goo blog サービス終了のお知らせ 

SJesterのバックステージ

音楽関連の話題中心の妄言集です。(^^)/
もしよろしければ、ごゆっくりどうぞ。

叶夢

2015年06月06日 00時14分44秒 | オーディオ関連



久しぶりの投稿・・・
先回の投稿以来、これまでいろんな変化・トピックがありました。


このブログのテーマである音楽周りに関しては、以前はピアノを聴く比重が圧倒的だったのに、室内楽・声楽曲がそれに負けず劣らず増えました。

嗜好の変化の理由をつらつら考えるに・・・
録音フォーマットの進化により、弦楽器の織り成すハーモニーの妙味に目覚めちゃったことが大きいんじゃないかというのが自己分析の結果です。

ハイレゾ・・・という言葉もなにかと巷で騒がれるようになっていますね。
ただ、私はネットオーディオとかPCオーディオとかには手を出さず、未だにSACDなど高品位のパッケージメディアで「音楽」も「オトそのもの」も楽しんでいるのが現状。


振り返ってみれば、機材もちゃっかり夢を叶えつつあるな~と思います。
部屋の環境はお構いなしなので、決してすべて満たされたとはいわないけれど・・・
「求めよ、さらば与えられん」という命題は真だと十分信じるに足る変化を体現することができました。


アンプ・CDプレーヤーは、このブログで2007年に「スタイリッシュな」機材で欲しいと名前を挙げていたBow-TechnologiesのZZ-One、ZZ-Eightというコンビが揃いました。
HDCDを再生したなら、この右に出るプレーヤーはないと信じられます。

そしてEsotricのX-50wとマランツのDV-9500の2台はいずれも入院・修理を経ましたが健在で、それぞれの得意分野でゴキゲンな音楽を奏でてくれています。


そしてスピーカー・・・
2006年10月に「巡り会った」と邂逅と憧憬を記していたFocalのElectra1027Be・・・
その後継機であるElectra1028Be2が、10年近くの歳月を経て、ついに私の傍らにあって期待を上回る音色を響かせてくれる日が来ました。

最初に聴いたときからFocalの音のヌケのフィーリングは、私の感覚にとてもフィットしていると感じていました。
これまで使ってきた密閉型のスピーカーでも「突き抜けた音」とでもいうサウンドは経験していたつもりでしたが、この機種のそれはこれまで聴いたことがないほど「私好みに」違っていました。

バスレフ型やホーン型のスピーカーを試聴するたび違和感を覚え、自分が遣うことはないだろうと思っていましたが・・・生涯の伴侶となるだろう1台はそ結局バスレフ型、実に興味深いことです。
(同じFocalのバスレフでもChorusやAriaの音は、私の耳には合わない気がしたので、要はElectraのトールボーイが私に合っているということなのでしょう。)


というわけで・・・
これまでのブックシェルフ型スピーカーにはいっとき暇を出しますが、彼を鳴らしているときにはZZ-OneのEXPANDスイッチを入れっぱなしだったのに対し、トールボーイのFocalではまず入れることはありません。
やはり小型スピーカーの低音再生には限界があって、いわゆるサブソニックフィルターで高音・低音を補強しないと音全体に張りが失われてしまっていたのかもしれません。

Focalに代えて初めて、ZZ-Oneがカマボコ型の音質といわれる理由がわかりました。
ここまであまり感じることはなかったのですが、なるほどイコライザーがあると便利な場面があるかもしれない。。。

今後の課題はSACDとセッティングの追込み・・・でしょう。
ただしばらくはムリなので、機会をうかがうほかありません。
ZZ-EightもX-50wもすでにメーカーにピックアップレンズの在庫がないため、ここが故障したらおしまい・・・です。
そのとき困らないように、いろんなケースを想定して備えることにしています。



もちろん今でも、新譜・旧譜を問わず、相変わらず音楽鑑賞三昧の毎日・・・
これらの機材で聴き、こころに留まった1枚について再びここに記録していければいいなと思っています。

ZZ-ONEの世界へ

2012年04月29日 10時30分34秒 | オーディオ関連
この四月、転勤で単身赴任を解かれ、故郷の愛知県に戻りました。
全般的には生活するにおいても、経済的にも祝着至極なことに間違いありません。

ただ、楽器を演奏したり音楽をきままに楽しもうという輩には、これがどういう事態を招くかということはよくよくご理解いただけると思います。

楽器はピアノおよび「弾く1本」を残してギターのすべてを手放すことにしました。
実際問題として弾く1本があるので困りはしませんが・・・退陣前の某首相のような「私はとってもかわいそう」という心中をお察しください。
この訴えが(たとえ気持ちはわかると言われても)ほとんどの人に通らないことは、これまでにも感じてきたところですが。(-"-;)


CDについては多少は手放しましたが、今のところ大半のコレクションを維持できています。
この「収納」は、当然に考えなければならないやっかいな課題です。
家が狭くなる主犯のように言われるのは仕方ないとはいえ、「着ない服とその収容ケース」がさらに大きくスペースを占拠する共同正犯であることを強く主張できない「弱み」となっているのはこれまた苦々しいところです。

しかしながら・・・
社内の単身経験者の仲間がこぞって「なんで俺のものからなくなっていくのか?」と思ったと経験談を聴けば、いい意味であきらめもつくというもの・・・
道路脇の部屋で車が通る音が気になる部屋とはいえ、家族からある程度離れた部屋に、それでもステレオを鳴らせる部屋をキープできたことだけでも大いに満足しなければなりますまい。



さて、冒頭から嘆きばかりを綴りましたが・・・
ステレオのラインアップをいじりました。
このブログは当初オーディオ関係のそれと勘違いされていたぐらいですから、この思い切った嬉しい変更についても記しておきましょう。


先週までのラインアップは次の通りでした。
【オーディオ・プレーヤー】
・エソテリック:X-50W       CD(メイン)
・マランツ  :DV9500      SACD(メイン)、DVD-A、CD(サブ)
・ソニー   :DVP-S9000ES DVD映像(メイン)、SACD(サブ)、CD(サブ)
【AVアンプ】
・マランツ  :PS17ーSA
【スピーカー】
・ヤマハ   :NS-1


引越に際して機能が重複するソニーを手放す決断をし、ややさびしさを感じていたところに、ネットで、名古屋のオーディオショップのある商品情報を見つけて事態が一変しました。



それがBOW-TECHNOLOGIESのプリメインアンプ【ZZ-ONE】です。
4月11日に輸入元によるオーバーホール完了、外観は無傷、つまみなども修理に際して新品に交換されていました。

なにせ15年以上あこがれ続けてきた機種でしたから、すぐ試聴に飛んでいきました。
多佳子さんのCDをはじめ、オケ、クァルテット、合唱と何枚かのCDを鳴らしたときには、「買います」と言ってしまっておりました。
ええ・・・この際値段は(あんまり)関係ありません。(^^;)



アタマのうちにあるときは、そのほかにもいろんな障害が思い浮かんでいました。

これまでフィリップスのCDプレーヤーやイタリアのスピーカーなど、外国製を使ったことはありましたが、結局(故障等を考えると)国産に如くはないという思い込みもその一つ。
AVサラウンドの芽が、(いったんは)完全につぶれてしまうという考えも頭をよぎりました。

でも、この音を聴いたらそんなことは吹っ飛びました。
念願の機材に国籍など関係あろうはずはなく、自分の望んだ音色を楽しむに如くはない。故障したら、そのときは直すだけ。
AVサラウンド、いつかはと思ってこれまでしなかったのだから、今のところなくても何の支障もない・・・と。




というわけで・・・

デンマーク製のZZ-ONEが、いまや我が家にあり、PCオーディオも含めたシステムの要としてその魅力をいかんなく発揮してくれています。

この1週間というもの・・・家の前の大通りを通る車の爆音、歩行者の会話や足音・・・これまででは考えられない劣悪な視聴環境の中でも、ほとんどそれが気にならないのは考えて見れば不思議、それくらい集中して聴くこともできるんだ、って感じです。


これまでのマランツのアンプはきわめて誠実に音楽を描いてくれましたが、ZZ-ONEの音は申し訳ないくらいに品位が違います。
もしかしたらすっぴんと化粧済のように、出てきた音に素材に付け加えられたウソがあるのかもしれません。
エソテリックとマランツのプレーヤーの音色の傾向がマランツでは全然違ったのですが、ZZ-ONEを通すとその差がそれほどまでには感じられなくなり代わってZZーONEの特徴である重心の深いコクのある音質が顕著に感じられることからも、そんな推理が働きます。

CDプレーヤーを投手とするなら、アンプは捕手。
素晴らしい独自のリードで、あらゆる投手のよいところを自分の個性を発揮しつつ結果を出すのだとしたら、とても親切な女房(いえ主役なのでこちらが亭主かもしれませんが)役であり、お店で視聴したときのマークレビンソンなど超高級機材よりももしかしたら私にとってインティメートな響を繰り出してきてくれる、やはり一生付き合える機材なんだと実感しています。


お店で視聴したときも家に来たときも、最初に聴いたのは高橋多佳子さんの弾くスクリャービン、幻想曲ロ短調でした。
聴きなれているからというのが最大の理由とはいうものの、いい録音だと思いつつ、何か全部を聴き切れていない気がしていたことがその理由です。
音の傾向を知ったり、スピーカーの位置を決めるなど、音を追い込むうえでも非常に有効だと考えてのことですが、このときにも今まで聴こえなかったような音の絡みが見えてきて驚きました。
音が一緒に鳴っているときに、それらが層状に絡んで響きの綾を成すか、分離してそれぞれの音がそれぞれに主張するか、あるいは・・・
そんな微視的ともいえることが、ZZ-ONEの外観のように、黒光りする奥底できわめて高雅に表現されているように感じられ・・・

