある程度約束されていたせいか、人口に膾炙するケースがグレイドンより多かったに過ぎないことに起因するだけなのかもしれない。
フォスターその人のソロアルバムもクォリティは高いのは認めるが、もしかしたら凝縮度合・濃密さで言えばグレイドンのこのアルバムには及ばないのかもしれない・・・とさえ思えるほど、今頃になって気に入ってしまった。


以前はどこかで聴いた曲想が寄せ集められている気がした。
確かにグレイドンの中ではそれぞれの曲は慣れ親しんだ曲想のリイシュー・焼き直しだったかもしれないが、よくよく考えてみれば、彼はあらゆる局面で共作とはいえほとんどの作品のオリジネーターであったのだ。

このアルバム・・・TOTOにいたジョセフ・ウィリアムズやChicagoにも在籍したビル・チャンプリンが参加して素晴らしいパフォーマンスを披露しているのだが、それにもましてビル・カントス、ウォーレン・ウィービーといった我が国ではあまり知られることのないヴォーカリストが得難い味わいを出している。

フォスター人脈の知名度と華やかさに惑わされていたが、彼らとて実力は勝るとも劣らないことは聴けばわかる。
それどころか、実はフォスターとも親交がある人物もあり、故ウォーレン・ウィービーあたりは懐刀的な活躍をしていた・・・ことを後から知った。

これも本作品の値打ちを見直すひとつのきっかけであったことは確か。
このアルバムでの彼の声のパフォーマンスは、実は主役のギターソロより特筆されるべきだと思う。

ウォーレン・ウィービーはタイヘンな苦労人でしかも早世した。
ネアカでノーテンキで、一曲ごとのリズム・曲想は多彩だがどこか軽くて(故ジェフ・ポーカロあたりが生ドラムでたたいていたらどんなにリズムセクションが精気あふれるものになるかと思うと今もっていささか残念ではある。山下達郎さんにも似た周到さが却って精気を殺ぐのである)などという特徴は、当時のTOTOなどゴージャス仕様のアメリカンロックに対してあまねく抱いていたもっとも嫌悪していた要素である。
しかし、その裏には壮絶な人生を歩んだアーティストの献身的なパフォーマンスがあったと知れば、50歳を前にした自身の感性に訴えかけないはずはない。

こんなドラマを聴かないと虚心に耳を傾けられない・・・わけではないが、演奏者と聴き手の人生、すべてをひっくるめての作品鑑賞であるならば、この作品にとっても私にとっても、今の心境に至ったことはとってもラッキーだったといえよう。


故ウォーレン・ウィービーのほかに、先に触れたビル・カントスも本国では一家言あるアーティストのようである。
彼の最新作も耳にしたが、実はややテイストを異にするオリジナリティあふれる味わいを醸し出す注目すべき逸材だと感じた。
私の好みとはいささか違う・・・けれど。

当盤以外では、以前投稿したデヴィッド・ベノワとも親交あるデヴィッド・パックやマーック・ウィンクラー。
いずれも我が国ではあまり知られていないと思うが、彼らの最新作も同じように聴いて心が動かされた。
さらには、著名なベン・シドラン・J・D・サウザーなどもブランクはあれども健在で、自らの信じる音楽を奏でているのが心強い。
私より年長者が真に自分の好きな音楽を時流にかかわりなくクリエイトしているところに接するたびに、頭が下がる思いだ。
(期待の年長アーティストが鬼籍に入ったというニュースもしばしば聞かれるようになったことは大いにショックだ。)

もとより気に入る、気に入らないはあるのだが、少なくとも上に紹介したアーティストの作品に駄作はおろか、手抜きはない。
裏を返せば、品質のつたなさを感じさせる作品を世に問うているベテランもいるが・・・相手にしなければよいだけのこと。


さて、この作品・・・いろんな曲調があって他のアーティストの作品のパロディー的に思われるフシがあるとは先に書いた通り。
アース・ウインド&ファイアーで大ヒットした④はおくとして、ざっと思い当たるだけでもスティーリー・ダン(グレイドンはAja所収のPegで一世一代のソロを弾いているくらいだから、本質的な曲調は違っても影響をかんじるのはあたりまえか?)、TOTO、アル・ジャロウ、ボズ・スキャッグス、デヴィッド・ラズリー、クリストファー・クロス、REOスピードワゴン、スタイル・カウンシル、エトセトラエトセトラ・・・
この人たちの具体的な曲のある部分に似たところがあるのは事実で、彼らに書いた曲のデモかと思わせるところがやっぱり感じられるので、私が最初に聴いたときの感想とてあながち不当ではないと今もって思う。


なにはともあれ、ジェイ・グレイドンのいろんな意味での集大成であるこの作品は、あのころと今、構成するアーティストのそれぞれの旬を楽しませてくれる格好の好盤。
聴いている自分の来し方も思わずにいられない・・・風流の極みかもしれない。

謎かけのココロ

2011年07月06日 00時14分48秒 | ROCK・POPS
★時の流れに
                  (演奏:ポール・サイモン)
1.時の流れに
2.マイ・リトル・タウン
3.きみの愛のために
4.恋人と別れる50の方法
5.ナイト・ゲーム
6.哀しみにさようなら (フィービー・スノウとのデュエット)
7.ある人の人生
8.楽しくやろう
9.優しいあなた
10.もの言わぬ目



日本中を騒がせたニュースを見た瞬間に閃いたこのアルバムの6曲目(LPのときはB面のトップ)『哀しみにさようなら』ですが・・・

英語の原題は【Gone At Last】です。



ポールとフィービーが一緒に

GONE AT LAST

という示唆なのではないでしょうか?



ポールって見方によってはカンでもありますよね。
いえ・・・
はっきりいえば、真ん中がからっぽに抜けたポール状のものが管です・・・よね(^^;)





松本前復興大臣の発言まで訃報を知らなかったけど、あらためてフィービー・スノウのご冥福をお祈りします。


あの場で謎かけするのは不謹慎。
それ以前に、心証を害したことへの謝罪はあたりまえ。



でも・・・
前後の事態の推移を見て、前大臣の言動を振り返ったときに・・・

私の説による謎かけのココロがもしも正しいとすれば、今回の事態は「ご乱心を装った殿の自刃」であり、不謹慎とは百も承知のうえで、本懐を謎かけの心に託さずにはいられなかったのではないかと推察されるのですが・・・


如何?

えっ・・・

2009年02月09日 03時00分00秒 | ROCK・POPS
★ウィンドウズ・アンド・ウォールズ
                  (演奏:ダン・フォーゲルバーグ)
1.ランゲージ・オブ・ラブ
2.ウィンドウズ・アンド・ウォールズ
3.ラビング・カップ
4.ツーソン、アリゾナ~ある若者の死
5.レット・ハー・ゴー
6.スウィート・マグノリア
7.ビリーブ・イン・ミー
8.廃墟に今
                  (1984年)

何気なくネットをサーフしていたらダン・フォーゲルバーグが亡くなっていたことを知った。
それもおととしの12月に・・・。
こうなると訃報を聞いたというタイミングでもないから、追悼特集というわけにも行くまいが、彼の絶頂期の作品、私の洋楽史の中で最もコアな部分の作品のいくつかを感謝をこめて振り返る思いだけでも、天国にいる彼の御霊に捧げたい。


実は、連日記事を投稿していたころからダン・フォーゲルバーグの紹介はしたいと思っていて、記事一覧には2年近くもジャケットの写真が放ってあった。
こんな形で背中を押されて発表することになるとは・・・返す返すも残念なキモチでいっぱい。

トップには最もよく聴いた『ウィンドウズ・アンド・ウォールズ』を配しよう。
アルバム全体を覆う温かくも陰惨なイメージは、今のキモチにしっくり来るから。

「ランゲージ・オブ・ラブ」がスマッシュヒットになったときには、PVのなかで真っ白なジャケットギターをかき鳴らし真っ白な背景で・・・とても彼らしくなかった。
正直、何を日和ったかと思ったものだ。。。
もちろん嫌いな曲というわけでは決して無いのだが。

しかし、その後の楽曲は「何があった?どうしちゃった?」と尋ねたくなるぐらい(ライナーノーツにもそのようにライターは感じた旨を明らかにしていた)トーンの落ちた深い曲が多い。

最もよく聴いたのは『スウィート・マグノリア』。
この曲は大人になった今ならありそうな曲・・・と思えるが、青春時代の終わりっころのヤローにはグッと来るものがあった。
いや、彼女に聞かせたら彼女がグッと来るだろうなというモノがあったのかもしれない。。。(^^;)

スタジオ録音のバックにライブで録音したヴォーカルを被せたとも言われる生々しい声には、やっぱり狙い通りの説得力がある。
畢竟、名唱である。

『ツーソン、アリゾナ』なんてビートルズを意識させずにはおかないタイトルや、『ビリーブ・イン・ミー』なんていう名曲も収められており、いまどきの寒い夜には沁みる歌声であるかもしれない。
1枚選べといわれれば、私はこれだろう。


★フェニックス
                  (演奏:ダン・フォーゲルバーグ)

1.テュラモア・デュー
2.フェニックス
3.ジプシー・ウィンド
4.ザ・ラスト・トゥ・ノウ
5.フェイス・ザ・ファイア
6.ウィッシング・オン・ザ・ムーン
7.ハート・ホテルズ
8.ロンガー
9.ベガーズ・ゲイム
10.アロング・ザ・ロード
                  (1979年)

これも名盤。
彼の代表曲といわれれば、あちこちのCMでも使用される人気曲「ロンガー」に止めをさすわけだからこのアルバムを外すわけには行くまい。

しかし、たしかに「ロンガー」は名曲だけれど「ハート・ホテルズ」の形而上学的なバッキングやタイトル曲「フェニックス」の疾走するギターのバッキング(エレキはともかくアコギのほう^^)は、コーラスと併せて爽快なことこのうえない。

イーグルスがある程度洗練されているなかで、この人のそれは骨太さを感じさせるもの。
楽曲の芯も素朴なもので、さしずめアメリカの河島英五というイメージを持っている。
彼が米国人で米国の魂を持っていたらこのような表現をするんだろう・・・勝手にそんな思いをめぐらせることも楽しいが、夭逝するところまで似なくてよかったのに。。。


★イノセント・エイジ
                  (演奏:ダン・フォーゲルバーグ)

《ディスク1》
1.光年の果てに
2.イノセント・エイジ
3.幻の旅路
4.イン・ザ・パッセージ
5.ロスト・イン・ザ・サン
6.バラに向かって走れ
7.バンドリーダーの贈りもの
8.懐かしき恋人の歌
《ディスク2》
1.ストールン・モーメント
2.ライオンズ・シェア
3.流れ星のバラッド
4.妖精の港
5.魂の嘆き
6.時の流れを超えて
7.風に呼ばれた恋
8.虚ろな翼
9.ゴースト
                  (1980年)

翻って、アルバムの代表作はと問われれば多くの人はこの『イノセント・エイジ』を挙げるに違いない。

彼の魅力を2枚組みで味わえること、すべての楽曲において彼が殆どすべての演奏をしているとされていること、最初インストの短いテーマ曲からスタートすることが『フェニックス』と同様で曲もダン節とでも言う曲がてんこ盛りであるなど、どこをとっても代表作といって差し支えないものだと思う。

バラエティ豊かとはいえ、ビートルズの『ホワイトアルバム』のような散漫さは無く統一感があるし、大曲と小曲を交える構成はZEPの『フィジカル・グラフィティ』にも似るがお蔵入りを焼きなおしました的なところは皆無である。

要するに、この時期の彼は創作の絶頂だった・・・ということだろう。
それが次回作の『ウィンドウズ・アンド・ウォールズ』で何らかの転機があった・・・その後、エレキギターの迫力を増してより精悍に男性的でハードな音楽を作っていった。
しかし最も人口に膾炙したのはこのころ・・・転機の後はピークを越えるまでに至らなかったといっていいのかもしれない。

