わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

ことば、ことば、ことば。第15回 日記5 相沢正一郎

2014-05-26 13:11:00 | 詩客

 日記は、①矛盾に満ちています。まず、日記は開かれている。なんでも取り入れます――新聞の切り抜き、勘定書、メニュー、病気、計画書、予定、出会った人物との対話などなど。もし日記の作者が作家だとしたら、作品の構想中の草稿を書き込んだりするでしょう。作家のメモ、スケッチブックでもある。と同時に閉じている――日記作家にとって日記はブライベートな部屋、母胎のように安全な逃避場所でもあります。
 日記作家は、書かれる「私」(行動する者)と、そんな「私」を観察して書く「私」に分裂しています。それから、日記には構造(構成)、論理がない。そんな曖昧性に対して、日付や時間(天候)の記述が厳密。また構築されたまとまりのある物語に対し、日記は時間の流れを切断するように「日付」によって日々を隔てる余白が挟まれ断片化されます。そのため②遠近法の中心のない(モネの「睡蓮」の絵を思い浮かべてください)、始まりもなく終わりのないのっぺりした(すべてが均等な価値)ということになるかと思います。そして、日記作家が過去を振り返って同じような日々の反復を記述していて、じつは③不連続――舵のない船の航海日記。物語の非現実の解放感やカタルシスはないし、本当は日記作者は流れる時間のなかでゆっくり老いていくが、最後にクライマックスがない。
 と、思いつくまま日記をいくつか定義してみました。さて、先月の「日記4」に音楽と宮沢賢治について書きましたが、賢治の詩はとても難解です。その理由のひとつに歩きながら自然と会話する「心象スケッチ」と詩人自身が呼ぶ方法で書かれてることが挙げられます。日々生きる記録が日記――おなじように詩も歩いていて偶然に出会った出来事に驚き、喜び、恐れ、悲しむ。読者にもその息遣い、鼓動がそのまま伝わってきます。長編詩「小岩井農場」をおもいうかべてください。フィクションではなく、そんなドキュメンタリーにも似たスリリングな体験は、カフカの小説にも通じます。カフカは「書くこと」を「ひっかく」と呼び、自分自身を地下に穴を掘り進む「もぐら」に譬えています。ふたりともなぜか未完になってしまう作品がおおい、というのはその為かもわかりませんね。未完といえば、これも冒頭にあげた日記の性格の(②、③)とも共通します。
 難解な理由はほかにもあって、その当時普段からよく使われていた岩手の方言、風俗習慣、また科学者賢治にとってはあたりまえの化学・地学などの用語、そして宗教家賢治の用語なども当人にとっては身近でも読者にとっては馴染のないことば――などです。これは日記のもつプライベートな性格に当てはまります(日記を書くとき、報告書のように用語のいちいちを説明したりしませんよね)。
  「日記4」で、音楽の理論が惑星の運行によって構成された、といったことを書きました。緻密に計算された大伽藍のような構築物――と、日記のように先のわからない偶然に左右される歩行のような作品。現在、宇宙がビックバンによって発生し、膨張する、といった常識をもつ現代人にとって見事に完結した作品に対してリアリティーをもちにくい。不動の星を目印に航海する時代ではなくなった、ということです(③に近づいた、ということでしょうか)。
 宮沢賢治とは一見接点がなさそうな詩人に西脇順三郎がいます。②始まりも終わりもない③遠近法のない長編詩に「旅人かへらず」、「失われた時」、そして二千行にも及ぶ「壌歌」などがありますが、自動記述と呼ぶには意識的にことばの手綱をしっかり握りながら、それでも「心象スケッチ」のように喜び、淋しがり、驚き、おかしがって歩みます。詩は抽象的にも見えますが、たくさんの植物の名称は具体的。歩く速度で読んでいくと、車窓の風景のようにつぎつぎに流れるイメージの残像が重なり、対立する概念が衝突し、読者の脳髄にポエジーが生まれます。日記の矛盾(①)ともひびきあいます。そう詩人の好きな「脳髄」ということばに呼応するように現代のバーチャルリアリズムとも重なります。また古今東西の絶妙なブレンドの魅力。
 最後に、極め付きは古典の『枕草子』。二六〇段に《ただ過ぎに過ぐるもの 帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬。》とあります(③)。日記作者はつねに過去を向いて記述するわけですが、日記は闇が光を自覚させるように死の側から書かれた生の記録、と思われます。小学館の日本古典全集『枕草紙』の解説を要約しますと、清少納言が定子中宮に宮仕えしたのはわずか十年。最盛期と没落に立ち会ったわけですが、そのうちの光輝にあふれた後宮であった時期はほんの一、二年。明るい色調の向日性は、たとえば自分の余命を知ったとき、まわりの日々の断片、生命のディテールに触れ、愛おしさを感じる、そんな感覚に『枕草子』はとても似ている。