という具合に、CDを聴けば聴くほど称賛のため息がでるばかりというありがたい状況なのです。


このバックステージでこれまで紹介したディスクは、ほどんどが誠実・実直なマランツで聴いたものでしたが、これからはZZ-ONEを介して感じたことなんかをぼちぼち紹介していければと思っています。

よろしければ、引き続きおいでいただき覗いて行ってくださいませ。(^^;)

すてきな青いレインコートを追いかけて

2008年09月16日 23時31分00秒 | オーディオ関連
★フェイマス・ブルー・レインコート
 (ジェニファー・ウォーンズ、レナード・コーエンを歌う)
                  (演奏:ジェニファー・ウォーンズ)
1.ファースト・ウィ・テイク・マンハッタン
2.電線の鳥
3.すてきな青いレインコート
4.ジャンヌ・ダルク
5.美を求めて遠くまで来た
6.エイント・ノー・キュアー・フォー・ラヴ
7.あなたの胸に
8.ソング・オブ・バーナデッド
9.歌手は死ななければならない
                  (1986年)

思えばこのブログを始めた当初、オーディオの記事が書かれるページだと認識されていたような気がする。
躍起になって、「音楽全般のブログなんだ」と騒いだ・・・んだったっけ?
・・・・・・してみると、今回のテーマは久しぶりに出るべくして出た記事と言えるかもしれない。

ジェニファー・ウォーンズ・・・
確かに『愛と青春の旅立ち』におけるジョー・コッカーとのデュエット、そして『ダーティ・ダンシング』でのビル・メドレーとの“タイム・オブ・マイ・ライフ”のデュエットという2曲のサウンドトラックからのナンバーワン・ヒットを彼女のキャリアの頂点と考えてもなんら差し支えないかもしれない。

でも、本人はこれらのヒットによって自分の商売はやりやすくなっただろうとはいえ、また、いずれの曲をも大事なレパートリーと認識しているであろうことは想像に難くないとはいえ、2曲のアカデミー受賞曲よりも誇りに思っているキャリアがあると思う。


それは彼女の本当に数少ない(厳選された)ソロ活動になるディスクではないか?

最新作とされる“ザ・ウェル”もDSDレコーディングの威力が炸裂した名作であり、私は今までにパフォーマンス、録音の両面において感動し、何度も何度も傾聴させられ続けている。

そして“ザ・ハンター”。
これは彼女のいささかポップな面を強調したディスクであり、プロのシンガーの技を楽しく聞かせる内容だと思われる。
CDレコードのフォーマットのなかでは、今でも優秀録音としていろんな場所で試聴されているディスクの座を譲っていないんじゃないだろうか。



しかし、私はそれらのディスクよりもこの1986年、私が社会人になった年に制作・発表されたこの“Famous Blue Raincoat”こそが、彼女のキャリアの頂点だと信じるものである。

それはレナード・コーエンの作品集という統一されたコンセプトを実現する手堅いバックのムードの統一。
その中にスティーヴィー・レイ・ヴォーンのE.ギターやテヴィッド・リンドレーのラップ・スティールなど、アクセントの効いたパフォーマンスが躍る。。。

そして主役のジェニファー・ウォーンズという歌手はとてつもなく気高い。
そして、その存在感とテクニックには本当に舌を巻くしかない・・・・・・例えば、ジャンヌ・ダルクでのひとり2重唱ではプリンシプルのメロディーを太く猛く、否、崇高に歌いながら、オブリガードでは軽く触れただけで崩れ落ちそうなほど危うい、あるいははじけそうなシャボンのように2面性を表現してみせる。
かつてここまで劇的に表現仕分けた歌手を知らない・・・そう言って差し支えないだろう。


終始、このディスクのパフォーマンスには敬服して、以後当然のように虜となってしまった。
オーディオファイルと呼ばれる人の中に、いや、少しくそのような心得のある方の中にこそ、このディスクは浸透しているのだろうと思う。

というのも、私がこのディスクに出逢ったのは、オーディオ評論家の傅信幸(ふうのぶゆき)先生による絶賛コメントと幾多の試聴記事により入手したことが始まりである。
傅先生の現在までのご活躍を見るとき、その支持基盤となっている同病筋のなかに、きっと私同様にジェニファー・ウォーンズに目覚めさせられた人はすこぶる多いと確信できる。


傅信幸先生からは、このほかにもダイアー・ストレイツ、リンダ・ロンシュタット、アマンダ・マクブルーム、エンヤなどの再発見と、ウィンダム・ヒルからショーンヘルツ&スコットを発見させてもらったなど、大きな影響を受けた。

何を隠そう、私が最初に購入したオーディオ・セットはとある雑誌で先生が組んだ元気よく鳴る組合せそのものであるというほどだから・・・
CDトランスポートがケンウッド、マランツの4ビッドのDAC内臓プリメイン、そしてビクターのバルプコーンのスピーカー。。。
トランスポートとアンプが殆どおそろいのブラック・フェイスで、音質も申し分なくご満悦だったのが懐かしく思い出される。。。



さて、このディスクは“サイプレス・レコーズ”(CYPRESS RECORDS)というレーベルから発売されていた。
このレーベルの作品は演奏それ自体のハイ・パフォーマンスとともに、録音も良いということで評判だったものだ。

ただ、いくつか購入した記憶があるこのレーベルのディスクで今でも愛聴しているのはこれと、ゲイリー・ライトの“フー・アイ・アム”という傅先生を紹介するようなタイトルのディスクの2銘柄だけ・・・ではあるが。


ジェニファー・ウォーンズの“FAMOUS BLUE RAINCOAT”に戻るが、この録音、表記はされていないが多分アナログ録音であり、現在でも高重量のアナログ・レコードにもプレスされたものが珍重されているようだから、このディスクの録音コンテンツのポテンシャルは相当高いものだったのだろう。
ある雑誌でイギリスのオーディオファイルが、このディスクのアナログ・レコードををその棚に飾っているのを見たことがあるから、本作品の名声はわが国だけに留まるものではないということも知っている・・・。
本当にリッパな業績なのだと思う。

ただ、月日が流れるにつれてさすがにこの録音も、平面的とかカタイという評が雑誌等に並ぶようになったのを見つけてはいた。


しかし、しかしだ・・・
リマスタリングによって、活き活きした音質で生まれかわったのを聴く事ができることになって喜んでいる。
やはりこのディスクを心から愛する人は、プロフェッショナルの中にもいたのだと・・・

現在屈指の音質に匹敵すると言ってよい響がスピーカーからあふれてくると、録音テープを丹念にあたっただろうトーンマイスターの仕事ぶりにも、自然と感謝の念があふれてくるというものである。


★BEST
                  (演奏:ジェニファー・ウォーンズ)

1.ファースト・ウィ・テイク・マンハッタン
2.ザ・ハンター
3.愛と青春の旅立ち (デュエット;ジョー・コッカー)
4.ロック・ユー・ジェントリー
5.ショット・スルー・ザ・ハート
6.ドント・メイク・ミー・オーヴァー
7.エイント・ノー・キュアー・フォー・ラヴ
8.サムホェア・サムボディ
9.バード・オン・ア・ワイアー
10.ジャンヌ・ダルク
11.ウェイ・ダウン・ディープ
12.アイ・ノウ・ア・ハートエィク・ホェン・アイ・シー・ワン
13.ホェン・ザ・フィーリング・カムズ・アラウンド
14.カム・トゥ・ミー
15.バラッド・オヴ・ザ・ランナウェイ・ホース
16.フェイマス・ブルー・レインコート
17.ハード・タイムズ,カム・アゲィン・ノー・モア
                  (2000年)

これはドイツの“ZOUNDS”なるレーベルが著名アーティストの録音を集めてきて、独自にリマスタリングを施してベスト盤をプロデュースした一環の作品。
このコンセプトにジェニファー・ウォーンズの名前を外さなかったスタッフの慧眼に敬意を表したい。
ヴォルフガング・フェルド氏を筆頭としたリマスタリング・チームの仕事は、鮮烈な音をこれらの録音から引き出してくれており、とても驚かされたし、嬉しく思ったものである。


このレーベルの作品は他に、ジェフ・ベックのものが秀逸だった。
ワイルドさは後退したかもしれないが、何より先鋭さが増した・・・・・したがって、違う魅力が感じられるようになったと評してよいと思った次第。。。
パット・ベネターやスティーヴ・ウィンウッド、ビル・ウィザースも確かに良い音になったけれど、私の好みかといわれると・・・・・この作業もなかなか難しいものだ。


しかし、ジェニファー・ウォーンズのこのディスクに関しては大成功。
ただし、ベスト盤にしているために個性が取り混ぜになっている気がする。
その個性には、彼女のパフォーマンスや曲調、ことに何年ものスパンに1枚しか発表しない彼女のこと・・・・・ディスクごとに肌合いの違う曲が収められているわけで、それをガチャガチャポンすれば当然にアルバム1曲ごとのつぎはぎは感じられてしまう。


ジェニファー・ウォーンズという強烈な個性が一本、芯として貫かれているではないかと言われればそのとおりではあるが。。。


★フェイマス・ブルー・レインコート・・・20th アニヴァーサリー・エディション
 (ジェニファー・ウォーンズ、レナード・コーエンを歌う)
                  (演奏:ジェニファー・ウォーンズ)