私にはリズムセクションの全楽器を自分で演奏したことが裏目に出て、バックの演奏がきっちりしすぎ・・・羽ばたいていく感じがない恨みはある。
ただ彼の魂はどの曲にも宿っていて、シンプルな曲であればあるほどその滲み出るよさ、声のよさがたまらない。

次のグレイテストヒッツに収められているいくつかのバラードなど、彼以外に誰が作り歌えるだろう?
昨今、ユーチューブで彼のコンサートのライブ画像を見たが、ギター一本で歌う姿には慈愛が漲っており、歌声とシンプルなギターの響以上に雄弁な音楽を知らないといって良いほど充実したサウンドを満喫できた。

そしてレコードだったころの各A・B面のラスト曲はすべて大曲、力のこもったものになっているのも大きな特徴。
スティーヴィー・ワンダーのグレイテストヒッツである『オリジナル・ミュージック・エイリアムvol.1』の4曲のラスト曲にも匹敵すると個人的には思っている。
スティーヴィーもグレイテストヒッツの各面のしんがりを新曲で押さえるというのは凄いアイディアだと思ったが、「ザ・リーチ」「ゴースト」などの曲のクォリティは決してスティーヴィーに引けをとらない・・・とさえ思う。


★失われた影 ~オリジナル・グレイテストヒッツ
                 (演奏:ダン・フォーゲルバーグ)

1.パート・オブ・ザ・プラン
2.ハート・ホテルズ
3.風に呼ばれた恋
4.ロンガー
5.失われた影
6.パワー・オブ・ゴールド
7.メイク・ラブ・ステイ
8.バンドリーダーの贈りもの
9.バラに向かって走れ
10.懐かしき恋人の歌
                  (1982年)

このアルバムまで紹介するのには2つのわけがある。
ひとつには、先に紹介した素晴らしいバラードが目白押しで並んでいるからである。
無論、最初に紹介した『ウィンドウズ・アンド・ウォールズ』発売前の作品だからその中にあった例えば「ビリーヴ・イン・ミー」といった佳曲は入っていない。

しかし、ふたつめの理由、新曲の必殺バラード「メイク・ラヴ・ステイ」が収められているのはこの盤だけ。
外すわけには行かないのである。

そしてその後、彼はこの中に収められている「失われた影(ミッシング・ユー)」のハードな世界へ向かうことになる。
無論、レコードのなかでは整然とおとなしいハードさなのだが、これもテレビ番組出演時の映像が出ているが、ギター弾きまくりで意外と長身な彼が凄絶に歌っているという印象を与えるよう、きわめてリズミックにドライヴされていた。

「ランゲージ・オブ・ラブ」の成功の後、グッとその方向にシフトした志向が成功したかどうかはわからない。
私自身はクラシックなど別のジャンルに興味の主体が移ってしまったのであまりウォッチしていなかったこともあり・・・
旧作をたまに楽しんでいるうちに彼は鬼籍に入ってしまっていた、そんな経緯なのだ。。。

でも、ここに遺してくれた作品だけでも私は十二分に彼に御礼を言わなければならない。
アメリカを、そして人間のスピリットを感じさせてくれ私の人生を潤してくれた恩人に対して・・・。
これらはけっして過言ではない。

合掌

ニュー・ソング

2007年11月08日 23時31分58秒 | ROCK・POPS
★かくれんぼ
            (演奏:ハワード・ジョーンズ)
1.コンディショニング
2.ホワット・イズ・ラヴ?
3.パールと貝がら
4.かくれんぼ
5.ハント・ザ・セルフ
6.ニュー・ソング
7.雨をみないで
8.イクォリティ
9.ナチュラル
10.ヒューマンズ・リブ
11.チャイナ・ダンス
            (1983年)

今ではラジオなぞとんと聞く機会がないけれど、高校・大学を通じて帰宅後はFMのエア・チェックに勤しんでいたのを思い出す。

大晦日にせよいくら家族が紅白歌合戦を楽しみに見ていたとしても、私にとっては自室にこもって国内外を問わないアーティストによる、ライヴだの特別番組だのほうが魅力的だった。
テレビを点けたのは、テレビに出ないはずの松山千春さんの弾き語りライブだけだった。

それらは今もって仕方ないことだと思っているのだが、家族はそんな私をちょっと特殊な感覚の持ち主だと思っていたようだ。

オタクということばは、少なくとも当時の我が家にはなかったから・・・。(^^;)
私自身は一般的なオタクよりはやや健康的でアグレッシブであったと信じている。


とりわけ、平日夕刻にFM愛知でやっていた柴田チコさんの番組を聞くことは欠くべからざる日課であった。

ビリー・ジョエルのアルバム“イノセント・マン”が発表されたときの特集“あの娘にアタック”が紹介されたときのナレーションは今でも覚えている・・・。
彼女こそが、当時オン・タイムで私に洋楽のイロハを講義を手ほどきしてくれた先生だった。


そして、いまひとり彼女やや上気した口調がひどく印象的であったのがこのハワード・ジョーンズである。
「かっこいい!」
彼女の文句のさしはさみようもない確信に満ちた一言で、私には「新世代の到来」が瞬時にすりこまれた。

それまでには既にシンセサイザーなどの電子楽器を伴奏に持ち込んでいるバンドも少なくなかったが、これほどまでに全面的にきわめて洗練された内容で使用されている例はしらない・・・大いにもったいぶった言い回しの後、紹介されたデビュー曲は『ニュー・ソング』。


実はそのとき、勿体と同じぐらいの驚愕は味わったのだが、印象はネガティブなものであった。
そりゃ、国内の音楽ではさだまさしさんをはじめとした“ニュー・ミュージック”のソングスを愛好していたわけで、彼の嗜好する音楽ということで聴きはじめたS&G,ビートルズなどにはついていけたとしても、この音楽には大ショックを受けるのは止むを得ないだろう。

今後の音楽はすべからくこうなっちゃうのだろうか・・・?


日本発信でもYMOが世界を席巻し、テクノ・ポップと呼ばれる音楽が“それなりに”巷間で聞かれ・・・「マニアに聞かれた」といったほうがよいかもしれないが・・・ていたとはいえ、ハワード・ジョーンズのような音が英国では大ブレイクしているということはいずれ世界中がこのテの音楽に染まってしまうのかと危惧したものである。

はたして彼は2作目までの大ヒット以降、新作は出したが大きな話題になっていない・・・。



この時期に柴田チコさんを介して知ったのは、カルチャー・クラブ、デュラン・デュランを始めとする一連のブリティッシュ・ニュー・ウェイブと呼ばれたグループたち。
これら3組が嚆矢だったような気がする・・・。

今やナツメロとして3組とも懐かしく聞くけれども、もっともデビュー時にセンスあふれた音楽を創造していたのは実はハワード・ジョーンズに他ならないと思われる。


そういえば、柴田チコさんの弾んだ声で紹介されたデビュー曲をもう1つ思い出した。

“クラブ・トロピカーナ”

・・・これも、衝撃的だった。
そして、これは確かにカッコよかった!(^^;)

前後するかもしれないが、この後カジャ・グー・グー、a-ha、ABC,スパンダー・バレエ、大御所ではポリス、オーストラリアからはメン・アット・ワークなど、一方アメリカではTOTO、ジャーニーなどのハード・ロックが全盛を謳歌しベスト・ヒット・USAの時代へと私は誘われていったのである。

大学時代はこれらのオン・タイムの楽曲を吸収するとともに、先のS&G、ビートルズの他、エルトン・ジョンやストーンズ、ZEPにパープル・・・と先祖がえりを名古屋の鶴舞図書館でレコード(!)を借りまくって身につけた。

遡った先にいた先祖は確かに地に根を下ろしたルーツとも言うべき音楽であるが、私自身の時代におけるルーツはというと・・・やっぱり“ニュー・ソング”の衝撃ではないかと今になって思うのである。

ハワード・ジョーンズの印象は、当初はネガティブだったかもしれないが、それはかなりキツいトーンのシンセのメロディーラインに原因が有るような気がする。
だが、年を重ねた私の耳で聴くときには、当時のシンセを用いながらよくぞこんなにセンシティブなフレーズを弾きだしているのかという点、ヴォーカルについては平板ではあっても若者らしいソウルは確かに感じられるバックに合った湿度の声である点は出色なのである。

というわけで、はじめて耳にした衝撃から、四半世紀を数えようとしている今聴いてもお非常に新鮮・・・まさにニュー・ソング!!
もちろんいまどきの若者が聴いたら、古色蒼然とした音であるかもしれないが。
(むしろ、新鮮に思うかも)


爾後、ライオネル・リッチーやスティーヴィー・ワンダーなどのブラコン(死語?)、そしてボズ・スキャッグスを筆頭にするAORも愛好したけれど、さらにケッタイなものに聴こえたラップ・ミュージックの台頭とともに私の洋楽熱は冷め、ジャズを経てクラシックに回帰していくことになった。

ただこうして時折、柴田チコ・プレゼンツの曲を耳にするたびにあの衝撃や感激がほのかに甦って面映い。

私の歴史はあと半世紀に満たないかもしれないが、この様子であれば終生この曲は私にとっての「ニュー・ソング」であり続けるに違いない。
不惑を越えて、こんな感慨でこの曲を聴くことになるとは思いもよらなかった。

80歳の私は、“ニュー・ソング”にどのような感想をもつのだろうか?

ここはオアシスだから

2007年10月22日 03時16分29秒 | ROCK・POPS
★オアシス
                  (演奏:ロバータ・フラック)
1.オアシス
2.オール・コウト・アップ
3.ルック・アウト
4.ショック・トゥ・マイ・システム
5.フー・ユー・ブロウト・ミ・ラヴ
6.サムシング・マジック
7.アンド・ソー・イット・ゴーズ
8.ユー・ノウ・ホワット・イッツ・ライク
9.アンド・ソー・イット・ゴーズ(リプライズ)
10.マイ・サムワン・トゥ・ラヴ
11.ブラジル
                  (1988年)

昨年の10月23日にこのブログを開始しました。
思うところあって、1年(ホントは一定期間ということで時期を1年と決めたのは半年ぐらい前であります)は絶対継続するという誓いを立てて、アヤシイところはあるもののなんとかかんとかその日付の記事は書き込み続けることができました。

もちろんこのブログはやめませんよ。(^^;)

でも、毎日投稿するのは流石にしんどいものがあります。
メインステージの仕事が忙しくなったとかそういうことでもないんですが、アウトプットすることは結構この一年で書き込んだんじゃないかなという充足感はかなりあります。

インプットするための時間もほしいし、記事のためのディスクの視聴というのもなかったわけではないし・・・本当は、全部の所有ディスクにリスペクトの意味を込めて記事をつけようと想っていた時期もあるのですが、とてもそれは難しいなということで折り合いをつけることにしたしだいです。

今後はトピックがあったり、本当にこれはと思うディスクがあったときに記事を書いていきたいと思います。

もちろん、書きたいと想うディスクはまだまだいっぱい手許にありますが・・・これは書くべき内容をしっかり吟味して納得できる記事にしてから提示していきたい・・・そんな風に思っています。


ことしの正月には「きりぎりす宣言」で行くという誓願を立てたのですが、概ね実現されています。
唯一このブログの運営だけは「ギリギリす状態」でありましたが・・・。(^^;)

あと、何が変わったかというと体重が15キロ近く落とせていることでしょうか。
私個人としては、過去1年の記事が残ったことでしょうかね。
このとき、何があって、どのように感じていたのかはよく判ります。日記をつけてらっしゃるみなさんは、この感覚をずっと持ち続けてらっしゃるんだということがよくわかりました。

過去の自分の垂れ流し状態から、とりあえず網にかけてすくいあげて後から見ることができるようになっていることは、かくも違うことであるというのは大発見でしたね。

それと、本を読むようになったかな。(^^;)

本当に充実した1年だったと振り返ることが出来ます。勝手に始めたといいながら、やはりアクセスいただいている皆さんの存在が励みになっていて、続けさせていただいていたという側面はおおいにあります。

