「詩客」短歌時評

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短歌評 郡司和斗『遠い感』鑑賞 横井 来季

2023-12-10 20:47:18 | 短歌時評

 郡司和斗の『遠い感』(短歌研究社)を鑑賞する。高校の頃、駅前の三洋堂書店で買った「短歌研究」、それに載っていた受賞作や、昔いただいた「松風」や「焚火」から、郡司さんの名前は知っていた。いくつか覚えている短歌もあった。ただ、通しで読み進めてみると、編年体だからか、印象が結構変わってくる。
 失礼なことに、高校の頃は、「ルーズリーフを空へと放つ」というタイトルから、きらきら短歌だと思っていたのだが、『遠い感』を読むと、そうした側面はあくまで一部ということが分かる。

 全体を読んだ感想として、本歌取りが特に目についた。栞を読むと、瀬口真司も、「郡司和斗の短歌がときに明示しながら、あるいは明示せずに行う引用の範囲は偏っていて広い」と言っている。実際、郡司さんは俳句、現代詩に戯曲の台詞、他にボーカロイドの曲まで、さまざま題材を本歌として作歌をしている。もちろん、この側面もあくまで一部ではあろうが、印象に残った所として、今回は『遠い感』で本歌取りの手法を用いた短歌を主に鑑賞したい。

・俳句

すこし待ってやはりさっきの花火で最後                神野紗希
少しまってやっぱさっきに打ち上がった花火が最後じゃんかと笑う    郡司和斗

じゃんけんに負けて蛍に生まれたの                  池田澄子
じゃんけんにあいこで人に生まれたわ 握れば水になる牡丹雪      郡司和斗

水の地球すこしはなれて春の月                    正木ゆう子
消毒液まみれの地球 その少し離れたところにある冬の月        郡司和斗

 郡司さんは、「蒼海」で俳句もやっているため、最近の俳句についての知識がある。池田句以外は、本歌をしっかり自分の内側に取り込んでいる印象がある(池田句は蛇足を加えたように感じる)。
 この中で、最も良い歌は、神野紗希の本歌取りだ。郡司さんの仕事は、ほとんど結句の「じゃんかと笑う」しかないが、リズムのおかげで、結句で急におかしくなって笑い出したような、笑い方の質感が見えてくる。それに、郡司さんの短歌に対するスタンスがよく表れている歌だとも思う。
 昔、清水昶は、「現代詩では喜怒哀楽の喜楽を書けない」ことを嘆いたらしい。現代詩だけでなく、伝統的な日本の文学自体、怒哀の方に比重が寄っている。そういうものを壊した面で、俵万智も評価されていたのだと思う。
 ただ、郡司さんの短歌は、感情の種類とかではなく、「笑う」という行為がともかく重要なのだろう。それが時にシニカルな冷笑として、もしくはガキっぽさとして現れているだけではと思う。

・現代詩
性欲を折りたたむときぶあぶあと植物園の匂いがよぎる         郡司和斗

 この「ぶあぶあ」というオノマトペを用いた短歌は、鈴木志郎康の「プアプア詩」のパロディのように感じられた。性欲を折りたたんで、世間の目から隠すものの、それがかえって「ぶあぶあ」とした匂いをよぎらせる。折り畳むと柔らかくなって「ぷあぷあ」。匂いは強まって「ぶあぶあ」。「ぶあぶあ」というオノマトペで、「植物園の匂い」が官能的な響き・質感を持つようになるのが不思議だ。

・ボーカロイド

わたしもきみもいーあるふぁんくらぶ抜けて話すことなくて雨ふる駅に  郡司和斗

 郡司さんはインターネットが好きだなぁと思う。「いーあるふぁんくらぶ」はみきとPの作成したボカロ曲だ。「覚悟」という連作の中の一首だが、「覚悟」の歌はボーカロイドから引用したもので作られている。
 個人的に、この歌集からは、ボーカロイドの曲からの引用が特に気に掛かった。「いーあるふぁんくらぶ」に、「リア友は少し減ったけどそれもしかたないや」というフレーズが出てくるが、残った数少ないリア友と雨に降られながら駅に立ち尽くしている情景が思い浮かぶ。

 こうして見ると、『遠い感』は、さまざまなジャンルから引用してきた本歌が、混沌に混ざり合いながら調和している、時代を反映した歌集であるように思う(寺山修司の時代なら、これらの引用は剽窃と非難されていただろう)。音MADのノリで笑わせてくる歌集だ。こうした歌は、今でもあるにはあるが、昔と違って、ネットのノリがネット内のみに留まらなくなってしまったリアルの現状がある以上、歌集という形で、これからもっと増えていくような気もする。ただ、その中でも、ネットの身内ノリに留まらない力を持つ歌集の方が、注目されればいいなと個人的には思っている。

みっくみくにされてしまった人たちが(みっくみく?)蟹を黙って食べる 郡司和斗

 例えば、栞に書かれた穂村弘の鑑賞文を見る限り、彼は「みくみくにしてあげる♪」の「みっくみく」を単なるオノマトペと見做していると思うのだが、それでも、「みっくみく」に対し「思わず二度見したくなる不思議さ、でも妙に納得させられてしまう」と言っている。作者の力量だ。身内ノリになりやすいネットのノリを堂々と押し出している(実際紙の本にしなければ、「ネットのノリの短歌です」と弁解できるがそれをしない)。そうしたノリで困惑以外の表情を引き出させるのは大変で覚悟がいると思うが、それを成立させる力量の巧みさを『遠い感』からは感じた。


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