1.ファースト・ウィ・テイク・マンハッタン
2.バード・オン・ア・ワィアー
3.フェイマス・ブルー・レインコート 
4.ジャンヌ・ダルク
5.エイント・ノー・キュアー・フォー・ラヴ
6.カミング・バック・トゥ・ユー
7.ソング・オブ・バーナデッド
8.ア・シンガー・マスト・ダイ
9.ケイム・ソー・ファー・フォー・ビューティ
10.ナイト・カムズ・オン
11.バラッド・オブ・ザ・ランナウエイ・ホース
12.イフ・イット・ビー・ユー・ウィル
13.ジャンヌ・ダルク (アントワープに於けるライヴ録音)
                  (2007年)

そしてこの“20周年記念エディション”である。
装丁にはレナード・コーエンによる讃辞のシールが貼られていた。


ジェニファー・ウォーンズ、レナード・コーエンを歌う
未発表曲4曲所収
オリジナル・アナログ・テープより復刻(リマスター)を施す
「彼女の歌声はカリフォルニアの気候を思わせる。陽光に満ち溢れているのだが、その背後に地震が覆い隠されているのだ」


コーエンは、彼女の歌声をやはり的確に捉えている。
力強さも脆さも・・・
そしてそれはこのディスクを聴くと非常によくわかる。


これを聴いてしまっては、サイプレスから発表された当初のディスクは平面的だと評されても仕方あるまい。

“ZOUNDS”に比べるとピントがどぎつくなくて、あくまでも自然に気配まで感じ取れるような録音になっている。
我が家のスピーカーが「高性能」タイプではなく、長時間聴いてても疲れないタイプであるのと、そのスピーカーのコーン紙自体が相当疲れているのでここらの違いははっきりとは聞き取れないのだが、聴き比べたときのテイストの差は確かにある。

“ZOUNDS”レーベルによるものがアクセントやメリハリがハッキリしているのに対して、“シャウト・ファクトリー・レーベル”による『20周年記念盤』は自然さが売り物である。

クレジットによるとリマスター作業はバーニー・グランドマン氏が行っているようだが、ミキシングに関してはかのジョージ・マッセンバーグを始め何人もの手によるものである。
でも、作品としての一貫性は見事に保たれている。


ちなみに4曲の未発表曲は、確かにひとつひとつはステキな出来映えだけれども、冒頭のディスクに収められなかった理由は分かるような気がする。

はっきり言えば、毛色が合わない・・・それだけの理由なのだろう。
もっとも、20年聴き馴染んだ楽曲に、同じ時に録音されたとはいえここ何日か聴きまくっただけの新しい録音を聴いたのでは、毛色の違いを感じないほうがウソだというもの。

とにかく聞けて良かったと思っておけばよいことである・・・。



そして収録曲“バラッド・オブ・ア・ランナウエイ・ホース”についても一言触れねばなるまい。

この曲の初出はベーシストのロブ・ワッサーマン“デュエッツ”というアルバムである。

これも傅先生の紹介で入手して、ワッサーマンのベース一本とデュエットして比較的長い時間なのにまったく飽きさせないジェニファー・ウォーンズの歌唱に唸らされたもの・・・。
そして“ZOUNDS”に収められているのはこのヴァージョンのリマスターであり、ここでも鮮明な音に生まれかわっていたものであるが。。。


しかしこの“アニヴァーサリー・エディション”に入っているものは、ベースのアレンジこそ同じだと思われるが、パーソネルも編成も違う・・・。

確かにベース一本に乗っていく歌唱のコンセプトは一緒だが、ごくごく控えめに添えられたそれ以外の音、そして最後後奏と言ってよい合奏のテイストはどことなくイギリスのフォークソングやカントリーミュージックを思わせるものでなかなかに興味深かった。

この曲の演奏史にこんな経過があったことを知ることができたのも、楽しく贅沢なことである。



このアルバムのライナーには“JENNY SINGS LENNY”と題された絵が掲げられており、丁寧な装丁で各曲のパーソネルや手紙の類が夥しい写真と共に振り返られている。

当然にこの2人は音楽上、非常に幸福なよい関係をそのキャリアの中で築いてきたのだと知れる・・・


20年経って・・・
落穂ひろいを少し加えてなんと見事な総括がなされたことではないか・・・。


だとすれば・・・
どうして『レナード・コーエンを歌う』の続編を期待してはいけないのだろう?
やはりこの作品が、自他共に認める最高傑作に収まるのか?


非常に気になり、期待するところである。(^^;)

リマスターについて

2006年11月21日 00時01分38秒 | オーディオ関連
昨日の御嶽神社参拝顛末(一晩寝たら目的が紅葉狩りから神社参拝に変わっているが気にしない。。。)をアップした際に、ビリー・ジョエルの“ニューヨーク52番街”をSACDとCDの両フォーマットで持っていると言いました。
実は、“ストレンジャー”も両方持っています。。。
というのは置いといて、「元が同じなのにそんなに違うのか?」とお考えになる方がいらっしゃると思います。

答えは、違うのです。

もっともビリー・ジョエルの場合、SACDとCDということでディスクのスペック自体が違います。
CDも発売以来20余年を経過しており、その間に決められた規格の中で改良が重ねられたというものの、技術の進歩はさらに優秀な規格であるSACDやDVD-Aという新しい仕組みを生み出しました。

デジタルというのは1と0の信号だということはご存知だと思いますが、例えば1秒の間の音楽信号をどれくらい細かく1と0の信号に分けているのかとか、ディスクにはレーザー光をあててはね返ってきた信号を“ピックアップ”という部分が読み取るのですが、何%の光が戻ってくるようにできているのかという規格が、CDよりSACDのほうがはるかに高度になっているとお考えいただければイメージしやすいのではないかと思います。
したがって、キカイもより精度の高い機能を有しているもの(SACDマークがついているもの)を使わないと、再生できないということになります。
ですからこの場合には、少なくとも物理的に高性能な分、よりきめ細やかな音がSACDから出てくる。。。はずなのです。

悩ましいのは、その音が自分にとって気に入るかどうかは別問題ということです。
ただやはり、私も一般的には気配だとか雰囲気だとかはSACDのほうに分があると言っていいと思います。

さて毎度前置きが長い(本論も長いが)ですが、今日はCD→CDの“リマスター”の話です。
実はこれは結構頻繁に ―さまざまな理由によって― 行われています。

ロックやポップスのリミックス(“Remix”)とは違うので間違えないでくださいね。。。
とお断りを入れておいてと。

私にとって現在最も関心あるリマスター盤は、高橋多佳子さんの“ショパンの旅路”シリーズのⅠからⅤです。
いま市販されているのは、オクタヴィア・レコードから発売されているものです。
当初はトライエム(Tri-M)から発売されましたが、多佳子さんがⅤまで制作し発売したころに、この会社がクラシックの音楽制作から撤退したために ―いろいろ紆余曲折はあったのでしょうが― 最終的にオクタヴィアが企画を続行するとともに、それ以前に発売されていた“音源”を再発売する権利を手に入れたという流れのはずです。

このお陰で今でも全ての作品を聴くことができる訳で、これはこれで私にとっても大変ありがたいことでした。

このときにオクタヴィア・レコードで(音源としてどんなものが使用されたのかは知りませんが)製品にするとき“リマスター”作業をしているのです。それをしないと市販品になりませんから(笑)。
当然それまでの盤と元は同じものなので同じ音がする“はず”なのですが、機械(プレイバックを聴くスピーカーの個性)の事情やいろんな方法があるうちでDSDというフォーマットに変換して作業をすることになったこととか、もちろん作業をされるエンジニアの方の感性によって、ホンのわずか音が違うように思われるのです。
だから「両方欲しい」というのは、先般記事にしたとおりです。


さて、記事冒頭の写真の白いほうのディスクをまずもってご紹介します。
★バッハ:ブランデンブルグ協奏曲第4番~第6番
            (演奏:カール・リステンパルト指揮 ザール室内楽団 1962年録音)

みなさんご存知のフランデンブルグ協奏曲なのですが、仏アコール盤です。平成4年ごろ手に入れました。
当時長崎に住んでいて、CDプレーヤーを物色していたときにショップの試聴用ディスクとしてかかっていたのですが、いっぺんに“演奏に”魅了されました。プレーヤーよりそのディスクのほうが欲しくなってしまって。。。

一旦は廃盤を確認してがっかりだったのですが、ほどなくして福岡市でやっていた廃盤市でたまたま見つけて狂喜乱舞したものです。

演奏は素晴らしいものだと思います。ソリストには、ヴァイオリン:ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルってホントかよっていう人や、フルート:ランパル、クラヴサン:ヴェイモン=ラクロワなど私でも知っている人が起用されています。
バックも控えめながら存在感のある好演。いえ、控えめではなくてソロがエラく前にせり出してきているのかもしれません。
とにかく主役の楽器群が、バックのかもし出す雰囲気(といっても弦なんかは結構主張してくるけど)に乗って「俺たちのオトを聞いてくれぃ。イケテルだろっ!」ってな感じなのです。
第4番の第2楽章なんか緩徐楽章のクセにソロ楽器ばっかりぐいぐい迫ってくる。また、第6番冒頭の弦楽器の合奏などはここでしか味わえないようなうねりを生み出しています。そのうねりに乗ってこそ曲の世界にトランスできるのです。
昨今の時代楽器によるオーセンティックといわれる演奏が、ともすれば軽すぎ&音色が不安定に感じられる中、バックを支えるオケの音はやはりこうでなくては落ち着きません。

録音も特筆モノでこの演奏にある一種の“熱さ”をよーく伝えています。
ただ録音年代が古いせいか、聴感上では多少トゥッティのピークでビリついているようにも思いますが、この雰囲気にはまったく関係ありません。本当に音楽を楽しく伝えてくれるのです。

