レイモンド・カーヴァーの詩と短篇小説を貪るように読んだのは数年前のことだが、訳あって、最近再読している。もともとは彼の短篇小説のファンだったのだが、誰かが言っているように、レイ・カーヴァーにあっては、詩はそのまま延長していけば短篇小説として読むことができるし、逆もまたしかりだ。
そんな彼の詩集『Ultramarine』の中から「Sweet Light」を引用する。
Sweet Light
After the winter, grieving and dull,
I flourished here all spring. Sweet light
began to fill my chest. I pulled up
a chair. Sat for hours in front of the sea.
Listened to the buoy and learned
to tell the difference between a bell,
and the sound of a bell. I wanted
everything behind me. I even wanted
to become inhuman. And I did that.
I know I did. (She'll back me up on this.)
I remember the morning I closed the lid
on memory and turned the handle.
Locking it away forever.
Nobody knows what happened to me
out here, sea. Only you and I know.
At night, clouds form in front of the moon.
By morning they're gone. And that sweet light
I spoke of? That's gone too.
優しい光
暗く鬱々とした冬が終わって、僕はここで、
春のあいだずっと、晴ればれとした気持ちだった。優しい光が
僕の胸を満たすようになった。僕は椅子を
寄せて、海にむかって、何時間もそこに座っていた。
ブイの音を聴きながら、鐘と、鐘の音との違いを
聞き分けるこつのようなものを
学んだ。僕はすべてのものごとを、背後に
押しやってしまいたかった。僕は自分が
人間ではなくなることさえをも望んだ。じっさいにそうした。
僕はそれを認める(それについては、彼女も口添えしてくれるだろう)。
僕はその朝に、記憶に蓋をかぶせて、
止め金をぎゅっと締めた。
それを永遠に封じこめてしまったのだ。
誰も知らない。ここで、この海で、何が
僕の身に起こったのか。知っているのは僕と君だけ。
夜になると、雲が出て、月をその奥に隠す。
朝方には雲は消えている、そして僕がさっき言った
優しい光は? それもまた消えている。 (村上春樹訳)
カーヴァーの作品の中では、比較的短く、楽曲と楽曲との間に置かれるインテルメッツォのような味わいの作品だと思うが、それでも、いったい「僕」に何が起きたのだろうかと誰もが想像せずにはいられない。のみならず、春の「晴ればれとした気持ち(flourished)」と「光」に対する、封じ込めた「記憶」の重みとその暴力性との対比が見事で、また、それらすべてを飲み込んで消えていく「雲」と「光」の暗示性が素晴らしい。行間には波の音が聴こえるようだし、「僕」が記憶を封じ込めた瞬間を目撃しているような気持ちにもなる。そう、それを「知っている『君』」とは、わたしたち読者なのだ。
真夜中、さびしさに耐えられなくなったときなど、カーヴァーの詩を読み返すことがある(あった)。カーヴァーの詩は、わたしのさびしさにも耐えてくれる。そして彼は、わたしの肩に大きな手を置き、ぽんぽんと軽く叩きながら、無言ではげましてくれる。その血のあたたかさよ。
そうしてわたしは初めて眠りに就くことができる。朝を、まだ知らない朝を、迎えることができるのだ。
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