きみを横にして、ぼくの胸には砂がつまる。最後の汗は、かわくまえにレインコートとのあいだで蒸れ、最近までそれが何によるものかわからないでいた、きみの髪のにおいがした。あるいは、よく似ているだけで、白浜に墜落するまぼろしの焼けるにおいや、だれの身体にとっても、この駅、この町に辿りついたとき、花のかおりがするものなのかもしれない。
おれはどうだろう? 手のひらを、浅くぬるいさざ波のはじまりにあて音をたててみる。どの夜の瞬間が、あのときから宛てられた挨拶だったんだ? 通りすぎたいくつかの、ながい電話や改札口――
通話記録には……人間の脂で染みができている。やり方のしらないはじめての暴力で、おれたちのひとかたまりは、リンパ液を漏らして窓から落ち、執拗に転げてから、後続車輌にはねられた。
万遍も、万遍も手をふってわかれたつもりで、ほんとうは待っていた。わざと置き忘れたハンカチやメモ書きにきみが翌朝に気がついて、ざらざらとしたあおい吹雪の坂道をのぼってきはしないか? 返却期限のとうに過ぎた葉書を携えて、渡す予定だけが数ヵ月後に残された挨拶を、あいたりとじたりをくりかえす改札に佇んで、つかれるよ、つかれるさ、こんなにくるしいものだとは、知らなかったからな?
草むらに転がった生首のいくつかを、海岸の方角へ蹴飛ばした。今度の通院の際は、はじめて海を見に行くつもりだった。言い出すよりもさきに、かかってくると思っていた電話がこない日は、憎悪を小分けにし、旅行カバンへつめてすごした。虫歯のうらで、おれがしゃべるんだよ、あいたい、あいたい、だから、ほんのちいさな手のなかの季節でもよかった、すこしだけでもはなしたかった。じゃあ、さよなら。
きみのまだ湿るこめかみに、錠剤を積んでいった。風はない。連れてきた動物たちは、子らや、わかれたひとたちを摘みにでかけた。もう、それも帰るころだろう。
わずかでもいいんだよ、ふるえてくれよ。なくなってしまう。
万遍も、万遍も手をふってわかれたつもりで、この駅、この町で、ほんとうは待っていた。
(「うみのステーション」全文)
一冊の、始まりの小詩集について。
水色の上質紙に墨一色で刷られた点描の金魚が二匹、表紙のレイアウトいっぱいに配置されたその大きなイラストの金魚たちは紙の中でとても窮屈そうで、その描写の細やかさ、意思さえ感じさせるような生々しさとは裏腹に、おそらくどこへも泳ぎだせず、姿は石のように固まって見える。表紙をめくるとすぐに扉があって、ページ下方に明暗のコントラストが際立った一輪の花が置かれている。その下方の低みは墓前というよりもむしろ、なにか事件・事故現場があってその地べたへ供えられた花のように、中間のない、路上の低みであるようだ。そして花から昇る気泡のように微かに印字された作者の名。題名はない、この小詩集には最後まで題名がなく、目次もない。書誌情報としては最終ページに小さくちいさく記された「カシワバラヒロリトルプレス(0)」があるのみ。扉を後にして、見開きの白ページを越えると、すでに最初の一篇が始まっている。
柏原寛の、おそらく最初の小詩集である二〇一三年に自主制作で刊行された本書には、七篇の詩が収められている。四つの行分け詩で始まり、三つの散文詩で終わる。それぞれの題は順番に「犠牲者」「とりついたものたち」「まぼろしをみたことがあるかい? と動物がいった」「ゆるしの」「はじめての挨拶、そのための再診」「うみのステーション」「約束の時間にもうどこにもいない」となっている。
いずれの詩にも共通して現れる「町」という舞台、そこで仄めかされるのは、ひとの生死に関わる「不穏ななにかの事後」であるということ。その一貫したスタイルによって、抒情詩というよりもむしろ〝倒叙詩〟という造語で呼べるような、ひとつの連作として読めるこれらの詩篇は、さらに作品内で前後しながら展開していく(かのような)物語によって、単なる独白に留まらない、息詰まる、そのどんづまりの「狭さ」という広がりを、稀有なバランスで保持している。取り返しのつかないことが起きた、起こした、巻き込まれた、それに対する後悔や追憶はけして時制のない異次元でおこなわれるのではなく、止まることなく進行する現在に対向して擦過傷を幾筋にも引きながら内省する。どうしようもねえんだよ、と呟く間にも昇る日、沈む日があり、隠すように後ろ手に書く詩に落ちる影が歪なかたちになってしまうのは、何事かを経てついに独り芝居になってしまった現在のじぶんの背中に、瘤のように隆起したグロテスクな憑物、怨念を後悔と共に感じるからだ。
あたたかな私信としての手紙だと思って
ゆるされたい、と何故願わずにいられないのか?