改めて御礼申し上げます。

ありがとうございました。(^^)/

今日から比較的長期の出張なので、しばらくここでクールダウンしたいと思います。
次回からといっても、新装もなにもしませんし、字数制限を基本的に2000字以上という制約もかけてきたんですが、これも取っ払って好きなように書き綴って生きたいと想いますので、よければまたお越しくださいね。(^^;)


ロバータ・フラックのアルバムを選んだのは、もちろん『オアシス』という単語を意識してというだけの意味合いです。

大歌手でありながら、とても伸びやかな歌声でありながら、どことなく硬く初々しさが漂う彼女のフィーリングを2年目のこのバックステージの運営にも取り入れていきたいと思います。

でもしばらくは書けませんのであしからず・・・。


★ピュア・シューア
                  (演奏:ダイアン・シューア)

1.ノウバディ・ダズ・ミー
2.オール・コート・アップ・イン・ラヴ
3.ディード・アイ・ドゥ
4.縁は異なもの
5.タッチ
6.ベイビー・ユー・ゴット・ホワット・イット・テイクス
7.アンフォゲッタブル
8.アイ・クッド・ゲット・ユースト・トゥ・ディス
9.ユー・ドント・リメンバー・ミー
10.ホールド・アウト
11.ウィ・キャン・オンリー・トライ
                  (1990年)

さて、素晴らしい歌唱力を誇るダイアン・シューアのこのアルバムもあわせてご紹介します。
理由は、収録曲の“オール・コート・アップ・イン・ラヴ”(邦題は違いますが双方とも2曲目に収められています)が共通で、そのききくらべが興味深いからです。

ともすれば歌唱力の豊かな人はそれをひけらかすような歌い方に堕することがあるところ、シューアはすごいと思わせながら誠実さがあるのでそのような危惧はありません。

いまほど久しぶりに堪能して、とてもリラックスした楽しみを味わいました。

やはりここは私にとってのオアシスなのです。(^^)v

この人は別格(^^;)

2007年10月21日 20時16分57秒 | ROCK・POPS
★GREATEST HITS LIVE
                  (演奏:ボズ・スキャッグス)
1.ロウダウン
2.スロー・ダンサー
3.ハート・オブ・マイン
4.イット・オール・ウェント・ダウン・ザ・トレイン
5.ハーバー・ライツ(街の灯)
6.ジョジョ
7.アスク・ミー・バウト・ナッシン・バット・ザ・ブルース
8.ブレイクダウン・デッド・アヘッド
9.燃えつきて
10.アイ・ジャスト・ゴー
11.ジョージア
12.ミス・サン
13.リド・シャッフル
14.ランニン・ブルー
15.ローン・ミー・ア・ダイム
16.ウィアー・オール・アローン(二人だけ)
《ボーナス・トラック》
17.ハーバー・ライツ(街の灯)
                  (2004年録音)

私には結婚式友達がたくさんいます。
正直言ってあまり親しくないのに、結婚式の披露宴だけ呼ばれた輩です。
ボズの一曲といえばもちろん“ウィ・アー・オール・アローン”でしょうが、私は何度もこれをピアノで弾き語りさせていただきました・・・。(^^;)
あんまり披露宴で食べられないし、ましてや出番が終わるまで飲めないし・・・終盤にとって置かれるといやな役回りでしたねぇ~。

もちろん、かみさんを篭絡する目的で演ったこともあります・・・が「効果はいまひとつのようだ」という感じだったかな。
(^^;)


さて、このディスクは私にとっては別格扱いのアーティストであるボズ・スキャッグスによる2004年のショウのライヴ映像が満喫できるDVDです。
どれくらい別格であるかというと、「ピアニストに高橋多佳子さんがいるように、すべてのポピュラー音楽界を代表する存在としてボズ・スキャッグスがいる」というレベルで別格なのです。
このバックステージに何度かおいでいただいている方であれば、これがどれほどの評価であるかはよく判っていただけることと思います。(^^;)

ロケーションはボズの地元サンフランシスコ、演目は35年、13アルバムにわたるキャリアからのハイライトを集大成したというつくりの贅沢きわまりないものであります。

ボズを語る1枚をあげるのであればこれでいいんじゃないかなぁ~。
私にとっては、涙ナミダのディスクですね。
通算のキャリアを一望のものにできることだけでなく、ボズの場合最初はホーボーソングみたいなアーシーな曲から始まって、泣く子も黙る“シルク・ディグリーズ”や“ミドル・マン”というAORの絶頂のアルバムの時期があります。
そういえば、“ミドル・マン”の後にもう一枚デヴィッド・フォスターと組んでアルバム制作する予定だったのが離婚のダメージでパーになって、フォスターが空いたスケジュールでプロデュースしたのがシカゴの“素直になれなくて”の収められた18枚目のアルバムだった・・・なんて話もありましたね。
そりゃ、スティーヴ・ルカサーだって押さえられちゃうわけですよね。(^^;)シカゴはとてもラッキーだったわけです。

そして、長いブランクを置かないと作品を発表しなくなってそのたびに新機軸を出してきているので、いい意味新鮮ですけど、言葉を換えるとベスト盤にした場合に音作りの面で一貫性を保てないんですよね。

だから、“HITS”ではある程度時期が圧縮されているからいいんですが、2枚組のベストの場合には、さすがに「名曲を集めましたっ!(^^)/」っていう感じが否めませんでした。

ましてや、バラード・ベストを自分で入れなおして出した場合には、悪いけどフヌケになっちゃったようにも想われて、残念な想いをしていた挙句に・・・最高の結果が待っておりました。


渋い、渋すぎる存在感に、楽曲ごとにギターを持ち替えてギタリストとしても『味わい深い』プレイを披露してくれています。
また、バックも秀逸で、ウォール・ナットのES-335をメインにプレイしているギタリストさんもツボを心得たプレイで最高ですし、2名のバック・ヴォーカルの女性も雰囲気出しているし・・・。

何よりも全曲統一した雰囲気で進んでいくところがいいですね。(^^)/

私は“スロー・ダンサー”の歌唱にメロメロであります。


ボズは大学、社会人の最初のころに何度もコンサートに行きました。
ポピュラー音楽の外タレでコンサートにいったのは、ボズが4回とネッド・ドヒニーだけですから・・・。
まぁナゴヤ球場でのイベントは、ボズのほかにマイケル・マクドナルドとジョー・ウォルシュが一緒でしたから、ドゥービー・ブラザーズの曲や、イーグルスの曲も聴けちゃいましたけどね。(^^;)

あのころの声は生ライヴということもあって、ずっとキンキン声だったように記憶していますが、このDVDの演奏でも髣髴させるものがあって懐かしい思いをしました。

曲ごとには語りませんが、私の音楽史の中には不動の地位を占めたアーティスト、一生を通じて彼の音楽は私の糧のなっていくでしょう。

オール・アラウンド・ザ・ワールド(2)

2007年10月14日 00時55分23秒 | ROCK・POPS
★グレイスランド
                  (演奏:ポール・サイモン)
1.ボーイ・イン・ザ・バブル
2.グレイスランド
3.アイ・ノウ・ホワット・アイ・ノウ
4.ガムブーツ
5.シューズにダイアモンド
6.コール・ミー・アル
7.アンダー・アフリカン・スカイズ
8.ホームレス
9.クレイジー・ラヴVOL.Ⅱ
10.ザット・ウォズ・ユア・マザー
11.オール・アラウンド・ザ・ワールドあるいはフィンガープリントの伝説
                  (1986年)

まずはタイトル“オール・アラウンド・ザ・ワールド”の種明かしから・・・。(^^;)
前記事でリサ・スタンスフィールドつながりでは半分正解だといった心は、ポール・サイモンがさまざまな国の音楽を飽くことなく吸収し続けている、いわば音楽で世界を俯瞰している、どんどん自分のしらない音楽がなくなっていくんじゃないかというぐらい幅広く取り込んでいるという意味があるのと、この“グレイスランド”のアルバムのラストにそのものズバリのタイトルの曲がありますから・・・ということでありました。

しかし、このアルバムを最初に聞いたときにはおったまげましたね。(^^;)
しばらく聞きませんでした。あまりにそれまでの楽曲と違っているから、ポール・サイモンの曲だとはとても思えませんでした。

でも、ポールはそれまでにも、それからもどんどん新しい音楽に出会い、それを自分のものとしています。
60台も半ばを過ぎた最近でもブライアン・イーノとのコラボレーションでエレクトリック・ポップ・サウンドのアルバムを出して、旺盛なところは変わっていません。同世代のミュージシャンがその意味で輝きを失っていることを考えると、クリエイターとしてはポールが1番といってよいのかもしれませんね。

ついでですが、ポールは音楽上だけでなく奥さんもどんどん新しく開拓して、今の奥さんエディ・ブリケル(!)は3人目。
そういえば、彼女のアルバムも持っているけど・・・あんまりポールの奥さんといわれてもピンときませんね。

サウンドは南アフリカのリズムセクションを導入したライトなアーバン・エスニック・サウンドであり、鄙びたギターがいいムードを出しています。
あくまでも明るく明るく、歌詞は深遠で必ずしも明るくないというか重たいものもあるんだけど、前向きなイメージであります。

今聴くと、どこまでもポールの声、ポールのメロディー・・・優しさがにじんでいるので名盤という気がします。

私は思い込みが激しいほうなので、当時は先入観が邪魔をして虚心に聴けなかったんでしょうね。
惜しいことでありました。(^^;)


★リズム・オブ・ザ・セインツ
                  (演奏:ポール・サイモン)

1.オヴィアス・チャイルド
2.キャント・ラン、バット
3.コースト
4.プルーフ
5.ファーザー・トゥ・フライ
6.シー・ムーヴズ・オン
7.ボーン・アット・ザ・ライト・タイム
8.クール、クール・リヴァー
9.スピリット・ヴォイセズ
10.リズム・オヴ・ザ・セインツ
                  (1990年)

今度は西アフリカのリズムに魅せられたポール・サイモンが、そのリズムがブラジルに渡っているなどの事情から、ミルトン・ナシメントなどとの交流の中で集まった南米のミュージシャンと米国のミュージシャンをまとめ上げてこのアルバムを完成させています。

聖者のリズムというタイトルのとおり、本当に多彩なリズム・セクションがみんな間違いなくポール・サイモンの音楽を演奏しています。
この統一感はやはり彼のヴォーカルによるものなのでしょうか?
どんなパーカッションがどんなリズムを奏でても、カリンバが入っていようと、サイモンのヴォーカルが入るといきなりエスニックだけじゃなくなっちゃいますね。(^^;)
やはりこれぐらいの存在感がないと、ロックの殿堂には入れないんでしょうね。

ここでも“オヴィアス・チャイルド”の歌詞の中などに「嘘は嘘」「空は空」など哲学的というか仏教的というか、そんなフレーズを見出してしまいます。

さすがは、音楽も結婚も諸行無常、生々流転しているポール・サイモンといえましょう。
わたしにとっては、ここまでくればお釈迦様級ですね。


★時の流れに
                  (演奏:ポール・サイモン)

1.時の流れに
2.マイ・リトル・タウン (アート・ガーファンクルとデュエット)
3.君の愛のために
4.恋人と別れる50の方法
5.ナイト・ゲーム
6.哀しみにさようなら (フィーヴィ・スノウとデュエット)
7.ある人の人生
8.楽しくやろう
9.優しいあなた
10.もの言わぬ目
                  (1975年)

ちょっと遡りましたが、私がポール・サイモンにハマるきっかけになった超名盤であります。(^^;)

もはやこのアルバムについては説明の必要もないと思いますが、やはり“時の流れに”はゾクッとするほどシュールな曲ですよね。
また、“恋人と別れる50の方法”もギターの爪弾きとスティーヴ・ガッドの神業ドラムスが印象的。本当にスティーヴ・ガッドはこんな複雑なリズムは叩けるわ、スティーリー・ダンの“彩”でのソロみたいなのも叩けるわ、あの時分では私にとってはスーパー・ドラマーでしたね。
ぜんぜん違う畑ではジョン・ボーナムという人が最もお気に入りのドラマーではありましたが・・・。