私の好きな詩人 第124回 -長谷川龍生- 服部真里子

2014-05-14 20:41:05 | 詩客

  長谷川龍生の詩「ちがう人間ですよ」とは、高校のとき、国語の教科書で出会った。
結婚式で新郎新婦が朗読するのに、これほどふさわしい詩もないと思うのだが、いまだかつてそのような光景を目にしたことはない。

*  *  *  *  *

 ちがう人間ですよ             長谷川龍生

 ぼくがあなたと
 親しく話をしているとき
 ぼく自身は あなた自身と
 まったく ちがう人間ですよと
 始めから終りまで
 主張しているのです
 あなたがぼくを理解したとき
 あなたがぼくを確認し
 あなたと ぼくが相互に
 大きく重なりながら離れようとしているのです
 言語というものは
 まったく ちがう人間ですよと
 始めから終りまで
 主張しあっているのです
 同じ言語を話しても
 ちがう人間だということを
 忘れたばっかりに恐怖がおこるのです
 ぼくは 隣人とは
 決して 目的はちがうのです
 同じ居住地に籍を置いていても
 人間がちがうのですよと
 言語は主張しているのです
 どうして 共同墓地の平和を求めるのですか
 言語は おうむがえしの思想ではなく
 言語の背後にあるちがいを認めることです
 ぼくはあなたと
 ときどき話をしていますが
 べつな 人間で在ることを主張しているのです
 それが判れば
 殺意は おこらないのです

(『直感の抱擁』思潮社、1976年)

*  *  *  *  *

 やっぱり、「殺意」とかがよくないのだろうか。縁起が悪いし。もし、こんな詩を結婚式で朗読したふたりの間に、将来、殺意が芽生えるようなことがあったら…。
 縁起が悪い?もし、将来、殺意が芽生えたら?
 将来もなにも、人間はそもそも、潜在的に他者への殺意を抱いているものではないだろうか。他者は自分の思った通りにならない。目の前に、思った通りにならないものがあれば、思った通りにしようとするのが人間の自然な反応ではないか。夫婦であろうが、親子であろうが、われわれの心の底には殺意がながれ、地表に噴き出す瞬間をじっと待っている。
 ぼくとあなたは同じ言語を話す。愛しているよ。守ってあげるよ。明るい家庭を築こうね。けれど、ぼくの「愛す」とあなたの「愛す」の意味するところは、きっとちがう。
 ぼくは、包丁を持って押し入ってくる見知らぬ男からあなたを守りたいのかもしれないが、あなたはぼくの両親から守ってほしいのかもしれない。ぼくの言う明るい家庭は、あなたが悲しみや怒りを押し殺し続ける家庭を意味しているのかもしれない。
 産声をあげて、この世に生を享けたとき、言語をもっている者はいない。言語は常に身体の外にある。身体がさらされてきた言語の歴史が、その人の言語になる。そして、われわれの誰ひとりとして、同じ身体を持っていない。だから、言語を話すことは、そのまま「まったく ちがう人間ですよと/主張している」ことになるのだ。
 「恐怖」は、「理解できないこと」と言い換えられる。相手が、なぜこんなことをするのか理解できない。愛しているよ、守ってあげるよという言葉にうなずいたのに。なぜ自分を怒らせるのだろう。怒らせる相手が悪い。なんとかして相手に、自分を怒らせないようにさせなければ。そして殺意が噴き出す。
 きめ細かく言葉を交わすことで、すれちがいを把握することはできるだろう。しかしそれは、「わかりあう」という表現が想像させる、やさしく手を取り合って野の道を歩むようなやり取りではありえまい。言葉を交わせば交わすほど、相手の姿が──自分とはまったくちがう人間として在る姿が、見えてくる。決して同一の時空に存在することのできない、ぼくの身体とあなたの身体。それゆえ、決して重なることのない言語と言語。まったくべつの身体が、それぞれの歴史を賭けてたたかうのだ。血の飛び散るような激しいぶつかりあいになるはずだ。
 