ここまで読んでいただいただけなら「そりゃ、よかったね」なのですが、ところがぎっちょんちょん。。。
問題発生なのです。

CDの寿命は半永久的と言われてきましたが、実はいろいろな要因でもっと短くヘタすると傷とかをつけなくても“20年ぐらい(!)”というケースもあるようです。この盤がまさにそれで、第6番の第3楽章の途中で信号が読み取れなくなってしまったようなのです。傷がついたわけではないと思いますが、何らかの事情で変質してしまったのではないかと考えています。
あと、ブランデンブルグ協奏曲前半のディスクは探したのに見つかっていない。。。

インターネットというのは本当に便利なものです。
3年ほど前、冒頭写真の左側の茶色い箱の再発盤を見つけました。
リステンパルトの指揮したバッハ演奏が6枚組でまとめうりされているのを見つけて、早晩手に入れることができたのでした。

ここでも“リマスター”が施されていました。
ジャケットに、Olivier Saint=Yvesという方がオリジナルマスターから「24-bit(96Khz)」という(当時では)新しい技術を使ってよりよい音質を実現したようなことがクレジットされています。

こいつがとんでもない“クセモノ”で、結論から言うと先の“ほどよい熱さ”を全部消してしまった。。。
新しい音を「素晴らしく音場が広がって見通しのよい空間を実現しています」と評価したらいいのかも知れません。が、そりゃムリです!
最も美点だと思っていたところを、完膚なきまでにスポイルしている。。。
“ぶーぶーBOO!!!”です。
私に言わせれば見る影もないさびしい音になってしまった。同じ演奏のはずなのに。。。
期待して聴いたのにぃ~~~
したがって、トゥッティでのビリつきはとても鮮明なビリつきに早がわりぃ~ってな感じでちゃんと聴こえてしまいます。

リマスターをしたエンジニアには、以前の音は暑苦しくむさ苦しい音に聴こえていたのかもしれません。
当然その道のプロ、それも一流ブランドの責任者が音質についてOKを出しているのですから私が文句を言う筋合いはないけれど。。。
文句を言う権利はあるぞぉぉぉ!!!
でもどうにもならないぃぃぃ。。。ぐるるるるる・・・

ここに書いたから、ちょっとだけすっきりしたかもしれませんが。(^^)/

必ずしもリマスターが改善ばかりではないケースがあるということです。
あっ、これは私にとっての話限定です。見通しがよくなってGOODという人もいると思いますので念のため。
でもそんなヤツいるのかなぁ~!? 信じらんなぁ~い。。。とまだ思う私。


さてリマスターはポピュラー音楽の世界でもあるんですよ! 今度は逆に素晴らしいことが!!
★FAMOUS BLUE RAINCOAT
                  (歌唱:ジェニファー・ウォーンズ)

曲名内訳は割愛しますが、先般オーディオショウの常連の歌姫であるとご紹介したジニファー・ウォーンズの1986年のディスクです。
彼女は、リチャード・ギア主演の映画“愛と青春の旅立ち”のタイトル曲を、しわがれダミ声のジョー・コッカーとデュエットしていた人といえば分かっていただけるかもしれません。
このディスクは、そんな彼女がとても好きだという“レナード・コーエン”という人の楽曲を9曲まとめて編んだ一枚で、何年か前にこのなかの”BIRD ON A WIRE”がドラマのテーマ曲になっていたのでご存知の方もいらっしゃるかもしれませんですね。

私が持っているのは、発売当初の“CYPRESS RECORDS”の盤です。
先のドラマの影響でヒットしたときにはそのレーベルはなく、どこか別の会社からリマスター盤で出ていたのではないかと思います。持ってないので分かりませんが。。。

当初からレーベルポリシーがアーティストの意向を尊重し、最高水準の音質でレコードを制作してリリースするということであったので、高音質盤だといわれていました。今の水準からすると音場が平板だという感じがする、とモノの本に書いてありましたし、現に私もそう思います。

何故そんなことがいえるのか!?

それは次のディスクを聴いているからです。
★Jennifer Warnes BEST
                  (歌唱:ジェニファー・ウォーンズ)

ドイツの“ZOUNDS”というレーベルが2000年に出した彼女のベスト盤です。
この中に、先のディスクの9曲のうち5曲が選ばれています。
また、先の“愛と青春の旅立ち”のテーマ曲や、彼女がベーシストのロブ・ワッサーマンのベース一本を伴奏に歌ったレナード・コーエンの“Ballad Of The Runaway Horses”が収録されているのも嬉しいこと。
出すアルバムが、ことごとくオーディオフェアの課題盤になる感がある彼女のディスクは 、演奏・録音ともに折り紙つきであるが故であるのは言うまでもありませんが、それがさらに最新の技術による細心のリマスター作業で薄皮が一枚も二枚もはがれたような瑞々しい音になっています!

こんな“リマスター”なら大歓迎!! 
大沢親分と張さんに“あっぱれ”をやってもらいたいもんです。
もちろん先のディスクも通して聴くとこれでしか聴けないムードを醸し出してくれるのでよく聴いていますよ。

この“ZOUNDS”社は他のアーティストの作品もベスト盤にして出しています。
サイモンとガーファンクルとかジェフ・ベックとか。。。
また機会を見てそちらもご紹介したいと思います。

基本的にロックとかエレキのサウンドはリマスターでクリアにしてもらったほうが、たいていは素晴らしい音になるんですよね。
クラシックは「そればっかりじゃない」ってのが、あぁ悩ましい。。。

(2006年11月19日記、一週間不在のため先日付で投稿いたします。)

憧れのソナスファベール。。。

2006年11月20日 00時49分48秒 | オーディオ関連
つい1年ほど前までは私の愛器スピーカーはソナス・ファベールのコンチェルト・グランドピアノでした。残念ながらネットワークの故障のため手放しました。
世評どおり弦楽器の再生なんかは素晴らしい質感をかもし出したものです。
全体の音もうまくまとめられていた。。。そう、安曇野での経験を経た今になって考えればうまくまとめられていたのです。


先だって東京インターナショナルオーディオショウとテレオンのイベントに出かけて、ソナスファベールの最新のラインナップの音を聴いて驚きました。
音色がとにかく明るいのです。開放的に、まったくストレスフリーに歌う。。。
最初に聴いた処女作エレクタ・アマトールはどちらかというと内に収束するような鳴りでしたが、それとは“対照的”といって良いほどに違う。
もちろん我が家で7年にわたり活躍したコンチェルト・グランドピアノと比較してもはるかに明るいし天国的なサウンドがする。。。それだけでいっぺんに魅せられたものです。
先ほどの“うまくまとめられていた”という感覚、悪く言うと出すと都合の悪い音を出さないことで“誤魔化していた”といえなくもない音作りも、あるもの全てを出しつくしていると信じられる音になっていました。

とりわけ私の印象に残ったのは、アマティ・アニヴァーサリオです。

弦楽器、古楽、声楽のジャンルだったら無敵ではないでしょうか?
私にとっては、平素余り耳にするジャンルではないために理性を失うほど騒いだりはしません(笑)が、音楽を聴くことが非日常的な行為・天国的な行為になることは疑いを容れません。ブースでの試聴ではピアノ曲を注文してしまったためいささかの違和感を感じはしましたが、グラモフォンの録音のような粒立ちのしっかり録れたピアノであればそんなことはないはずだし、事実プレトニョフのモーツァルト・トルコ行進曲がかかった際に非常に素晴らしい再生を実感させてくれました。

ストラディヴァリ・オマージュ(写真は記事冒頭)も同傾向の音ですが、すこし天国的とか開放的なところが抑えられより落ち着きのある音色になっていました。この2機種は他のどのメーカーのスピーカーとも異なる音色を誇っているように思われます。

ガルネリ・メメントも魅惑的な音ですが、さすがにスタンド込みのブックシェルフという造りのため、低音の量感はどうしても先の2機種ほどには感じられません。小編成の室内楽であればむしろこの方が雰囲気がいい場合もあるかもしれませんが。ピアノの音にしてもボディ感がもうひとつ欲しいのかなと。。。
クレモナは泣く子も黙る大ベストセラーになりましたが、音は未試聴なのでぜひとも近い将来聴いてみたいものです。ピアノがもしうまくなるようであれば悩ましい日々が訪れてしまうのかもしれません。

最後に、オーディオケーブルのブースでモニターとしてグランドピアノ・ドーマスがプライマーのシステムでドライブされていました。

まず、ソナスがモニターになる時代が来たんだなぁ。。。メジャーになったもんだという思いがありました。一聴して開放的な響き、他にないタイプの明るさを持っていたのでさもありなんと思い直しましたが、そのパフォーマンスは大変に素晴らしいもの。
これなんかもし上位機種のアマティ・アニヴァーサリオによる、さらにこの傾向の音を突き詰めた成果の存在を聴いていなかったら、狂喜して手に入れたいと大騒ぎを始めたかもしれません。いや、軍資金がヤンキースやレッドソックスのように出てこない一般のオーディオファンにとっては、CPではむしろドーマスのほうがあるんでしょうから。。。
この世界、わかっててダキョーすると結局後悔することになるので。。。

オーディオショウ以来、再び私の手許にこのブランドのスピーカーが来る日を夢に見るのですが、フォーカルもよかったしなぁ~~~。。。

それ以前(すごく前)の問題として、何分にも先立つものが・・・どょよ~ん。。。
性懲りもなく、今年も年末ジャンボにかけるであろう小市民がここにいます。

結局は、お金があってもどれにしようか決められずに迷ってしまうのでしょうが。。。
それでも、ぜひとも迷ってみたいものです!!!