最後の“もの言わぬ目”・・・サイレント・アイズと歌われるこの曲にはポールがやはり基督教徒でありエルサレムに寄せる思いが感じられます。
このことはある意味で私には衝撃的なんですよね。

私は前にも書いたように、ポール・サイモンの詩に仏陀に似たイメージをもっています。
『キリスト教の仏陀』ってやっぱヘンですもんねぇ~。

そういえば、お釈迦様が生まれたときの様子はキリストに似てるけど・・・聖徳太子にも似てる気がするけど・・・ホントはどんなだったのかなぁ~。(^^;)

オール・アラウンド・ザ・ワールド(1)

2007年10月13日 23時35分17秒 | ROCK・POPS
★ハーツ・アンド・ボーンズ
                  (演奏:ポール・サイモン)
1.アレジー
2.ハーツ・アンド・ボーンズ
3.ホエン・ナンバーズ・ゲット・シリアス
4.考えすぎかな(b)
5.ソング・アバウト・ザ・ムーン
6.考えすぎかな(a)
7.遥かなる汽笛に
8.犬を連れたルネとジョルジェット
9.カーズ・アー・カーズ
10.レイト・グレイト・ジョニー・エース
《ボーナス・トラック》
11.シェルター・オブ・ユア・アームス(未完)
12.トレイン・イン・ザ・ディスタンス(デモ:アコギ一本弾き語り)
13.犬を連れたルネとジョルジェット(デモ:アコギ一本弾き語り)
14.レイト・グレイト・ジョニー・エース(デモ:アコギ一本弾き語り)
                  (1983年)

上野の東京都美術館で開催されている“フィラデルフィア美術館展”に行ってきました。
聴きしにまさる所蔵品を誇る展覧会だったですねぇ~。
確かに作品が作家の名前に負けてるような・・・要するにこの作家の作品もあるよというだけためだけのためにはるばる米国より渡来したであろう作品もあるようには思えましたが、でも凄かった。(^^;)

個人的には、ルノアールの“大きな浴女”と、かつて現物を見ている岐阜県立美術館の“泉”、オランジュリー美術館の“長い髪の浴女”とを見比べたいという興味がいちばん大きかったですが・・・。

実際行ったら、モネの明るい光は決して作品集の画像なんかじゃ再現できないシロモノである・・・音楽的な表現をするとライブじゃないと感得できないものであることが判ったことが最も絵としては印象深かったですね。

その他、デュシャンが親父さんを描いた絵はセザンヌのセルリアンブルーの使い方にも似た独特の表現があるとはいえマトモだったのに、1年後のチェスのプレーヤーを書いた絵ではキュビズムの影響をマトモに受けてぶっ壊れてしまっている様子が衝撃的に並べられていたり・・・惜しい人を亡くしたって感じがしましたね。

また、ジョアン・ミロの“月に吠える犬”という作品には静かな衝撃を受けました。
いちばん絵の前に立ってた時間が長かったかもしれません。どんな絵かは、実際にご覧になってください・・・行けない方は、ネットを検索すればきっとあるんじゃないかなぁ~。

さて、そのミロの“月に吠える犬”は結構ユニークでクールな作品でして、画家は最初絵に「そんなことは知らないよ」と書き込んでいたそうです。
ちょっと訳を変えれば「そんなの関係ねぇ!」になるじゃないかなぁ~。
非常にトレンディな作品を展示したものだと感服。(^^;)

ポール・サイモンのこのディスクにも「ソング・アバウト・ザ・ムーン」という歌人(ソングライターのことね、敢えてこう書いてみました)に呼びかける歌がありますが、このユニークさは共通のムードをもっています。
歌からは温かさを感じる点が絵と違うかな。

このアルバムは82年のセントラルパーク・コンサートを経て、サイモンとガーファンクルが再結成されるのかという期待感があるなかで制作されたものでした。
そのことを発売直前に、愛知県はサンテラス一宮の中にある新星堂の販売店の吊り下げ広告で知ったんだよなぁ~。
新星堂は今もサンテラスの中にありますが、場所は今はパン屋さんになっていたところにありました。
20年以上前の広告一枚で、そんなことまで懐かしく思い起こされるようになってしまったとは、歳をとったものだとしみじみ思います。

そしてその広告に「夢じゃなかった!」とか、再結成を前提で作られてデュエットまであるかもしれないように書いてあった文句まで覚えています。
今では考えられない記憶力、たいしたものだ。(^^;)
セントラルパーク・コンサートにしたってどことなくよそよそしかったわけで、果たして再結成はなく、ポールひとりの名義で制作することとなった作品ですが、この前のアルバムがグラミーを受賞している“時の流れに”であり、この後の作品もグラミーを受賞している“グレイスランド”であることを考えるとき、この作品ってジミなイメージがあるかもしれませんが、私にとってはポール・サイモン名義の作品中もっとも刺激的な作品と言っていいものなのです。

まず“アレジー”におけるディ・メオラのギター・ソロにぶっ飛びます。
“ハーツ・アンド・ボーンズ”は個人的には疑いなくソロにおけるポールの最高傑作、このギターの伴奏はこれ以上瑞々しく温かくセンチメンタルなものを知りません・・・これは言いすぎですが、本当に素晴らしいものであります。
件の“ソング・アバウト・ザ・ムーン”や“遥かなる汽笛に”における曲のムードなんてポール・サイモン以外のだれにも醸し出せないもの。
クレジットに目をやると、かのシックの2人がこのアルバムでパフォーマーとして参加しているなど、本当にポールの音楽性は多彩であります。

“犬を連れたルネとジョルジェット”はマグリット夫妻をモチーフにしたこれまたポール・サイモンならではの歌。
冒頭からエレキ・ギター単音による伴奏が、このうえなくイマジナティブで初めて聞いたときから私を虜にしてくれていましたが、ベスト・ヒットUSAだったかで見たプロモーション・ビデオでシャガール夫妻をまるでマグリットそのひとの絵のようなシュールレアリスティックな画像で描いていたことが、これまた私にとっては刺激的でした。
爾来、マグリットは私にとってお気に入りの画家になりました。
ただ、今回のフィラデルフィア美術館展に出店された“6大元素”は彼の作品としてはちょいとショボイ絵だったかもしれません。
私は、彼の作品であれば“海の男”とかが好きですね。(^^;)

さて、ラストは“レイト・グレイト・ジョニー・エース”。
これのみ、かのセントラルパーク・コンサートで初披露されていて、演奏中に暴漢がステージに乱入してきて取り押さえられたというイワクつきの曲。
ポールの集中力をきらさず終わりまで続けられた歌が素晴らしかったんですが、ジョン・レノンのことも歌われていてチョッと複雑だった当時の心境を思い起こしました。

ボーナストラックのアコギ一本バージョンで、ポールがいかにセンスあるギタリストで他にまねのできない存在であるか再確認。
やはり世界レベルに見て、斯界の第一人者ですね。


★ネゴシエイションとラヴ・ソング 1971-1986
                  (演奏:ポール・サイモン)

1.母と子の絆
2.僕とフリオと校庭で
3.何かがうまく
4.セント・ジュディーのほうき星
5.母からの愛のように
6.僕のコダクローム
7.楽しくやろう
8.恋人と別れる50の方法
9.時の流れに
10.追憶の夜
11.スリップ・スライディング・アウェイ
12.ハーツ・アンド・ボーンズ
13.遥かなる汽笛に
14.犬を連れたルネとジョルジェット
15.シューズにダイヤモンド
16.コール・ミー・アル
                  (1972年~1986年)

前回記事でリサ・スタンスフィールドの“オール・アラウンド・ザ・ワールド”を採り上げたから、こんなタイトルにしたんだろうという声が上がると思います。
それも正解なんですが、それだけでは理由の半分です。(^^;)

ポール・サイモンは、上記アルバムでもわかるように“母と子の絆”でレゲエをいち早く採り入れ、“母からの愛のように”ではゴスペル(先日のDVDでも“明日に架ける橋”をゴスペル調で歌ってましたね)に傾倒し、アルバム“時の流れに”所収の曲であればジャズに大きな影響を受けています。何といってもバックバンドがほとんど“スタッフ”のメンバーですから、ジャズにならないわけがない。(^^;)
それ以外にホーボー・ソング調の歌もあったし、“追憶の夜”はサルサだし・・・。

S&Gのころだってフォーク・ソングはもちろん“スカボロー・フェア”、“コンドルは飛んでいく”、“いとしのセシリア”などの曲にあっては、すでに世界のいろんな音楽のフィーリングを取り込んでいたんですよね。

そしてそれらアメリカに伝わっていた音楽を概ね吸収したところで、この後南アフリカの音楽と自身のロック・サウンドの融合を図る道に進みます。

以下、次回。(^^;)

黒い白人たち

2007年10月12日 23時55分49秒 | ROCK・POPS
★リアル・ウーマン~ヒップ・セレクション
                  (演奏:リサ・スタンスフィールド)
1.チェンジ 《ナックルズ・ミックス》
2.エブリシング・ウィル・ゲット・ベター 《エクステンィッド・ミックス》
3.オール・アラウンド・ザ・ワールド ~ デュエット・ウィズ・バリー・ホワイト
4.オール・ウーマン
5.タイム・トゥ・メイク・ユー・マイン 《ブッシュ&スライド・ミックス》
6.チェンジ 《ドライザ・ボーン・ミックス》
                  (1992年)

いつぞやのようにムフフなジャケットだから採り上げたんだろうと思った方、残念ながらハズレです。(^^;)

先日、とある家電店に行ったときに家族がほっつき歩いている間、マッサージ・チェアに座って待っていたんですが、そのときにかかっていたのがリサ・スタンスフィールドの“オール・アラウンド・ザ・ワールド”でありました。
バリー・ホワイトとのデュエットじゃなかったから“アフェクション”に入ってるバージョンだと思うのですが・・・。

そういえばこのところ“バブルへGO”とか、トラボルタがまた映画に女形で出ているとか、当時のよすがが少し偲ばれる時代になりましたなぁ~。(^^;)

不肖私とて、ディスコ(死語?)が流行っていた頃にはちゃんと紳士の素養として名古屋の“キング&クィーン”なんぞに行って“フィ~バ~”してた時代を僅かながら過ごしておるのですよ。
そりゃ渦中の人が興したらしい「ジュリアナ東京」ほどメジャーじゃないですけど・・・。

というわけで、このようなダンス・ミュージックにも一応フィジカルに反応するわけです。
シックとかEW&Fとかも好きでしたが、英国のこのフィーリングと、リサ・スタンスフィールドのミディアム・テンポの曲に於けるヴォーカルの色香にマイッておりました。
彼女はもちろん白人ですが、私が最も黒いフィーリングをもった白人女性だと思っている人であります。

ここでも、“チェンジ”とか“オール・アラウンド・ザ・ワールド”といったファースト・アルバムからのヒット曲を、海外で12インチ盤にリミックスして発売されていたヴァージョンを日本でコンピレーションしたというある意味お手軽、またある意味ではミックスの違いでどれほどフィーリングが違うかを興味深く聞かせるという深遠な手法でこしらえられたミニ・アルバムで、その魅惑的な歌声を披露してくれています。
オジサンになった今でも、いやなった今だからこそ前にも増してゾクゾクするなぁ~。。。

しかし、このリミックス手法・・・当初は結構関心をもって楽しみに聴いていましたが、最近はどちらかというと辟易ですな。
クラシック音楽で、同じ曲のいろんな人による解釈の違いのききくらべをしたほうがおもしろい・・・。

まぁこれらに関しては“アフェクション”より、こっちのバージョンのほうがいいなぁ~と思っていますけど・・・。

いえ、ジャケットがじゃなくて・・・。(^^;)


