キャリアのある歌人の団体である現代歌人協会が、この二年ほど、年に2度ネットプリントを発行している。第1回は2022年1月20日、第2回2022年8月16日、第3回2023年1月13日、第4回8月30日と、夏と冬の定期的な発行物になりつつあるようだ。従来は、「現代歌人協会ネットプリント作品集」と、短歌のみをずらり並べる、大きな歌会で配られる詠草集のような形だったが、最新の8月版は、「現代歌人協会ネプリ夏」という表題をデザインして配置、短歌を二段組みにしてあとがきも付し、A3サイズを二つ折りにするとA4・8ページのタブロイド紙になる形になっている。募集と投稿受付、ネプリの告知等は、X(旧Twitter)。#現代歌人協会(イベント班)という専用アカウントからの告知に応じて、返信する形で投稿される短歌をそのまま詠草集としてまとめる。投稿受付はイイネや返信をもって確認、今回は事務手違いで掲載からもれた作品の掲載のために数日後に再発行されるという経緯もあったが、そんな柔軟な対応の中、350首が集まった。現代歌人協会の著名歌人から若手やハンドルネームの投稿者等、とにかく多彩な名前がおそらく投稿順に並ぶ。現代歌人協会のイベント班としてチームを組んで作成されているらしく(らしく、と書いているのは自分が現代歌人協会の会員ではないので詳しい事情を知らないためである。)、8月24日には、SNSのスペース(ラジオのように主催者が話したりリモートで対談したりする機能)を用いて、詠草担当の千葉聡、歌人協会代表の栗木京子、大松達知、千原こはぎ(デザイン担当)の1時間の対談も公開された。投稿作品のほか、夏の歌として知られる短歌を紹介、千葉聡のPOST(旧Tweet)によれば、232人が聴いていたという。もしリアルで行われていたら、かなりな大イベントが手のひらサイズのスマホの上で繰り広げられたということになる。
「かばん」2023年6月号では、「短歌とネットプリント」という11頁にわたる特集が組まれ、ネプリとはなんぞや、というところから始まって、作り方、楽しみ方、短歌の領域でのネプリの活用法が、わかりやすくまとめられている。その中で、「最適日常」という短歌情報サイトの管理人の月岡烏情という人が、「多くの歌人に発表の手段として選択される」理由は、「ちょうどいい不便さにある」と書いている。確かに、作品をウェブやSNSに手軽に流して、流れてきた作品をさらりと目にすることができる環境の中で、作成する側にとっても、読む側にとっても、その簡単さに若干のアクション(コンビニに行き、10円~を支払ってコピー機から出力することが最低限必要)をプラスしたような特徴が、ネットプリントにはある。作品を作るだけではないプラスアルファを求めるには確かにちょうどよい。同時にPDF公開をする作者もいるが、作った側は発行部数を確認することもできるので、プリントされた数によって、Twitterのイイネ以上に実感を得ることができるだろう。若い人の作品発表へのファーストコンタクト、セカンド、サードあたりの位置づけかなという印象もあるが、結社に所属し、地域の歌会にリアルに参加しながら、作品をネットプリントに発表する歌人もいる。江口美由紀は、総合誌の賞の候補にもなったこともある若い作者だが、自身で「かえるのおへそ」というネットプリントを発行し、作品を公開した。十首にカラーのイラストを付して、一枚もののフリーペーパーとしてもよい出来栄え。告知はX(旧Twitter)、世代的にも違和感なくそうしたメディアに向かっているように思える。
また、私には使いこなせないと思われるSNSのひとつでもあるDiscord(そういえば最近、アメリカの軍事機密がこのSNSから流出したとニュースで話題になった) の短歌のページ「ヨミアウ」には、「一首を読む詠む」「連作を読む詠む」「十首会」「公開歌会」といった多彩なコンテンツの中に、「ネプリの庭」というコーナーがあり、ネプリが集められている。「ヨミアウ」を作った歌人の武田ひかは、「現代短歌」のBR賞に最年少でノミネートされ、今年は佳作として文章が掲載されているほか、「硝子回覧板」(篠原治哉との合同歌集)「銃と桃売り場」(津中堪太朗との合同歌集)という、私家版の合同歌集を発行しBoothで販売する。ToiToiToi(イトウマ、坪内万里コ、吉岡優里の男女3人で構成される短歌ユニット)の合同歌集「救心」といい、岡本真帆・丸山るいの「奇遇」といい、文学フリマでのアピール力を意識してか、装丁がとても凝っていて、私家版でありながら、デザイン的に優れた出来栄えになっていることに驚く。
さて、この原稿は短歌時評なので、この状況の考察をしなくてはならないのだが、実のところよくわからない。現代、最も手近な「場」であるネット空間で、「座の文芸」ともいわれる短歌のプロの団体が主催して、多くの参加者を集めた。結社にしても短歌の団体にしても、公に広く開いたイベントを開催し作品を募集することはよくあることだが、どうも位相を異にしている。テレビや新聞の選者宛に送る公募の開かれ方とも違う自由さが、「結社」や「団体」の敷居を一気に消し去ったのだろうか。主催者側はともかく(350首のまとめは大変な労力であると思う)、参加者にとってはとても手軽なインフラを、うまく使ったということか。あまり言いたくないけれども(だったら言うなよって? でも覚えとして書いておく。)、閉鎖的な顔の見える場(従来はこれを「座」と言っていたと考えてよいのかもしれない)の外で繰り広げられる現代の短歌のブームをうまく掬い得ているというべきか。実は私はよく知らないままにネットプリントを時々取り出して見たりしているが、作業としてはさほど難しくないネプリの閲覧程度でも、知る人と知らない人の間に断層があるかもしれないと思う。年長者であるほど「技術的について行けない」(スマホ、パソコン、文章ソフト、ネット…ホント苦労している!)「古い在り方や年長者を批判というより否定する若い人の集まりは怖い」(おいおい向こうもそう思っているよ)と敬遠するだろうか。それもよくわからない。使いこなせないSNSなんかやめてしまおうかなあとつぶやきながらちょっとうかれて投稿している自分だって年長者だし、参加者にもそういう歌人はたくさんいるようにみえる。「現代歌人協会」という組織が主催していることにより、「若い人の新しい短歌文化」の敷居も一気に消し去ったのかもしれない。
「現代歌人協会ネットプリント作品集(完全版!)」から、以下に夏の歌を何首か。
真夏日の遊覧船はみずうみを華やかにしてかなしくさせる 中川佐和子
アイスティーのからん、と鳴って夏からの合図を受け取れるわたしたち 千原こはぎ
返信ができなかった夏のこと 水平線を最初に引いた 東直子
遠近感おかしくさせてゆらゆらとコメダのかき氷は来たれり 辻聡之
<参考>
「現代歌人協会ネットプリント作品集(完全版!)」2023.8.30 現代歌人協会イベント班
「かばん」2023年6月号 「特集 短歌とネットプリント」
「最適日常」https://saiteki.me/
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