ほとんど五年ものとしつきが過ぎ
もうすべて方法もなくなったころになって
靄の濃い夜の踊り場で
どうしておれを待っていて
責めたてる、かつて離散したおれとの日のひとたち
不意にたちあらわれて
頽れつつ奇声をあげるきみと
きみの波紋と余波の模様に
正しくおれは説明をしてやれないよ
ここでのあらゆるものごとは
喪あがり以後のことだから
駆けて雪のうえに立って
ぎゅうぎゅうと頸を絞めた
そのあとで、のびる茎のとなりから
かたく顔を出していたガスホースを
ひきだして吸った
粘着質の毒と脂が首根の裏々に詰まり
うるせえメロディが
うるせえメロディが聞こえた
(「犠牲者」)
ナイーブといえばそれまでだろうか、いや、だからこそ、不意に差し挟まれる、その呪縛の外を感じさせるわずかな描写に、うろたえるほどのまぶしさや静けさ、「感情」や「時限」の埒外にいて数語の言葉によって回復していく「なにか」を私は「良さ」として感じてしまうのだ。本書の中では、本稿の冒頭に引いた作品「うみのステーション」の「きみのまだ湿るこめかみに、錠剤を積んでいった。」というおそるべき祈念の一文を波頭のピークとして、ゆるやかな波のような崩壊と後悔の物語が開かれている。なんど読んでも、そこだけ、白地に透明色の青で印字されていて、しかもエンボスの凹ように沈んでみえるし、私はそれを、美しいと感じる。
髄液にぬれた若い骨による流星が
うまれるはずだった舟のうえをとびこえる
団地の窪みのみずうみから、万の手がどっと生え
息を痩せらせはなしてくれたひとを
書き留めておこうとペンをはしらせた
その筆跡は、ついに羽ばたいたカモメを
ほどかれた水草が突き刺したことを知り
ぽろ、ぽろぽろろ、ぽろ、ぽろぽろろ
ちいさな口でうたった
きみは、生まれたまちをでることにしてほんとうによかった
(「ゆるしの」)
故郷を離れる/離れないという決意表明について描いた詩としては山嵜高裕の「アーリー」が世界的に有名だが(「なかでも惑星になりたかった僕は/この星をよりも先に/この町を出ることを思って路上に描いた/シャトル噴煙の接線に両のかかとを載せて/きみが叱咤する今朝の/五年後にもここに立っている」)、柏原が描くのはまるでその輝かしさとは真逆の情景だ。 ここには残された者や、選ぶことができなかった者が主体として表され、他を呪い、思い悩む姿は端的に不幸である。捕食の瞬間がいつまでも訪れない蟻地獄のような状況は、この小詩集、そして柏原固有のモチーフとして繰り返し描かれる。
妄執がおれにはりつくんだよ!