★ファイヴ・ライヴ ―愛にすべてを―
                  (演奏:ジョージマイケル&クイーン、ウィズ・リサ・スタンスフィールド)

1.愛にすべてを
2.キラー
3.パパ・ウォズ・ア・ローリング・ストーン
4.輝ける日々
5.コーリング・ユー
6.ディア・フレンズ
                  (1991年・1992年録音)

そして、上のジャケットを見やるような眼差しを見せているこの男性は・・・やくみつるさんではありません・・・ジョージ・マイケルであります。

このアルバムは1992年のフレディ・マーキュリーの追悼コンサートでクィーンをバックに歌った1・4と、1991年の自らのコンサートでのパフォーマンス2・3・5の5曲のライヴを収めています。
6はクィーンからの返礼ということでクィーンのアルバム“華麗なるレース”に収められたヴァージョンを収録している・・・だから6曲という構成のようです。(^^;)

しかし、思えばこの人ほど惜しい才能はなかったですねぇ~。
ワム!の時代から才気がほとばしってましたから・・・。
今でも大スターに違いないでしょうが“ケアレス・ウィスパー”とかが流行った頃、そしてアンドリュー・リッジリーと別れてソロ・デビューした頃、このアーティストが順風満帆にキャリアを伸ばすことを疑った人はいないんじゃないでしょうか?
本来であれば、ポップスの世界では少なく見積もっても今の10倍ぐらいの重鎮になっていたはず・・・。

クィーンをバックにここでも聴かせる歌も、フレディを髣髴とさせるような1、リサ・スタンスフィールドとのデュエットの4なんて、クィーンの曲でありアレンジはクィーンしているのになんでこんなふうに聞こえるのだろうというくらい独特なフィーリングに仕上がって、・・・本当に惜しい人を亡くしましたというキモチになってしまいました。
いえ、フレディもそうですが、ジョージ・マイケルの輝きがはっきりいって現在ではほとんど失せてしまっていることは残念の極みですね。

モータウン、フィラデルフィア・ソウルを歌わせても本当に黒い黒い・・・。(^^;)
本家より高いパフォーマンスであると言っても過言ではありませんな。

彼の才能が、またシーンに戻ってきてくれることを祈るばかりです。
ちなみに私は彼の“キッシング・ア・フール”は一大名曲だと思っています。(^^;)

この命題は真か?

2007年10月04日 00時00分00秒 | ROCK・POPS
★Old Friends -Live On Stage
                  (演奏:サイモン&ガーファンクル)
1.(アクト1)オープニング・モンタージュ(アメリカ・インスト)
2.旧友/ブックエンド
3.冬の散歩道
4.アイ・アム・ア・ロック
5.アメリカ
6.動物園にて
7.ベイビー・ドライバー
8.キャシーの歌
9.トムとジェリーの話
10.ヘイ・スクールガール
11.エヴァリー・ブラザーズ・イントロ
12.起きろよスージー
13.夢を見るだけ
14.バイ・バイ・ラブ
15.スカボロー・フェア
16.早く家へ帰りたい
17.サウンド・オブ・サイレンス
18.(アクト2)オープニング・モンダージュ
19.ミセス・ロビンソン
20.スリップ・スライディン・アウェイ
21.コンドルは飛んで行く
22.キープ・ザ・カスタマー・サティスファイド (ご機嫌いかが)
23.ニューヨークの少年
24.アメリカの歌
25.マイ・リトル・タウン
26.明日に架ける橋
27.いとしのセシリア
28.ボクサー
29.木の葉は緑
30.59番街の歌 (フィーリン・グルーヴィー)
                  (2003年ライブ録音)

いつぞやの“カリンニコフの交響曲をオトナ買いした”という記事で、タワレコ新宿に物色に行った本命がこのDVDなのです。
いつか記事にするといったお約束が果たせて、個人的にはホッとしております。

このDVDは個人的にはサイモンとガーファンクルの所産の中で最も気に入っているものであります。
オリジナルが若さを感じさせスピード感が魅力とするならば、今回のライブは味わい深く、人間ポール・サイモンの息遣いををもっともよく感じさせるもの・・・S&G解散後、さまざまな音楽の遍歴の果てにキャリアの最初の自分の子供たちに回帰して、そしてやはりこれらの生みの親であることを改めて宣言しているような感動が伝わってきます。

もちろんアート・ガーファンクルも身勝手なおっさんではありましょうが、ここではこの楽曲にかかせない花形の一人として巧みな歌唱術を披露していますけど・・・なんといってもポール・サイモンの渋さ。(^^;)

見どころ聴きどころ満載ですが、サイモンのギターをコピーしまくってた人間としては“キャシーの歌”でのハーモニクスを駆使してフレーズにしてしまう伴奏なんて目が点でしたし、“ミセス・ロビンソン”に於けるカウンターの音の入れ方・・・コピーしてたのとぜんぜん違うフォーメーションでやってるのが判ったのが嬉しかった・・・や、ローリング・ストーンズの曲を演奏しているかのようなポールの足腰の構えに笑っちゃったり・・・。(^^;)

もっとも何故このDVDを購入しようかと思ったかというと、“サウンド・オブ・サイレンス”を去年のオーディオ・ショウのデモで聴いてイントロでメロディーを追うギターに釘付けになったからでなんです。
やっぱり、さだまさし好きを経て、さだまさしさんが好きだったというS&Gやビートルズを聴いて洋楽にはまっていった私にとって、このあたりの音楽がギター・プレイのルーツであると同時に自分の底辺に位置しているポピュラー音楽であるのを再確認した次第です。


ところで、記事に採り上げた理由は全然ちがって“サウンド・オブ・サイレンス”の歌詞にありずっと引っかかっていた一言・・・“the neon god they made”について若干触れたかったからであります。

文脈は「そして人々はひれ伏し祈るのだ・・・自分たちでこしらえたネオンまがいの神に」ってな感じだと思いますが、私ず~っと引っかかってるんですよね。
キリスト教もイスラム教も、元をたどれば同じ源流に行き着くんでしょうけど、神って何かって。

余り詳しいわけじゃないので間違ってたらゴメンなんですけど、キリスト教とかの前身であるだろうユダヤ教の唯一神は偶像崇拝を禁じているらしい・・・。

ポール・サイモンは歌の中で「神」は人間がつくったものだと喝破して歌っている。。。
「ネオンのような」とはうまい表現ですが、神は聖書の中では「あってあるもの」ですから「ある」んだろうけど、現実に見たことがあるひとは公式にはというかホントにいるとは思えない・・・。

神が「いる」というと失礼だろうから「おわす」といいますが、「おわす」ならおわすでいいんですが、どうしても「おわすことにしている」のではないかと思えてならないんです。
要するにネオンのような点いたり消えたりするもの、そして実体があるんだかないんだかはっきりしないもの・・・教義上「在る」のはもとより全然構わないんですが、心の中に「ある(おわす?)」ならともかく現世に「在る」といわれると引っかかる。。。

にもかかわらず、多くの教徒の方は多分「神は存在する」と仰るんじゃないでしょうか?


そしてもしも、「ないものをあることにしている」んだとしたら・・・?


神の名の下にこれまでどれだけの生きとし生けるものがその命を失ったんだろうか・・・と思うとき、個人的にはジョン・レノンの“イマジン”の世界に共感せざるをえません。


そして万万が一「(あると言われているのに)なきもの?」が「自分以外の何者をも崇拝してはいけない」と命令しているということなら、それを信仰している人間はいったい何を崇拝しているんだろう?

それは「誰が何のため」にそんな崇拝システム(?)を考えて、実行に移しはじめたんだろう?


翻って仏教では、仏といえども元はお釈迦さまという人間でありそれが解脱して仏となったのであり、釈迦と同じように解脱し悟りを開いた人が順繰りに次の世代のお坊さんを教えて解脱させて仏を順次「製造」して今に伝わっているものであれば、「あるもの」・・・少なくとも「あったもの」を拝んでいると判るのですが。。。

論理的に考えることが得意(資本主義なんて論理的に考えるヤツからしか出てこない考え方ですよね・・・いい悪い抜きにして)で、神とのディベートのためにあんなに厳格な論理学を発達させた西洋の人たちが、なぜ私などが「あるかないかわからない」と思われる神を文句なく崇拝するのか・・・。
(そのおかげで論理学や哲学、派生して数学などが発達したのもナンですが・・・)


論理学に長けた方に「神はあってあるものである」という命題が真であるかどうか、検証していただいたらどうなるんでしょうか?

聖書に書いてあるから「真」というのはなしで、また、見たことがある人がいないからといっていないことにはならないという「帰納法」的な解決もなしで・・・。



禁断の疑問なんでしょうか?


最近、クラシックを聴いても、ジャズを聴いても、そしてこのようなセンシティブな歌詞を持ったロックを聴いてさえ、こんなことが気になって仕方ありません。

年とったのかな・・・。(^^;)
思春期があんまり多感じゃなかったから、いまさらいろいろ考えちゃうのかもしれません。。。

妄言中の妄言の記事でしたね。あまり気にしないでね。(^^)/


★若き緑の日々/ニュー・ベスト
                  (演奏:サイモン&ガーファンクル)


曲目紹介は割愛しますが、S&Gのベスト盤はこの2枚をもっています。
この後にも何種もカップリングを変えてベスト盤が出ているので、もはやニューベストでもなんでもありませんが、よくぞまぁこれだけ馴染みの曲を並べてベスト盤が作れるものだと恐れ入ってしまいます。

全世界的に同じぐらいベストだと考えれば、我が国独自であればこれと同様以上に馴染みの曲があるアーティストはいっぱいいるかもしれませんが、S&Gがいかにすごいかというのがわかりますよね。


★ミセス・ロビンソン~ベスト・オブ・サイモン&ガーファンクル
                  (演奏:サイモン&ガーファンクル)


以前ジェニファー・ウォーンズやジェフ・ベックの高音質リマスタリング盤をご紹介した、ドイツのZOUNDレーベルによるベスト盤であります。
もちろん国内で発売されているベストとは一線を画す音質でビックリしました。

ただ、ギターがいかにして弾かれているかを分析したりクリアネスを追うなら目からウロコであることに違いなくとも、作品として聴いた時の衝撃はジェニファー・ウォーンズのほうが鮮烈でしたけど・・・。(^^;)

ところで“アイ・アム・ア・ロック”の歌詞には仏教の「悟り」をイメージしてしまう私がおります・・・。

垢抜けない誠実さ

2007年07月14日 22時25分36秒 | ROCK・POPS
★ホールド・アウト
                  (演奏:ジャクソン・ブラウン)
1.ディスコ・アポカリプス
2.ホールド・アウト
3.ザット・ガール・クッド・シング
4.ブールヴァード
5.オブ・ミッシング・パーソンズ
6.コール・イット・ア・ローン
7.ホールド・オン・ホールド・アウト
                  (1980年)

最初にこのディスクを聞いたのはレンタルレコードでした。
まだ私は大学生だったのですが、ロックのレコードを漁っていましたねぇ。(^^)/
名古屋の鶴舞図書館でレコードをタダで借りられたので、多くの曲に出会うことができました。ジャクソン・ブラウンもそこで知った一人であり、“プリテンダー”や“レイト・フォー・ザ・スカイ”といった名盤を借りて聴き入った記憶があります。

ジャクソン・ブラウンは、その後わが国でもベスト・ヒット・USAで“愛の使者”がヒットしたことでブレイクし、大物アーティストの仲間入りをしました。
でも、そのころはイーグルスの“テイク・イット・イージー”や“ならず者”の作者のクレジットに入っていることを初め、その辺の音楽が好きな人の間でマニアックに愛好されていたにすぎない人でした。

でも、この人の切実で繊細で精神的に不安定な歌声や、特にアルバム“プリテンダー”では多少宗教がかったとも思える曲調や詞の内容に非常に共感を覚えたものです。
それからずっとこの人は、非常に生真面目で不器用で・・・(中略)・・・ヘタクソでも一生懸命に、誠実に物事を正面から受け止めて生きているんだって、その意味でひときわ素晴らしいアーティストだと私の中で位置づけられて現在に至っています。(^^;)

さて、この“ホールド・アウト”こそが数あるこのアーティストの最高傑作だと思うので採り上げてみました。
ストーンズの“エモーショナル・レスキュー”だったかを蹴落として、彼としては初めてのナンバー1を獲得したディスクでもあります。。。
でも、ジャクソン・ブラウンのファンにしてみれば余り高く評価していないのが実際ではないでしょうか?