 言語は おうむがえしの思想ではなく
 言語の背後にあるちがいを認めることです


 「言語」を、一行目では「思想」で、二行目では「認めること」で受けているのに注目したい。「思想」は自分ひとりで完結できるが、「認めること」には相手との接触がなくてはならない。「思想」はその人の死後も残るが、「認めること」は生きているあいだしかできない。相手がいなければ言語でないのだ。生きていなければ言語でないのだ。逆に言えば、言語を殺してぶつかりあいをなくしたとき、ぼくとあなたは墓地に入っているのと同じになる。
 そうしてぶつかりあったところで、結論ははっきりしている。ふたりが一致することはない。ちがう人間だからだ。どれほどやさしい、思いやりに満ちあふれた人間であろうとも、われわれがべつな生命である以上、最終的には相手の目的より自分のそれを優先するほかないのだ。
相手が、どうあっても自分の思った通りにならないと悟ったとき、人はどうするのだろう。
怒り、悲しみ、耐えられずに離れていってしまうこともある。けれど、それらの感情が過ぎ去ったあとに出てくるのは、この人はどうしてこうなのだろうという、素朴な疑問なのではないか。
人間の本質は暴力だと思う、と書いたことがある。暴力とは、相手を自分の思った通りの姿に変えようとすることだと。
それなら、思った通りにならない相手を──自分とちがう人間である相手を、不思議がる気持ちを何と呼ぶのだろう。不思議だ、なにを考えているのだろうと興味をもち、わたしとちがう人間であるあなたに近づいていくことを、何と呼んだらいいだろう。


私の好きな詩人 第125回 -坂井信夫- 光冨郁也

2014-05-10 12:59:47 | 詩客

数年まえ、母が死んだ。けれど、母はいまもわたしとともに暮らしている。天井の板を一メートル四方にくりぬき、そこに梯子をかけ、母はそこから出はいりしている。屋根うら部屋には布団が敷きっぱなしにされ、枕元にはガラスの水差しと大きな灰皿、それに段ボールいっぱいの煙草が置かれている。死者は、それだけで充分なのだ。夜中にときどきうわごとを言ったり、うなされたりしている。死者も夢をみているのだろう。煙草を吸ったらかならず水で消すことだけが約束されている。

(詩集『冥府の蛇』「プロローグ」冒頭部分)

 

 これは母との相克と葛藤もあるだろう、母に産まれた己の罪もあるだろう、そして死者は生者のように、死してもなお生き続け「うわごとを言ったり、うなされたりしている」のである。不条理とも宿命ともとれるこの家族の物語は、作者自身は「あとがき」でこう語っている。

もはや作品であるか詩でないか、わたしにとってはどうでもいい。はじめの企ては、わが家族の戦後史をひとまず総括することであった。だがその過程で、天皇制のかげがそこに貼りついているのを見逃すわけにはいかなかった。モチーフは、しだいに傾いていった。
 またこのようにも語っている。
 「もうひとつ、わたしが試みたかったのは、〝事実〟と〝妄想〟がおなじ平面において、まったく同質なのだと〈書く〉ことによって証明することであった。すでにリアリズムなど存在しない、と。

 29の連作と、プロローグとエピローグでの構成となっているこの詩集は、家族の話でもあり、戦後の話でもあり、また超現実主義的な事実と虚構の狭間の作品でもある。
 そしてまた戦時と戦後は正気と狂気の狭間でもあったのかもしれない。外部は戦中・戦後の時代であり、内部は家族の間のせめぎあいでもある。そして深部は己の魂であろう。