(2006年11月17日記、一週間不在にするので先日付で投稿いたします。)

課題曲・・・!?

2006年11月17日 20時23分14秒 | オーディオ関連
オーディオショウにおける国内のメーカーのブースで感じたことを1つ。

デモで掛かる音源なのですが、どのメーカーでも共通しているものがやたらと多い。
例えば、ポピュラー女性ヴォーカルというとジェニファー・ウォーンズのSACD
“THE WELL”


合唱曲といえば、いまだに“カンターテ・ドミノ”

がどこのブースでもハンで押したようにかかるというのはどうしたものでしょうか?
まさしく課題曲って感じですね。

特にジェニファー・ウォーンズは私も大好きな歌手でありそこここで掛かるのはウエルカムですし、同じディスクを違う機種で聴き比べられるという意味では、お客様コンシャスなのかもしれませんが。。。
どうも、どいつもこいつも・・・みたいに思ってしまうのは、不遜でしょうかねぇ。。。?
(余計なお世話であることは間違いない!)


敢えて誰もしないようなことを、そんな機会にしたら楽しいのにと思ったりもします。

そこで提案は、冒頭写真の“ホフナング音楽祭”のライブ録音!!!

例えば“ピアノ不協奏曲”でのピアノとオケのやりとり、会場の反応、雰囲気など機器のチェックにピッタリの要素が目白押しではないかと。。。

笑い転げて、チェックどころではなくなるかもしれませんが。。。
さて、ピアノ不協奏曲で取り上げられている音楽。みなさんは何曲わかりますでしょうか?

このブログではディスクを“紹介”はしても自分の主観で“お勧め”しないようにと基本的には考えています。ただ、このディスクに関しては、のだめとは違った意味で音楽を笑い飛ばしてしまいたい人にはゼッタイにお勧めです。
クラシックのCDを5枚以上持っていてこのCDを最後まで一度も笑わずに聴き終えられる方。。。
そんな方には「あなたは今、幸せではないでしょう?」とお尋ねしてみたいものです。

なお演奏会の生真面目なバカさ加減と裏腹に、この音楽祭に名を冠されている風刺漫画家「ホフナング」の業績・志には本当に胸打たれるものがあります。
なんじゃらほいとご関心をお持ちの方は、ぜひともご確認されてみてください。ネットで十分調べられますですよ。。。

やっぱり気になるスピーカー

2006年11月16日 20時12分18秒 | オーディオ関連
いろんな記事を書いているうちに後回しになってしまいましたが、東京インターナショナルオーディオショウとテレオンのイベントを通じて、気になったスピーカーを紹介します。せっかく写真を撮ったから。。。というのが記事にする主な理由ですが。(^^)/

このブログ、当初は好きなディスクを云々するつもりで始めたつもりですが、オーディオ関連のイベントが花盛りの時期にたまたまスタートすることになり、たまたま初回からオーディオショウの記事をアップしたためか、「オーディオ関連」がメインテーマだと思われているフシがあります。
どうも高橋多佳子さんにすらそのように思われているようですし、そこここからそのような印象を持たれているとのフィードバックがあったので、オーディオの記事を書き足しとかないとヤバイかな、と。。。
ちょこまかオーディオの記事も作っていくつもりですが、私の実力は多佳子さんを追っかけて自分の世界がにわかに広がる中で、本当にエラそうなことはいえないレベルであるのを痛感しました。
かといって、決して自分のブログですから言いたいことを言えないわけがないと不遜極まりなく思うのはB型の血のなせる業。。。

まずは、ウィルソン・オーディオの “SYSTEM 8”

トランスデューサーとしての能力は聞きしに勝る凄さ。東京インターナショナルオーディオショウではフォーカスされた音はキツすぎて私には聴き続けられないと感じました。そして、そのときはそのように記事もアップしました。
しかぁし、これがテレオンイベントでは一転して-もちろんキツめではあるものの-オケによる展覧会の絵など、極彩色の音色をすこしのにじみもなく再現して見せてくれて度肝を抜かれました。会場の床の素材が違ったためなのか、なんなのか聞こえる音が変わった事情はよくわかりません。設置状況については、インターナショナルオーディオショウのときもスピーカー背面のスペースは十全に確保されていたと思いますが、傾向は同じでも非常にポジティブな印象を持ちました。

そして、なによりピアノの音色。中低音でゴリッとしたボディ感というか強靭なフレームの中からピアノの音があふれてくるようなイメージはこの機種からしか聴き取れないものでした。スタインウエイの打鍵したときの金属的な響きも、本物以上に魅力的に響く。。。
さすが、世評どおりの実力機だと再確認したしだいです。音の追込みがいかに大事なことかわかりました。

次は、タンノイのカンタベリーです。

試聴の部屋自体がこの機種には小さかったこと。あとライブに過ぎる環境だったので部屋が若干びりつくなど低音も許容範囲ギリギリという感じでしたし、多少ブーミーに籠ったような感もなきにしもあらずでしたが、デュアルコンセントリックの鳴り、なにより定位のよさに驚きました。どのソースに対しても、非常に穏やかな再生をして品がいい。とはいえ、決して飽きのこない音色だと思います。
大きな部屋を持っていたら、こんなのもいいなぁと思いました。

最後は、ベーゼンドルファーのVC2です。

雑誌で初めて特集記事を見たときから大変興味を持っていて、実際に音が聴けただけでも嬉しかったし、またその音が期待通りであったのでさらに嬉しい思いがしました。
ピアノはやはり楽器として鳴る。仕組み上もそれは意図されていることとは思うのですが、ピアノのボディ感の再現はやはりさすがピアノ製造会社の製品だと感じさせられました。ややルーズではあるけれども、ピアノがハンマーで弦を叩いたという音の芯をちゃんと感じさせ、そこに極めて自然な残響を施すことでスケール感を実感させるという感じ。打鍵したというアタック感があることで音の輝くさまもバッチリ感じられます。ウィルソンとは違った意味で、ピアノ再生のおいしいところをきちんと押さえられたスピーカーだと思いました。

ホントは高橋多佳子さんの新譜をこれで聴きたかった。。。
けれど、ノアのブースではソナスファベールのプロモーションのほうがやはり需要があったようで。。。

だいたいオーディオのイベントのブースで、チェックソースとしてピアノ独奏曲はあまりかからないですよね。どうしてもチェックできる音の種類がピアノしかなくなってしまうから。。。
ピアノがかかる場面は室内楽とか声楽の伴奏ってのが、一粒で何度もおいしいのでこういった場では定番になってしまう。

ところで、このベーゼンドルファーはオケ再生もよかったです。響きが豊かだけど音がもやぁぁんとすることなく、却って重心が低くなった感じで雰囲気のよい再生になりました。
ロックなどがどうなるかは、あまり考えないようにしようと思いますが、案外よかったりして。。。

こんな聴き歩き、とっても楽しいですね。この秋の発見です。東京に来たからこその収穫といえるでしょう。東京はいーところじゃぁ~!

高橋多佳子さんの新譜をいい音で聴きたい!

2006年11月09日 22時21分44秒 | オーディオ関連
高橋多佳子さんの新譜「ラフマニノフ:ピアノソナタ第2番&ムソルグスキー:展覧会の絵」は期待通りのたいへんな好盤でありました。
しかぁ~し、我が家ではその良さを引き出せると思われるCDプレーヤー:エソテリックX-50wで再生すると、スピーカーの音が歪んでしまう。。。どぉしよう。。。

いろいろ試聴させていただいた東京インターナショナルオーディオショウは前週に終わってしまっているし、何とかならないかなぁと思っていた矢先、雑誌でテレオンのオーディオフェアがあることを知りました。
別の予定があったのですが取りやめて、最終日の午後に新譜を抱えていそいそと出向いてまいりました。
目的は2つ。
・高橋多佳子さんの新譜を最新サイコーのシステムで聴く。
・QUADのESLの最新機種を聞く。
いずれも達成はしたのですが。。。

なお、このイベントでのことは、(東京インターナショナルオーディオショウの残りの記事と併せて)また何回かに分けて記事にします。今回はあくまでも高橋多佳子さんの新譜にまつわる話だけということで。。。

■エソテリック・タンノイのブースにて
冒頭写真のとおり、エソテリックの最新型ユニヴァーサルプレーヤーを入り口にして件のディスクを聴きました。金メッキのCDスタンドはとっても素敵でほしかったのですが、購入者用のノベルティで市販されていませんとのこと。さすがに百万単位のプレーヤーをそのためにもう一台おごることはムリでありました。

試聴に使ったスピーカーはタンノイの“ターンベリー”。
ラフマニノフの第2楽章を聴かせていただきました。選曲理由は実演を聴いているからということでしたが、これが結果的にひとつめの誤りでありました。

まず、エソテリックさん、ムリを聞いてくれてありがとう。。。と御礼を言ってと。

音は、中高音はほどよく脂が乗った清楚・上品な音でした。ただエコーは若干多めか?というより、中低音がモワンモワンしちゃってちょっとたるみ気味。
そしてこれもまた予想通りというか当然ながら、主としては弦楽器や人声に合わせてチューニングしてあるとみえ、スケールの大きなピアノの音のボディ感・フレーム感を求める私にはちょいとピントが合わない再生になってしまいました。
もちろんタンノイのスピーカーが悪いわけではなく、ソフトとの相性および私の求めた条件が悪かったということです。サーファーのウエットスーツを着た女の子をさそって、渓流でキャンプしたみたいなものでしょうか。押し黙っちゃうのも無理ないですよね。