このアルバム発売の5年ぐらい前に奥さんの自殺があって、ライヴはやってもアルバムは作れない時期が続き、新しい彼女ができて気力を取り戻してその彼女に向けてのメッセージを託した曲が収録曲の主力になっているのが特徴です。

彼としてはカントリー色を強く打ち出した、やや繊細さを特長とする西海岸アコースティックなロックという自分の守備範囲を、時代を意識的に取り入れながら新しい彼女、新しい自分にフォーカスしたいという野心(彼の場合“願望”といったほうがいいかも)を内に秘めた作品だと思います。

またアルバム準備中の期間に亡くなった、リトル・フィートのローウェル・ジョージの遺児に宛てて“オブ・ミッシング・パーソンズ”を書いていますが、この曲も含めてここに収められた曲は全てジャクソン・ブラウンの『人』に宛てた私信を集めたものと考えて良いでしょう。
先に記したジャクソン・ブラウンの作風、歌い方や声そのもののパフォーマンスを考えた時、これほど彼に相応しいテーマがあるでしょうか。

このアルバムが発表された時、たしか冒頭の“ディスコ・アポカリプス”などにストリングスのシンセサイザーが導入されてディスコサウンドを取り入れていることのみが大きく採り上げられました。

でも私は「彼の肉声による大切な人への私信」という要素こそがこのアルバムの本質であり、英語はわかりっこないのですがそれを嗅ぎ取ることができたために、初めて聞いたときからこれを愛好してきたのだと思っています。
“ディスコ・アポカリプス”でさえ、新しい恋人と新しい環境に自分から飛び込んでいくんだと言う意思表示に思われますし、“ホールド・アウト”なんて恋人に本当に真剣に語りかけている曲だし・・・。

当時の私には歌詞がよく判りませんでしたが、今、訳詞を目にしてみると本当に切実かつ誠実に人生・愛・別れを考えている人なんだと思いますねぇ~。
裏を返すと、一緒にいる人は息が詰まって大変ではないか・・・と。
燃え上がっている間はいいけど、すこし熱が冷めてきたりするとこれはウザいかもしれない。。。

この中では“オブ・ミッシング・パーソンズ”が最初に気に入った曲ですが、今聴いても逝った人への愛情と、残った人への遺された希望を本当に誠実に表現した佳作ですね。
しんみりもするし、聴いて癒されもする・・・これは名作。
こういった曲こそが、ジャクソン・ブラウンでなければ表現しえない世界なのではないかと思います。

そして最後の“ホールド・オン・ホールド・アウト”。
この先ふたりで何があっても持ちこたえていこうという強力なメッセージを含んだこの曲には、曲の終わり近くにジャクソン・ブラウンのモノローグがあります。

 Anyway...
 I guess you wouldn't know unless I told you
  But
   I love you
    Well just look at yourself...
     what else would I do?


いずれにせよ、もしも僕が言わなかったとしたら君は知る由もなかったんじゃないか?
つまり・・・愛しているんだ・・・。
なんて顔するんだい、他に僕に何ができるって言うんだい?


大意はこんなもんじゃないでしょうか?(^^;)

きゃぁ~っつ(!)てなモンですね。
今見てしまうと、思わず赤面しちゃいますなぁ~。。。


これを聴いていた20年前は、いずれは自分もこんなふうに生真面目にコクっちゃうのかなぁ~などと思って真剣にドキドキしちゃってましたが、まぁ実際プロポーズなんて局面では私もこんなもんだったかな? 
美化しすぎとの反対意見もありますが。。。(^^;)

いずれにしても、これはジャクソン・ブラウンの人への想いの肉声が聴きものの名作。
音質はリマスターしたものが欲しいと思うぐらい、音がこもってしまっていますがこれでもカセットからCDになったときには凄く音が良くなったと思ったものです。
昔は音質がどうでも、本当に心にこれらのサウンド・声が語りかけてきたんですよね。
今はむしろ楽曲・・・その中身をより深く感じることが出来るようにはなっていますが、耳は肥えましたね。体もあのころから比べると比較できないほど肥えましたが。。。(^^;)

この後のジャクソン・ブラウンは核反対や自然環境保護などの活動へも傾倒していき“ライヴズ・イン・ヴァランス”といったアルバムをはじめとする作品にもそれが反映していきます。
それはとっても尊いことでありサウンドも洗練の度合いを増していきますが、全編を私信に費やしたこのアルバムほど彼の資質にベクトルが収斂しているアルバムは他にない。。。
どうしてもそう思えてしまう私なのでしたぁ~。(^^)v

哀しく愛しき哉

2007年07月04日 00時00分00秒 | ROCK・POPS
★キー・オブ・ライフ
                  (演奏:スティービー・ワンダー)
《DISC1》                《DISC2》
1.ある愛の伝説            1.可愛いアイシャ  
2.神とお話               2.涙のかたすみで 
3.ビレッジ・ゲットー・ランド      3.ブラック・マン
4.負傷(コンチュージョン)       4.歌を唄えば
5.愛するデューク            5.イフ・イッツ・マジック
6.回想                  6.永遠の誓い
7.孤独という名の恋人        7.アナザー・スター
8.楽園の彼方へ            8.嘘と偽りの日々
9.今はひとりぼっち          9.イージー・ゴーイン・イブニング
10.出逢いと別れの間に
11.土星
12.エボニー・アイズ
                  (1976年)

スティーヴィー・ワンダーは天才でした。

いきなり過去形で書いてしまいましたが、どうしても彼が20代のころにあれだけ交信できていたある世界とは、今はコネクトできなくなってしまっているように思われてなりません。
それでもなお、他の追随を許さない独自の世界を持っているとんでもなく懐の深いアーティストであることにかわりはありませんし、当時の曲を演奏するときの彼は旨みも渋みも加えてさらに円熟したパフォーマンスを見せることができるのでしょうから、私も私淑すると共に音楽界の宝だと心底思ってますですよ。

スーパー・ウーマンが入っていた“心の詩”あたりから、“ホッター・ザン・ジュライ”までの一連のアルバムはマジで神様がこの世に授けてくださったものだと思います。

私は“ホッター・ザン・ジュライ”からリアルタイムで聴いているのですが、今にして思えば“レイトリー”は名曲だけどスティーヴィーの匂いが消えかかっていると感じます。
“マーティン・ルーサー・キング牧師”を讃える“HAPPY BIRTHDAY"もコンセプトはそれまでのスティーヴィーそのものであっても、表現の仕方がそれまでとはぜんぜん違ってきていますよね。
“ロケット・ラヴ”とか“マスター・ブラスター”はスティーヴィー節全開で素晴らしいんですけどねぇ~。

この“ワン・モア・ビフォア・30”と呼ばれるアルバムになるはずだった一枚で望ましくない変化の一端を示したものの、ベスト盤“ミュージック・エイリアム”で発表した4曲の新曲はスティーヴィーのスピリットを顕した曲だったんですが・・・その後は元の世界に帰る事ができなくなってしまったようですね。。。(^^;)

やっぱり“心の愛”はまだしも“パート・タイム・ラヴァー”はチョッとね。。。
“オーヴァージョイド”や“ステイ・ゴールド”のように微かにその余韻が聞かれるものもあるにはあるんですが。。。

録音がアナログからデジタルに変化し、クリアに物事を捉えなければならなくなってしまったために、哀しいかな余りにも鋭敏なスティーヴィーの耳はミクロの世界まで誘われてしまったのではないでしょうか?
すぐそこにあった世界、木を見て森を見ずではないですが、音の行方を追いかけて行ったら神の国全体の風景が視界に入りきらなくなってしまったように。

でも、彼が神通力を失ったからといって悲しがることはありません。
スティーヴィーが残してくれた記録には、聖書やコーランのごとく何度噛みしめても新しい発見がある小宇宙が閉じこまれていますから。。。(^^)/

最高傑作と称されるこの“キー・オブ・ライフ”一作をとっても、どれだけの宝物が詰め込まれていることか!

全米No,1は“愛するデューク”と“回想”の2曲。
このノリはこの頃のスティーヴィーの専売特許だったと思います。このグルーヴィーなノリに身を任せるだけで心地よい。
現代音楽のミニマル・ミュージックにも“回想”のようなリフのものがあったようにも思うのですが、音楽の魅力、パフォーマンスともにスティーヴィーの足元にも及ばない。。。
当のスティーヴィーは、バークレーかどっかで逆にクラシック音楽を学んでいたと思いますが。

当時生まれたばかりの子供のことを歌った“可愛いアイシャ”もいろんなCMで使われてみんなが知っているラヴリーな曲だし、とくにこの曲の場合にはエンディングの延々と続くスティーヴィーのハーモニカの泣き笑いをなんと形容していいのでしょうか?
アルバム全編に黒人の人の生活の音がふんだんに入っているのですが、とりわけここでの赤ちゃんの声の罪のなさが愛おしいと思えます。

“イフ・イッツ・マジック”もハープをバックに味わい深い曲。ジャズ・シンガーなどがカヴァーしていますよね。
何故か“永遠の誓い”と邦題が付けられている“As”も名曲だと思います。これも、カヴァー盤には事欠かない。

しかし、私がこのアルバムの白眉だと思っているのは冒頭の“ある愛の伝説”です。
これも邦訳が曲の真意のジャマをしていますけどね・・・。(^^;)
というのは、この曲は「世界中が危機に瀕している」という警鐘を鳴らしている詩なんだけど・・・。
伝説じゃ困るんだよなぁ~。。。
この曲は現代の社会情勢にもそのままピッタリ当てはまります。いえ、スティーヴィーがこのアルバムを発表してからこのかた、ずっと当てはまっているような気さえします。
いつかこの世界の緊張の情勢こそが伝説となり、ジョンのイマジンみたいな世界ができたら・・・そんなことも感じますね。(^^)v


今回、記事で取り上げた経緯は、テレビを見ていたとき車のCMで“Isn't she lovely?”を聞いたから。
この曲の邦題は“可愛いアイシャ”なんですが、“可愛い愛車”とかますつもりで久しぶりに聴き始めたらハマってしまいました。
暑くなってくるとポップス系の昔のディスクの録音の甘さが、気候がかぁ~っとなってるために意識がボーっとなるので気にならなくなるため、このジャンルの音楽も結構聴くようになります。

そして感じたことはといえば、冒頭の一言に尽きます。
スティーヴィーの名前のの表記がスティービーであり、必要以上に曲名が邦訳されていたりしていたころの方が彼は輝いていた・・・これは事実といわざるを得ません。
やっぱり、黒人の地位向上とかを遮二無二目指していたときと比較して、自身のおかれた環境がどんどん豊かになったことが使命感を失わせたのでしょうか?