夏のあつい盛りのくさむらで
肉の爆弾をこさえた
不快な子どもたちだってたくさん育っていて
山に埋めても花の芽もでない
闘争……と書けずに
その場に穴を掘るのみで
向こうから聞こえる混声に
ひとときもふたときも耳をすましていた
うつくしい雨なんておれに降るものか?
(「まぼろしをみたことがあるかい? と動物がいった」)
その周辺の町で、あたらしい職場でまたきみに出会ったとき、ぼくはやり直したい、と思う。指をまるめた窓からはなにもみえない。うまれなおしたい、という。
最後に。するつもりでいて、おこなわれたものか未だにわからないものごとについて、簡単なメモをのこしておく。
病院の帰り、もっとも近い、浜へおりることのできる海のステーションを駅員に訊ね、ぼくたちは家にまだ向かわず、教わったとおりの電車へのる。きみは憂い顔で、切符をいつまでもしまわない。診察の時間を知らされていないため、到着が何時頃になるものかわからない。どこかへ辿りつきたいときみは思うか、予感のとおりの白い写真が撮れるものか?
郵送にかかる日数をふくめ、現像のことを考えると、サンダルを脱がして砂粒をとってやりたかったなあ、と思うことだろう。頬におちるものがある。肉の小粒だ。知らない子どもが穴を掘っている。
(「はじめての挨拶、そのための再診」)
「生まれた町」という言葉を意識しながら、いまいちどこの小冊子の装丁に目をやると、特徴的な本文組みがみえてくる。小さな文字が狭々しく等間隔に並べられた本文は、行頭を紙の天地センターからやや上という、非常に低い位置で揃えられ、天側の余白が本文に重くのしかかっている。
中上健次の初期短編集『十八歳、海へ』(七七年、集英社)も、これにとてもよく似た、低みから言葉を発する本文組みだった。中上の本も、表紙は紫インキの一色刷りで、近すぎるほどに近く荒波が映し出されていた。
安易に二者を並置するつもりはないが、青年期には詩人を志したこともある中上が、故郷を発ち、都会の生活のなか、やがて自身の主題をみつけそれに取り組むことで死ぬまで小説を続けられたように、「ふるえてくれよ。なくなってしまう。」と云う危うさに立つ柏原の詩が「この町」の先に歩を進めるのか、消耗の中で尽きるのかは、当然、自身の煩悶のなかにしかないのだろうが、その次の扉が開かれたとしたら、「予感のとおりの白い写真」が撮れたとしたら、そこに待つのは、きっと、含みなく涙をともなった感動なのだろうと思う。本書は「ぼくはほんとうの血をながしてみせる。」(「約束の時間にもうどこにもいない」)という一行で締め括られているが、血の涙であろうとも、涙は涙なのだ。
場違いな感じや、違和感だとか、過ぎる時間に対して擦れるしかないひとつひとつの自身の棘を、大切に描いている詩集であって、「どこまでも歪であること」をどこまでもまっすぐに受け止める姿勢が、時に予感のなかにしか想起しえないような、夢に見た一文を不意に引き込むのだろう。タテタカコの楽曲「宝石」に「だれもよせつけられない/異臭を放った宝石」というフレーズがあるが、まるで柏原の詩集に付する帯文のようだと思う。
異臭を隠さない、こんな書き方は、当然だがだれにでもできることではない。ひけらかすのではない、「隠さない」のだ。クズのじぶんから漏れる異臭を? それとも血塗れの両手からこぼれる異臭を? いや、そのいずれにも身を埋められない中途半端な腐臭か? そうではないだろう、自身を切り売りして詩に書く/書いてしまった人間の引き返せない異臭をこの詩集はどうしようもなく放っているのだ。
どんづまりという広さから、点描の金魚たちがその短い生において、どこへ向かうのか。それは柏原にも、だれにもわかるものではないだろう。なにしろ、これはまだ、始まったばかりの、始まってしまったばかりの、疑問符と回想にまみれた、「うるせえ」物語なのだから。