このとき隣にあったカンタベリーで聴いたら、少なくともスケールは大きな再生になったでしょうから、「スピーカーをどっちにしますか?」と聞いていただいたときの選択が2つめの誤りであったといえます。これも理由は「ウチにカンタベリーは入らないから、入手しようと思えば可能なものを」などと当初の「最高の音を聴きたい」という目的からブレた判断基準を採用した私のバカ・バカってところでして。。。あぁ。

しかも悪いことに休憩時間に無理を言って聴かせていただいたために若干音量を絞らなければならなかったこと、あろうことか隣のブースでホルストの木星のトゥッティががんがん鳴っている瞬間に重なってしまったことも相俟って、タンノイには可哀そうな感想になってしまった部分も多々あります、と一生懸命言い訳を。
でも、「そんななか一生懸命聴いたんだよぉ!」・・・ということでご勘弁。

■QUADのブースにて
最終日最後のQUADのデモ、開始5分前に行ったらなんと。。。一番乗り!ラッキー!一番前の真ん中に陣取ってやれっっ!!
そして果たして開始時間になっても私一人・・・・・・ほょっ。。。

写真のとおり、和室(!)でデッドな環境。QUADの最新型最高位の機種ESL2905と、ソニーの話題のSACDプレーヤーとプリメインアンプとの組み合わせで果たしてどんな音を聴かせてくれるのか!
QUADはレコーディング時のモニターとして使用される実績も多く、ピアノの再生に関しては右に出るものがないというかたもいるほどですから、私にとっては長年聴いてみたいスピーカーの筆頭格だったのです。
なーんてことをいろいろ考えてたら、進行の担当の方がわざわざ「お聴きになりたいソフトはありますか?」などと聞いてくださるではありませんか!?
そりゃ、客ひとりで要望聞こうにも相手は私しかいないしなぁ。。。
よしきたとばかり「はいっ!!!」と答えたら。。。一瞬意外そうな顔をされた!?
そりゃ普通そうかもしれないなぁ。
小心者とはいえB型の私。元々ここに来た動機からしてあつかましいことこのうえない。。。

とはいえせっかくの機会、さっきの失敗を取り返そうと賑やかなラフマニノフの第一楽章をかけていただきました。ありがとうございます。
さてさて、どきどき、わくわく・・・

結論を最初に言うと、QUADのシステムには「私」がフラれてしまいました。以下に試聴記めいたものを。。。

まず、何という秘めやかで上質かつクリスタルのような芯のある輝かしい音色。そして、そこで起こっている事象にまつわるすべての音が聞こえる。どんなに分厚い和音が連続していても、ダンパーべダルを踏んで音を大迫力のカオス状態にしても、混沌の中にある一粒ひとつぶの音のまんなかの結晶が見えるよう。
ピアノはこの世のものとも思われぬ繊細な輝きの明滅をもって鳴る。。。
ただ、飾り窓のガラス越し、その向こうで高橋多佳子さんが全身全霊を傾けた非常なテンションの熱演をしてるんだけど、音そのもののイメージはカロリーが低いというか汗をかいてないという感じ。
迫力ある実在感の乏しい大熱演。。。なんてミスマッチですよねぇ。
もともとピアノのボディ感、フレームがきしむばかりの迫力を、ESL方式のQUADに求めようとした私がここでもバカなのかもしれない。

後にJAZZの曲がデモされたときも、ウッドベースが普通はモコモコいってるだけなのに、小股の切れ上がった低音でブンブンいっている。とにかく音の高低を問わず、音という音はすべて聴き取れる。でも、いわゆる“迫力”はまるでない。確かに想像力でそれは補えるかもしれないが、迫力を実際に聴いて音の粒を想像するほうが私にはピンと来る。
ピアノのカオスの中の音のたたずまいの再現力といい、モニタースピーカーとして重用されているのもむべなるかなとは思いました。そういう意味では余のスピーカーをもって代えがたい性能を確かに持った個性的な銘機であります。

問題は私がそれを好きか?ということになります。。。
いぇ、そのフォルムを含めた美しさにほだされた私がふらふらと寄っていったところで、QUADのほうから私に対して「かぐや姫」のように半ば拒絶含みの条件をつきつけてきたといったほうが良いでしょう。。。フラれたのは多分私なのです。

えぇい! 出世するか年末ジャンボで3億円ゲットしたら4台目ぐらいにオマエも囲ってやるぞぉ。。。
と力なく言っておこう。ムリっぽいから。。。

しかし、今回のこの試聴は大変得がたい経験で、有意義なものでした。
ディスクにどんなオトが入っているのか、レントゲン写真で見たような気がします。ただでさえ分厚い和音の強打が多い楽曲の収録されたこのディスクに、どのような音が素材として格納されているのかがよーくイメージできました。
音はすべて録られて入っていることがわかったのです。後はそれをいかにしてもう一度空気の振動としてディスクの外に戻すかという課題をクリアするだけであるこということが確信できました。ここから先は、私のチャレンジです。QUAD姫に恋した収穫はあったということ。。。かな。

輸入元のご担当者のかたがこのスピーカー(ESL方式)の原理について詳細に説明していただき、とても興味深く伺うことができました。とくに、コンデンサーマイクで収録しているディスクが殆どなので、ピストンモーションのスピーカーではなくESL方式の再生が自然ではないかというご提言にはとても説得力を感じました。
私のサイン入りのディスクのパッケージをご覧になり「新しいディスクですか?いい音ですね。このホールは音響がいいとみえてよく使用されていますよね」と仰っていたのも印象的。。。
本当にいろいろお願いを聞いていただきありがとうございました。

■アキュフェーズのブースにて
アキュフェーズといえば我が国を代表するアンプメーカーであり、質実剛健なイメージを持っています。
とはいえ、今回はアンプではなくそのブースでモニターとして採用されていたB&Wの800Dスピーカーについての一言なのですが。。。

ここでは、高橋多佳子さんのディスクをかけていただく機会はありませんでした。しかし、その音を聴いて、かしこまった真面目な再生音には大変興味を覚えました。
“渾身の一撃”と謳われ、その演奏は「一途さ」「ひたむきさ」によってかもし出される切迫感において当代随一だと思われます。そんな曲の再生には、やはり最も相応しいスピーカーなのかもしれないのではないかと。。。
というのは、オクタヴィアレコードのHPを見ると、モニターはB&Wの多分802スピーカーではないかと思われるのです。今、旧モデルが投げ売り状態になっていることでもあり、いちどちゃんと聴いてみたいなぁと思わされました。そうはいっても、俄かに入手できるようなシロモノではありませんが。
グラモフォンでもB&Wがモニターだと思われますし、ツィメルマンのディスクの一部には801がモニターだと明記してあるものまであるぐらいですから。

最高の音のイメージを鮮明にするため、一度名機で聴いてみて、そのうえで現実的な候補を絞っていきたいと思います。お金はないけど。。。


私の再生装置

2006年11月08日 21時16分03秒 | オーディオ関連
このブログの記事で、オーディオやいろんなディスクのことについて書いてきましたが、自分の現在使っている機器を“自慢”、いえ“公表”していませんでした。
私の感覚は文字通り、日がなこのシステムで音楽を聴いている(たいていは“ながら”ですから、楽しんでいるといったほうが良いでしょうか)経験に基づいて生まれたものです。
あくまでも、そのご参考までに、という目的の記事です。

1.冒頭写真
★CDプレーヤー : エソテリック X-50w

オーディオに通じた方であればご承知のとおり、エソテリックブランドでのCD専用プレーヤーとしては最終型となったモデルです。その後のヴァージョンアップ(VU化)には対応していませんが。。。
私はエソテリック独自のメカ、ワディアのD/Aコンバーターなどの最高峰の技術が、ディスクからまさに「掘り当てた」とでも形容するべき音楽信号は、SACDを含めてもこのX-50wを凌駕するものは殆どないだろうと思えるほど、このプレーヤーのパフォーマンスに心酔しています。

私はエソテリックブランドのマルチビットの音が好きです。音に押出し感というか張出し感があり、艶っぽさが顕著です。
でも、ワンビットの音色はどうも苦手です。マルチビットに比べると確かに角が取れ響きが潤沢になったような感はあります。しかし、私には音がにじんだうえこもったように聞こえてしまうのです。
余談ですが、エソテリックからこの冬に出るらしい最新機種の音も聞きましたが、この2つのモードのほかDSDモードというものが予め設定され聴く際に選択できるようになっていました。
そのDSDモードでは空間感の情報が著しく豊かになり、音の性格は全然異なるけれどもマルチビットの音と甲乙つけがたい音だなぁと思いました。
それでも、ピアノ独奏を聴くのであればやっぱマルチが一番でしょうかねぇ。逆にオケとか室内楽のうちで、定位が再生の重要なポイントとなるようなソースにおいては、DSDモードのほうが雰囲気よく再生されるのでしょうか?