いずれにせよ、他のスティーヴィーのディスクもまたご紹介することになるでしょう。
今回チョッと辛口の話になってしまったので、そこでは収録されている名曲の、いいところだけを拾った記事にしたいと思います。(^^)/


スティーヴィーの作風、現況、世界情勢・・・すべてが「哀しく愛しき哉」・・・そんな気持ちでこの記事を書いてみました。
アメリカの独立記念日ですもんね。(^^;)


※ink.
                  (演奏:リヴィングストン・テイラー)

                  (1997年)

録音の優秀さでその名を馳せるチェスキー・レコードから出ているこのディスクは、オーディオ好きであればご存知の方も多いかと思います。
そんなわけ(どんなわけかは聞かないこと)で曲名の紹介は省きますが、冒頭に“Isn’t she lovely?(可愛いアイシャ)”がカヴァーされています。

口笛から始まり、歌の出だしの気配・子音のキツさ加減、ギターの音色の潤い・温度感、間奏における2台のギターの音色の違い感や響の絡み具合などなどオーディオ・チェックするのに都合がいい仕掛けがギュー詰めになっているトラックなのですが、何にも増して純粋に歌としての出来映えが素晴らしいのでご紹介しようと思った次第です。

スティーヴィーは生まれたばかりの赤ちゃんを抱きしめいとおしんでいますが、リヴィングストン・テイラーはもっと成長した娘を温かい眼差しで見つめています。
もちろん目の中に入れても痛くない・・・んでしょうね。(^^;)

全編アコースティックで、味わい深い演奏と歌が聴かれますよ。(^^)/

ちなみに、この方のお兄さんはかのジェイムズ・テイラーです。

看板が落ちてくる

2007年06月23日 00時00分00秒 | ROCK・POPS
★つづれおり
                  (演奏:キャロル・キング)
1. 空が落ちてくる
2. 去り行く恋人
3. イッツ・トゥー・レイト
4. 愛の楽園
5. ビューティフル
6. 幸福な人生
7. 君の友だち
8. 地の果てまでも
9. ウィル・ユー・スティル・ラヴ・ミー・トゥモロウ
10. スマックウォーター・ジャック
11. つづれおり
12. ナチュラル・ウーマン
《ボーナス・トラック》
13. アウト・イン・ザ・コールド 
14. スマックウォーター・ジャック (ライヴ)
                  (1971年)

今日は夏至、そして100万人のキャンドル・ナイトでもあります。
とはいえ、オジサンの単身赴任独居宅にロウソクなどあったら何に使うのかアヤシイことこのうえないので、家中の電気を消してエアコンも消し、5階の窓を全て網戸にしたうえでパソコンの画面を眺めております。(^^;)

今もっとも感じていることは、ブラインドタッチの技術が危ないということ。
昔よりミスタッチが多くなってきたなとは思っていたんですが、パ行、長音の「―」、要するに右手小指を外すことが多いこと。。。
もう一度昔のように、ブラインドタッチ練習ソフトでスキル・トレーニングをしないといけないかもしれませんね。


さて、真っ暗ナイトのBGMにはクラシックを避けて、今度来日することが決まったというキャロル・キングにしてみました。
今日は予定があってケヴィン・ケナーのリサイタルに行こうと思っていたのを諦めていたのに、予定がドタキャンとなってショックを受けているのです。
そこでクラシックを聴いたらクヤシイじゃないですか!

キャロル・キングのディスクであればライヴ盤とか新しいものもあるにはあるんですが、昔々のテイストを味わいたいなということで泣く子も黙る(かどうかはわからない)このディスクを選びました。(^^)/

でもこのラインアップは凄いですねぇ。オンパレードってこういうことを言うんでしょうね。
ノッケから木村佳乃さんを思い出す(何故か車の名前は思い出せない・・・)名曲。。。
この頃のディスクってムリクリ英語のタイトルを邦訳してあるので、“I Feel The Earth Move”が“空が落ちてくる”になっちゃうんですよね。
いつ聴いてもピアノのリズムが雰囲気出してますよね。よくポスト・キャロル・キングを嘱望される女性アーティストが出てくるんですが、よりジャジーであったりカントリー寄りであったりすることはあっても、キャロル・キングより白人が演奏している黒っぽさを感じさせる人はいないような気がします。
ソングライターとしてはこのころまでに確固たる地歩を築いていた彼女も、シンガーとしてはまだ初々しさがたっぷりであります。よい意味でゆとりがないというか・・・。

この曲をはじめ、このアルバムから何人のアーティストが何種類のカヴァーを作ったんでしょうねぇ。
ボブ・ベルデンのように一枚まるごとジャズのトップ・ミュージシャンを動員してカヴァーしちゃうようなプロデューサーもいますから、少なくともカヴァーされたことがない曲はない。。。このことだけで、凄い。

私がポップスの中で最も共感している曲のひとつに“You’ve Got A Friend”があります。
邦題は“君の友だち”ね。(^^;)
ジェイムス・テイラーとのデュエットでも有名だし、平井堅さんが“Ken’s Bar”で採り上げてもいますし・・・。
もちろん私も歌いますが・・・とてつもなく難しいんだ、これが。。。

歌詞を見ただけで、否、思い出しただけで、私は、涙があふれます・・・。

特に、こんな件(くだり)など。。。

♪~ I’ll come runnin’ to see you again.
       Winter – Spring –Summer or Fall, All you have to do is to call.
         And I’ll be there…You’ve got a friend・・・

泣けません!? 強要するのもナンですが。。。


“ウィル・ユー・スティル・ラヴ・ミー・トゥモロー”もジャズ・ヴォーカルの世界では最早定番中の定番ですもんね。
これはジャズ界かブラコン界かわかりませんけど、ロバータ・フラックなどがヒットさせてもいますよね。

確かにキャロル・キングのパフォーマンスもアジがありますが、カヴァーしたアーティストそれぞれが自分流にアレンジしても原曲以上に映えるという意味では、キャロル・キングはレコーディング・アーティストというよりはソングライターであるのかもしれませんね。
でも、後年のライヴでのパフォーマンスは、風格すら漂って居心地のよい空間を創っているので流石であります。

やはり黒さを感じさせる“ナチュラル・ウーマン”でアルバムはホントは幕を下ろすのですが、これはSACD専用盤でしてボーナス・トラックが入ってます。
入ってなくてもよかったんですが。。。(^^;)

さすがに通常盤と比べれば音はいいですね。いいというより、アラが消えている。。。
でも、SACD専用盤、要するにハイブリッド盤じゃないので、家じゃないと聴けないのが難点。。。
今日はいい機会になりました。


★ソルジャーズ・オン・ザ・ムーン
                  (演奏:デヴィッド・ラズリー)

1. イッツ・トゥー・レイト
2. ソルジャーズ・オン・ザ・ムーン
3. オウドリー
4. ユー・ブリング・ミー・ジョイ
5. ウォーム・アズ・ザ・ウインド
6. ギブ・マイ・ハート・バック・トゥ・ミー
7. ウイゥアウト・ザ・ワン・ユー・ラブ
8. ロスリン
9. シンス・アイ・フェル・フォー・ユー
10. ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド
11. アイ・シンク・イッツ・ゴーイング・トゥ・レイン・トゥディ
                  (1989年)

2時間電気を消していなければならない“100万人のキャンドル・ナイト”であるにもかかわらず、キャロル・キングのアルバムは40分程度で終わっちゃった。。。

お続きは、意図的にデヴィッド・ラズリーのこのアルバムにしました。
結論から言ってしまえば、ちょっとジャジーなアメリカン・サウンドが好きで白人男性のファルセット・ヴォイスがイヤでない人はゼッタイに聴くべきアルバムです。

演奏者はこの録音のころのAORとかの大御所のアルバムに数多くバック・コーラスなどで参加する名うてのスタジオ・ミュージシャン(シンガー?)であるとともに、アニタ・ベイカーの歌唱で有名な“ユー・ブリング・ミー・ジョイ”(ここにも収録されていますが)のような大ヒット曲の作者でもあったりします。

そんなあの頃のサウンド・シーンの裏方さんによるこのアルバムは、その時代をトキメクアーティストの脇を固めるためにはどれほどの力量がないといけないかを示すような力作です。
音楽性はどのトップ・アーティストにも引けを取りませんし、むしろ敢えて中庸という概念を外して考えればデヴィッド・ラズリーほどジャズのイディオムをこのテの音楽に取り入れている人はいないと思われるほどです。
そして、彼のトレードマークであるファルセット・ヴォイスが良くも悪くも印象的に彩る。

楽曲とサウンドは最高級だと思いますよ。
肝心のその声、オシャレでセンスいいと私が感じる点が鼻について仕方ないという人がいるのも判るので、完全ブレイクはしなかったんでしょうが、このアーティストの良心というべきものは誰にでも伝わるんじゃないかなぁ~。

前半の自作も、ほどよく半々ぐらい選曲されているカヴァー曲もいずれも素晴らしい聞かせどころに事欠かないものばかりだし、殊にラスト近く“ゴッド・セイヴ・ザ・チャイルド”からランディ・ニューマンの名曲“アイ・シンク・イッツ・ゴーイング・トゥ・レイン・トゥデイ”への流れなど最高にムーディですよ。
私にはとても左へ受け流すことが出来ないぐらい、感動的に思えます。(^^)v

終曲は、映画“ピーチズ”でベッド・ミドラーも歌っていて、これも涙なしには聴けない名唱でしたもんね。本人の弾き語りもよかったし。。。


さて、100万人のキャンドル・ナイトもあと30分足らずになりました。
ケヴィン・ケナーの演奏も終わったでしょうから、そろそろ封印を解いてクラシックの静かな曲にしましょうか。。。
アムランによるシマノフスキのマズルカなどを聴きながら最後の仕上げを書きたいと思います。

窓の下を見下ろすと、確かにいつもより灯りの数は少ないような気がします。
みんながキャンドル・ナイトを意識しているせいなのかどうかは判りません。
でも、地球や環境にやさしくしたいという気持ちを、このような機会を通して各々の家庭にありながら多くの人と一緒に共有していると考えると、人間ってやっぱり凄いなと思ったりします。

翻って本日のタイトル“看板が落ちてくる”は、お気づきの通り“空が落ちてくる”のパロディーであります。
私が通勤で毎日使っている新宿の道路で発生した事故・・・8時半ごろに落ちていたらその下は通勤者で大渋滞しているところですから大惨事になったでしょうね。

同じ日に、渋谷の爆発事故が発生していなかったらもっと大騒ぎになっていると思うのですが・・・。
その渋谷の温泉の事故にせよ、何とか防ぎようはなかったものなんでしょうか?

被害にあわれたかたの関係の方にはお見舞いを申し上げるほかありませんが、こういうことがあって初めて安全性の見直しなどがなされるのでは遅きに失するというものですよね。

空が落ちてくる心配は杞人の憂いでいいんですが、看板が落ちてくるのはねぇ・・・ありえるから気をつけろといわれても、どうしようもないような気がします。

また、ただでさえ江戸時代に干拓した土地が多い東京、関東大震災で地盤が弱いことを露呈している東京の都心で温泉をこんなにバカバカ掘っていて「地盤沈下」とか大丈夫なんでしょうか?
こっちは原詩の“I Feel The Earth Move Under My Feet”に引っかかるんじゃないですか?