 さかのぼれば、1971年に第一詩集『音楽の捧げもの』(あぽりあ叢書)を発表し、現在まで23冊の既刊詩集、3冊の未完詩集を持つ坂井という詩人像は、ストイックでかつ反骨的な姿勢で、その姿は求道者のそれに近いのではないのかとさえ思われる。

 

 「うばわれるものもなくあたえるものもなく 
 しおみずはたえまなくながれこんできてはな
 がれさり 付着する夜光虫をこばむことなく
 からみつく藻からのがれ しみこんでくる闇
 をすいこみ るいるいとした屍魚たちのうえ
 をすぎ けだるい触手をうごかしては浮遊ぶ
 つをくらい ただようところはどこもふるさ
 とであり うずもれた貝にみつめられること
 なく すべてをうけいれることによってすべ
 てをこばみ しおみずとともに祈りをはきだ
 しうみだすこともなくころすこともなく
 きのうはきょうでありきょうはあしたであり
 瞬間は永遠であり

(『音楽の捧げもの』「くらげ」から前半部分引用)

 

 ぶれることのない詩人、それが坂井信夫への印象である。


連載エッセー ハレの日の光と影 第5回 せまいので飾れません ブリングル

2014-05-05 00:26:34 | 詩客

 5月。端午の節句、なんやらかんやらと理由をつけての長々しい黄金週間。そうして訪れる5月病。5月病って言うけど、わたしは6月のほうがいやなんだけど。だって6月は祝日がないし長雨で鬱陶しいし、とってもつらい、黴もはえる。

 そう5月です。5月といえばやっぱり端午の節句、こどもの日ですね。端午の節句の歌と言ったら、「こいのぼり」がまずあげられるだろう。

 

https://www.youtube.com/watch?v=7o-bCjunYrQ 


こいのぼり   作詞:近藤宮子/作曲:不明

やねよりたかい こいのぼり
おおきいまごいは おとおさん
ちいさいひごいは こどもたち
おもしろそうに およいでる


 幼い頃は、「まごい」というのが「孫」の鯉だと勘違いして、3世代が泳いでいるのを思い浮かべていた。あと、おかあさんが出てこないのも不思議といえば不思議。やはりひな祭りとしっかりと棲み分けができているってことだろうか。
 まあ都心ではマンション住まいも増えて鯉のぼり出している家庭は少なくなったのではと思う。せまいベランダにたまにこいのぼり泳いでいるが、お祭りの金魚すくいの金魚がすぐ死にそうなのと同じくらい苦しそうであっぷあっぷとばたついているイメージが強い。
 かといって、じゃあ五月人形?兜や鎧?ってなるけど、やっぱりせまい家にそんなものをあまり飾りたくないしってなって、ますます廃れているのではないだろうか。我が家も「長男誕生!」って勢いで親が購入した五月人形だがご登場いただくのは隔年なんてことになってきている(だってかさばるし、面倒くさい上に、それを置くためのスペース取りがとっても困難)。それなりに年を重ね、日本の古くから伝わる文化を大切にしたい、子供たちにも伝えたいと思う反面、飾ったりしまったり手入れしたりという、ありとあらゆる行事がないわーってなっているのも本音。もう飾るとか無理!家せまいし、忙しいし、ほんと無理!ってなっているご家庭は我が家だけではないと思われる。


 そしてもう1つ有名な歌といえば「背くらべ」だろう。こちらも賃貸でも35年ローンの大切なマイホームでも柱に傷をつけるというチャレンジ精神は消えつつあると思われるし、あとちまきは子供にとても人気がないのでまったく買わないしデパ地下でもお目にかかることが減った。定番はやっぱり柏餅。


背くらべ  作詞:海野厚 作曲:中山晋平

はしらのきずは おととしの
五月五日の せいくらべ
ちまきたべたべ にいさんが
はかってくれた せいのたけ
きのうくらべりゃ なんのこと
やっとはおりの ひものたけ

はしらにもたれりゃ すぐ見える
とおいお山も せいくらべ
くもの上まで かおだして
てんでにせのび していても
ゆきのぼうしを ぬいでさえ
一はやっぱり ふじの山


https://www.youtube.com/watch?v=v9tMRD25aGE

 

柏餅のみそあんはとっても不人気だということだけ付け加えておく。