X-50wは置き場所に再生音が非常に影響されるモデルなので、ラックの一番下にセットしています。ここがもっとも居心地のいい場所のようです。
ただ、私のスピーカーは左のトゥイーターが多少弱っているため、X-50wの再生するピアノの音の情報量についていけないで音が歪んでしまいとても残念です。しかしながら、オケや弦楽合奏のピークが高くない楽曲などを再生したときには、他の2つのプレーヤーとの差は未だ歴然です。
わがままだけど働いたら恐ろしく高いパフォーマンスを示すし、私がもっときちんと音を追い込んだらどこまでしっかりした入力信号をアウトプットしてくれるのか想像できないぐらいの、ポテンシャルをまだまだ内に秘めた装置だと思っています。


2.ユニヴァーサル・プレーヤーとプリメインアンプ

(写真上から)
★ユニヴァーサルプレーヤー:マランツ DV9500
SACD・DVD-A・DVD-V・CD・CD-Rと何にでも対応できる便利なユニヴァーサルプレーヤーです。通常は、便利なのでこれを使っています。音はもちろん悪くないです。私にとっての中庸の音といえます。ただ、日常生活の中にある音ではあります。天国的な体験やら非日常の出来事のような音を感じられる瞬間は、この機種ではめったにないといわざるを得ません。
ただディスクの良いところをスポイルすることはない。。。その点極めておりこうさんです。

★プリメインアンプ:マランツ PS-17SA
本来はAVアンプです。2チャンネルでの音に注力してあるということと、AVシステムに展開するかもという思いをもって手に入れたのですが、私は基本的にVは関心が薄く、家族も絵は映れば、音は聞こえればよいというスタンスでしたので2チャンネルのピュア・オーディオ仕様で使っています。5.1chに対応させようと思うとパワーアンプが必要なのですが、今のところ5.1chをだれも必要としていないのでこの1台ですんでしまっています。
音は縁の下の力持ちって感じで気に入っています。もうちょっとシメてくれてもいいかなとは思いますが。。。

★DVD・SACDプレーヤー:ソニー DVP-S9000ES
はっきり言って当初はルックスが気に入って買いました。
いつもはマランツを使っているわけですが、特にロック、ポップスなどでいい意味で軽くスタイリッシュな音が欲しいときに使っています。
クラシックでも小編成の室内楽の弦楽器などでは思いのほか楽しげな音楽を奏でてくれることがあり、侮れません。
もっともマランツより高価なプレーヤーではありますが。。。


2.スピーカー

★スピーカー:YAMAHA NS-1 classics
どれだけ長時間聴いても、疲れることがないという素晴らしいスピーカーです。本当に長い間にわたって活躍してくれています。途中7年ほどサブに回ったこともありますが、今なおいろいろ制約はあるにせよ、とても私好みのいい音で鳴っています。
ピアノのアタック感はほどよく出てくるし、適度に輝きも帯びた音だし、私にとってはジャンルを選ばない普遍的なモデルです。

ただ、それを目論んで設計されていないことを承知で注文をつければ、ブックシェルフ型の限界である低音の不足、左のトゥイーターの劣化によるクリップなどの点が今やどうしようもなく、先立つものさえあればご勇退させてやりたい気もします。ただ、ここには“かみさん”というちょいと高めのハードルがあるので、きっとまだまだ活躍してくれることでしょう。

いろいろと注文をつけてはいても、いずれこの主には過ぎた「孝行者」の再生装置たちであり、ねぎらいと感謝を表しないといけないのでしょうね。
これからもさらにいい音で私を楽しませてくれますように。。。

My-fi Systems の饗宴

2006年10月24日 21時16分29秒 | オーディオ関連
私が初めて親に買ってもらったステレオは、Technicsの「大きなコンポ」でした。VUメーターが針のものではなく、光の列が伸びたり縮んだりするというもので、子供の目にはとても楽しいものでした。現在のカ○ッツェリアとかア△ストとかいう洗練されたおしゃれなものとはかけ離れたシロモノでしたが・・・

そして、このスピーカーの音は私のDNAに後天的に刷り込まれてしまったかのようです。

ちなみにピアニズムではブレンデル、オケではライプツィヒ・ゲヴァントハウス交響楽団のサウンドが、ヒナ鶏だった私が初めて接した母なる音です。
前者の「月光の曲」、後者はマズアの「運命」-いずれも廉価盤-により否応なくそのように聴覚がセットアップされてしまったのです。

話を戻して、「大きなコンポぉ~♪、コンサイスゥ・コンポぉ~♪」とコマーシャルが流れていたころ、ステレオ(オーディオとは言っていなかったような)を志すにあたっての絶対のゴールは「hi-fi(はい・ふぁい)」でした。
日本語では「ハイ・フィディリティ」・・・いえいえ「原音忠実再生!」
要は現実にあるがままの音を出すということです。
現在では、「ノーカラーレーション」などと言われることが多いようで、今回のショウでも海外から製品の説明に来たお歴々が盛んに使っておりました。

-ここからが東京インターナショナルオーディオショウの記事の続編です。-

傑出した感覚を持った技術者による、人後に落ちない努力・工夫の産物のオーディオ製品が、なぜかくも百花繚乱のごとく「ひとつとして同じ音がするものがない」のか?
特に海外の方が「自分の製品こそがノーカラーレーション」と口を揃えるのには、-悪いんですけど-笑っちゃいます。

違って当たり前じゃあありませんか?
私が冒頭に記したごとく、すべての人がそれぞれの音遍歴を持っているんですから。

誰かが、以前こんな状況を称して「hi-fiなんてない。あるのはMy-fiだけだ!」と言ったとか!
「自分(の感性)に忠実な音」とは言いえて妙ですな。
彼らは、はっきり「自分のチューニングが、最もいい音を出すんだ!」と言えばいいのに、わざわざ「余計な音がしない」という。
やはりプラトン以来「たったひとつの真実(エロス)」を求めるというのが、かの国の方々の譲れない哲学なんでしょうかねぇ?

翻って、我が国では原音忠実再生もひとつの柱としてあるものの、生演奏には生演奏のよさ、ディスク再生にはそれ独自の、そこでしか得られないよさがあるという非常に玉虫色ながら合理的かつ納得のいく行き方が比較的早くからあったような気がします。
この手の折り合いをつけるのは、ホント上手な国民性ですよね。

というわけで、これら‘My-fi Systems’が奏でる音楽の多様なこと。
しかし、それぞれが魅力的な特徴を湛えて、本当にすばらしいと思いました。

それぞれの開発者の発想・努力・実行力には最大の敬意を払いたいと思います。
もとより私の感性に訴求したか否かという違いはあり、それこそが彼らの気にするところでありましょうが、自社製品にかける情熱とその奏でる音に私は優劣などつけられません。

だからこそ、通訳なし、英語による説明を通していたブースのデモもとても興味深く聞かれたというものです。
ただ、私の拙い英語力で理解したその主張は、いささかピンボケな視点から商品が開発されたことを裏付けていたというように思われたフシもあります。
まぁそこは、それだけ思い入れが強いという言い方もできるでしょう。

さて、そんな中で私のお目当てだった主なスピーカーについて感想を・・・

★ウイルソン・オーディオ System8
聞きしに勝る恐ろしいほどのフォーカス。キツい。これは聴き続けられない。
しかし、席の都合でオフセンターで聴いた、ピーター・ガブリエルの「ドント・ギヴ・アップ」には参りました。
こんな深い音が入っていたとは・・・
しかし、わざわざオフセンターで聴くって言うのもねぇ。

★ジャーマン・フィジックスのDDDシステム
新しい発音原理を採用されており、もっとも興味を持って聴きにいったスピーカーです。
そして、素晴らしい音。さすがS先生が、惚れ込んだ音・・・
ですが、私にはノーグッド。
確かに、アタックの音はある。あるんだが、あるように聴こえない。迫ってこないといったらいいだろうか。音は素晴らしい。でも心に刺さらない。
本来、感じたい風が、風洞実験で流線型にいとも滑らかに流されていくという印象。
今の技術であれば、良質なピストン型のシステムと組み合わせて、音を打ち込んでほしい。ポテンシャルが素晴らしいだけに、よけいに残念。
でも、今後の期待大。きっと明日の風が吹いたときには、身を委ねたくなるようになっているでしょう。

★B&Wの白いポストと言われていたスピーカー
開発者のDr.ナントカが通訳つきとはいえ、自分の思いを語り伝えつくしたいとばかりに解説してくれました。
なんでもスピーカーの真ん中に工夫を凝らしてエアーノイズを発生せずに密閉しない方式を開発したとか。。。
そしてその結果は確かにスゴい。おっしゃるとおり、これこそが正しい音だ!と思わされました。
でも、私は採りません。
単にすなおに聴きたい音とは思えないからです。
一聴して聞こえないでほしい音(ノイズなど)まで、とてつもなく正確に再現されてしまうように思えるのです。

その点、800Dとかのマトリックスの旧来のものは、さすがモニタースピーカーという感じ。極めてかっちりと自然な音がしました。

★アヴァンギャルド&タンノイ
いずれもいい音でした。悪くない。
特に、タンノイは以前クラッセのアンプと組み合わせて聴いたとき、その音がクラッセの影響下にある音かタンノイ固有の音かわからなかったのですが、はっきりタンノイの美質だったと認識できました。

★ルーメンホワイト
緊張感・迫力、素晴らしい音でした。これを聴いたときは、クラッシックの重厚なオーケストラなど絶対これがいいと思いました。
ただ、それはFMアコースティックスのアンプ、とても張り出しのいい(営業の方はエネルギー感があると説明していましたが)性質を受けてのことなんだろうと。

★ソナスファベール
アマティ・アニヴァーサリオ、ストラディヴァリ・オマージュ・・・
言葉がありません。別格ですね。
以前コンチェルト・グランドピアノというこのメーカーのスピーカーを7年ぐらい使っていましたが先ごろ壊れてしまいました。
テクニクスに次いで自分の耳になじんだメーカー、多分今頭の中では取って代わっているほどでしょうが、それとも全然違う。

ことに古楽器オケで女声のアリアなんか歌われた日には、その天国的に浮き立った表現には言葉がありません。
音楽を聴くということが非日常的な行為になると思えます。
特にアマティはその体躯の全体を使って打ち震えるように歌います。
脱帽!!!!