ちゃんと対策を打たないと、手遅れになりますよ。
ここでデヴィッド・ラズリーがカヴァーしたキャロル・キングの名曲“イッツ・トゥー・レイト”のように。。。
そういえば昔、このディスクを試験直前の勉強中に“ながら”で聴いていて“イッツ・トゥー・レイト”と連呼されたのでビクッとした覚えがあります。(^^;)


さてと、10時になりました。
最低限の灯りを点けさせていただいて、この“ワード”の原稿から編集画面にコピペして23日付で投稿することにいたしましょう。
珍しくオンタイムで作成した記事ということになりましたね。

いつもデータが消えることのないように、ワードで原稿を作成してからネット上の画面に貼り付けています。
これも何度かの“送信したら消えちゃった事故”を経て考え出した総合対策の一環であります。

でもたまにこの手間を惜しんで・・・あぁ考えるだに口惜しい!! (^^;)

汗ばむ季節になると・・・

2007年06月08日 18時12分56秒 | ROCK・POPS
★イヴニング・スキャンダル
                  (演奏:ボビー・コールドウエル)
1.スペシャル・トゥ・ミー
2.マイ・フレイム
3.ラヴ・ウォント・ウェイト
4.キャント・セイ・グッドバイ
5.カム・トゥ・ミー
6.風のシルエット
7.カリンバ・ソング
8.テイク・ミー・バック・トゥ・ゼン
9.ダウン・フォー・ザ・サード・タイム
                  (1978年)

温度と共に湿度が高くなり、夜などもじんわり汗ばむ季節になると無性に聴きたくなる一枚であります。
これは当初まったく空虚に聴こえたものですが、今ではこれならではの味わいにあふれた名作だと思っています。

最初に聴いたのは、大学時代同じクラブだった女性がジョン・レノンの“オー・マイ・ラヴ”と併せて、このボビー・コールドウェルが好きだと言っていたので話を合わせたいものだと・・・。(^^;)
いかにも「あのころ、私も若かったなぁ~」って感じありありの動機であります。

当時AORという言葉はあったんでしょうか?
そのことはよく覚えていませんが、正直言って1980年過ぎごろの高校・大学生だった私には彼の曲がどうにも軟弱な音楽に聴こえてしまってたんですよね~。
何といっても当時はTOTOやジャーニーといったアメリカン・ロックや、ハワード・ジョーンズ、カルチャー・クラブ、デュラン・デュランといったブリティッシュのニュー・ウエーブが台頭していて、すごく刺激的な洋楽シーンだったわけで。。。

洋楽でよく聴いていたのは、ツェッペリン、パープル、ボズ・スキャッグス、イーグルスあたりなんですが、それらは結構発散する音楽ですもんね。

ボビー・コールドウェルは音楽のうちに熱いソウルを持っているにもかかわらず、抽象的な言い方ですが「オトナの洗練」の魔法を振りかけることで、イマイチこっち側に訴えかけてくる力を聞き取れなかったんでしょうね。
『白いスティーヴィー・ワンダー』なんていうコピーもあったと記憶していますが、その通りよく通る声を張り上げていながらもどうもピンとこないという時期が続きました。

それがこの後の“シーサイド・センチメンタル”とか“オーガスト・ムーン”といった作品に繋がるにつけさらに洗練の度のみ増して行き、バックの演奏まで1人でこなすマルチタレントぶりが喧伝されるにしたがって、すごくオシャレだけど救いがたいほどのマニアックさを感じるようになって、さらに私の嗜好とズレていきました。ただ1曲、傑作“ジャマイカ”を除いては・・・。


さて、このデビューアルバムに話を戻すと、大学を卒業してしばらくしてパーラメントのCMでこのアルバムにある“カム・トゥ・ミー”を聴いてやたら懐かしい想いがしたんです。
もちろんこの曲は名バラードであり、当初聴いた時から違和感はない曲でした。

音楽の嗜好がロックからジャズやクラシックに移ろうとしていたそのときでしたが、自分の感性にすっとフィットしたのを感じました。
当時の洋楽シーンはヒップ・ホップに席巻されつつあった時期だったため、リアル・タイム・ミュージックにはついていけなくなってしまっていました。
自分の求めていたのはこのようなメロディーだ・・・そう思ってCDを手に入れたわけです。

そうしたら・・・。
あんなに安っぽく聴こえた“スペシャル・トゥ・ミー”のイントロが、これはやっぱりある程度安っぽく聴こえたんですが・・・。(^^;)

何といっても“マイ・フレイム”の炎(フレイム)が感じられたのには驚きました。
じれったいぐらい熱を帯びたギターのオブリガートが“♪~マイ・フレイム”と歌われるコーラスに絡んでくるのに、思わずオトコの包容力を感じてしまったり。。。

続く“ラヴ・ウォント・ウエイト”も、単に軽快な曲ではなくてけっこう骨太なサウンドだったんだと思わされたり、頼もしい音楽だったんだと。

“カム・トゥ・ミー”は言うに及ばず、大ヒットした“風のシルエット”はこんなに切ないまでの想いが乗っかった歌なんだと・・・印象的な出だしはもとよりホーンの音色にこんなけだるい魅力があるんだということに、そのとき初めて気づきましたね。

“テイク・ミー・バック・トゥ・ゼン”も熱唱が空々しく思えていたのが、「オトコってのはなぁ~」という歌唱であることがわかったし、終曲の“ダウン・フォー・ザ・サード・タイム”に至っては、終始流れるリードギターの軽いノリとファルセットで流しているだけ、言ってしまえば作りかけの曲なんじゃないかと思ったりもしていましたが・・・。
これが実は「すべて言わないで伝える」否、「すべて言わなくても感じる力のある人には伝わる」ものなんだということに気づかされたものです。(^^)/


今だから言葉にできるのですが、「サウンドを追うだけでなく音とその隙間すべてを感じることで音楽は楽しむことができる」と体感した1枚であると思います。

また、ファースト・インプレッションと聴きこんだ後では楽曲の感じ方が変わるということを経験したことで、この後多くのクラシックの曲を聴きこむことができるようになり、今の私がある・・・とても実り多い世界を開いてくれたディスクといえるかもしれません。


この後ボビーは自身の活動も軌道に戻し、ボズやシカゴに楽曲提供するなどの活躍を見せています。
でも私にとっては、ボビー・コールドウェルのベスト・パフォーマンスはこのデビューアルバムにとどめを刺すのであります。

そしてTシャツ一枚で過ごせるような季節になると、今年もこのアルバムをまた聴きたくなるのです。(^^)/

ちなみに大学のクラブのメンバーで集まった時に、その彼女にボビー・コールドウェルと言ったらよく覚えてるわねぇという話に・・・。
そのとき一緒にいた私のカミさんも、実はボビーが大好きなのでふたりで話が弾んでいました。(^^;)

めでたし、めでたし!

2007年04月07日 00時00分00秒 | ROCK・POPS
★彩(エイジャ)
                  (演奏:スティーリー・ダン)
1.ブラック・カウ
2.彩(エイジャ)
3.ディーコン・ブルース
4.ペグ
5.安らぎの家
6.アイ・ガット・ザ・ニュース
7.ジョージー
                  (1977年)

高島彩アナウンサーの記事と思った方、ハズレです・・・。(^^)/
でもめざましテレビの4月の編成替えでキャストが変更になったりしたらどうしようかと思っていましたが、そういう心配も杞憂に終わってよかったとは思っています。
どうでもいい悩みが尽きない私はやっぱり小市民・・・。

しかし、今度のめざましテレビのテーマ曲がアンジェラ・アキさんだって・・・。
多分あの番組の“広人苑Ⅱ”で特集されてブレイクしたんですよね、彼女。少なくとも私にはそう見えるのですが・・・。
自前でスターを作って、テーマ曲を歌わせちゃうなんて非常に理想的な関係でありますな。確かに彼女の力を持ってすれば黙ってても成功したかもしれませんが、あの番組で採り上げられたために何倍も早く成功にたどり着けたのは間違いないでしょう。
なかなかに強い声の持ち主だし、歌いまわし・・・特にファルセット・ヴォイスに切り替えするときなどは、アクの強さを感じさせるかたですからどんな曲になるのかとっても注目していました。

結果としては、毎日のめざましの曲として心地よく抜けたいい曲になったと思います。
プロダクションとして曲がかかるシチュエーションを明確に意識して、曲調もさることながら彼女のよさを生かせるように“ミックスダウン”をうま~くしたな、という印象ですね。
心なしかヴォーカルをオフ気味にしてあること、イコライジングを施してサウンドの中にうまく溶け込んだように聴こえる処理がされていることが成功のヒケツ!
彼女がバラードで聴かせるような声の強さを前面に出してしまったら、キツくなってしまってしくじったかもしれませんね。
春から初夏にかけてまさにピッタリの朝の曲になりました。(^^)/


さて、『彩』とタイトルを謳ってじぇんじぇん関係のない話ばっかりですね~。

本題に入って、冒頭のディスクはスティーリー・ダンの最高傑作と私が目している『彩』であります。

この前作から、スティーリー・ダンは自前でメンバーを揃えていたのがじゃんじゃん減ってしまい、とうとうソングライティング・チームのドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーの2人だけになってしまっていたんですね。そして、アルバムを完全主義で制作するためにスタジオを借り切って、名うてのスタジオ・ミュージシャンを呼んで演奏させるのですが、そのプレイヤーが「どの曲のどのパートを弾いたのかがわからない」とか言っているインタヴューが掲載されてたりして興味深かったですねぇ。

そんなこんなで、出来上がったアルバムを聴くとサウンドはもの凄くハイ・センス、ハイ・クォリティーで初めて聴いたときから今までずっと飽きることがありません。この次の作品の『ガウチョ』もそうですが・・・。

“ブラック・カウ”のリズムの跳ね方の心地よさ、表題曲“彩(エイジャ)”についてはスティーブ・ガッドのドラムスが話題になることが多いですが、マイケル・オマーティアンのピアノこそこのサウンドの色合いの決め手だと思います。オマーティアンはキーボード・プレーヤーとしても活躍しておりますが、かのクリストファー・クロスや私の敬愛してやまないボズ・スキャッグスのプロデューサーであったりもする才人です。
このアルバムのハイライトの一つである“ペグ”のジェイ・グレイドンのギター・ワークも彼を一躍売れっ子ミュージシャンにしたソロでしたね。実は、他のミュージシャンがここのソロを弾いた没テイクを聴いたことがあるのですが、閃きに乏しく聴けたもんじゃなかったです。あのように聞き比べるとグレイドン偉し!というのがよくわかります。

そして、ラスト・ナンバーの“ジョージー”をかつてバンドで演奏したことがあります。
チョイ悪のインテリになったような感じがして、とても爽快でありました。ちなみに、ピアノのリズム・バッキングですが・・・。

スティーリー・ダンのメンバー二人については、何も言及しないで終わってしまう私でありました。
フェイゲンのヴォーカルはワン・アンド・オンリーで言うことないですから・・・。


★あふれそうな愛、抱いて ・ 涙をふいて
                  (演奏:上戸 彩)

1.あふれそうな愛、抱いて
2.涙をふいて
3.PERSONAL ~2004 summer~
                  (2004年)

なぜに上戸彩さんのマキシ・シングルCDを持っているか・・・“ふふふ”と答えておきましょう。
この曲が劇場版「金色のガッシュベル!! 101番目の魔物」の曲だと言うことはナイショです。

このCDに関しては、自分の作った書類を上司から突っ返され続けて20年のおじさんとしては、少しは国語の文法に造詣があることを示したいこともあって次のことが気になるばかりなのですがね。

すなわち、“あふれそうな愛(を)抱いて(どうしたこうした)”であるのか、“あふれそうな愛(に目覚めている私を)抱いて!”であるのか・・・。
後者だと、俄然盛り上がっちゃうんですけどねぇ~。そうでしょ!?


★彩
                  (演奏:サザンオールスターズ)
            

多言を擁する必要はないでしょう。
サザンのいつもどおりの甘酸っぱいキモチを思い起こさせてくれるサウンドです。
内ジャケのムードのほうが素敵だったので、ここにはその写真を掲載しておきましょう。

アルバム『キラー・ストリート』も持ってはいるのですが、なおも変化を模索するサザンオールスターズの姿勢に敬意を抱くと同時に、ひょっとして過渡期かなという気分を今のところ持っていることを告白しておきます。彼らはいつも過渡期ですけどね・・・。
ビートルズで言えば“ホワイト・アルバム”っていう感じかな。

次回作ではぜひとも“アビー・ロード”のような、これまでの活動を総括し超越するような作品を期待したいと思います。

デビューしてからの年月は既に、ビートルズの3倍になんなんとするサザンオールスターズ。
それだけでも、驚くべきことですよね・・・。

なんといっても私は『勝手にシンドバッド』でデビューしたときを知っています。
『いとしのエリー』が出るまでは、そのころ誰もがコミックソング一発で消えていくと思ってたんじゃないでしょうか・・・。

私は、今でも自分の小遣いを貯めて初めて買ったシングル・レコード5枚を実家に所蔵しています。
ちなみにその5枚とは『勝手にシンドバッド(SAS)』『時間よとまれ(矢沢永吉)』『君のひとみは10000ボルト(堀内孝雄)』『青葉城恋歌(さとう宗幸)』『愛のメモリー(松崎しげる)』であります。

懐かしいと思った方。あなたはズバリ私と同世代でしょう!!(^^)v