わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

私の好きな詩人 第100回 -高階杞一-山田兼士

2013-06-09 16:42:03 | 詩客

 高階杞一は私とほぼ同世代、大阪の詩人(現在は神戸市在住)ということもあって、『キリンの洗濯』(1989年)以来、一貫して親しみを感じてきました。もちろん、作品への敬意と愛着があってのこと。ですが、現在まで12冊の詩集を刊行し、最近では三好達治賞を受けた『いつか別れの日のために』(2012年)まで、常に発展と変成を続けてきたこの詩人の全貌を語ることは大変難しいと言わざるを得ません。
 実はつい最近、季刊「びーぐる―詩の海へ」に11回にわたって連載してきた「高階杞一を読む」を『高階杞一論 詩の未来へ』と改題して上梓したばかりです(澪標より2013年6月1日刊行予定)。高階作品の全体像を描けているかどうかは読者の判断に委ねるしかありませんが、この数年間、継続的に真剣に取り組んで来た成果との自負はあります。その「あとがき」の一部を引用させて頂きます。

 

 『キリンの洗濯』を初めて読んだ時の衝撃は忘れられません。一九九〇年、友人に勧められて一読、たちまち高階ワールドに引き込まれました。同じ大阪府在住ということもあって、いつか作者に会うことができればと、漠然と考えていましたが、なかなかその機会には恵まれませんでした。
 生身の高階杞一との出会いは今から十五年ほど前、故寺西幹仁さんが主宰していた「詩マーケット」の会場だったと記憶しています。敬愛してきた詩人に会うことができて、大変うれしかったことを覚えています。その後、縁あって私が勤務する大学に出講していただくことになり、現在も毎週一度、研究室で顔を会わせる習慣が続いています。季刊詩誌「びーぐる―詩の海へ」の編集同人としての付き合いもすでに五年近くなりました。
 そうした身近にいる人の作品を客観的に論じることができるのか、という危惧を私自身抱かなかったわけではありません。しかし、考えてみると、高階杞一は当初から私の自然発生的な知己であったわけでなく、作品を通しての敬愛と親近感が先にあったわけで、いつか論じてみたいと念じていたところに、それこそ縁があって出会うことができたのでした。身近な人だから論じないというのも、身近な人だから論じるというのと同じ程度にアンフェアな態度だと、私は考えています。あえて断言するなら、客観的かつ普遍的に考えて、今後の日本詩を牽引していく使命を担った詩人の一人が高階杞一だと、私は信じています。

 

 近著の宣伝のようで申し訳ありませんが、ちょうどそういうタイミングということでお赦し頂ければと思います。一つだけ付け加えるなら、名詩集『早く家(うち)へ帰りたい』(1995年)が、まさにこのタイミングで、夏葉社から復刊されたことも単なる偶然とは思えません。何度読んでも、詩によるレクイエムとはこういうものなのかと、深く納得させられる一冊です。

 

今おまえは
どんなおうちにいるんだろう
ぼくは窓から顔を出し
空の呼鈴を鳴らす
 
  ピンポーン

どこからか
どうぞー というおまえの声が
今にも聞こえてきそうな
今日の空の青
                  (「ゆうぴー おうち」末尾部分)

 

 18年前に3歳で亡くなったこどもが守護天使となって詩人を見守っている。そんな気がして仕方ないのは私だけでしょうか。


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