でも、それは弦と声についての印象。。。
ピアノ再生にはちょいとエクスキューズが付きます。そして私のクラシックの守備範囲は殆どがピアノなのです。
あと、ジャズやロックも聴くからなぁ。。。
浮き立つようなシェップのサックスとか、天上の世界のツェッペリンって想像できなぁい。「天国への階段」はまだ天国に着く前に聴かないと。。。
で、弦・オケ・声専用に350万はさすがにねぇ。。。3万5千円なら即買いだけど。
というのがモノローグでした。

★ベーゼンドルファー
このピアノメーカーの繰り出したスピーカーもとても興味をそそるものでした。
結果は、予想通り。とってもいい響き感。ピアノはしっかりしたボディ・豊かな響きでした。
あにはからんや、オケもOK。(失礼)
さて、ジャズやロックがどんな風になるのか・・・
当然、メーカーの方は頼まれない限り(たとえ頼まれたとしても?)そんなディスクはかけません。。。よね!

★フォーカル Electra 1027 Be
実は、ソナスファベールとベーゼンドルファーとフォーカルは、同じノアという輸入元の会社が取り扱っています。前2者のブースとフォーカルのブースは分かれていて、実はソナスのブースが評論家の説明でいっぱいで入れなかったために、このブースを訪ねたのです。

で、何の予備知識もなく聴いたのですが、「巡り会った!!」と心底思いました。

ピアノが鋼鉄の弦をハンマーで叩いて発音する楽器であることと、音をレガートに繋ぐことに演奏家がいかに腐心しているかを目の当たりにできる楽器。
弦・声もジャンルを問わず、私に迫ってきます。
これ以上書くと、自分の中で収拾が付かなくなりそうなので、ホントに私にはよかったということで・・・

要は、欲しい!!! ってことです。
(そうそう買えるわけありませんが)

で、これらの音を届けてくれたエンジニア・販社のみなさんに感謝です。


ところで、家に帰って現在のわが愛器スピーカー、YAMAHA NS-1(キミは25年生くらいだねぇ)を恐る恐る再生したところ、なんとフォーカルのミニチュアっていう感じでした!
弦をハンマーで叩く感じなどほぼそっくり!?
ただ、ピアノがアップライトになったかなってな感じは否めませんでした。低音もちょっとツライし、倍音も・・・まぁ、こっちはいいセンいってるかな。
でも、「おまえ、頑張っているんだねぇぇぇ」と思わず頬ずりしたくなりました。

で、我が家の再生環境は、ブースに比べればずっと狭いけれどもトンでもなくライブで、低音の処理は恐ろしく大変かもしれない。
カーペット敷くとか、吸音材を使うとかしないといけないかもしれないからフォーカルのことを考えるのをよそうと。。。
ちょっと考えます。


さてさて、このノアのブースではディスクのリクエストを受け付けてくれて、持ち込んだCDを最高級のシステムで聴かせてくれるのです。
とてもありがたい企画。
他社の製品でもノアから買いたいと思わせられましたねぇ。さすがに、そりゃムリかぁ。。。

日曜日に、ならばということで2枚のディスクを持っていきました。
アマティ・アニヴァーサリオで聴いて、ちょいとエクスキューズを感じた一枚をご紹介しましょう。


☆モーリス・ラヴェル ピアノワークス Vol.1
                (演奏:フセイン・セルメット)
 1.夜のガスパール
 2.前奏曲
 3.ハイドンの名によるメヌエット
 4.水の戯れ
 5.クープランの墓
                (1995年録音、YAMAHA CFⅢS使用)

上記の「夜のガスパール」の第一曲「オンディーヌ」を聴きました。
最弱音からフォルテがいっぱいの音まであるうえ、急速なグラデーションみたいに聴かれるのでということでのチョイス。それはそれは素晴らしい体験でした。
が、やはりなんかちょっと違和感があるぞ。
浮き立っているといえばそうなんだけど、先入観かもしれないけれどオンディーヌの横に三美神とかニンフとかが戯れていて、さらにちっちゃな天使が’がっちゃん’のように飛び回っているようなミスマッチ。
残念ながらこのスピーカーには似合わないのかもしれません。

しかし、誓ってこの演奏が悪いわけではありません。
(もちろんスピーカーが悪いわけでもありません。ヤローが女性用トイレに間違って(ココ大事)入ったようなもの。用は足せるが居心地がいささかよろしくないということでしょう。)

それにしても、これほど情報量が豊かなオンディーヌの演奏を知りません。
演奏はハッキリ言って遅い。先ほど数えたら23種類持っていましたが、すべての中でダントツに遅い。
しかし、これほどまでに音色やタッチをビミョーに織りなしてアトモスフィアを作ってしまうこのピアニストは只者ではありません。
それも、とても安定した心地よい揺らぎの中で。。。

全体を通して、ちょっと聴くだけでは落ち着いたゆっくりめの演奏という感じですが、よーく耳を凝らすと、その中でとんでもなく表情を変えながら演奏していることがわかります。

セルメット氏の他のディスク、例えばカワイのピアノで録音されたリストのピアノソナタやラヴェルのト長調ピアノコンチェルトなども極めて心地よい安定感の中で音色のコントロールを行っているシロモノ。
聞き流してよし、傾聴してよしというディスクであります。
それはまたの機会にご紹介します。

はぁ~、疲れた。

ぶれない

2006年10月23日 23時06分58秒 | オーディオ関連
東京国際フォーラムで行われたオーディオショウに土・日2日連続して行ってきました。
極めてエキサイティングな体験で、東京は本当に刺激的なところだと再確認した次第。

目的はハイエンドのスピーカーを聴くことでした。
主なところでは、ソナスファベール、ウイルソンのSystem8、B&W、アヴァンギャルド、ジャーマンフィジックスってなところでしょうか。

行ってみたらStereo Soundなどの先生方が講演をなさるというではありませんか。
同誌には1976年ごろから親しんでいて、LNP-2L、4343、Paragonなどなどの記事に、男の子が普通に持っているメカに対する感性を最大限シゲキしてもらったように思います。B&Oのレコードプレーヤーなんてゾクゾクして観ていたものです。

そんなころからの殆ど主筆と言っていいでしょうか、S先生とY先生に初めてお目にかかることができました。

S先生はイメージが手術前の王監督としたら実際は手術後だったという印象を持ったのですが、しかし凛とされてお声もほぼ想像通り。
Y先生は風貌とは裏腹にとても人懐っこいという感じ、お声は若いお仲間のM先生とギャクでは?と思わせる渋いけれどもドス効いていないという感じで多少ギャップがありました。それはそれで感慨深いものがありましたが。

さて、S先生にはかねて「レコード演奏家論」という持論があります。
これを各社のブースでもちろんそのシステムを交えてではあるものの、敢然と自らの言葉で問いかけられる。
あくまでも語るのは「レコード演奏家論」。

翻って、Y先生には「再生悦楽」と呼んでおられる再生音楽を聴くときの態度の主張があります。
永年のご経験からそのシステムに相応しいだろうディスクをかけておられるのですが、やはり、どこのブースでも音楽を再生するということをどのように楽しむのかということこそが語られている。
わかりやすく問いかけられながら、実は自らもデモに乗じてご自身の再生の企みが当たっているかをワクワクしながら確かめ、楽しんでおられたように見受けられました。
まさに、ご自身が主張してらっしゃることの実践にほかなりません。

したがって、まったく「ぶれない」。


他方、余の先生方はキカイだ、技術だの説明に終始されるかたもあり、いまいち伝わってこないような思いを感じました。

両先生はさながらオーディオ評論界の大御所といった風情。
まさに野球界のON。
評論界この先大丈夫かなぁ?
まぁ、直接オトを聴いてしまえばどんな評論家の意見よりも自身の耳を信じるけどな!

と思ったところでハッとしました。
自分にもこの点にはまったくブレはありません。
現にあらゆるシステムを聴いて自分の求めるところとあっているか否かを、極めて明確に判別することができました。
私にとって望外のカンゲキ。今回の一番の収穫かもしれません。


S先生・Y先生にはここまで育てていただいたことを大いに感謝ですね。

とってつけるようですが、F先生にも約20年前、私が最初に手にしたシステムを誌上で紹介いただいたということでお礼を言っておきましょう。
ただ、F先生の嗜好されるところと私自身は大きく隔たってしまったということを痛烈に感じた機会でもありました。


さてさて、私のスピーカー試聴の印象などなどは別記事でご報告します。




最後に、かのS先生はずっと録音に携わってこられ、その一部のディスクを持っています。
その一枚をご紹介しましょう。


☆ルドルフ フィルクスニー プレイズ
 1.シューベルト   ピアノソナタ イ短調 作品42 D.845
 2.ヤナーチェク   霧の中で
 3.ドビュッシー   版画
          (1983年録音、ハンブルグスタインウエイ使用)

デジタル録音黎明期のS先生の録音。確かに今のレベルから見るとスペック的にはかなわないけれども、今の演奏からは感得できないホントに深い奥の奥で底光りしている音の水脈みたいなものが確かにある。
S先生の日本人としての在りようが込められているんでしょうね。
S先生には、「キミの再生のレベルで評価してもらっちゃ困る」と言われそうですが。

マエストロ・フィルクスニーの演奏独特のストイックさ気品、そしてはっきりいって地味だけど人を威圧しない神々しさにあふれるといったパラドックスがたまりません。
畢生の名演だと思います。

ピアニストはこの後ヤナーチェクのピアノ曲集でレコードアカデミー賞を受賞しますが、「霧の中で」は私にとってはこちらのほうがしっくりきます。同曲ではアンドラーシュ・シフの演奏と双璧ではないでしょうか。

シューベルトも決して激せず淡々としているように見えて、深い精神性を感じます。
ドビュッシーもしかり。ピアノからあらゆる宝石の輝きがあふれています。

この一枚との出会いに感謝です。