こんにちは! 新日本婦人の会 王寺支部です

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しっとり落ち着いた石垣のある街、全町にアッピールを・・私たちの願いー11

2008年01月08日 02時12分57秒 | 私たちの願い

  
  
    上の写真は、柿本人麻呂の歌にも詠まれた芦田池から
    見た本町2丁目南端です。王寺町では最も歴史的に古く
    文化的にも貴重な財産を持っている地域です。
    またここは、王寺町で一番最初に商業の発達した場所。



    昔の街道ということが、道標からその面影を辿れるだけで、
    車が入りにくいこともあって、町内の人でもこの地域を、
    じっくり散策した人は少ないのでは?
    1888年(明治21年)当時の地方税(営業税)納入者数は46人
    で、当時の王寺村戸数356戸のうちの約20%にあたる70軒
    が商売。
    2000年時点の王寺町久度地域、戸数約1,200戸のうちの
    約17%200軒が商売ということを対比してみても、
    いかにこの本町2丁目が、
    明治時代まで商業で活気があったかが分かります。
    ですから、街の趣にもどっしりと落ち着いた雰囲気があり
    石垣がその景観美をかもし出しているのでしょう。
  


    当時(1890年頃)、この地域の商業を営業種別に見ると
    菓物業が一番多く4軒、古物業3軒・質屋2軒・筆墨屋2軒
    が多い順で、旅人宿もあったようです。
    今に残る街のたたずまいは、当時かなり裕福な家が、
    多かったのではと思わせる名残が随所にあります。
    女たちの着飾った、にぎやかな笑い声が聞こえてきそうです。

      

    国土交通省などが、
   「平成 17年 6月 1日、景観に関する我が国初めての
    総合的な法律である景観法が全面施行されました。
    景観法においては、良好な景観が現在及び将来における
    国民共通の資産であり、その形成について、住民、事業者
    及び地方公共団体が一体的に取り組んでいかなければ
    ならないことなどの基本理念が示されています。」と
    して、全国で景観法に基づく支援事業を展開し、
    美観モデル地区コンクールなども実施されています。

    この本町2丁目地域を、美観モデル・景観保全あるいは
    風致保全地域に指定しょうという動きは、
    今までなかったのでしょうか。

      

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